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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.2 世界を繋ぐもの
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第二〇話 夜は更けゆく 2 -Nessun Dorma 2-

 麻美と螢が入浴に向かって二十分。

 つまり桃・(ひかる)ゆう・渚の四人がリビングに戻ってきて二十分。

 その間、俺はテーブルに着かされ、向かいに座った渚からひたすら詰問を受けていた。


「それで、両太郎さんは麻美と何を話していらしたんですか?」

「だから、ちょっと世間話っていうか――相談事してただけだよ」

「あら、頭を撫でられながらする相談事とはどのようなものですか?」

「ん、ああ、いや……その」

「言ってくださらないんですね。私ではお力になれませんか?」

「そういうわけじゃないけど……」


 とまあ、こんな状態だ。このやりとりを一体何ループしただろうか。最初に息巻いて噛み付いてきたのは(ひかる)だったが、それを押しのけて渚が審問官を買って出た形だ。

 弁舌に長けた渚が有無を言わさず追及してくるものだから、俺にまともな反論なんてできっこない。桃もゆうも――最初は誰より先に俺を問い詰めようとした(ひかる)も、苦笑いを浮かべて渚の様子を遠巻きに見守っている。四人に寄ってたかって詰問されないだけマシな状況だが、しかしどうやら俺を助けてくれる気もないらしい。


 俺が麻美と相談していたのは、桃と螢のことだ。螢がシスター・ダイアであることを合宿が終わるまでに桃に伝え、この先の戦いを回避する。いや、たとえ戦いそのものは回避できなかったとしても、その戦いの意味を変える。フェアフィオーレとシスター・ダイアの戦いは、敵を倒すための戦いであってはいけない。


 友達を救うための戦い――そうあって欲しい。


 しかしそのためには一つハードルをクリアしなければならない。

 桃は螢と急激に仲良くなっていった。その一方で、俺を二度も殺しかけたダイアに対しては、未だ強く憤っている。もしこのまま桃に螢の正体がダイアであることを告げた時、果たして螢を思う気持ちが勝るのか、それともダイアへの怒りが勝るのか――俺たちにはそれを予想できなかった。そのために俺と麻美はまず、桃と螢が互いをどう思っているかを確認しようと決めた。

 その手はずを考えている最中に、風呂から当事者である桃を含めた四人が戻ってきてしまったのだ。


 当事者である桃の前で白状するわけにはいかない。それに、なぜ麻美が俺の頭を撫でていたのかまでは俺にだってわからない。


 四人と一緒に風呂から上がってきたエミちゃんは、我関せずの態度でテレビの前でゴロゴロしている。俺が渚に問い詰められているのが聞こえていないわけがないのだが……。生徒のピンチを見て見ぬふりとは、まったく酷い教師もいたものだ。


「まあ、両太郎さんが私を信用してくれないのは仕方ありませんね。寂しいですが、それは私自身のいたらなさが原因でしょうから……」

「それは違う!」


 寂しげに項垂れる渚に、思わず声を荒らげてしまった。


「――信用してるとか、してないとか、そういうことじゃないんだ。この戦いに関することで、今は渚に――いや、皆に伝えてないことがある。それは紛れも無い事実で、そのことは本当に申し訳ないと思う」


 俺の言葉に、渚の表情がフッと和らぐ。


「『今は』――ということは、いずれ話せる状況が整えば話してくださる。今はその状況を整えている最中。そういうことですね?」

「え? あ、ああ」

「麻美には内容を知られてしまったので、どうやってその状況を整えるかの相談をしていた、と」

「……その通りだ」


 渚はまるで見ていたかのように、的確な推察を披露してみせた。

 というかひょっとして、最初から察していたんじゃないだろうか。


「ふふ。――ということだそうですよ、皆さん。どうしますか?」


 渚は悪戯っぽく笑って桃・(ひかる)ゆうに問いかける。

 三人は呆気にとられたようにキョトンとして、それから顔を見合わせて笑った。


「うん、お兄ちゃんに考えがあってのことなら……」

「っていうか、心配して損した! あたしはてっきり両兄ってば麻美とイチャイチャしてたのかと」

「部下に対して秘密を抱えて苦悩する――ってアツいシチュエーションだよね! リョウくんもリーダーが板についてきたかな?」


 三者三様の反応。それを見て渚は満足気に微笑み、「これでよろしかったですよね?」と言わんばかりに俺にウィンクを送ってきた。

 なるほど、やっぱり渚は最初からすぐに状況を察して、他の三人を納得させるために敢えて俺を問い詰める役を買って出たらしい。結果的に(ひかる)にあのまま問い詰められているより穏便に済んだのは間違いない。流石は渚、なかなかの策士、そしてなかなかの女優っぷりだ。俺もすっかり騙され、乗せられてしまったが、そのおかげで助かった。


