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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.2 世界を繋ぐもの
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第一四話 黒曜城エイルメント -Sys-Ter aPOPLExy-

 フェアリエン中央大陸の北端、かつての障皇(しょうこう)シックネスの居城・エイルメント。

 端から端まで黒曜石で作られた、物々しくも荘厳なその城の一室――少し硬いベッドの上で、シスター・ポプレは目を覚ました。

 体を起こした際に薄手の毛布がさらさらと肌を撫でて床に落ち、艶かしい肉体が露わになる。ポプレは衣服を何一つ身につけていなかった。


「………………」


 無言のまま辺りを見回す。その部屋はかつてシックネスに仕えていた人間の使用人達が寝泊まりしていたものの一つで、エイルメント城が《組織》の支配下になってからはポプレが自室として使用している。


 薄ぼんやりと靄がかかったような思考が、己が長い時間眠りについていたことをポプレに自覚させた。クローゼットから肌着を取り出し、壁にかけられていたシスターのローブを手に取り、その豊満な身を漆黒で覆っていく。

 そうしながら、ポプレはようやくどうして自分が眠りについていたのかを思い出しつつあった。


『届け、草花のいたわり!』

『さざめけ、風の歌声!』

『……(きらめ)け、星々の鼓動!』

『フェアリズム・エレメンタルサーキュレーション!』


 記憶の中で最後に見聞きしたもの。それは三人の少女が力を合わせて放った、あまりにも眩い光だった。その光に包まれた瞬間の自身の感情までも思い出し、ポプレは思わず身震いをした。


 着替えを済ませて自室を出る。カツカツと足音を立てて薄暗い黒曜石の廊下を踏み鳴らし、謁見の間に向かう。その道すがらも、ポプレは俯いたままフェアリズムとの戦いを思い出していた。


 怒り・憎しみ・嫌悪――そういった心の中にわだかまっているどす黒いものが、解きほぐされ洗い流されていく感覚。まるで揺り籠に揺られながら夢を見るような充足感、安心感。あの時、それらが少女たちの放った光を通じてポプレに流れ込んできた。少女たち――フェアリズムがフアンダーを浄化し、元の姿に戻すことができる理由を、ポプレは身を持って味わったのだ。


 あの光がもたらす感覚や心情は、多くの者にとって心地よいものに違いない。だが、ポプレにとっては自身を根本から否定するもの、何よりも受け入れ難く、許し難いものに他ならなかった。


 ポプレの口許から細い顎にかけて、一筋の赤色が伝う。知らず知らずのうちに下唇を強く噛み切ってしまっていた。


「フェアリズム……このままでは済まさないわ……!」


 瞳に憎悪の炎を燈して呟き、視線を上げる。ポプレはその時初めて、廊下の先に小さな人影があることに気づいた。

 薄暗さのせいで顔はよく見えないが、ポプレの胸の辺りまでしか無い身長のおかげで誰であるかは一目瞭然だ。


「おや、お目覚めか。気分はどうじゃ?」


 ポプレと同じ黒いローブを纏ったその人影は、外見通りの小さな少女を思わせる声と、外見にそぐわない時代がかった口調で言った。

 少女の名はシスター・アン。《組織》に仕えるシスターの一人だ。

 ポプレは同僚に向かって僅かに眉を顰め、ローブの袖で口許の血を拭う。


「……アン、王都の侵攻を担当してるあなたがいるってことはぁ、あたしが寝てる間に城は陥落したのかしらぁ?」


 ギラギラと滾らせた憎悪は、語尾を甘ったるく伸ばした特徴的な口調の中に隠しこむ。それがシスター・ポプレという女だ。

 アンはそんなポプレの様子がおかしくてたまらないといった様子で、くくっと喉で笑う。


「わらわは休憩中じゃ。今頃アセロスの奴が張り切って暴れておるじゃろう」

「あらぁ、あなたとアセロスの二人がかりで落ちないなんて、案外奮戦してるのねぇ?」

「タイタニアを失った連中など物の数ではないと思っておったがな。傷王(しょうおう)インジュアリー配下の妖精兵団と近隣の人間どもが団結して王都に立て篭もり、抵抗しておる」

