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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Extra Element.2.5 Earth, Wind & Fire
73/93

第三話 Wanna Be with You

「両太郎くん、はっきり言って私は、(まもる)ばかりか麻美までも危険に晒すきみの策には賛同できない」


 犯人たちとの電話のあと、比呂志さんは顔を顰めてそう言った。


「だが麻美は私と違って、そうは思っていないようだ」


 比呂志さんは俺と麻美の顔を交互に見る。


「麻美、お前は両太郎くんを信じるんだな?」

「……うん」


 麻美は迷わずに頷く。それを見届け、比呂志さんはふうっと大きくため息をついた。


「どのみち犯人と約束してしまった以上、引き返すこともできないな……。わかった、私も両太郎くんの指示に従おう。私は何をすればいい?」


 比呂志さんの瞳にはまだ戸惑いがあるようだったが、それでも俺の策に了承してくれるらしい。

 俺もそれに全力を持って応えなければならない。麻美のために、そしてまだ会ったことのない(まもる)のために、俺の持てる全てを注ぐ。


「それでは、作戦を説明します――」



             -†-



「おい、どういうことなんだ! 話が違うじゃないか!」


 俺は電話口で精一杯慌てた声で怒鳴った。


「へっ、どうせお前たちには身代金を用意するしか道がないんだ、同じことだろ? しっかりあと五億用意すりゃ二人共とも解放してやるよ」


 電話口の男は下卑た笑いを漏らしながら得意気に語る。


 あれからの流れは、おおよそ俺の予想通りに進んでいた。慌てた声はもちろん演技だ。

 身代金の受け渡し場所に指定されたのは八々木(ややぎ)公園。犯人たちとの約束通り、指定場所には麻美が一億円の入った鞄を持って一人で向かった。

 現れた犯人たちは約束を違え、鞄ごと麻美を拐った。そして今また脅迫電話をかけてきたというわけだ。

 一億円をせしめておきながら、犯人たちの要求はさらに残り五億になっていた。合計すれば六億――最初の二倍だ。(まもる)に加えて麻美までも人質にとったことが、犯人たちを強気にさせているのだ。


「――金は用意する。夕方にはなんとかあと三億集まるはずだ」

「だめだ、あと五億用意しろ」

「わかった、全力を尽くす。どうか麻美と(まもる)に手荒な真似はしないでくれ」

「ああ、お前らがモタモタしなけりゃな。……夕方にまた電話する、その時にいい返事が聞けることを祈ってるぞ」


 電話が切れる。

 男は脅すような言葉を口にしながらも、終始上機嫌を隠しきれずにいた。俺たちはどんどん劣勢に立たされ、言いなりになっている――そう思ってくれているらしい。この分ならば麻美や(まもる)も心配はいらなそうだ。


 麻美が捕まったのは当然計画の内だ。小柄で可憐な見た目の麻美ならば、間違いなく追加の人質に加えようとする。そんな俺の予想通りに犯人たちは動いてくれた。

 麻美に持たせておいた比呂志さんのスマートフォンは、捕まった際に破壊されてしまった。GPS情報による探知を警戒する程度には、知識を持っていたらしい。

 だがそれも計算のうち。油断を誘うための罠だ。


「お嬢様の現在位置は五分以上変化なし――恐らく監禁場所に到着していると思われます。この座標は三駄ヶ谷(さんだがや)辺りですね。かなり近い位置です」


 寿さんがタブレット端末の画面を見ながら俺に報告してきた。


「二つとも同じ位置ですか?」

「はい。両方とも健在、座標も同一です」


 俺、比呂志さん、(ゆう)、そして合流したばかりの(ひかる)――寿さんの報告にその場の全員がホッと息を吐く。

 麻美にはスマートフォンの他に、寿さんから借りた超小型のGPS発信機を二つ持たせていた。もちろん監禁場所を特定して救出に向かうためだ。スマートフォンは発見される前提の囮にすぎない。


 一つだけ懸念となっていたのは、麻美が(まもる)と別の場所に監禁されてしまう可能性だった。その場合、GPS座標だけを頼りに麻美を助けに行ってしまうと(まもる)の身に危険が及ぶ。麻美に発信機をわざわざ二つ持たせたのは、そんなすれ違いを防ぐためだ。もし(まもる)と麻美が別の場所に監禁されてしまった場合は、犯人の目を盗んで二つのうち片方を破壊する。それから、考えたくはないが(まもる)の身に万一の事があった場合は両方とも破壊。そういう手はずになっていた。


