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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Extra Element.1.5 それぞれの七月四日
38/93

第八話 花澤両太郎の場合2

 買い物を終えた俺たちは梶と別れ、八々木(ややぎ)駅近くにある麻美の家、金元家へと向かった。麻美とひかるが作っておいてくれた料理を受け取り、我が家まで運搬するのが俺たちの役目だ。


 昼のうちは俺に対する渚の態度がおかしくて、一体どうなることかとヒヤヒヤしていた。しかしそれも些細な誤解が原因だったと判明し、今はお互いに自然に会話できている。


 麻美の家は想像通り――いや、想像を絶する大きさだった。

 立派な門の先には広い庭、そしてその奥にそびえる上品な屋敷。都心にこんな豪邸を持つには一体どれだけの資産が必要なのだろう。想像するだけでクラクラしてしまう。

 渚とゆうがいてくれてよかった。一人でこんな家を訪ねようものなら、緊張でどうにかなってしまいそうだ。

 まあ、そもそも一人で麻美の家を訪ねるシチュエーションなんて思い浮かばないのだが。


 それにしても、なんとなく麻美の雰囲気から自宅はゴシックな洋館みたいなものを想像していたのだが、実際は白を基調としたナチュラルモダンな外観だった。ただ、簡素で淡白というわけでもない。外壁にところどころ施された華やかな装飾が、そこに住む人間の社会的地位を示している。どこかの国の大使館だと言われても信じてしまいそうだ。


 門のところで俺たちを出迎えたのは、エプロン姿の女性。二十歳そこそこといった印象で、髪は黒のストレート。とても綺麗な人で、麻美がフランス人形だとするならこっちは日本人形だ。梶も来てたらきっと興奮したことだろう。

 麻美のお姉さん、あんまり似てないんだな――などと思っていたら、渚がすかさず説明と紹介をしてくれた。お姉さんではなく、住み込みの家政婦さんとのことだ。

 家政婦さんというのは熟年のおばさんか、あるいはメイド服の女の子というイメージがあったのだが、どうやらその認識はドラマやアニメに毒され過ぎていたらしい。

 考えてみれば俺だって、小さい頃は留守がちな実の両親や祖父にかわって家政婦さんに面倒を見てもらっていたのだ。今思えばその家政婦さんだって、控えめな私服の上からエプロンを身につけただけで、特にヒラヒラした服なんて着ていなかった。

 いや別にがっかりなんてしてないからな。ちょっと昔を思い出しただけで。


 俺がそんなことを考えている間に、渚とゆうは勝手知ったる他人の家といった様子でずんずん進んでいく。寿(ことぶき)さんと名乗った家政婦さんに付き添われ、俺も二人の後を追う。

 そうしてたどり着いたキッチンは、これまた呆気にとられるほどの広さだった。


 朝陽(ちょうよう)学園の調理実習で使用している家庭科教室に匹敵するくらいの面積があるが、機器の充実度合いは比べるべくもない。業務用のコンロが何基もずらりと並び、大きなオーブンにフライヤー、これまた大きなシンクの隣には食器洗浄機。まるでレストランの厨房だ。

 食器も銀食器から焼き物まで、和洋問わず様々なものが棚に積まれている。


 麻美が料理好きというのも理解できる気がする。そりゃ、これだけの環境を好きなだけ使えるのなら料理も楽しくなりそうだ。というか使わないともったいないよな。


 そんな立派なキッチンは調理器具も食器も全体的に上品なものばかりで、ピカピカに磨き上げられていた。なんだか聖域という言葉がピッタリで、踏み込むのに躊躇すら覚える。

 ところがそんな聖域の一角に、少々風情のない青と白のプラスチックでできたケースが鎮座しているのが目に飛び込んできた。大きさは膝を抱えれば小柄な人間が一人入れそうなくらい。それが三つ、ピラミッド型に重ねられている。

