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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Extra Element.1.5 それぞれの七月四日
35/93

第五話 赤﨑光の場合

 あたしは赤﨑光(あかさきひかる)。中学二年で、部活は空手部。

 そしてもう一つの名前は『燃え盛る勇気の光・フェアルーチェ』。


 今日のあたしには、二つの重要ミッションがある。

 一つ目は大切な人からお願いされたこと。そして二つ目は、その大切な人を困らせてしまうかもしれないこと。

 でも、あたしがみんなの切り込み隊長だって言ってくれたのは、その大切な人だから。


――だから、勇気を出して突き進むんだ。



             -†-



「ねえ、やっぱりやめない?」


 背後からの声に、あたしは振り向いた。


「何言ってんの、ここまで来て」

「だって……なんか悪いよ」


 不安そうな顔でそう言ったのは花澤桃。あたしの大事な親友だ。

 桃はちょっと引っ込み思案なところがあって、何かと弱気になりやすい。今も眉をハの字に曲げて、困ったよう顔をしている。

 そんな桃の分もアクセルを踏むのがあたしの役割なのだ。


「何言ってんの、ここまで来て」

「だって――」

「何言ってんの、ここまで来て」

「むー……」


 オウムのように同じ言葉を返していたら、とうとう桃は観念したようだった。

 実際のところ、怖気づいてももう手遅れだ。ここは初ヶ谷(はつがや)駅前のカラオケ店。あたしたちは三時間の予定で入店し、ルームに向かっている途中だ。


 入店の際、店頭のポップに「ビーストハンターコラボルーム二部屋あります!」の文字を見つけたのは桃だ。もしやと思い、受付リストに人数や機種の希望を書き込みながらこっそり前のページを探してみると、『ハナザワ様四名・機種どれでも・禁煙・ビーハンコラボルーム希望』はすぐに見つかった。

 そんなわけで、二つのコラボルームが隣り合わせになっていることも確認し、あたしたちもコラボルームを希望したのだ。


「せっかく隣の部屋になれたんだよ? これもう、神様が両兄りょうにいたちを観察しろって言ってくれてるとしか思えないじゃん。ね、麻美もそう思うでしょ?」

「……ずいぶん下世話な神様、だね……」


 もう一人の同行者・金元麻美はくたびれた顔で、肯定とも否定とも言えない返答をくれた。

 普段から気だるそうな――あたしは電圧が低そうって言ってるけど――顔をしてる麻美は、今日は輪をかけてアンニュイ感を漂わせている。

 ま、今日は早朝から料理し通しだったから、仕方ないかな。


 あたしたち三人がここに来た目的は、両兄――花澤両太郎の様子を窺うことだ。

 両兄は今日、二人の女の子と一緒に遊んでいる。水樹渚と生天目優なばためゆう、どちらも朝陽中等部ではトップクラスの有名人で、そしてあたしたちの友達だ。

 友達が遊んでいるところを影から覗くなんて、野暮なことだとは自覚してる。

 でもほら、やっぱ気になるじゃん。


 昔の両兄はどこか陰があって、人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

 あたしにはとても優しかったけれど、それはあたしがももの友達で、年下の女の子だったから。対等の相手としてあたしに心を開いてくれているわけではなかった。


 その理由を知ったのは、中学に上がってすぐだった。

 桃と両兄に血の繋がりが無いこと、かつて両兄を襲った悲しい事故のこと、そしてそんな両兄の心を救うために桃が初恋を諦めたこと――。桃からそれらを聞かされた時、あたしは大きなショックを受けた。

