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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.3 光と闇と
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第四話 状況確認 -briefing-

 夕食を終えた後は一斉に入浴を済ませた。

 花澤家には多人数で同時に入れるような広い風呂は無いので、桃たちには近所の銭湯に行ってもらった。

 俺は家の風呂で済ませた後、パックとアリエルの風呂の世話だ。


 女王タイタニアからエレメントストーンの探知能力を授かってからというもの、パックに加えてアリエルもうちで預かる機会が増えている。

 エレメントストーンの探知は二人にとって相当な負荷がかかるらしく、力を使った後は毎回へとへとに疲れ果ててしまう。二人への負担を考慮して週に二回だけ探知をしてもらうことにし、その時にはアリエルも花澤家に泊まってもらっているというわけだ。


 アリエルは女の子だからか、それとも資産家の渚や麻美の家に預けられることが多かったからか、入浴への要求が高い。最近ではパックまでそれに感化されて、贅沢を要求し始めた始末だ。

 カレーにおあつらえ向きの横長の深皿を湯船がわりにして適温のお湯で満たし、バラの香りの入浴剤をひとつまみ投入。それから紙石鹸を一枚添えて、俺の部屋にいるパックと桃の部屋にいるアリエルに届けてやる。

 小憎たらしい奴らだが、最近は残る二つのエレメントストーンを見つけるために頑張ってくれている。これくらいのワガママは聞いてやってもバチは当たらないだろう。ま、手乗りサイズの妖精の贅沢なんて、所詮は大した出費でもないしな。俺ももし身体が妖精サイズだったら真似をしたいくらいだ。



 桃たちが帰ってきた後はパックとアリエルも含め、全員で俺の部屋に集合した。三人ともみんな既に部屋着に着替えている。

 桃はいつもの桃の花の刺繍が入ったアオザイ、渚は落ち着いた紺色のタオル地のパジャマ、(ゆう)はショートパンツとキャミソールの上から風鈴柄の浴衣地のチュニックと、三者三様のいでたちだ。三人とも先日の合宿の時とは別の部屋着な上に、それぞれの個性が出ていてなかなかお洒落だ。俺なんか、合宿にも持っていった何の面白みもないボーダー柄の半袖パジャマだってのに。


「うわぁ、リョウくん凄い! それ初代ビーハンの限定版だよね!」


 部屋の中をキョロキョロ見回していた(ゆう)が、目を輝かせてゲーム棚に駆け寄っていく。その首根っこをすかさず渚が掴んだ。


「だめよ(ゆう)、私たちは遊びに来たわけではないのよ」

「はーい……」


 (ゆう)は叱られて小さな子供みたいにしょげかえる。いつもより大人びた服を着ていてもやっぱり(ゆう)(ゆう)で、俺は内心少しホッとした。

 それにしても流石は渚、(ゆう)の扱いは手慣れたものだ。俺だけだったら一緒になって懐かしのゲームを色々と引っ張り出して遊んでしまったかもしれない。

 だが渚の言う通り、俺たちがこうして集まったのには大切な目的がある。


 それは改めて俺たちの今置かれている状況を確認すること。そしてシスター・キャンサー、あの未だ実力の底が知れない強敵の攻略法を見つけることだ。

 この重要な打ち合わせには麻美と(ひかる)も参加してもらいたかったのだが、残念ながらそれぞれ家の用事で欠席だ。


「それじゃあまず、状況の確認からいこうか」


 そう言って全員の顔を見渡す。たった今まではしゃいでいた(ゆう)さえも真剣さを瞳に宿し、緊張した面持ちで俺に視線を返してきた。


「俺たちの戦う相手――《組織》についてはまだ謎が多い。分かっていることは、ヤツらはフェアリエンで起きた人間と妖精の争いの最中、大量のフアンダーを引き連れてどこからか姿を現したということだ」


 パックとアリエルが頷く。二人の持っている情報と差異は無いということだろう。


「《組織》は王都を攻め落とし、一度はフェアリエン全土をほぼ支配下に置いた。三諸侯(オーベロン)の一人である傷王(しょうおう)インジュアリー率いる抵抗戦力が王都を奪還したものの、女王タイタニアは未だ《組織》に監禁されている」