「ありがとな渚。さっきのクイズ正解のご褒美、これでチャラにしてくれていいから」


 渚にだけ聞こえるよう小さな声で礼を言う。

 すると渚はこれまた俺にだけわかるくらい小さく首を左右に振った。


「では、これは副賞にしておきます。両太郎さんからのお願い――楽しみにしていますよ」

「はは、それじゃあ考えておくよ。本当にありがとうな」


 もう一度礼を言うと、渚は目を閉じ、頼もしげに笑って頷いた。いつのまにかその役柄は、怜悧な裁判官から優しいサブリーダーに変わっている。本当に頼りになる――そして敵に回したくない子だ。

 この先、なるべく渚を不用意に怒らせるのはやめておこう……。


 なんて密かに肝に銘じていると、


「それにしてもリョウくん、あの麻美に懐かれるなんて凄いねー」


 (ゆう)がいつのまにか右隣の椅子に座って、何やら含みのある笑みを浮かべていた。


「別に懐かれてるわけじゃないだろ……」

「いや、そんなことないね。あれは相当懐いてると見たね。渚もそう思うでしょ?」


 せっかく穏便に話が済んだと思ったのに、(ゆう)は容赦なく穿り返し始めた。これには流石の渚も苦笑――と思いきや、その笑みは僅かに嗜虐と愉悦を含んで、「ニヤリ」という擬音が聞こえてきそうなものだった。


「そうね。麻美は基本的に男嫌いだし、まさかこんな姿を見るなんて」


 言葉と一緒に、対面からスッと渚の手が伸びた。

 え、と思った瞬間には、もう俺の頭頂はゆっくり撫でつけられている。


「ちょ――な、渚?」

「それに、あの麻美が私たちに隠し事をするなんて……。滅多にないことよね、ゆう?」

「だよねー」


 (ゆう)までも同じように俺の頭を撫で始めた。

 渚もゆうも、二人で会話しているように装いながら、その言葉はあからさまに俺に向けられている。「頭を撫でる」という穏やかさの極地にあるような行為の中に、二人ともどこか剣呑な気配を迸らせていた。


 まあ、二人の言いたいことはよく分かる。要は俺に釘を刺したいのだろう。親友に隠し事をさせてまで何か企んでるなら、ちゃんとそれを成功させてみろ。そう言いたいのだ。

 大丈夫、麻美に負担を強いることも、皆に心配かけてることも、決してムダにしない。皆が笑えるエンディングに辿り着いてみせるさ。

 なんて二人に答えようと口を開いたその瞬間、


「あー、ずるい! あたしも!」

「ぶわっ!」


 今度は背後から(ひかる)の襲撃を受けてしまった。

 (ひかる)は俺の首に左腕を回して抱きつくように密着し、渚とゆうに混じってガシッと右手で俺の後頭部を鷲掴みにする。


「や、やめで……」

「よーし、あたしも両兄(りょうにい)撫でる!」

「ぐぐ、ぐびが」


 首が絞まってることを必死に訴えるも、(ひかる)は聞く耳を持たずワシワシと俺の頭を撫でくり回す。いや、撫でているなんて生易しいものじゃない。どちらかといえばヘッドスパだ。


 パッと見の印象ではフェアリズムの五人の中で一番イマドキの女の子らしい(ひかる)だが、単純な数値比較で言えばフェアリズムで最も高い筋力を誇るのも彼女だ。(ゆう)を技の一号とするなら、(ひかる)は力の二号。そんな(ひかる)が首に腕を回して力いっぱいぎゅうっと絞めてくるものだから、いくら男といっても、そしていくら最近身体を鍛えてるといっても、根本的にインドア系な俺には為す術がない。背中に思いっきり胸が当たってる……なんてことはこの際どうだっていい。そんなことを考えている余裕なんか無い。


「だ、だずげ……」

「へっへへー、お客さんどこかかゆいところはないですか?」


 だからそれはヘッドスパだ!