「つまり(まもる)くんは無事で、麻美も同じ場所にいるということですね」

「ああ、良かった……」


 比呂志さんは両手で顔を覆い、フラフラと床に座り込みながら安堵の声を漏らす。緊張が緩み、全身の力が抜けたらしい。

 もちろん(まもる)の無事が確認できただけで、安全が確保されたわけではない。比呂志さんとしてはまだ完全には気が休まりはしないだろう。


 だが俺にとっては違う。(まもる)の無事が確認でき、さらに麻美を犯人の手元に送り込む――この二点が達成できた時点で、俺の中ではもう勝利は確定している。後は戦果をどれだけ大きくできるかだ。


「それじゃあ両兄(りょうにい)、あたしたちで麻美たちを助けに行こう」


 (ひかる)がグッと拳を握り締めて言った。

 これから起こるであろう犯人たちとの戦いでは、(ひかる)がいてくれるのは非常に心強い。(ひかる)には作戦を立てた時点でメールで事情を伝え、金元宅に駆けつけてもらったのだ。


「ああ。でもその前に、もう一度確認させてくれ。(ひかる)、この家の周囲に怪しいヤツの姿は無かったんだな?」

「うん、見当たらなかった」

「そうか……。警察への通報を警戒していた犯人たちが、この家を見張っていないとは思えない。近くにいないとなると、少し離れたところから双眼鏡か何かでこっちを伺ってるのかもしれないな」

「どうするの、両兄りょうにい?」

「どうもしないさ。見張りはひとまず無視。麻美と(まもる)くんを助けに行こう。(ゆう)(ひかる)、頼むぞ」

『OK!』


 (ゆう)(ひかる)は同時に頷く。

 そんな俺たちの様子を、比呂志さんはまだ不安そうに見つめていた。


「三人とも、本当に犯人とやりあう気なのか? あまりに危険過ぎる……!」


 比呂志さんは俺に従うと言った手前、反対こそしないものの、やはり作戦に納得はしきれていない様子だ。

 まあ正直言って、良識ある大人としては比呂志さんの言っていることは真っ当だ。普通なら、子供三人で誘拐犯と戦いに行こうとしている俺達の方がおかしい。


 だが俺たちには、比呂志さんの知らない()()()()()()秘密がある。

 それは麻美・(ゆう)(ひかる)の三人が、運命の戦士フェアリズムであるということ。

 金元麻美――フェアステラ。

 生天目(ゆう)――フェアチェーロ。

 赤﨑(ひかる)――フェアルーチェ。

 地、風、そして火。三人のフェアリズムの力があれば、何も恐れることはない。


「大丈夫です。絶対に麻美と(まもる)くんは救出します。比呂志さんはここに残り、犯人から電話があった場合の応対をお願いします。場合によってはこちらが戦闘を開始した後、ここを見張ってるヤツが襲撃してくるかもしれません。油断せずに備えて下さい」

「……わかった。だが私からも二つ頼みがある」


 なんとか作戦の実行を認めてくれたようだが、それでも比呂志さんの顔は険しい。


「何でしょう?」

「きみたちは子供だ。私には親として、息子と娘を守る義務がある。だがそれと同じくらい、大人として子供を――きみたちを守る義務がある。どうか私を、その義務を果たせなかった愚か者にはしないでくれ」


 つまり、「お前らも無事に帰って来い」ということらしい。この芝居がかった遠回しな言い方は嫌いじゃない。こんな状況で感じるのも変だが――あるいはこんな状況だからこそかもしれないが、比呂志さんに初対面で感じた警戒心のようなものは、もうすっかり消え去っていた。いま俺の前にいるのは、責任感と家族愛に満ちた好人物だ。


「大丈夫、必ず無事に帰ってきます。――二つ目は何でしょうか?」

「今夜はミートローフだ」

「え?」


 意味がわからず聞き返すと、比呂志さんは目を細めて部屋の隅に置かれた簡易ベッドに視線を向けた。その上では、菜穂子さんがまだ気を失ったまま横たわっている。


「普段は家政婦に料理を任せきりの妻が、ミートローフだけは絶対に自分で作る。なかなかの腕前でね、麻美も(まもる)も妻のミートローフが大好物なんだが――いつも沢山作り過ぎるのだけが玉に瑕だ」