 一体あれはなんだろうと首をかしげる俺たちに、


「あちらがお嬢様と赤﨑様がご用意されたお料理です。痛まないようクーラーボックスに入れておきました」


 寿さんが上品な笑顔とともに、サラッとそんなことを言ってきた。


『……え?』と俺たち三人の声が重なる。


「どうやら張り切って作りすぎてしまったようでして……ふふふ」


 料理中の二人の姿を思い出したのか、寿さんは楽しそうに笑った。

 いやいやちょっと待ってください。クーラーボックスって簡単に言いますけど、それ大人が二人がかりで運ぶ業務用サイズじゃないですか。しかも三箱って、俺たち中高生三人でどうやって運べばいいんですか。飲み物とお菓子も結構な量買っちゃったし……。


 なんて言葉が喉まで出かかったところで、


「お車を用意しましたのでご安心ください」


 大変有能な家政婦さんは、車のキーをヒラヒラとさせながら微笑んだ。



             -†-



 出してもらった車はこれまた立派なものだった。

 高級感のある男性的なフォルムもさることながら、機能性も素晴らしい。男子高校生一人に女子中学生二人を乗せ、さらに巨大なクーラーボックスを三つも積んだというのに、車内はまだまだ広々とスペースがある。


 立派なワゴン車だな、と呟いたら渚から「これはワゴンではなくSUVです」とこっそり教えられた。そう言われても車のことは詳しくないので、ワゴンとどう違うのかはわからない。

 その立派なSUVの運転席には、キリッとした黒スーツの女性が乗り込んだ。てっきり寿さんが運転するのかと思いきや、他に運転手がいたらしい。


「すみません、高垣さんの手まで煩わせてしまって」

「いやあ、自分は運転が好きっスから。それに車が必要なくらい料理をこしらえたのはウチのお嬢っスからねー」


 高垣さんというらしい運転手の女性は、スーツ姿に似合わない豪快な口調で、渚の謝罪を笑い飛ばした。資産家のお抱え運転手というより、なんだかトラック運転手の方が似合いそうだ。

 しかしその運転は非常に丁寧で、クーラーボックスの中の料理が崩れる心配もなかった。


 途中でケーキショップに寄ってもらい、予約していたバースデーケーキを受け取る。

 そう、今日は桃の誕生日。ゆうの提案で、親睦会を兼ねてバースデーパーティをしようということになり、桃に内緒で準備を進めていたのだ。


 梶も誘ったのだが、あれこれと理由を付けて辞退されてしまった。普段は人目をはばからずに「女子中学生と戯れたい!」なんて叫んでる変態野郎だが、実は慎み深い奴なのか、それともヘタレなだけなのか。――まあ半々ってことにしておいてやろう。


 パーティの準備に当たっては、ひかると麻美が料理と桃の誘導を担当してくれた。金元家のキッチンで朝から料理を作って、その後は桃を誘い出して家から遠ざけるのが二人の任務だ。

 そして俺と渚とゆうはセッティング担当。飲み物や菓子類といった細かい買出しを済ませ、桃が出かけている間に会場である花澤家リビングをパーティ仕様にセッティングする役割だ。


 花澤家に着き、荷物を運び込んだ後は高垣さんを見送る。


「そういえば、本日はお家の方は?」


 高垣さんのSUVが遠ざかって行くのを眺めながら、玄関口で渚が言った。

 礼儀正しい渚のことだから、きちんと挨拶をしておこうなんて考えているのかもしれない。


「父さんと母さんは小旅行中。大人がいると楽しめないだろうからってさ」

「あら、それでは家族の団欒を邪魔してしまいましたね。桃さんから聞きましたけど、今日は桃さんの誕生日だけではなく、その……両太郎さんが引き取られた日なんですよね?」

「ああ、まあそれは気にしなくていいよ。家族だけでのささやかなお祝いは昨日やったから。それに父さんも母さんも随分張り切って支度してたし、割と本気で旅行楽しんでそうだから……」


 それは事実だ。

 明日の月曜は朝陽(ちょうよう)学園の開校記念日なので、ひかる・渚・ゆう・麻美の四人には今夜は泊まっていってもらうことになっている。もちろん桃にはまだ内緒だが。

 それを伝えたら父さんは「なんだと、じゃあオレだって休む!」と言い出して、月曜の有給休暇を申請してしまった。そんなわけで父さんと母さんは夫婦水入らずの二人旅を楽しんでいるところなのだ。