「……っ!」

「タイタニア様、おいたわしい……」


 パックとアリエルは悔しそうに唇を噛み締めた。

 それを気遣うように目を細めつつ、(ゆう)が口を開く。


「リョウくん、ぼくまだその三諸侯(オーベロン)ってちゃんと理解してないんだけど、どんな人たちだっけ?」

「そうですね。私もきちんとは伺っていませんでした。確か、女王タイタニア様に仕える妖精の神官様でしたね?」


 (ゆう)の言葉に渚も相槌を打った。そう言われてみれば俺もヴィジュニャーナの夢や螢の話からおおまかなことを知ったくらいで、しっかり理解はしているわけではない。

 説明できるか? という意図を込めて送った視線に、二人の妖精は首肯を返してくる。


三諸侯(オーベロン)はフェアリエンの王族の中でも、タイタニア様の中央王家に次ぐ有力な家系の当主たちだよ。代々が障皇(しょうこう)シックネス、傷王(しょうおう)インジュアリー、老帝(ろうてい)エイジングの名前を継いで、女王に仕えてきたんだ」

「シックネス様はあらゆる病気、インジュアリー様はあらゆる怪我、そしてエイジング様は老いを司り、それらを妖精から遠ざけておられたのよ」

「病気や怪我を遠ざけるって……お医者さんってこと?」


 恐る恐るといった様子で尋ねた桃に、パックは首を横に振る。


「なってしまったものを治す医者とは違うよ。一般の妖精はそもそも病気にならず、怪我をせず、大人に成長した後は老化もしない。それが三諸侯(オーベロン)のもたらす加護なんだ」

「へえぇ! まるで伝説の理想郷みたいだね」


 目を輝かせて(ゆう)がぐいぐいと食い付く。確かに(ゆう)が好きそうな話題だ。俺と(ゆう)が熱心に遊んでいるゲーム『ビーストハンター』シリーズにおけるプレイヤーの最終目標の一つは、その伝説の理想郷を見つけることなのだから。


 アヴァロン、ティルナノーグ、マグメル、エリュシオン、ザナドゥ、武陵桃源、ニライカナイ、エルドラド……世界各地の神話や伝承には様々な理想郷が登場する。確かにその多くには(ゆう)の言う通り、病や怪我や老いが存在しない楽園という共通点がある。

 そこまで考えた所で、思考の片隅に小さな刺のような引っ掛かりが生まれた。

 それらの理想郷の多くに共通する特徴はもう一つある。それは――


――いや、今はそれよりもパックの言葉に含まれた重要な示唆を確認するのが先だ。


「パック、あなたはいま『一般の妖精』と言いましたね? それは病気や怪我や老いを避けられない、『一般ではない妖精』もいるということですか?」


 俺より一手早く、そして俺が知りたかったのと全く同じことを渚が尋ねてくれた。


「うん、それがボクたち王族だよ。王族は病気にもなるし怪我もする」

「それが分かったらあたしたちをもっと大事に扱いなさいよね」


 パックとアリエルは何気なく答えた。が、俺・桃・渚・(ゆう)の四人は目を丸くして顔を見合わせる。


「え、ええーっ!? パックとアリエルって妖精の王族だったの?」

「あれ、モモには言ってなかったっけ? ボクの母とアリエルのお母さんは二人ともタイタニア様の妹だよ」

「じゃあパックとアリエルはいとこ同士だったの? ――じゃなくて、それって二人ともひょっとして」

「女王様の甥と姪……王子様と、王女様ってことだよね?」


 恐る恐る尋ねる桃と(ゆう)に、妖精たちは「そうだけど?」と軽いノリで答えた。こればかりは当事者二人を除いたその場の全員が面食らう。妖精にとって王族というのがどれほどの重みかは定かではないが、現代日本で暮らす普通の中高生である俺たちにとっては王族なんて縁遠い存在なのだ。


「……パック、もしかしてお前のことパック王子って呼んだ方がいいのか?」

「よしてよ、リョウに敬われても気持ち悪いだけだよ」

「こいつ……! せっかく気を遣って訊いてやったのに!」

「はぁ……」


 パックに言い返す俺に、アリエルは相変わらずの生意気な呆れ顔で溜め息をついた。

 つまるところ、今まで通りでいいってことらしい。


「まあ、王族の妖精って話が出たところでちょうどいいから二つ目の議題、シスター・キャンサーの攻略に移ろう。確か合宿でのポプレ戦にキャンサーが割り込んできた時、アイツが使っていたフェアリエンの至宝――フェルマーの革袋とクラインの扉とか言ったか――アリエルはあれを王族にしか扱えないものだと言ってたな?」