「……では、夕飯までには戻らないといけませんね。俺も(ゆう)も、それから大食いの(ひかる)も手伝いますから、()()()()食べればあっという間ですよ」


 俺の言葉に、比呂志さんはフッと微かに笑った。といっても、気分が緩んだわけではないだろう。逆に、今度こそ覚悟を決めた――そんな意思が伝わってくる。

 大食い呼ばわりされた(ひかる)が隣で「ちょっと両兄!」と抗議してきたが、聞こえないふりをしておく。


「それじゃあ行ってきます。もし俺たちが一斉に外に出たのを犯人グループが怪しむようであれば――」

「無関係な子供たちは口止めをして家に帰らせた、とでも言っておこう」

「ええ、お願いします」


 俺たちはGPS情報確認用のタブレット端末を受け取り、比呂志さんと寿さんに見送られながら金元邸を後にした。



             -†-



 およそ二十分後、俺たちは麻美の家のある八々木(ややぎ)から南東に数キロ離れた三駄ヶ谷(さんだがや)にいた。神宮外苑を背にした人通りの少ない倉庫街。麻美の発信機の座標は、その一角を示している。

 鉄柵で囲まれた敷地の中には三角屋根のコンクリート製の倉庫が四つ並び、そのうち一番右の倉庫の正面口には、作業着の男性が二人立っている。

 キョロキョロとせわしなく周囲を伺う様子からして、本来の倉庫の警備員とは思えない。恐らくは犯人グループの立てた見張りだ。つまり麻美たちは一番右の倉庫に監禁されているのだろう。


 俺と(ひかる)は見張りに気付かれないように、左隣にある別の倉庫群の敷地から、鉄柵を越えて潜入した。目的地に近い右側から侵入できればベストだったのだが、残念ながら右側は何メートルもあるフェンスで覆われた変電所で、そちらからの潜入は困難だった。

 倉庫の周囲を囲う鉄柵は二メートル近い高さがあったものの、変電所のフェンスと比べればどうということはない。(ひかる)を先に柵の上に登らせ、引っ張りあげてもらった。フェアリズムたちと一緒に俺も身体を鍛えていたのが、思わぬ形で功を奏したというわけだ。


 鉄柵を越えた後は、並んでいる倉庫の裏側に沿って、なるべく音を立てないように右端の倉庫へ向かう。しかしもともと倉庫の裏手は人が通ることを想定していないらしく、非常に狭い。……というより、コンクリート壁と鉄柵の間の僅かな隙間を、壁面を這うように身体を平行にして、どうにか無理やり通っている状況だ。この際、服が擦れて汚れるのはもう気にしていられない。


 先に(ひかる)、その後を俺という順で進んでいく。なんとか一つ目の倉庫を越え、二つ目の倉庫も越え、三つ目も半分ほどに差し掛かる。見張りに気づかれた様子はない。あと少しで麻美たちが監禁されている右端の倉庫に到達できる。順調だ。


 が、そこから急にそれまでよりも隙間が一際狭くなっていた。きっと僅か一、二センチの差なのだろうけれど、もう通れるギリギリ限界に近い。

 もし俺が通れなくなったら、(ひかる)だけでも配置についてもらおう。俺より小柄な(ひかる)ならば先に進めるはず。


――と、思いきや。


「りょ、両兄りょうにい……」


 (ひかる)は引き攣った顔で俺の方を振り向いた。

 口元は乾いた笑みを浮かべているが、目は決して笑っていない。


「ごめん、引っかかっちゃった……」


 そう言った(ひかる)は、あと少しで三つ目の倉庫を越えられるという所で、思いっきり胸がつっかかって動けなくなっていた。確かに(ひかる)は俺より小柄だが、胸の大きさまでは考慮していなかった。それでも最大限の努力はしてくれたようで、胸は倉庫の壁に押し潰されている状態だ。

 参ったな。こんなことなら、あまり胸が大きくない(ゆう)と担当を逆にすればよかったか。――って、こんなこと考えてたら(ゆう)に怒られそうだな。


「ちょ、ちょっとあんまりまじまじと見ないで……」


 考え事をしていたせいで、視線が胸に釘付けになっていたらしい。

 (ひかる)が頬を赤らめて抗議してきたものだから、俺は慌てて顔を背ける。


「わ、悪い! ……それで、どうする? 俺が押す――のはやめたほうが良さそうだな」


 胸が潰れそうだから、とは流石に言えなかった。


「うん、ちょっと一度そっちに引っ張って」

「わかった」


 (ひかる)の言う通りに、伸ばしてきた手をとって引っ張る。「よっと」と小さな掛け声とともに、(ひかる)はなんとか挟まっていた壁際を脱する。といっても依然俺たちは三つ目の倉庫の裏手、壁と鉄柵との僅かな隙間に身を隠していることには変わりない。ここから目的の場所に行くためには、やはりなんとかして最狭ポイントを通過しなければならない。


「両兄、ちょっとあっち向いてて」


 俺が思案していると、(ひかる)が肩をつついてきた。どうやら何かを思いついたらしい。


「分かった、これでいいか?」

「うん。そのまま待っててね」


 俺が右手側――つまり(ひかる)がいる反対側を向くと、(ひかる)は何やらごそごそと音を立て始めた。一体何をしているのだろうか?


