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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.3 光と闇と
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第三話 花澤両太郎 -Across the Nightmare-

「へえ、そうかそうか。二人とも桃だけじゃなく、リョウとも顔見知りか」


 食卓を囲んで俺の対面に座っている男は、そう言って俺の両隣に座る渚と(ゆう)を交互に見やった。

 少し白髪の混じったボサボサの短髪に、黒い縁の眼鏡と無精髭。中肉中背で、いかにもどこにでもいそうな風体の中年男性。それが六年前に俺を引き取ってくれた義理の父――つまり桃の実父である、花澤翔一郎だ。

 体育館でのトレーニングを終えた俺たちは、全員で花澤家へと移動した。今夜は渚も(ゆう)もうちに泊まっていくことになっている。



 ちなみにトレーニングについては上々の結果だった。チェーロはまるで重力なんて存在しないかのように、壁も天井も空中も縦横無尽に飛び回ってみせた。抱えられている俺の方も、目を瞑ってチェーロにしがみついていればそれほど怖いとは感じなかった。宙で揺さぶられる感覚や空気抵抗については、チェーロが俺の周囲の気流をコントロールすることで最大限緩和してくれたようだ。


 両足では力強い移動、両手では繊細な防護、その二つをチェーロは涼しい顔で同時にやってのけたのだ。俺にはフェアリズムの力のコントロールの仕方はよく分からないが、マーレとフィオーレの感心しきった様子を見ればチェーロの技量の素晴らしさは想像がつく。流石は生粋のゲーマーにしてスポーツ万能の(ゆう)だ。

 おかげで俺も遊園地の時のようにダウンすることはなく、こうして食卓を囲めている。



 中学生三人による謎のじゃんけん大会の末に、渚・俺・(ゆう)が並んで座り、その向かいに桃・父さん・母さんと並ぶ形になった。普通この組み合わせなら中学生女子組が一列に並ぶのが自然なので、なんとも不思議な並びではあるが、真面目な渚まで席決めに加わっているとあらば俺も従うしかない。

 その真面目な渚が椅子からスッと立ち上がり、


「水樹渚と申します。先日の桃さんのお誕生日の際にはご挨拶もせず失礼しました。桃さんとはクラスが違いますが、一緒に生徒会役員をしています」


 とても丁寧に名乗ってお辞儀をした。それに促され、(ゆう)も立ち上がる。


「生天目(ゆう)です。えっと――右に同じ! えへへ」


 (ゆう)(ゆう)でラフだけれど親しみやすい、いかにも(ゆう)らしい挨拶だ。

 父さんはほーっと感心したように息を吐いて、それから「花澤翔一郎です」とだけ名乗った。中学生の女子を相手になんだか緊張しているようにも見える。


「ね、ね、それで二人はリョウちゃんとはどういうご関係なの?」


 運んできた皿をテーブルの上に並べながら、母さん――花澤桜は興味津々といった様子だ。キッチンにいたはずだけど、どうやら話はしっかり聞こえていたらしい。

 三十代も半ばだというのに、この人のこういう軽いノリは昔から変わらない。


「母さん、リョウちゃんはやめてくれよ……」

「あらあら、ごめんなさい。女の子たちの前でお母さんにちゃん付けなんてされたら、年頃の男の子は恥ずかしいわよね」

「あのなあ……」

「でも昔からリョウちゃんって呼んでるから、もう癖なのよ。ね、リョウちゃん」


 悪びれもせず、呑気な笑顔で笑う母さん。

 全く、この人には敵わない。そもそも勝とうなんて思っちゃいないけどな。六年前に亡くなった俺の実の母とは随分性格の異なる人だが、父さんや桃と同じく俺を受け入れてくれた大切な家族だ。