「……なにそれ、つまらないわぁ」


 ポプレは忌々しげに吐き捨てた。


「この戦いの発端は人間と妖精の争いだったはずだけど……仲直りしちゃったのねぇ」

「和解などではなかろう。単にわらわたち《組織》という共通の敵ができただけじゃ」

「……馬鹿みたい。もしそれであたしたちを打倒できたら、結局また人間と妖精に分かれて喧嘩するだけでしょうに」

「じゃろうな」

「愛だの善だのとお題目を掲げても、結局のところ誰も彼も憎しみを振り下ろす先を探しているだけなのよ。敵がいなくなれば、次の敵を無理やり探しだしてでもまた憎む。人間も妖精も憎しみが無ければ生きていけないのよ。――世界の本質は憎しみだわ」


 そう言いながら、ポプレはまたしてもフェアリズムの放ったエレメンタルサーキュレーションのことを思い出していた。いつのまにか自らの口調から余裕が消えてしまっていることにすら気がついていない。


「くく、お主らしくない。今の言い草、まるで誰かさんそっくりじゃぞ?」

「っ――! ……やぁね、あんな甘っちょろい子と一緒にしないでほしいわぁ」

「ほう、わらわは『誰かさん』としか言ってないんじゃがな。誰を思い浮かべた?」

「…………」


 嗜虐的な笑みを浮かべるアンを前に、ポプレは閉口する。

 ポプレ自身も同僚であるシスターたちに大した仲間意識など抱いたことがなく、散々罵詈雑言を浴びせて楽しんできた側である。ゆえにポプレはアンの態度に対してとやかくいうつもりはない。

 ただ、己を手玉に取って笑うこの少女に対して、底知れない気味の悪さを感じつつあった。

 ポプレ、ダイア、キャンサー、アセロス、アン――五人のシスターの中で最も幼い外見を持ちながら、最も古株なのがアンだ。恐らく外見通りの年齢ではないということを、ポプレは薄々感じている。


「……ところで、()()ダイアはどこに行ったのかしらぁ?」


 観念してポプレが言うと、アンはまたもくっくっと小さく笑う。


「認めたか。お主とダイアは似たもの同士じゃよ」

「冗談はいいから、教えてくれないかしらぁ? ……あの子にもちょっと、借りがあるのよねぇ」


 すると、その問いの答えは目の前のアンではなく、ポプレの背後からもたらされた。


「我告げる。ダイアは現在、フェアリズムどもの内偵中だ」


 カツカツと甲高い靴音を立てて現れたのは、ポプレやアンと同じ黒ローブを纏った長身の女、シスター・キャンサーだ。老婆のようなしわがれ声をしているが、そのローブ越しに見えるしなやかな長駆は若々しさに溢れている。果たして顔を覆い尽くす仮面の下には、どのような素顔があるというのか。

 自分が言えたことではないが、つくづくおかしな者ばかり集まったものだ――ポプレは内心でそう嘲る。だが奇妙な背格好や口調を抜きにすれば、シスターの中で最も正常な人格を保っているのもこのキャンサーなのかもしれない。もちろん、そんなことはシスターにとって何の美徳にもならないのだが。


