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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.1 運命の戦士フェアリズム
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第六話 火の戦士フェアルーチェ 1

 平日の早朝の街は静まりかえっていた。

 初夏ということもあって既に空は明るいのだが、人通りはほとんど無い。すれ違うのは野良猫やゴミ漁りのカラスを覗けば、新聞配達くらいだった。

 俺と桃は早起きをして、昨日フアンダーに襲われた辺りに向かっていた。もちろん人通りが少ないうちにエレメントストーンを探すのが目的だ。


「ねえリョウ……リョウってば」


 俺のボトルポーチから恨めしそうな声が聞こえた。少年妖精パックのものだ。

 同行したいと主張するパックと、誰かに見られたら困ると主張する俺の間で激論が繰り広げられた結果、『鞄の中に隠れていれば大丈夫』という桃の提案が採用された。

 桃のショルダーバッグに当然のように入り込もうとするパックを、無理やり捕まえて俺のボトルポーチに押し込み、背負ってきてやったという流れだ。


「ボク、モモの鞄の方がふかふかしてそうで良かったんだけど。せめてもうちょっと大きい鞄は無かったの?」

「そりゃあ残念だったなエロ妖精。運んでもらえるだけありがたく思って、黙って大人しくしてろ」

「ちぇー……」


 パックはポーチの中からポカポカと俺の背中を殴ってくる。まったく生意気な奴だ。

 そんな俺たちの様子を見た桃が「二人とも仲良しだね」などと茶化しながら笑う。妹よ、お前にはこれが仲良しに見えるというのか。

 桃はポーチをつんつんと突いてパックをなだめながら、


「でも、お兄ちゃんが手伝ってくれるなんてうれしいな」


 本当に嬉しそうな顔で言った。


「昨日の帰りにお兄ちゃん待ってたの、実はフェアリズムのことを相談しようと思ってたんだ。でもなかなか言い出せなくて……」

「ああ、なるほど」


 それで合点がいった。桃が何かを相談したがっていたのは見え見えだったが、フアンダーに襲われて結局うやむやになってしまった。しかし口下手な桃から聞かされるより、フアンダーやフェアリズムの存在をこの目で見て、全身の痛みで実感した方が、結果的に話は早かったのかもしれない。

 結果オーライ……とまで言っていいかは微妙だが。


「でもエレメントストーンは女の子を戦士に選ぶわけだし、俺はあんまり力になってやれないぞ」


「そうだそうだ」とボトルポーチの中から声。ムッとしたので、ポーチを肩から下ろし、肩紐を手にとってぶんぶんと振り回してやった。「うわああああああああ!」と絶叫がポーチから漏れてきて、軽くホラーな絵面だ。


「そんなことないよ!」


 桃は少し怒ったように、強く言い返してきた。


「お兄ちゃんが話を聞いてくれて、一緒に色々考えてくれるだけでわたしは助かるの! ……わたし、あんまり考えるのとか得意じゃないし」

「確かに、学校のテストなんかいつも全教科平均点だもんな」

「なっ……違いますー! 平均点よりちょっとだけ上、だから!」

「はいはい、ちょっとだけな」

「もう、お兄ちゃん嫌い!」


 桃は頬を膨らまして見せた。この『お兄ちゃん嫌い』は、中学に入ってから桃が習得したスキルだ。俺にははっきり言って効果は薄いのだが、父さんは『お父さん嫌い』に本気で凹んだりする。使う相手を間違えなければなかなか強力なスキルかもしれない。

 とその時、


「いいからああああ! 兄妹でイチャついてないで止めてくれえええええ!!」


 いよいよパックの叫び声は悲痛なものに変わっていた。


「あ、忘れてた」

「ぐ……おええ……リョウ、おぼえてろ……」


 振り回す手を止めて背負いなおしたポーチの中で、パックは情けない声で恨み言を呟く。


「おい、人のポーチの中で吐くなよ」

「他に言うことは無いのかこの外道……」

「ああすまんすまん。『どうだーおもいしったかー』、これでいいか?」

「お、鬼め……」


 そんなやりとりを交わしながらしばらく歩くと、破壊された石塀の前に辿りついた。昨日フアンダーに襲われた場所だ。フアンダー襲撃直後は盛大に道路に散らばっていた石塀の破片が、今は庭の一角に積み上げられているのが、申し訳程度に張り巡らされた立ち入り禁止テープ越しに見える。

