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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.2 世界を繋ぐもの
66/93

エピローグ 桃の決意、両太郎の希望 -Es werde Licht-

「それじゃあみんな、行くよー。よーい――スタート!」


 梶のコールを受けて、俺たちは一斉に走りだした。

 柔らかな砂浜は地面を蹴った力を吸収してしまい、なかなか上手く走れない。砂が思わぬ方向に滑り、足を取られてしまうこともある。だがそれゆえに、体勢の細かなバランスを取っている筋肉を鍛えやすい。

 実は海で合宿をすることになってすぐ、海辺でできるトレーニングの類は一通り調べておいたのだ。


「ほらほらみんな、遅いよー!」


 (ゆう)が余裕たっぷりの顔で振り向き、俺たちを煽る。

 小さい頃からこの手のトレーニングを積んできたという(ゆう)は、砂地でもあまり速度を落とさず器用に走り抜けていく。平地であれば俺だって短距離のスピードは(ゆう)と大差ない。しかし砂浜では、(ゆう)の半分のスピードも出ていない気がする。


 その(ゆう)の後ろにつけているのは(ひかる)だ。

 (ひかる)は最初は俺や他のみんなとほとんど変わらないスピードだったのに、あっという間に砂浜ダッシュのコツを掴んだらしい。まだ(ゆう)のように軽口を叩くほどの余裕は無いものの、それも時間の問題に思えた。

 (ひかる)に対する「今どきの女の子」という評価は、改めるべきかもしれない。あいつは野生児だ、野生のギャルだ。


 そして二人と見る見るうちに距離が離れてしまったのが、俺・桃・渚・麻美の四人団子だ。

 渚も麻美も汗まみれになりながらも涼し気な表情を崩さず、淡々と走っている。しかしクールに見えるその表情の奥底で、二人とも(ゆう)(ひかる)に相当な対抗意識を燃やしているのがひしひし伝わってくる。


 そして二人と対照的なのは桃だ。

 桃は俺の隣で眉間に皺を寄せ、仁王像のように暑苦しい形相で走っている。

 しかし身体に無駄な力が入っているわけではない。まるで脳が足に移動したとでも言わんばかり、集中力を研ぎ澄まして砂地ダッシュのコツを掴もうとしているのが伝わってくる。


「ひゃぅっ!」


 足の動かし方に集中しすぎたのか、浜辺に落ちていた海藻を踏んで桃が転ぶ。顔面から勢い良く砂にダイブだ。


「おいおい、大丈夫か桃――」


 笑いを堪えながら手を貸して起こそうとした。が、それより早く桃はガバっと起き上がる。

 いつもならこういう時は照れ笑いを浮かべるのに、今は口をきゅっと結び、砂まみれの顔に闘士を滾らせている。

 その表情に、堪えた笑いも自然と霧散してしまった。


「大丈夫そうだな、桃」

「うん平気。わたし、強くなるって決めたから!」


 力強く言い放ち、再び走りだす。

 俺はその姿を目で追っていた。



             -†-



 砂浜ダッシュから遡ること数時間。

 ポプレとの戦いを終えた俺たちは、寝ていた面々を起こしてリビングに集合した。

 俺、フェアリズムの五人、梶、エミちゃん、それにパックとアリエル――全員が揃ったというのに、ひとつ空いてしまった椅子に、胸が痛む。

 だが感傷に浸るのは後、話さなければならないことが山盛りだ。


 螢のこと、ヴィジュニャーナのこと、戦いの最中にフェアフィオーレが見せた新たな力――エレメンタルボンドのこと。

 一通りの情報共有が終わるまで、桃はずっと俯いて黙り込んでいた。

 螢――シスター・ダイアを今後どう扱うのか。本当はそれも話し合うべきだが、誰一人そのことを言い出す者はいなかった。まずは桃の気持ちを落ち着かせるのが先決だと、皆の目が語っていた。



 その後は少し早めの朝食を済ませ、食休みを兼ねての自由時間にした。

 俺は部屋のベッドに座って考え事だ。


 果たして俺のこれまでの行動は適切だったのだろうか。もっと上手くやっていれば、桃と螢をあんな形で別れさせることは無かったのではないか。

 そんな後悔が後から後から湧いてくる。


「リョウ、ずいぶん悩んでるねー」


 呑気な声で、隣のベッドに寝そべっている梶が言った。


「もしかして、『あの時もっと上手くやってれば』なんて一人反省会しちゃってる?」


 図星を突かれて、思わず梶から表情が見えないように顔を背けてしまう。


「あはは、当たりだった」

「――あのなあ、からかうのは後にしてくれよ」


 ついイラッときて、キツい口調で言い返してしまった。

 しかし梶はそれを気にした素振りもなく、


「リョウ、たとえもっと上手いやり方があったとしても、それを見つけたからって現在(いま)が変わるわけじゃないよ」


 珍しく真面目口調で言う。

 いつも飄々とふざけた態度をとっているこいつに真面目顔をさせてしまうくらい、俺はウジウジして見えたのだろうか。


「わかってるさ。立ち止まるための反省じゃない、前に進むため――次はもっと上手くやるための反省だ」

「ふうん?」

「……なんだよその顔は」

「いやーリョウも言うようになったなあ、なんてねー」

「うるさい!」


 思わず枕を掴んで投げつける。しかしすっぽ抜け、枕は梶の上空を通過してぽふっと床に落ちた。


 つい言い返しはしたけれど、実際は梶の言う通り、俺は過ぎたことばかり考えようとしていた。梶もそれを察したからこそ声をかけてきたのだろう。まったく、おせっかいの上手い奴だ。