 その大切な家族に対して、俺もきちんと伝えるべきことを伝える。そんな日が来たのかもしれない。

 渚も(ゆう)も母さんの態度に思わず笑い出しそうになりつつ、俺に目配せを送ってきている。「説明は任せる」ってわけだ。


「……(ゆう)は俺と桃が通っている道場の師範の娘さんだよ。渚と、それから昔から桃と仲良しの(ひかる)と、あと金元麻美って子を加えた六人で一緒に稽古してるんだ」


 俺の言葉に、父さんも母さんも得心したように頷く。


「それから――」俺は少し逡巡しながらも続けて口を開いた。「渚は父さんのファンらしい」

「えっ、俺の?」


 父さんは目を丸くして、それからすぐにまんざらでもなさそうなニタニタとした笑いを浮かべる。まったく……。


「そんなわけないだろ。父さ――ああもう、どっちも父さんだとややこしいな。えっと、識名両信(しきなもろのぶ)のファンなんだ」

「――両信(もろのぶ)の?」


 父さんの締りのない笑顔が、まるで真夏の嵐みたいに一気に険しく強張る。眉を僅かに顰め、様子を窺うように俺の目をジッと見つめてきた。

 無理もない。俺が両親の前で死んだ実の家族の話をするのは、随分久しぶりなのだ。

 家族を失って花澤家に引き取られた当時の俺は、本当に酷い状態だった。みんなに支えられてどうにか社会生活を取り戻した後も、みんな家族の話にはあまり触れないように気遣ってくれている。

 でも、もうそんな気遣いをしてもらう必要はない。


――いや、させたくない。


 俺は前に進むと決めた。世界を救う運命の戦士フェアリズム――年下の女の子たちがそんな大きな宿命に真っ直ぐ立ち向かっているのに、その指令役を引き受けた俺がいつまでもウジウジしていられない。


「ああ。だからもし父さんが良ければ、識名博士の――親父のことを話してやってくれよ。大学の同級生なんだろ?」

「あ、ああ……そうだな」


 父さんは驚いた顔で母さんと顔を見合わせる。


「あ、それと親父の遺産なんだけどさ。特許パテント絡みのものについては全部、親父の後進に役立てて貰えるように譲渡しようと思ってる。渚のお父さんとお祖父さんに妥当な譲渡先を探してもらってるけど――父さんたちもそれでいいかな?」

「……へ?」

「っと、言ってなかったな。渚のお父さんは都議の水樹隆史さんなんだ。それからお祖父さんは水樹文科副大臣。お二人ならきっと然るべき譲渡先を見つけてもらえると思うんだ」

「おお、あの水樹副大臣! ――って、そうじゃなくて。リョウ、お前こそそれでいいのか?」


 父さんは厳しい表情で俺に問う。

 勢い任せの発言じゃないだろうな? 後悔しないんだな? 眼差しはそう語っている。


「――心配ありがとう、でも俺は大丈夫だよ」


 父さんの目を真っ直ぐ見返して、俺はゆっくり答えた。


「俺はずっと親父の遺産だけが俺に残された親父との繋がりだと思ってたんだけどさ。そうじゃないって気づいたんだ。親父を通じて知り合って、今ではこうして家族になってくれた父さんや母さん、桃がいる。そして桃の友達の(ひかる)や渚、(ゆう)、麻美がいる。親父との繋がりの先にあった繋がりが、俺自身との繋がりに変わって、そのまた先に続いていく。そうやってできた繋がりの輪の中に俺はいるんだ。俺がその輪を大切にする限り、親父との繋がりも決して無くならない。だから俺は親父の遺産を手放して、繋がりの輪の中で生きてみようって思ったんだ」


 俺が言い終わるまで、父さんは目を細めて真剣な顔で聞いてくれていた。それからふうっと息を吐き出し、もう一度俺の目をジッと覗きこんでくる。

 十秒、二十秒。父さんは黙ったままだ。場には妙な緊張感が漂う。桃も(ゆう)も渚も、心配そうに俺と父さんを見守っている。

 そして三十秒が過ぎた頃、ようやく父さんはゆっくりと口を開いた。


「リョウ、お前……」


 いつもより少し低いトーンの声に、俺は思わず生唾を飲み込んでしまう。

 が、続いて父さんの口から飛び出したのは、


「随分クサいことを言うヤツだな!」


 酷い発言だった。緊張が一気に霧散した桃たちの心中のズッコケが目に浮かぶ。


「なっ――う、うるさいな! ちゃんと伝えないとって思ったから真剣に話したってのに!」

「いや、うはは。すまんすまん、馬鹿にしてるわけじゃない」


 俺の猛烈な抗議に、父さんは側頭部を指で掻きながら苦笑いで釈明する。


「じゃあなんなんだよ!」

「いや、やっぱり両信(もろのぶ)の息子だなって思ってな」

「はあ? どういう意味だよ……」

両信(もろのぶ)も大学生の頃からそういうところがあったよ。一緒に馬鹿話をしてたと思ったら、急に世界のエネルギー問題を解決したいなんて壮大な夢を語り出す、かなり変なヤツだった。そういう時のアイツは熱っぽく目を輝かせて、子供みたいに無邪気に笑うんだ。俺や他の友人たちは一時の気の迷いだとか、どうせ叶いっこないって思いながら聞いてたけど、でも夢を語るアイツの姿はみんな好きだった」