「これ持ってて」


 突然、頭の上に何か薄い布のようなものが振ってきた。慌てて両手を使って頭の上でそれを押さえる。

 額の上にかかった白い端っこにはレース飾りが見えた。同時に、香水の混じった甘い匂いがふわりと鼻腔を刺激する。


「なっ――(ひかる)、お前何を……!」

「しーっ、大きな声出さないの」


 ついつい慌てて声を出してしまい、(ひかる)に叱られる。

 しかしこの状況で平静を保てという方が無理というものだ。何しろ俺の頭にかぶせられたこの白い布は、(ひかる)がたった今まで着ていたブラウスなのだから。


「もしかして(ひかる)、裸になって通るつもりか……?」

「まさか! ……ちょっと余計なもの取り出しただけ」

「余計なもの?」

両兄(りょうにい)は知らなくていいの。……こっち見ないでね」


 そう言って(ひかる)はブラウスを回収する。

 ううむ、そんな風に言われると気になるな……。

 いや、もちろん(ひかる)の方を見たいという意味ではない。気になっているのは「余計なもの」とやらの正体だ。まあ追及すると怒られそうな気がするからやめておこう。


 それにしても、こうやって(ひかる)が恥じらうのは珍しいな。

 いつも(ひかる)は胸が当たるのもお構い無しにベタベタくっついてくるし、海合宿の時はことあるごとに水着姿を見せつけようとしてきた。なんていうか、恥じらいとは無縁みたいな印象が強かったから、少し意外だ。

 ひょっとして誘拐犯と対決するという状況に、(ひかる)も緊張しているのだろうか。


「両兄、もうこっち向いて大丈夫だよ」


 言われた通り振り向くと、(ひかる)はしっかりブラウスを着直していた。俺にはさっきまでと全く同じ服装に見える。結局「余計なもの」ってなんだったんだろう。


「それじゃ、行こっか。多分これで通れると思うから……あ、やっぱりいけた」


 考えている間に、(ひかる)はするすると最狭ポイントを抜けていく。さっきは胸がつっかえてたのに、一体どういうことだろう。さっぱりわからないが、今はそれを追及している場合ではない。


 それよりも、(ひかる)の態度がいつもと少し違うのが気になるところだ。

 犯人たちの武装は定かではないが、ライフル等の殺傷力の高い銃器を持っていないとは限らない。フェアリズムの肉体やコスチュームは、あのスズメバチフアンダーの鋭い針すらも弾き返した。しかし無傷というわけにはいかなかったのだ。限界を越えたダメージを受ければ、フェアリズムといえど負傷は免れない。

 緊張や気負いを抱えたまま戦いに臨み、(ひかる)に万一のことがあってはいけない。


「ほら、両兄りょうにいも早く。こっちから引っ張るから」

「ああ。でもその前に」

「うん?」


 伸ばしてきた手を取り、その目を見つめる。

 (ひかる)はキョトンと俺の方を見つめ返していた。一見するとそこに緊張や恐怖は見えないが……。


(ひかる)、今日はこんな騒ぎに巻き込んでごめんな」

「え、何いきなり? 別に両兄(りょうにい)があたしを巻き込んだわけじゃないじゃん。っていうか巻き込まれたとは思ってないよ、麻美はあたしの友達なんだから」

「あ、ああ。そうだな」


 ニヤッと力強く微笑む(ひかる)に、やっぱり緊張や恐怖は見えない。俺たちの頼もしき切り込み隊長(フォワード)、いつも通りの(ひかる)だ。

 じゃあ、いつもみたいにベタベタくっついてこないのは何故だろう。

 いや、まあ別にベタベタされたいわけじゃないんだけどさ。


「よっと」


 (ひかる)に引っ張ってもらって、俺も最狭ポイントをなんとか通り抜ける。これで三つ目の倉庫も抜けたも同然。麻美たちの囚われている四つめの倉庫は目の前だ。

 俺と(ひかる)は見張りに見つからないように気をつけながら三つ目の倉庫の影から飛び出し、四つめの倉庫の脇に積まれたドラム缶の影に身を潜めた。目の前にはヒビの入ったコンクリートの壁。この壁の向こうには麻美たちが囚われているはずだ。


