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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.2 世界を繋ぐもの
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第三話 妖精女王タイタニア 1 -captive and captive 1-

「タイタニア様? それって確か……」


 最初に口を開いたのは桃だった。それを受けて妖精の二人が顔を見合わせ、頷く。


「ボク達の……妖精の女王様だよ。そしてエヴェレットの鏡は世界中どこにいても――ううん、たとえ異なる世界にいたって、タイタニア様と交信できる魔法の鏡。フェアリエンの至宝の一つだ」

「でも、どうしてリョウがそれを知ってるの? ――あたしが持ってるってことまで」


 パックとアリエルは困惑と疑念を半々に浮かべた目で俺を見ている。もしかすると《組織》の手先が俺に化けてるとか、渚の時みたいに俺がフアンダーになってしまってる可能性とかを疑ってるのかもしれない。

 だがパックたちのその反応で、俺は今朝の夢が本物だったことをますます確信できた。つまりあの夢の通り、タイタニアは絶望の巨人の精神の地平線(マインド・ホライズン)に幽閉されているのだ。


「パック、アリエル、お前たちはタイタニア様が今どこに囚われているのか知っているのか?」


 俺はアリエルの疑問に答えるかわりに質問を返した。すると二人の表情は困惑の色が一層強まる。


「囚われている……タイタニア様は《組織》に囚われてるっていうのかい?」

「つまり、ご無事なのね? 生きておられるのね?」


 二人は俺を疑うのも忘れ、血相を変えて問い詰めるように言った。どうやら二人はタイタニアの現状を全く知らなかったようだ。そういえば王宮が陥落する前にタイタニアの手で人間界に送られたって言ってたな。それっきり一度も連絡がついていなかったのかもしれない。


「無事、とまで言っていいかはわからないが。まあ、それはすぐにでもお前たち自身の目で確かめればいい。――さあ、エヴェレットの鏡を用意してくれ」

「でも、あれを起動するには……」

「大丈夫だアリエル。エレメントストーンが六つ以上必要って話なら、多分なんとかなる」

「うそ、起動条件まで知っているの? フェアリエンの王宮の中でも限られた妖精(ひと)しか知らないことなのに……」

「そんなこと、ボクは教えてないぞ……!?」


 妖精たちから疑念と一緒にいつもの生意気な態度が消える。かわりに宿ったのは、畏れか――はたまた恐れか。どうやら俺が《組織》に操られているみたいな疑いは晴れたようだが、かわりに「得体のしれない何か」というイメージを持たれてしまったらしい。

 まあ、仕方がない。俺自身だって自分のことがわからないもんな。ヴィジュニャーナなんて言われても、それが何なのかすら知らない。そんなよくわからないものが自分の中にあるなんて、気味悪く思ってしまう部分は少なからずある。


 だが、フェアリズムたちの支えになるためにはどんな情報でも欲しい。それをもたらしたものが正体不明の何かでも、迷ってる場合じゃない。


「……というわけで、エレメントストーンの力が必要になる。みんなの力を貸してくれ」


 改めてフェアリズムたちに向き直る。置いてけぼりで妖精たちと話し込んでしまったせいか、五人は目をぱちくりさせてぽかんと俺を見つめ返してきた。

 あるいは妖精たちと同様、俺を疑っているか気味悪く思ったかしたのかもしれない。

 さもありなん。


 なんて一人で納得しようとしたところに、


「お兄ちゃん、なんか凄い!」

「デキるリーダーって感じだったね、今の両兄(りょうにい)