「ええ。あの二つに限らずそもそもフェアリエンの至宝には王族にしか扱えないものや、王族が立ち会わなければ力を発揮しないものが多いのよ」


 なるほど、女王タイタニアとの通信装置であるエヴェレットの鏡を俺たちが使うことができたのも、パックとアリエルがその場にいたからというわけか。


「ということは、キャンサーの正体は妖精の王族である可能性がある……って認識でいいのか?」

「重さも大きさも無視して様々なものを収納できるフェルマーの革袋は、王族以外が使おうとしてもただの革袋にしかならないの。そして空間と空間を繋いで一瞬で行き来できるクラインの扉は誰でも使えるけれど、扉の設置場所を変えられるのは王族だけ。どちらも以前は王城の宝物庫に保管されていたものだけど、アイツが妖精の王族じゃなければあんな風に持ち運んで好き勝手に使えるはずがないわ」


 アリエルは説明しながら神妙な面持ちをしていた。その隣でパックも苦い顔をしている。シスター・キャンサーの正体が王族の一員かもしれないという事実に、二人とも心穏やかではいられないのだろう。

 けど――


「けど、キャンサーの身体の大きさはいくらなんでも妖精には見えなかった。やっぱりアイツは人間で、エレメントストーンを無理やり従えたみたいにフェアリエンの至宝を強引に使ってるんじゃないのか?」


 俺の問い掛けに桃たちも頷く。パックもアリエルもカレー皿がバスタブ代わりになるような身体の大きさなのだ。人間の女性の中でも長身の部類であろうシスター・キャンサーが妖精であるとは、にわかに信じられない。

 ところがパックはゆっくりと首を横に振った。


「ボクたち王族の妖精は成人すると人間とほぼ同じ身体の大きさになる。だからその点だけなら説明がつくんだ。ただ――」

「ただ?」

「アリエルに聞いたけど、キャンサーには羽が無かったんだよね? 王族の妖精は成人して人間の大きさになっても、背中の羽が無くなるわけじゃない」

「……となると妖精の王族のようでもあり、人間のようでもあり、結局キャンサーの正体が何者かを断定することはできないってことか」

「残念ながら、ね」


 それだけ答えてパックは項垂れてしまった。その気落ちが滲み出したかのように、重苦しい空気が部屋の中を包んでいく。強敵と戦う上で相手のことが何もわからないというのは非常に厳しい。

 今のところキャンサーに対向する戦術は、正面から戦って相手のスタミナ切れを待つという消耗戦しか思い浮かんでいない。それはフェアリズムの側にも相当なリスクがあるため、決して勝率の高い戦い方とは言えない。だがもし螢やポプレのように相手の素性を知ることができれば、別の戦術の芽が出てくるかもしれない。それを期待しての状況整理でもあったのだが、残念ながら「わからない」ということがわかっただけだ。


「両太郎さんの――ヴィジュニャーナの力でキャンサーの正体を知ることはやはり難しいのですか?」


 沈黙を破ったのは渚だ。だが、その期待に応えることはできない。


「残念ながらヴィジュニャーナの力は自在にコントロールできるようなものじゃないんだ――少なくとも今の俺には。それに、今までヴィジュニャーナが夢で何かを知らせてきたのは、すべて陰陽の闇のエレメントストーンの影響を受けて眠っている最中だった」

「螢ちゃん……」


 桃が眉を顰める。もしかするとあの時の、海合宿での螢との離別を思い出しているのかもしれない。

 合宿が終わったら慣れ合いも終わり。その宣言通りに、あれ以来螢は俺たちの前に姿を現していない。たとえ再開することがあっても、ヴィジュニャーナの発動のために協力してもらうのは難しいだろう。


「あ、それじゃあエヴェレットの鏡でタイタニア様に訊いてみるのはどう? もしキャンサーが妖精の王族なら、タイタニア様なら心当たりがあるかもしれないよ」

「ユウ、それは無理よ。エヴェレットの鏡は使えないわ」

「えっ、どうしてさ」

「リョウのヴィジュニャーナがある程度補ってくれたとはいえ、やっぱり五つのエレメントストーンだけで鏡を作動させたのは負担が大きかったんだ。鏡自体の力が弱まってしまって、力が戻るまでしばらく使えない」

「なるほど……」


 またしても沈黙が部屋の中を支配した。残念ながらこれ以上話し合っても進展はないだろう。

 でも、それは想定の範疇だ。

 俺たちの中にはまだ誰一人、諦めた顔をしてるヤツなんかいない。今の俺達にとって、この戦いは世界を守るためのものだけじゃない。フェアリエンを救うためのものだけでもない。大切な友達を――螢を取り戻すための戦いでもある。そのために今はやれることをやるしかない。


「キャンサーの正体がわからないのは仕方ない。キャンサー本人がだめなら、次はその脅威の最大要因――五大の空のエレメントストーンの攻略だ」


 俺の言葉に、桃・渚・(ゆう)は力強く「はい!」と答えた。


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