 なんてツッコミたいのはやまやまだが、それどころじゃない。何しろ呼吸ができない。


 ああ、意識も遠ざかってきた。俺……死ぬのかな。

 中学生の女の子たちに頭を撫でられながら窒息死なんて、そうそう無いシチュエーションだろうな。ひょっとしたら世界で初めてのケースなんじゃ――。


 なんてどうでもいいことを考えながら遠のいていく意識の片隅で、桃の叫び声が聞こえた。


(ひかる)ちゃん! お兄ちゃんが死んじゃう!」

「あ、ごめんごめん」


 慌てて駆けつけた桃が(ひかる)を引き剥がしてくれ、俺はなんとか一命を取り留めたのだった。



             -†-



 それから十分ほど経っただろうか。


「……にーさま、お風呂――って」


 声に振り向くと、麻美がリビングの入口で呆然としていた。

 浴場からの帰りに直接立ち寄ったらしく、手には籐で編まれた着替えバッグを持っている。


「……何してるの」


 俺に怪訝な目を向けてくる麻美。

 まあ、それは無理もない。何故なら俺は今、椅子に腰掛けた状態で四方を桃・(ひかる)(ゆう)・渚に固められていてる。地図で言えば、大国に囲まれた小国みたいな状態だ。

 すなわち左前方の桃公国、右前方の(ひかる)共和国、右後方のゆう王国、左後方の渚帝国だ。四大国の君主たちは国境線を超えて俺の頭頂部に手を伸ばし、そこを分割統治している。

 率直に言えば、四人に頭を撫でられているのだ。


 どうしてこんなことになっているのか。

 先程、桃が(ひかる)を引き剥がしたことで事態は終息したかに思われた。しかし(ゆう)が「麻美をからかおう」などと言い出し、状況は一変した。あろうことか最後の良心と思われた桃まで企てに乗り、今に至る。


「えー、あたしたち何してるんだろうねー?」

「ぼくたち、さっきの麻美の真似してるだけだよねー」

「ねー。麻美はさっき何してたんだろうねー」


 (ひかる)(ゆう)が早速麻美を盛大にからかう。お前ら小学生かよ……。

 最初呆然としていた麻美は、ハッと何かに気付き、見る見るうちに顔が真っ赤になっていった。それが照れなのか怒りなのかはわからない。しかし小さい身体でドシドシと暴力的な足音を立て、こちらの方に進軍してくる様を見る限り、どうやら後者の色合いが強そうだ。


「ま、麻美……その、すまん」


 俺は何も悪くない気がしているが、身の危険を感じたので一応謝っておく。しかし、そんなことで麻美の進撃は鈍らない。そのままズンズンと進んできて、俺の目の前で停止する。

 いつもより少ししっとりして見える麻美の髪から、シャンプーの匂いがふわっと漂って鼻腔をくすぐった。だが、俺が今こうしてドキドキしているのはそれが理由じゃない。麻美がスッと右手を持ち上げたせいだ。


 殴られる、絶対に殴られる。四大国に囲まれたこの自治領に、麻美皇国からの弾道ミサイル着弾だ。

 腹か。それとも顔か。

 ひとまず攻撃を食らうことだけは覚悟し、腹筋に力を入れて目を瞑る。


 だが、攻撃は来なかった。

 代わりに、ぺたっと額に麻美の小さな手が当てられた。


「え?」


 思わず目を開ける。

 目の前には麻美の顔。まだ少し紅潮しているけれど、相変わらずの無表情で、その心中は推し量れない。

 麻美は熱を計るみたいに俺の額に手を当てていた。


「……にーさま、お風呂空いたから、どうぞ」

「お、おう……ありがとう。そういえば螢は一緒じゃないのか?」

「……多分、部屋に戻った、かな」


 微妙に歯切れの悪い返答が返ってきた。もしかして螢と喧嘩でもしたのだろうか?