 桃と(ひかる)が時間差で歓声を浴びせてきた。二人とも目を輝かせていて、俺を茶化そうとしているようには見えない。


「お、おう。そう言ってもらえると光栄だけど……二人とも平気なのか?」

「えっ?」

「平気……って、何のこと両兄?」

「いやほら、突然新情報持ってきたわけだし、怪しいとか気味悪いとか……」


 自分で言ってて少し悲しくなった。

 すると桃たちより先に、


「……大丈夫、にーさまが怪しいのも、気味悪いのも、今更」

「絶望のエンブリオの時だって、リョウくんからの新情報は正しかったしね」


 呆れ顔の麻美と、カラカラ笑う(ゆう)。そして、


「疑いませんよ」


 渚が自信に満ちた顔で言った。


「理性こそが私の武器――私を救ってくれた両太郎さんの言葉には根拠も何もありませんでした。でも私はその言葉に救われたんです。ですから、私が両太郎さんの言葉を信じるのに根拠は要りません」


 まっすぐ目を合わせ、キリッと凛々しい微笑を浮かべて放つ、演説のような抑揚を持つ言葉。渚の話し方には、人を鼓舞する不思議な魅力がある。耳から入り込んだ言葉が血管を通って心臓に達し、鼓動を早めるような感覚。きっとこれが「人を動かす者」になるべく、彼女が鍛え上げてきた能力なのだろう。


「あ、ああ。……ありがとう」


 照れと恐縮さで思わずたじろいでしまいながら答える。三歳も年下の女の子相手にドギマギしてしまうなんてとも思うが、渚はあまり年下って感じがしないから仕方ないよな。

 すると、目を細めてニコリと笑みを返してきた渚の隣で、(ひかる)がぷくーっと頬を膨らませた。


「ちょっとちょっと渚、そこは『私』じゃなくて『私たち』って言ってよ。渚が両兄ラブなのはわかったけどさ」

「ら……らららぶっ!? (ひかる)さん、突然何を!?」

「あれ、そういう話じゃなかった?」

「べ、べべ、別に私はそのようなつもりは――えっと、これは、そう、尊敬です、尊敬!」


 色白な渚が見る見るうちに真っ赤になっていく。ハキハキとした口調は見る影もない。

 常に冷静沈着な才女といった雰囲気の渚だが、こういうからかいに意外と弱いところがなんだか微笑ましい。

 それにしても、最初は衝突してしまった渚に、こうして面と向かって尊敬していると言ってもらえるのは嬉しいもんだな。


「からかっちゃダメだよ(ひかる)ちゃん……」


 桃にたしなめられた(ひかる)は、白い歯を見せてへへっと笑った。それを受けて渚は、まだ赤い頬を両手で押さえながら溜息をつく。(ひかる)の猫科動物を思わせる無邪気な笑顔に毒気を抜かれて、怒る気力も萎えたのだろう。

 まったく。このまま(ひかる)に好き勝手発言させておくと、いつまでも話が進みそうにない。

 よし、閑話休題だ。


「というわけで、みんな協力してくれるってことでいいんだな?」


 何がというわけでなのかはさておき、強引に流れを変える。

 すると五人は顔を見合わせて頷き、


「もちろんだよ!」

「当たり前じゃん」

「当然です」

「任せてよ!」

「……しょうがない」


 一斉に答えてくれたのだった。



             -†-



 フェアリズムたちの乗り気に押され、アリエルはまだ戸惑いの視線を俺に向けつつも、エヴェレットの鏡の起動実験を了承してくれた。

 アリエルが(ゆう)に頼んで開けさせたのは部屋の隅にあるロッカーの一つ。その中に飛び込んだアリエルは、しばらくゴソゴソと何かを漁っていたかと思えば、重そうに何かを抱えて戻ってきた。

 おいおい、フェアリエンの至宝って生徒会室のロッカーに置いとくものなのか……。


 緊張した面持ちのアリエルが俺達の眼前にそっと置いたそれは、卓球のラケットほどの大きさで、ちょうど形もよく似た古めかしい手鏡だった。

 黒曜石を思わせる不思議な色合いの鏡部分は、直径にして十センチ程度しかない。表面はつやつやと光沢を放っているのにもかかわらず、覗きこんでも何も映らない。――本来絶対に映るはずの、鏡を覗き込む俺自身の顔すらも映らない。

