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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.3 光と闇と
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第八話 戦いの覚悟 -Interlude-

「桃、パックたちが感じた反応はこの先なんだな?」

「うん、でも細かい場所まではわからないみたいなの!」

「くそっ、この先ってことは……!」


 汗だくで走りながら報告を受け、奥歯を強く噛み締める。

 大急ぎで都心にとんぼ返りした俺と(ゆう)は、桃たちと合流してエレメントストーンの回収に向かっていた。

 パックたちが感じ取ったエレメントストーンの在り処は、都心に校舎を構える私立の進学校。江戸時代の大名屋敷の跡地に作られた大きな公園に隣接し、その広大な敷地内には中等部と高等部を備えている。


――そう。俺たちの通う、朝陽ちょうよう学園だった。


「それで、パックたちは?」

「それが、ストーンの探知で疲れ果ててしまったようで……」

「心配しないで、図書館から一番近いあたしん()に寝かせてきたから!」

「……戦いになるかも、しれないから」


 俺の疑問に、渚・(ひかる)・麻美が次々と答えた。

 三人とも、表情に緊迫感を漲らせている。


 以前も学園でポプレとの戦いが起きたことはある。だが恐らく今回は、あの時とは比べ物にならない熾烈な戦いが待っているはずだ。

 なにしろ、俺たちと《組織》は現在ともに五つずつのエレメントストーンを所持している。争奪戦は拮抗していると言っていい。


 今回出現したのは、残る『五行の土』と『陰陽の光』の二つのうちどちらか。もうその二つしかエレメントストーンは残っていない。そのどちらかを手にした側が、大きなアドバンテージを得ることは間違いない。


 見知った場所が戦場になること、そしてその戦闘が今後の趨勢を決める重要なものになるかもしれないこと。そんな予感が、俺と五人のフェアリズムたちを包んでいた。



             -†-



 学園の前を走る大通りは夕刻を迎えて人通りが多く、車の交通量もピークに近い。

 信号待ちのもどかしさに苛まされ、行き交う人の隙間を縫うように足早に歩を進め、俺たちはやっとの思いで校門前に到着した。


 その時、学内から大きな叫び声が聞こえ、俺たちはギクリと体を強張らせる。


 だが、その叫び声に続いたのは「ファイ!」「オー!」の掛け声。

 野球部の声出しランニングだったようだ。


 夏休み中の夕方とはいえ、きっと他にもいくつかの部活が活動中だ。

 学園内には生徒が百人規模で残っているはず。もしフアンダーが現れたならば、パニックになっていなければおかしい。


「……両太郎さん、どうやらまだ《組織》は来ていないみたいですね」

「ああ、でも連中もエレメントストーンを探知できる以上、時間の問題だ。あるいは――」


 渚にそこまで答えたところで、俺は思わず次の言葉を言い淀んだ。

 それを見た渚はくすくすと苦笑して、それからすぐに表情をきりりと改める。

 俺がどうして言い淀んでしまったのか、渚にはお見通しだったらしい。


「気を使っていただく必要はありませんよ。私がフアンダーにされていた時と同じように、既にシスターが学内に入り込み、罠を仕掛けている可能性がある――そうおっしゃっているんですよね?」

「あ、ああ……」

「私も同意見です。実際どうかはわかりませんが、その可能性を考慮しながら動くべきかと」


 渚の言葉に、他の四人もハッと顔を見合わせる。


「既に《組織》がエレメントストーンを手にして、さらにぼくたちに対して何か罠を張っている――そんな最悪のケースを想定して動くべきってことだね」

「でも、まだエレメントストーンが無事って可能性もあるんじゃない? あたしたちが罠の可能性だけ気にしてジッとしてたら、それこそ《組織》がエレメントストーンを先に手にしやすくなっちゃうよ」

「……あと、学内にいる人の安全も、守らないと」


 (ゆう)(ひかる)、麻美から三者三様の意見が飛び出した。

 どうするの? といった表情で、五人のフェアリズムたちは俺の顔を見つめてくる。

 確かにみんなの言うことはそれぞれ理に適っている。そこに優先順位を振って行動指針を決めるのが、リーダーである俺の役割だ。


「……三分だけ考える時間をくれ、すぐに作戦を練る」


 それだけ言って、目を瞑る。

 大切な場所、大切な人たちの命、それらを左右しかねない作戦を決めるには、三分という時間は短すぎるかもしれない。

 でも、今はゆっくりと作戦を練っている時間なんて無い。


 それに、俺は別に焦りから三分という時間を宣言したわけじゃない。

 ビーハンでたまに突然発生する、状況もエネミーもランダムで設定される超難度のエクストラミッション。その状況把握と作戦準備の時間のためにプレイヤーに与えられる時間が、まさに三分なのだ。


 俺は梶やゆうと一緒に、何度もそのエクストラミッションを攻略してきた。

 最初は万全を期そうとしてあれこれ考えた結果、時間が足りなくなってあっさり失敗してしまった。完璧に考えられた部分がある一方で、全く考えられていない部分ができてしまい、そこから作戦が破綻してしまったのだ。