 まさか本当に叶える寸前まで行くなんてビックリしたけどな、と父さんはどこか遠い目で懐かしそうに笑う。

 そんな風に父さんが親父のことを話すのは初めてだ。いや、きっと俺の態度が今までそれを封じ込めてしまっていたのだろう。


「俺は親父みたいに具体的にやりたい何かを持ってるわけじゃないよ。親父と同じ研究者になるって小学生の頃の夢も、今となっては本当にやりたいことかどうかわからない」

「そりゃあ、そんなもんだろう。六年間も捻くれて世の中にそっぽ向けてたヤツがいきなり具体的な将来の夢を語り出したって、それこそ一時の気の迷いだ」

「そこまで言うかよ……」


 父さんは、わははと豪快に笑った。それは親父に関する話で俺に遠慮するのはやめたのだと、そう言っているみたいだった。


「ゆっくり考えろって言ってんだ。焦れば不安に呑まれちまう」

「……へ?」


 不安。一瞬それは、フアンダーを操る《組織》との戦いのことを言われているのかと思った。

 が、すぐにそうではないと気づく。


「何かを成し遂げたい、何者かになりたい、そういう気持ち自体は悪いもんじゃない。けどな、気持ちだけが先走ってもその『何か』はいきなり具体的になってはくれない。現実とのギャップが不安を生むだけだ。もしかしたら無理やり答えを出すこともできるかもしれない。きっと長い人生、そんな風に無理やり答えを出して自分を奮い立たせなきゃならない時だってある。でも、今はその時じゃない」


 父さんの声は優しかった。微笑とともに、ゆっくりと言い聞かせるように言葉が紡がれていく。


「さっきの『輪の中で生きる』ってヤツ、誰かにきっかけを貰ってそういう考えに至ったんだろ? 今すべきことは、きっかけをくれた人に一生懸命向き合うこと。その『輪の中で生きる』を実践することだ。そうすりゃきっと、その輪の中でお前が何を担いたいのか――担うべきなのか、きっと見えてくるはずだ」


 父さんはそこまで言い切って、まるで全部お見通しだと言わんばかりに渚と(ゆう)を交互に一瞥した。それから、フッと表情を緩めると、テーブルの上のグラスに手を伸ばす。

 俺はその物言いに思いがけず深く感心してしていた。普段は冗談ばかり言ってる軽いノリの中年だが、この人は間違いなく俺の父親。繋がりの輪がもたらしてくれた二人目の父親なのだ。


「――なんて、リョウに対抗して俺もクサいこと言ってみたぜ!」


 グラスの中のビールを一息で飲み干して、父さんはニヤッと笑った。

 まったく、ちょっと尊敬した途端にこれだ。照れ隠しに俺を使うんじゃない。


 だが、父さんの言うことはもっともだ。

 今の俺が一番に考えなければならないのは、桃や渚、(ゆう)、ここにはいない(ひかる)や麻美――そして螢のこと。それは即ち、この人間界を絶望の底に沈めようとしている《組織》との戦いのことだ。その戦いに勝利することができなければ、将来のことなんてどれだけ考えても、きっと無駄になってしまう。


 そう、やるべきことはシンプルだ。

 俺の繋がりを守ること。それは世界の繋がりを守ろうとするフェアリズムの支えになるということなのだ。俺自身の個人的な戦いが、世界を守るための戦いとリンクしている。それは途方も無く重い宿命のようであり、あるいはとても幸運なことなのかもしれない。



 それじゃあ冷める前にご飯にしましょう。母さんのそんな号令を合図に、話はお開きになった。

 テーブルの上に並んだのは山盛りの素麺に、冷しゃぶ、おひたし。冷めるものなんて何一つ無かったけれど、誰もそれを指摘することは無い。

 蒸し暑い夏の夜に食べる素麺は、とても晴れやかな味がした。

すっかり月一投稿になってしまってます。。。

決してエタりはしませんので、これからもお付き合いいただければ幸いです。

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