 犯人が特定されていないことは想像に難くない。フアンダーなどという常識外れの存在である上、既にフィオーレによって浄化された今、警察ではどう頑張っても真実には辿り着けないだろう。それでも少しでも手掛かりを見つけるため、まだこの近辺を捜査しているはずだ。それもあって、トラブルを避けるために早朝を狙ってきたというわけだ。

 ニュースによれば、この家で一人暮らしをしていた赤﨑さんというおばあさんは、外傷は無いものの一応の精密検査を受けるとのことだった。精密検査が昨夜のうちに終わっているとは思えないので、恐らく入院中。つまり家は現在無人のはずだ。警察が捜査を再開するまでの数時間が勝負だ。


「気をつけろよ。まだ警官はいないみたいだけど、通行人にでも見られたら怪しまれる」


 俺がささやくように言うと、桃は緊張した顔で頷いた。いくら世界を守るためとはいえ、これから俺たちがやろうとしていることは立派な不法侵入だ。


「……おじゃまします」


 小さく呟いて、俺は張り巡らされた立ち入り禁止テープの隙間から、赤﨑家の敷地へと一歩踏み込んだ。

 と、その瞬間。


「こらぁー!」

「うわっ」

「ひっ」


 塀の向こう、つまり敷地内から叫び声が上がった。俺はそれ以上踏み込むのをやめて周囲をうかがった。声の主は見えない。すぐ横で桃が体をこわばらせている。

 まさかこんな時間から警官がいたのか?

 ……いや、でも今の声、女の子の声だったような?


「あたしの目が黒いうちはこの家に手出しさせないぞ、この不審者めぇー!」


 聞き間違えじゃなく、やはり女の子の声。一体どこから。

 ――そう思った次の瞬間には、俺の全身に痺れるような激痛が走った。


「ぐご……!」


 口の端から、悲鳴にもならない声が漏れた。意識はハッキリしているのに、全身の筋肉が硬直して制御できない。前傾気味に踏み込もうとしていた俺は、立ち入り禁止テープをめりめりと破りながら、赤﨑家の敷地側に倒れ込む羽目になった。

 倒れながら、俺は声の主と激痛の正体を理解した。塀の影にハンディタイプの小型スタンガンを持った少女の姿があったのだ。

 少女の姿を視認したのも束の間、俺の体は地面に抱きついた。土の地面とはいえ受身すら取れなかったため、びたーんとなかなか無様な倒れこみ様になってしまった。ちくしょう、この家には俺を這い蹲らせる呪いでもかけられてるってのか。

 幸いなのは全身が痺れて、痛覚もまともに機能しなかったことだ。痛がっている場合じゃない。どうにか力を振り絞って、身体を動かす。思うように動かないものの、寝返りを打つようにして少し回転させることが出来た。スタンガン少女を見上げる格好になる。視界に入ってきたのはスタンガンを大きく振りかぶる少女の姿だ。


「観念しな、この不審――って、え? あれ?」


 スタンガン少女は身動きの取れない俺に追撃を加えようとして、目が合った途端に急に戸惑った素振りを見せた。

 少女の年恰好は桃と同じくらいだった。服装も桃の通う朝陽学園中等部の制服。いつもきっちり着ている桃と違って少し着崩していて、スカートも大分短い。その短いスカートを下から見上げる構図になってしまっているので、思い切り赤と白のストライプ柄の下着が見えているのだが、スタンガンを持った相手にそれを指摘してやるほど命知らずな俺じゃない。

 少女はぱちくりと俺の顔を見て瞬きをしている。


「お兄……?」

「あれー? ひかるちゃん?」


 少女が俺に何かを言いかけたのと、桃が緊迫した状況に似つかわしくない呑気な声を出したのは、ほぼ同時だった。


「え、桃?」


 少女の表情から完全に警戒の色が消える。


「二人とも、どうしてここに……」

ひかるちゃんこそ、なんでここに?」

「なんでって、ここはあたしの親戚のおばあちゃんの家だし」

「あ、そういえば赤﨑さんって……」


 そのやりとりで、俺はスタンガン少女が顔見知りであることをはっきり思い出した。赤﨑光(あかさきひかる)、桃の同い年の親友だ。昔はよく家に遊びに来ていて、桃が俺を『お兄ちゃん』と呼ぶきっかけを作った子でもある。当時から元気のいい子だったが、スタンガンを躊躇無く人に打ち込む辺り、少し間違った方向に成長した感は否めなかった。


話数追加、赤崎⇒赤﨑に修正(14/04/07)

誤字修正・表現調整(14/04/15)

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