 その次は失敗を繰り返さないように急いだ結果、焦りすぎて作戦自体が欠陥だらけだった。


 そうやって何度も失敗を繰り返し、今では三分で作戦を立てることに随分慣れた。

 だから今の俺にとって三分という時間が、慎重になりすぎず、焦りすぎもしない、ちょうどいい時間なのだ。


 フェアリズムのみんなから異論は飛んでこない。俺が答えを出せると信頼してくれているのだろう。

 その信頼に、俺は何としても応えてみせる。

 万全には届かないかもしれない。熟慮には至らないかもしれない。

 でも、それでも、できる限りの作戦を立てなきゃならない。


 戦いが始まってしまったら、もう俺には何もできない。

 だから俺は、その分ここで最善を尽くさなければならないんだ。


 まずどんな展開が待ち受けているにしても、一番の枷になるのは一般生徒たちの存在だ。

 戦いが起きる前に避難させられるのがベストだが、それは難しい。

 怪物が現れるから部活を中断して今すぐに帰れ! ……なんて言われても、普通は信じないもんな。


 となると、実際にフアンダーが現れて騒ぎになってから、大急ぎで避難させるしかないよな。

 つまり、戦いの最中に生徒の避難のために戦力を割かなければならないってことだ。

 避難に人数を割きすぎれば戦いが不利になるし、戦いに人数を割きすぎれば生徒の安全を確保しにくくなる。


 何より、敵側の戦力が予想できないのが痛い。

 シスターが何人来るのか、フアンダーは何体連れているのか――それがわからない今の時点では、戦いと避難誘導、単純にどっちに人員の厚みをもたせるべきか、はっきり決めることはできない。


 そして、考慮しなければならない要素(ファクター)はさらに二つある。


 一つ目は、俺たちよりも敵の方がエレメントストーンを探知する能力が上だということだ。

 俺たちはパックとアリエルのおかげで「この学校のどこかにあるらしい」くらいのことを知ることはできた。だがそこから先は正直お手上げだ。

 一方のフアンダーやシスターは、恐るべき精度でエレメントストーンの場所を察知することができる。かつてフアンダー化した渚や、螢――シスター・ダイアは、五大の水のエレメントストーンを俺がポケットに忍ばせていることを容易く見破った。

 単純な探しもの勝負をしても、俺たちの勝ち目は薄いと言っていいだろう。


 二つ目は、渚や(ゆう)も指摘した通り、既に敵側がエレメントストーンを手にしてしまい、俺たちを罠にはめようと待ち受けている可能性。下手をすれば既に誰かがフアンダーになってしまっていることだって考えられる。


 これらの要素を全て考慮した上で、今俺が下すべき判断は――。


 うん、やっぱりこれしかない。

 俺はふうっと息を吐いて、全員の顔を見回す。

 時間なんて計ってないけど、ジャスト三分だ。それくらい体が憶えてる。


「よし、それじゃあ作戦を説明する。疑問や懸念があったら随時言ってくれ」

「はい!」


 五人の少女たちの返答が重なった。もうそこにさっきの戸惑いは欠片も見えない。


「――まず俺を含めた六人を、行動方針別に二人ずつの三チームに分ける。三チームともまずはエレメントストーンの捜索をするが、その先の行動指針が違う」

「はい両兄、しつもーん!」

「どうぞ、(ひかる)

「エレメントストーンって選ばれた人が触らないと本来の姿にならないんだよね。探すって言っても、そこはどうするの?」

「……残念だがどうにもならない。だからエレメントストーンの捜索と言っても、一番重要なのはシスターやフアンダーを見逃さないことだ」


 俺がそこまで答えると、渚と(ゆう)が口角を歪め、苦笑を浮かべた。流石にカンのいい二人は俺の狙いに気づいたらしい。


「リスクはあるが、敵にエレメントストーンを見つけさせ、手にする直前で奪う。それが恐らく最適解だ。そして相手がシスターだった場合、できればここで撃破してエレメントストーンの奪還も達成したい。つまり俺たちの作戦の要点は『エレメントストーンを見つける』じゃなく『戦って勝つ』になる。十中八九戦闘が発生するから、そのつもりで心構えを頼む」


 質問をしてきた(ひかる)だけじゃなく、全員が首肯を返してくれた。

 きっと俺が言うまでもなく、戦いが起きることは全員が予感していたと思う。ただ、『避けられずに始まってしまう戦い』と『覚悟を持って臨む戦い』は違うのだ。俺たちを待ち構えているのは後者の方――そんな意識を全員で共有しておくことは重要だ。


 今日、この戦いに限っては、どれだけ覚悟しても足りないなんてことはない。

 なにしろ今日戦わなきゃならない相手は、できることなら戦いたくない相手――螢なのかもしれないのだから。


「それじゃあ続きの説明をするけど、いいかな」


 俺の言葉に、フェアリズムの五人は一層引き締まった顔で頷いた。

 彼女たちもまた、覚悟の先に待つ戦いを感じ取っているようだった。

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