「……早く、入っちゃって」


 麻美は淡々と言って、額から手を離す。からかいが空振りに終わって呆気にとられていた他の四人も、あはは、とたじろぐように笑って手を引っ込めた。麻美さんマジクール、かっけぇーっす……。


「それじゃ、行ってくる」

「……あ」


 立ち上がってテーブルの上に置いた着替えを手にとったとこで、麻美にシャツの裾を引っ張られた。


「……今度は、不幸な事故とか、言っちゃダメだよ」


 麻美は俺の目をジッと見て、念押しのように言った。さっきの件をまだ根に持っていたのだろうか。


「わかった、気をつけるよ」


 それだけ答えて、俺は浴場へと向かった。



             -†-



 浴場は非常に立派なものだった。

 ……と言ってもまだ俺は脱衣所で服を脱いでいる最中で、浴室そのものを見たわけじゃないのだが。事前情報の通り十人程度ならば同時に着替えられそうな広い脱衣スペースに、五台の洗面化粧台――まるでちょっとした銭湯気分だ。この脱衣所を見回しただけでも、浴室が豪華なものであることは想像に難くない。

 おまけに脱衣所の端に設置されたテーブルの上には大量のタオル類が積み重ねられている。まるでホテル並みの気遣いだ。もっともこれは家事が趣味という奇特なお嬢様の計らいだろう。


 当然だが脱衣籠は全て空っぽ。広い露天風呂を俺一人で専有できるかと思うと、ワクワクする。

 逸る気持ちを抑えながら、脱いだ服を畳んで脱衣籠に入れ、タオルを一つ掴んで浴室に向かう。


「うお……っ」


 曇りガラスの引き戸を開くと、思わず感嘆の声が漏れた。

 石造りの床に苔むした大きな岩、石灯籠、涼し気な木々。そこは浴室と呼ぶのも躊躇われる、まるで日本庭園のような風情のある空間だった。池のかわりに水音を立てているのは、湯気に覆われたこれまた石作りの浴槽。周囲は木製の柵で囲われているが、十分な広さがあるため圧迫感も感じない。

 そして頭上には、天井のかわりに満天の星空が広がっていた。

 想像通り――いや想像以上の贅沢な露天風呂だ。


「これはすごいな……!」


 いかんいかん、見たこともないような光景に興奮して、つい独り言を言ってしまった。

 ああ、早く湯船に浸かりたい。でもその前に身体を洗わないとな。一人とはいえ、マナーは遵守だ。

 そう思って洗い場があるであろう左手を振り向き、俺はもう一度想像の外側の光景を目にする羽目になった。


 ()()()はタオルで大事なところを隠した全身をわなわなと震わせ、俺の方を睨んでいた。

 顔が――いや全身が真っ赤に紅潮しているのは、温泉の熱気のせいだけじゃないだろう。艶やかな長い黒髪、整った目鼻立ち。いつもかけている眼鏡は今はかけていない。琥珀色の瞳は驚きと怒りに染まっている。


 螢だった。


「なっ、なんで螢が……!」

「それはこっちのセリフよ! どうしてわたしがいるのに入ってきたの!」

「いや、だって――」

「こっち見ないで!」


 怒られて、慌てて目を瞑る。確かにタオルで隠れてるとはいえ、色々際どい。正面からジロジロ見てしまったのは申し訳なかったな。


「いや、だって螢がいるなんて思わなかったんだよ。麻美がお前は部屋に戻ったって……それに脱衣所にお前の着替えなんか無かったぞ」

「えっ?」


 トタトタと石の上の足音が近づいてきて、横を通り過ぎる。目を瞑っていてわからないが、螢が自分の着替えを確認しに行ったのだろう。


「……やられたわ」


 次に聞こえてきたのは、困り果てた螢の声だ。


「確かに着替えが無い――っていうか両太郎、あなたの着替えも無いわよ……」

「へっ……?」


 思わず目を開けて脱衣籠の方を見てしまった。視界の端に相変わらずボディタオル一枚で身体の前面を隠している螢が入ってしまい、急いでもう一度目を閉じる。

 しかし一瞬見えた限り、確かに螢の言う通り俺の着替えを入れた脱衣籠も空になっていたようだった。


「となると……やっぱりダメね」


 ドアノブをガチャガチャ回す音と、螢の諦念の声。どうやら脱衣所のドアは外側から施錠されているらしかった。つまり俺たちは今、隔離空間と化した脱衣所と露天風呂に閉じ込められているのだ。