(ひかる)、緊張はしてないか?」


 念のため、今度はストレートに尋ねてみる。まあ「してる」と素直に答えるとは思えないけどな。


「うん、大丈夫。勝負事は慣れてるしね」


 (ひかる)の声は明るかった。強がりにも見えない。やっぱり緊張なんて全然無さそうだ。

 言われてみれば(ひかる)、久しぶりに再会した時は俺にスタンガンを浴びせてきたんだよな……。


「そっか、ならいいんだ。なんかいつもと違う気がしたからさ」

「え、それは両兄(りょうにい)の方じゃん」

「……は?」


 思いがけない(ひかる)の言葉に、俺の方が面食らってしまった。

 俺がいつもと違う? そんなつもりは無いんだが……。


「渚から聞いたけど、渚のお父さんに凄く気に入られたんでしょ?」

「ん……まあ、そうなのかな」

「麻美のお父さんも両兄に一目置いてるみたいだったし、犯人との電話も凄く手際が良かった。大人を相手に堂々と渡り合う両兄は凄くカッコいいと思う。でもなんかね、両兄があたしたちを置いて、どこか遠くに行っちゃうんじゃないかって気がして……」


 (ひかる)は憂いを帯びた笑みを浮かべていた。それまでの強気が引っ込んでしまったかのように、眉尻が下がっている。

 俺は勘違いをしていたらしい。(ひかる)の様子に感じた違和感――不安のようなものは、誘拐犯との戦いに対するものではなかったのだ。


「俺は別にどこにも行かないよ」

「……本当?」

「ああ。っていうか、むしろ俺のほうが(ひかる)たちに置いていかれないように必死なくらいだ。なにしろ俺は変身して戦ったりできないからな」

「そう? 試してみたら案外変身できるかもよ。両兄って割と女顔だし」

「勘弁してくれ、流石にフェアリズムのコスチュームを俺が着るのは辛い……」

「あはは、似合いそうなのに」

「からかうなよ……。まあ、そういうわけで俺は俺にできることを精一杯やるって決めたんだ。頭と口先くらいしか使えるものがないからな、必要なら政治家だろうと誘拐犯だろうと正面からやり合ってみせる。(ひかる)から見て俺がいつもと違うように見えるんだとしたら、きっとそれは『今の俺』と『今までの俺』との、覚悟の違いだよ」


 俺がそう言い終わると、(ひかる)は目を細めて俺の顔をジッと見つめてきた。


「じゃあ両兄はいきなりいなくなったりしない?」

「ああ」

「あたしたちのリーダーとして、ずっと一緒にいてくれる?」

「ああ」

「今日一緒に遊べなかった埋め合わせに、どこか連れてってくれる?」

「ああ。……って、しれっと我欲を混ぜ込んできたな」

「へへへ、約束だからね?」


 そう言って、(ひかる)は笑いながら俺に抱きついてきた。

 ああ、ようやくいつも通りの(ひかる)だ。別に抱きつかれて嬉しい訳じゃないけどさ。

 何にせよ、これで俺の心配も無くなった。いよいよ作戦決行だ。


「ま、この後の頑張り次第だな。頼んだぞ、(ひかる)

「うん、任せて」


 力強い(ひかる)の返答を受けながら、俺はポケットからスマートフォンを取り出した。入口側に待機している(ゆう)に連絡するためだ。

 電話帳から(ゆう)の番号を呼び出して発信。数回のコールの後、


「もしもし、こちらフォックス01(ゼロワン)


 (ゆう)が小さく囁くような声で応答した。


「……あー、こちらフォックス00(ゼロゼロ)、フォックス02(ゼロツー)と共に所定の場所に到着した」


 こちらからも状況を伝える。もちろんこの痛々しいコードネームは、(ゆう)のたっての希望で決めたものだ。


「OK、こちらも準備はできてるから、変身カウントをお願い。いつでも陽動任務を開始できるよ、リョウくん」


 いや、フォックス00じゃなかったのかよ。言い出しっぺの(ゆう)が徹底しないでどうするんだ……。

 まあ今はそれどころじゃないな。


「わかった。じゃあ(ゆう)の行動開始と同時に俺たちも突入を開始する。変身カウントいくぞ、3、2、1、GO!」


 最後の「GO!」は、もう見張りに見つかることも恐れずに大きな声で叫ぶ。

 同時に目の前と電話口から、


『フェアリズム・カーテンライズ!』


 (ひかる)(ゆう)の変身の掛け声が響き渡った。

 さあ、作戦のスタートだ。

表現微修正(15/12/30)


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