 その不可思議な鏡部分を囲っている象牙色の縁は、大体直径二十センチほど。鏡部分の小ささと不釣り合いに、縁の部分の幅が妙に太くなっている。

 その太い縁には、時計の文字盤のように等間隔で、十二個の窪みが配置されていた。


「両兄、ここにエレメントストーンを置けばいいの?」

「ああ、恐らく」

「よし、じゃあぼくも一緒にやってみよう」


 物怖じしない(ひかる)(ゆう)の二人が、他の三人に先んじてエレメントストーンの指輪を取り出した。

 持ち手が伸びているところを六時方向とすると、(ゆう)は十時方向の窪みに五大の風のエレメントストーンを、(ひかる)は二時方向の窪みに五行の火のエレメントストーンを宛てがう。

 すると窪みはまるで共鳴するかのように仄かな光を放った。エレメントストーンの指輪はその光の中で丸い石に姿を変え、窪みの中にしっかりとはまり込む。


「おおっ、なんか魔法道具(マジックアイテム)っぽいよ!」


 (ゆう)は興奮して目をキラキラさせている。(ゆう)ってこういうの好きそうだもんな。


「ほらほら、みんなも早く」

「う、うん」


 (ひかる)に促され、十二時方向に桃が五行の木のエレメントストーン、四時方向に麻美が五大の地のエレメントストーン、八時方向に渚が五大の水のエレメントストーンをそれぞれ置く。先程と同様に窪みから淡い光が放たれると、エレメントストーンが指輪から丸い宝石に姿を変えて鏡の枠に納まる。

 ゴクリと生唾を飲む。全員の視線がエヴェレットの鏡に注がれる。しんと静まり返る生徒会室。


――しかし、そこから何も起こらなかった。


「やっぱり、エレメントストーンが六つ無いと……」


 アリエルが落ち込んだ声で言った。いつもツンとした生意気なアリエルだけに、しおれた姿はなんだか同情を誘う。

 だが、落ち込むのは早い。まだ肝心なことを試していないのだ。

 俺の夢に現れたタイタニアの虚像は、五つのエレメントストーンに加えて俺がいれば鏡を作動させられると言った。その理由は定かでは無いが、諦めるのはそれを試したあとでいい。


「いくぞ」


 鏡に手を伸ばし、持ち手部分を撫でてみる。五行の木、五行の火、五大の水、五大の風、五大の地……五つのエレメントストーンで飾られた手鏡は、熱くもなく冷たくもなく、重くもなく軽くもなく、まるで手に吸い付いてくるような不思議な感触だった。

 意を決して持ち手を掴み、鏡を顔の高さに持ち上げる。

 鏡を追った七人の視線が、俺の視線と交差した。


――その時。


「うおっ!?」


 思わず叫び声が漏れてしまう。不思議な黒い輝きを湛えていた鏡面部が、突然強烈な光を放ったのだ。

 視界がホワイトアウトするほどの光を唐突に浴びて、危うく手鏡を落とすところだった。ここ半月ばかりの道場通いで反射神経が鍛えられていなかったらアウトだったかもしれない。

 鏡から溢れでるのは、野球場のナイター照明に用いられる水銀灯のように、少し青みがかった白い強烈な光。しかしナイター照明と違うのはその向きだ。まるでスポットライトのように、直線的な一条の軌跡を描いている。


「うそ……鏡が作動したの?」

「どういうことなんだ!? リョウ、本当に君は一体……!」


 またしても困惑の声を上げる妖精たち。だが心なしかその声色は、さっきまでと違って興奮や歓喜が混じっているように感じられる。

 エヴェレットの鏡が作動した。それはパックたちにとって、離れ離れになっていた主君と相見えることを意味するのだ。


「でもこれ、どうやって使うの……?」


 止めどなく光を放ち続ける手鏡に、(ひかる)が怪訝な顔で首を傾げる。確かにこれじゃ通信装置というより、電池要らずの懐中電灯だ。


「こんなに眩しくちゃ、覗き込むのは無理だよね」


 桃も困ったような顔で言う。

 だがその言葉がヒントになって、俺にはあるものを思い出した。

 それは古代の日本や中国で用いられていた鏡の一種だ。それ自体は神や獣の絵が刻まれた、単なる青銅の鏡に過ぎない。物を映し出す性能は低く、現代の現代のガラス鏡のような日用品ではなく、儀式や呪いの道具だったと考えられている。