 さてどうするか。状況から考えるに、これは恐らく麻美の仕業だ。出掛けの「今度は不幸な事故なんて言うな」というのも、麻美に対してのことじゃなく、この展開のことを言っていたわけだ。

 麻美は無闇に悪戯を仕組むような子じゃないし、何より悪戯の範疇を超えている。きっと何かしらの考えがあってこうしたのだろう。

 だが服を取り上げられ、隔離空間にタオル一枚の男女というこの状況は、非常に色々とマズい。あの麻美が、一体どんな考えがあればこんな状況を仕掛けるというのか。


「……もう目を開けていいわ」


 螢に言われ、恐る恐る目蓋を持ち上げる。螢は大きめのバスタオルを身体に巻き、疲弊した顔をしていた。まだ少し頬が赤いものの、だいぶ落ち着きを取り戻している。

 身体のラインがはっきりわかる上に太腿や胸元があらわになっていて、言葉を選ばなければかなり扇情的な姿だ。しかしそれでも、小さなボディタオル一枚のさっきまでよりは遥かにマシなので、贅沢は言うまい。


「あなたも巻いておいて。……()()()()趣味ではないのなら」


 そう言って螢は俺にもバスタオルを投げ渡してきた。

 そこで初めて、俺も螢に負けず劣らずの際どい姿だったのを思い出す。無意識のうちに前だけ隠していた自分を褒めてやりたい。

 慌ててバスタオルをキャッチし、腰に巻いていく。


「これは金元さんの仕業ってことよね……」


 どうにかバスタオルを巻き終わったところで螢からの問い。螢も俺と同じ推察に辿り着いていたらしい。


「ああ、間違いないだろうな」

「何を考えてるのかしら……」

「流石に今回は俺にもさっぱりわからん。麻美がこんなメチャクチャをやるなんて……」

「………………」


 螢は首を傾げてしばらく逡巡してから、無言のまま露天風呂に戻っていく。


「お、おい螢?」

「金元さんのことだもの、メチャクチャに見えてもきっと穴は無いわ。湯冷めしたくないから、湯船に戻る」


 それは確かにその通りだ。

 あの麻美ならば行き当たりばったりの無茶はしないだろう。何を企んでいるのかはわからないが、とりあえず落ち着いて次の展開を待ってもいいはずだ。

 だが、まさか螢の口からそんな言葉を聞くとは。螢と麻美――いやシスター・ダイアとフェアステラが本気の激突をしてから、まだ半日も経っていない。その半日の間に随分と螢は麻美のことを信用したようだ。


「あなたはどうする? 風邪を引かれても後味悪いのだけど」

「……それは、一緒に入ってもいいってことか?」

「その言い方は何かちょっと気持ち悪いわ……。変な気は起こさないでよね」

「起こすわけないだろ! ……あ」


 つい強く言い返してしまった。

 が、言ってすぐにそれが失敗だったと気づく。これじゃ螢に女の子としての魅力がないって言ってるように取られてしまうんじゃないだろうか。麻美に釘を刺されてたのに、「不幸な事故」と同じような失言をしてしまった。

 とはいえ、じゃあ何て返せば正解だったというのか。うーむ……。

 この六年間、ごく一部の親しい相手を除けば、俺は殆ど他人と関わろうとせずに生きてきた。その結果、コミュニケーション能力が著しく低下してしまった自覚はある。こういう時に上手い返しができないのは困ったものだ。

 ひとまず、螢に対して悪気が無かったことは伝えないと。ええと、何て言えばいいんだ?


 などと一人で焦っていると、螢はクスリと笑った。


「……信頼してるわ」


 それだけ言い残して、螢は浴槽の方に歩いて行く。良かった、怒らせてはいないようだ。胸を撫で下ろして、俺もその後を追う。


 そんなこんなで、俺たちは湯船に浸かって解放を待つことにしたのだった。

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