「ま、リョウがしっかり前に進むつもりならそれでいいんだ」


 梶は起き上がって、枕を拾い上げて投げ返してきた。

 それから、その足でドアの方に向かって行く。


「それじゃ、前に進もうとしてる同士、しっかり話をしてみるんだねー」


 梶がそう言ってドアを引くと、驚き顔の桃が立っていた。



             -†-



 桃が開口一番に叫んだのは「ごめんなさい」だった。

 ごめんなさい、お兄ちゃんが螢ちゃんのことを言えなかったのはわたしのせいだよね――。

 泣き出しそうな顔で言う桃をなだめ、隣に座らせる。


 桃の言ったことは確かに事実だ。俺が真実を告げるタイミングを見計らっていたのは、桃がシスター・ダイアに対して強い敵愾心を持っていたためだ。

 でも、それは桃に非のあることじゃない。フェアフィオーレとシスター・ダイアは幾度と無く戦った敵同士だったのだから。

 何より、桃がダイアに対して最も怒っていたのは俺を殺しかけたこと。その怒りは俺のための怒りだ。

 それを誰が責められる。いや、たとえ誰が責めたとしたって、俺は桃の味方だ。


 ただ、そうやって誰が良いの悪いのという話をいつまでもしていても埒が明かない。

 悔しいけれど梶の言う通り、俺たちのすべきことは前に進むこと――これからどうするか、しっかり考えることだ。

 それを告げると、隣りに座った桃は黙って頷いた。


「桃、俺は螢を絶望の底から救い出したい。お前はどうだ? 俺の意見に流されたり、自分の気持ちを押し殺したりはせず、お前自身の気持ちを聞かせてほしい」


 桃は俯いてふうっと息を吐き出し、それから顔を上げた。

 もうそこに泣き虫の桃はいない。


「わたしはシスター・ダイアには負けない」


 桃は力強く言い切った。

 それは俺の望んでいた答えとは違う。でも、それが桃の悩んで出した結論なのだとしたら尊重したい。

 そう思った時、


「ダイアがどれだけわたしたちのことを敵だと言っても、わたしはそれに負けない」


 桃は俺の手をギュッと両手で包むように握りしめた。


「それ以上の心と力で、わたしは()()()()と繋がりたい。わたしはシスター・ダイアから――《シスター・ダイアという運命》から、大切な友達を絶対に取り戻すんだ」


 凛と言い切った桃の瞳は、真っすぐ射抜くように俺を見ていた。

 俺に従ったとか、遠慮したとか、そんなんじゃない。桃自身の意志でその答えを選んだ。眼差しは、そう語っていた。


「こら、桃!」


 突然ドアが乱暴に開かれた。部屋に躍り込んで来たのは(ひかる)だ。


「そういう時は『わたし』じゃなくて『わたしたち』だって言ったでしょ!」


 (ひかる)は桃の隣に座って桃の頭をひっ掴み、わしわしと乱暴に撫で回す。


「うわっ、ちょ、(ひかる)ちゃん!?」

「お前、立ち聞きしてたのか……」

「ふふ、あたしを除け者にしようったってそうはいかないよ! あたしだって螢のこと好きだしね!」

(ひかる)ちゃん……」


 カラカラと笑う(ひかる)に釣られて、桃の表情がどこか和らぐ。


「ふふ、私たちもいますよ」


 ドアからはまた別の声。そこには渚・(ゆう)・麻美の姿があった。

 三人も部屋の中に入ってきて、桃の周りに集まる。


「ぼくたちも桃と同じ気持ちだよ」

「……螢ちゃんは、取り戻す」


 麻美は桃に向かってグッとガッツポーズしながら、もう片方の手で俺の腕を掴んだ。

 それは桃への言葉であると同時に、俺への言葉でもあったのだろう。

 麻美も昨日一日、桃と同じかそれ以上に螢と色々あったもんな。


「うん――みんな、頑張ろうね! みんなでもっと強くなろう!」


 桃の言葉に、残りの四人は力強く頷いた。



             -†-



 その日の夜、俺は二階のテラスで一人で風に当っていた。

 テラスから見上げる夜空には、相変わらず一面の星が瞬いている。


『まさかあの時見つけられなかった星座を、こんな風に見上げることになるなんてね。――兄さんにも見せてあげたかったわ』


 昨夜の螢の言葉を思い出す。

 螢はあの時、決して叶わない願望としてそれを口にしたのだろう。

 でも、そうじゃない。刹那とメトシェラは形を変えて生きている。そして螢は俺たちが取り戻す。

 きっといつか、螢と刹那がこの星空を一緒に見上げる日が来る。


 今の戦いの状況は、俺が望んでいたよりもずっと悪い。

 エレメントストーンは五つまでもが《組織》の手に渡り、螢はシスター・ダイアとして俺たちと戦う道を選んだ。


 しかし、今の俺の心には、力強い希望の光が灯っている。

 それは桃、(ひかる)、渚、(ゆう)、麻美――あの五人がくれたものだ。


 彼女たちとの繋がりが、六年間ずっと立ち止まっていた俺に再び前に進む力をくれた。

 苦しい過去は消えない。抱いた絶望は無くならない。それでも、新たな繋がりが前に進む力を与えてくれる。未来へ、希望へと導いてくれる。

 それは螢にとっても同じはずだ。


 五人が笑顔で繋がっている限り、きっと何もかもどうにかできる。

 彼女たちは、元素を司る運命の戦士フェアリズム。愛で世界を繋ぐ者なのだから。

Element2はこれで完結です。

Element3開始までに、Element2.5(短編)及び別作品をいくつか挟む予定です。

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