 だが近年の研究によれば、その本当の使い道は太陽の光を集めて反射し、鏡面に刻まれた模様を投影することだったのではないかとも言われている。いわば、古代のプロジェクターだ。


――というのを、最近テレビのクイズ番組で見ただけなのだが。


「リョウくん、きっとこれ――」

「ああ、神獣鏡(しんじゅうきょう)みたいなものだ。――渚、すまないが灯りを消してもらえるか」


 ほぼ同時に同じ結論に至ったらしい(ゆう)と頷き合って、照明のスイッチに一番近い位置にいる渚に消灯を頼む。


「灯りを? どうして――あっ!」


 渚は最初はキョトンと俺たちの言葉の真意を探るような顔をしていたが、すぐに察しがついたらしく、部屋の入り口まで小走り気味でスイッチを切りに行ってくれた。

 同時に、麻美の手で窓際のカーテンが閉められる。どうやら麻美も意図を理解してくれたらしい。


「え? え? どういうこと?」

(ひかる)ちゃん、きっとプロジェクターだよ」


 一人だけ流れを理解できずにキョロキョロしていた(ひかる)に、桃がそっと耳打ちした。


「ああー、そういうこと!」


 (ひかる)はポンと手を打ち、最後まで気づかなかったことを照れるように舌を出してはにかむ。それからすぐ、興味深そうに鏡から放たれる光を目で追い始めた。


 俺は入り口脇の白い壁に、できるだけ鏡面と同じ真ん丸な形になるよう調整しながら、光の先端を向けた。

 少し端のぼやけた、直径三十センチ程度の真っ白な円が壁に浮かぶ。その円が突然、鏡から光を吸い込み始めた。……というとおかしな表現なのだが、鏡から放たれる光の勢いというか密度というかが急に高まった。それがまるで、鏡の中に残っていた光の源が、その円の中に吸い込まれていくかのように見えたのだ。

 鏡が発光を止めた。しかし元は鏡から放たれた光によって結ばれた像だったはずの、白い真円は眩い輝きを伴って壁に残っている。

 そしてぼやけていた外縁がはっきりとした輪郭を持ち、円自体がぐっとその大きさを増すとともに形を変えた。それは縦長の楕円形をした鏡。つまり、これこそが本当のエヴェレットの鏡なのだろう。俺が握りしめているこの手鏡は、それを収納した鍵のついた箱のようなものなのだ。

 壁に現れた鏡の大きさは、長径が一メートル強、短径が六から七十センチというところだろうか。その表面は水面のようにゆらゆらと波打っている。まるで壁に異世界へ通じる窓が開いたかのような、不思議な光景だ。


 灯りを消し、カーテンを閉めているというのに、部屋の中は仄かに明るい。エヴェレットの鏡が光を放っているためだ。

 だがその光は決して眩しくはない。柔らかに、穏やかに、俺たちを包み込むような光。


 やがてその光の中心である鏡の表面に、ドレスを纏った美しい女性の姿が映しだされた。

 年齢は二十代中盤くらいだろうか。波打つ長い金髪、緑の目、きらびやかな青いドレス。耳は先がツンと尖っている。

 それは夢の中に現れた虚像と寸分違わない。バストショットで映し出されているため今は見えないが、その背には大きなアゲハチョウの羽があることだろう。

 そのあまりの美しさ、神々しさに、その場の誰もが息を呑む。

 女王タイタニアはそんな光景を穏やかな微笑みで見やり、


「――久しぶりですねパック、アリエル。そしてはじめまして、フェアリズムの皆さん。それから、あなたは――?」


 妖精たちに、フェアリズムたちに、そして俺に視線を移しながら言った。

誤字修正、表現調整(14/07/14)

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