「あらキャンサー、いたのねぇ。内偵ってどういう意味かしらぁ……?」

「文字通りの意味だ」


 キャンサーの返答は素っ気無い。あるいは意図的に詳細を教えまいとしているのかもしれないとポプレは感じた。

 だが、そんなキャンサーの思惑とは裏腹に


「フェアリズムども、わらわたちに対抗するために合宿なぞしているそうじゃぞ」


 アンがすかさずポプレの疑問に答える。


「ダイアもそれに参加しておる」

「ぷっ、やあだ。あの子ったらフェアリズムと仲良く友達ごっこしてるのぉ?」

「まあそう言うな。あやつは見た目も中身も十三歳の娘じゃからな。フェアリズムどもに接触するのには適任じゃろう」

「あらぁ、まるで自分は見た目と中身が別って言ってるみたいねぇ。あなた本当は何歳なのかしらぁ?」

「くく、乙女の年齢など聞くものではないぞ」


 アンは茶化すように笑う。

 ポプレの方も、別にアンの年齢などどうでも良かった。今はそれよりもダイアとフェアリズムのことだ。


「そう……合宿ねぇ。引っ掻き回してあげるのも一興だわぁ」

「……汝がそう言い出すと思った故、詳細を告げなかったのだがな」


 ポプレの言葉に、キャンサーは呆れ口調でアンの方を見た。仮面のせいで表情は読めないが、口調から抗議の意志はありありと伝わる。

 アンはその視線を無視して、


「エレメントストーン無しでフェアリズムと戦うのは分が悪かろう。これを持って行くがいい」


 懐から逆十字のペンダントを取り出した。

 それはエレメントストーンから無理やり力を引き出す装置だ。


 十字架の中央には、環を貫かれる形でエレメントストーンの指輪が嵌めこまれている。トップに飾られた石の色は青。それはアンが以前から所持していた五行の金のエレメントストーンとは異なっている。


「……我思う。それは五行の水のエレメントストーンではないのか?」


 キャンサーの声色は明らかに驚きを含んでいた。ポプレは胡乱げにアンとキャンサーの顔を交互に見る。キャンサーの反応からして、アンは今までこのエレメントストーンを所持していることを誰にも告げていなかったのだろう。


「あら、アンってばいつのまにこんなもの手に入れてたのぉ?」

「くく、お主を助けに皆で人間界に出向いた時にな。帰りに寄り道をして拾ってきたのじゃ。いらぬのなら別によいが、ダイアも陰陽の闇のエレメントストーンを手に入れた今、ストーンを持たぬのはお主だけじゃぞ?」


 ダイアも陰陽の闇のエレメントストーンを手に入れた、のくだりでポプレの眉が微かに上下する。


「もちろんいただくわぁ。これがあればこの間のお礼ができるんだものぉ……フェアリズムにも、ダイアにもねぇ」


 引ったくるようにペンダントを受け取り、ポプレはもう一度ニタリと笑う――嗤う。

 その様子に、キャンサーは仮面の下で諦念の溜息を零した。


「……我告げる。花澤両太郎は傷つけずに捕獲しろと、イルネス様のご命令だ」

「ふぅん? まあ前向きに善処するわぁ」


 キャンサーの言葉にひらひらと手を振って答え、ポプレは謁見の間へと向かった。



             -†-



 薄暗い廊下の先にポプレが消えるまで、アンとキャンサーはその後姿を見送っていた。

 ポプレの向かう先――謁見の間には、王宮から強奪したフェアリエンの至宝の一つ、《クラインの扉》がある。精霊界フェアリエンと人間界を行き来する手段の一つであり、《組織》の人間界侵攻にとって不可欠な品だ。


 クラインの扉の行き先を自由に変えることはできない。現在は人間界の東京都――都心にほど近いとある街の廃ビルの一室へと通じており、逆に言えばそこと謁見の間を行き来することしかできない。フェアリズムたちの通う朝陽学園からは目と鼻の先だ。

 しかし現在フェアリズムたちは合宿のため遠出中だ。たとえ足の早いフアンダーを移動手段にするにせよ、ポプレが連中と遭遇するまではまだしばらく時間がかかるだろう。

 フェアリズム、ダイア、ポプレ――三者の再びの邂逅は一体どのような結果をもたらすのだろうか。アンはそんなことを思いながら、楽しげに笑った。


「あやつ、あの調子じゃと花澤両太郎にもお構いなしで攻撃しそうじゃの」

「……我思う。汝はそれを面白がっているのだろう」


 すかさずキャンサーから批難めいた言葉が返る。しかしアンはそれに動じず、くくっと笑う。

 キャンサーはそんなアンをしばらく見つめ、それから諦めたかのように大きくため息をつくと、無言で立ち去った。

 その長身がポプレと同じ謁見の間に吸い込まれていくのを見届けて、アンは再び笑った。


「面倒見がいいと苦労するのう――()()()()()よ?」

今月中目標で更新の十五話と、この十四話を後々順番入れ替えるかもしれません。

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