「っていうか、最初は俺まで旅行に連行されかけたよ。『桃と友達だけにしてあげよう』って」

「ふふ、事情を知らない人から見たら両太郎さんの存在は浮いてますものね。でも、なんて言って免れたんですか?」

「仕方なく『俺もみんなと友達だから一緒に祝う』ってストレートに言ったよ……。父さんと母さんの、ショック混じりの複雑な表情は暫く忘れられそうにない」

「ぷっ……あはは!」


 渚が堪えきれずに破顔する。酷い奴だ。家族から『女子中学生に混じって遊んでる』なんてレッテルを貼られた身にもなってほしい。


「でも皆で一緒に生天目道場に通ってるんですから、そのことを言えばよかったのに」

「あ、本当だ! うわー、それ早く言ってくれよ……」

「でも、そのままにしておいたほうが面白そうですね。ね、ゆう?」

「…………」


 渚の問いかけにゆうは答えなかった。なんだかボーっとした顔で宙を見つめている。

 そういえばなんだか、さっきからゆうが妙に静かだったような気がする。


ゆう?」

「――あ、ゴメン。何だっけ?」


 ゆうはハッと我に返って俺と渚の顔を交互に見た。それから心なしか俯き気味になる。

 何だ何だ、渚が普通になったと思ったら、今度はゆうの様子がおかしいぞ……?


 その後、リビングのセッティングをしている間も、ゆうはどことなく上の空のままだった。

 いつもの元気のいい子犬みたいなゆうはどこへやら。話しかけると反応はあるのだが、それから俺や渚の顔をジーっと見て、すぐに黙り込んでしまう。


 渚もそんなゆうの様子を気にしているようだったが、手を動かすのを止めるわけにもいかない。

 ソファを端に寄せ、ダイニングテーブルを部屋の中央に移動。軽く飾り付けをして、グラスやお菓子のセット。そんなこんなで一時間ほどかけて、ようやくパーティの支度が整った。

 そして、それを見計らったかのように、玄関のインターフォンが鳴る。ベストタイミングだ。


「よかった、お兄ちゃん帰ってたんだ?」


 インターフォン越しに、どこか安堵したような桃の声。

『よかった』という言葉に少し違和感がある。別に桃だって鍵を持ってるんだから、俺がいなければ自分で開けて入ればいいだけだ。


「ああ、今開ける。そっちはひかると麻美も一緒だよな」

「うん、それともう一人」


 もう一人? 一体誰だろう。他の友達だろうか。

 まあ、桃の友達なら一緒にパーティに参加してもらえばいいか。そんなことを思いながら、玄関のロックを外し、ノブを回す。

 そしてドアを開けた時、俺の目には信じられない光景が飛び込んできた。


 桃、ひかる、麻美――そして、その隣で困ったような顔をしている黒髪の美少女。


「なっ――」


 思わず絶句してしまった。

 桃が連れ帰ってきた『もう一人』。それは桃たちフェアリズムにとっての宿敵、シスター・ダイアこと黒沢螢だった。昼に会ったときと同じ私服を身に付けている。


「お兄ちゃんの知り合いって言うから連れてきちゃった」

「……こんにちは、両太郎――先輩」


 螢はバツの悪そうな、そしてどこか疲れた顔で頭を下げた。

 一体何がどうして桃たちが螢と一緒にいるのかはわからない。しかしこの態度から察するに、螢がシスター・ダイアと同一人物だということは気づかれていないようだ。

 螢の表情を見る限り、彼女が何かを企んで接触してきたというわけではなさそうだが……。


「あ、ああ……とりあえず皆、上がってくれ」


 隠し切れない動揺に苛まされつつ、なんとか平静に対処を努める。

 交互に様子のおかしくなる渚とゆう。そして突然現れた螢。

 きっと今日のパーティは、波乱に満ちたものになる。俺の胸中はそんな予感で一杯だった。

表現調整・誤字修正(14/05/22)

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