 桃の覚悟も両兄の心の傷も、ごく普通の平和な人生を歩んできたあたしには想像しきれるものではなかった。


 そしてあたしの中には二つの気持ちが芽生えた。

 それは桃の諦めてしまった恋を応援したいという気持ちと、あたし自身が両兄の心に寄り添って支えたいという恋心。決して両方同時に叶うことは無い、矛盾した気持ち。

 気持ちを整理するための時間が欲しくて、あたしは両兄から距離を置いた。中一の春からついこの間まで、両兄には一年以上会っていなかったことになる。


 一年ぶりに会った両兄は以前と変わらず優しくて、そして以前より明るくなった。

 そんな両兄の周りにいるのは、今ではあたしと桃だけじゃない。渚もゆうも麻美もいる。特にゆうは、両兄とはゲーム仲間なこともあって急激に仲良くなってる。


 ゆうは気さくで話しやすい子だ。今までほとんど接点が無かったけれど、フェアリズムの仲間になって交流してみて、あたしもあっという間にゆうのことが大好きになった。

 でも、だからといって遠慮する気なんてない。

 あたし自身の気持ちにはまだ答えが出ていないけれど、うかうかしてたらそれどころじゃなくなってしまう。勝負する前から負けてしまうなんて、あたしは絶対に嫌だから――。


「あれ、みんなどうしたの?」


 静かに闘志を燃やしていたあたしの思考は、他ならぬゆうに遮られた。

 声の方に振り向くと、そこには女性用トイレのドア。ちょうどゆうと渚が連れ立って出てきたところだった。あちゃー、鉢合わせだ。


「ゆ、ゆうちゃん!」


 桃の顔が青ざめた。

 こらこら桃ってば、そんな慌てたら逆に変に思われるから。バレちゃった以上、堂々としてればいいのよ。


ゆうたちがカラオケに行ってるって聞いたら歌いたくなっちゃって、あたしたちも来たんだ」

「そっかそっか。まあぼくたちは歌いに来たわけじゃないけどね」


 ゆうはそう言って無邪気に笑った。あたしたちの本当の目的には気がついていないようだ。

 その優の横には、対照的にどんよりと瘴気を放つ渚。

 今日の渚はいつもとずいぶん印象が違う。眼鏡をかけていないし、服装も髪形も厭味じゃない程度にお洒落。とても華やかにまとまっている。こうして見ると渚って凄く美人だ。

 ただその美人は、今はなんだかあたしたちと目を合わせようとせず、青汁を一気飲みした後みたいな虚ろな笑顔を浮かべている。


「……渚ちゃん、どうしたの?」


 麻美も渚の様子に気づいたらしい。ま、幼馴染だし当然か。

 当の渚はギクッと肩を震わせて、「い、いえ何も?」と慌てて営業スマイルを取り繕う。


「いやー、渚は朝からちょっと変なんだよね。なんかさっきまでリョウくんに――むぐっ」

「ちょ、ちょっとゆう!」


 慌ててゆうの口を塞ぐ渚。どうやら何か様子がおかしい理由があるのは間違いなさそうだ。

 両兄に――なんだって?


「ひ、ひかるさん桃さん、麻美はすごく歌が上手なんですよ!」


 あからさまに話題を逸らそうとしている。

 仲良くなってみて分かったけれど、渚って真面目で冷静沈着な完璧人間に見えて、意外と抜けているところがある。特に幼馴染のゆうや麻美の前では、クールな才女の仮面が剥がれやすい。

 あたしは素の渚の方が人間味があって好きだけどね。


「それじゃあ私たちは部屋に戻りますから! 皆さんもごゆっくり!」

「むぐぐ、むー!」


 渚はゆうの口を塞いだまま、強引に引きずるようにして部屋に戻っていく。ゆうはあたしたちに助けをもとめるような目で訴えながら、手をじたばたさせてる。

 正直、あたしだってゆうから事の詳細を聞き出したい気持ちでいっぱいだ。でもきっとそれは渚が許さない。ここは黙って見送るしかない。許してね、ゆう……。


 二人が部屋の中に消えても、あたしたち三人はしばらく呆気にとられてドアを見つめていた。


「渚ちゃん、どうしたんだろう……」

「ね……」


 首を傾げるしかない桃とあたしに、


「……要注意なのは、ゆうちゃんじゃないかもね」


 と、思わせぶりに麻美が言った。

 桃はキョトンとしているけれど、あたしには麻美の言わんとすることはよく理解できた。

 もしも麻美の言う通りだったなら、また一人強力なライバルが出現してしまったというわけだ――。



             -†-



 それからあたしたちは、時々向かいの部屋の様子を窺いながらカラオケを楽しんだ。

 驚いたのは麻美の歌声。いつも小さな声で呟くように話す麻美なのに、歌になると柔らかく伸びやかな発声で、まるで別人みたいだった。しかもすっごい上手いし。渚の言葉は苦し紛れのデタラメってわけじゃなかったみたい。


 やがて三時間が過ぎて、退店時間を迎えた。

 扉越しにチラチラ様子を窺った両兄たちは、結局ずっとビーハンで遊びっぱなし。そんなわけであたしの本日のミッションその二は取り越し苦労で終わった。


 さぁて、あとはミッションその一をきっちり遂行するだけだ。


「それじゃ、両兄たちはほっといて出よっか。もう一軒行きたいトコあるんだけど、いいよね?」

「あ、うん。どこに行くの?」


 桃は腕時計をチラッと見てから答えた。桃が夕方までに帰りたがってるのは知っている。でも今はまだ十五時前。時間が差し迫っているわけではない。


「それは着いてからのお楽しみ。さ、行くよ」


 なんて答えたけれど、本当は行きたい場所なんて無かった。実のところ、桃をできるだけ家に帰さないようにすることこそが、あたしに課せられたミッションその一なのだ。

 ま、適当にブラブラしてればどこか見つかるでしょ。


 桃が清算待ちの列に並んでる間に、あたしはこっそり両兄にメールを送った。


『それじゃ、あたしと麻美でもう少し桃を引き付けておくね。そっちはよろしく、浮気は程々に!』


 それからすぐに


『なんだよ浮気って……まあ了解。こっちもすぐ行動に移る。

 追伸、会計の時にコラボルーム利用特典のポイントシールを忘れずに貰っておいてくれ。後で受け取る』


 なんて返事が来た。

 まったく、ゲームのことばっかり……。これじゃ心配なんてする必要なかったかな。


『しょうがないなあ。それじゃ、あたしたちのカラオケ代は両兄のオゴリってことで。こっちも後で受け取るね!』


 そう送り返してから、あたしは桃のところに駆け寄った。

 料金は三人分で五千円近い。渋々支払ってくれる両兄の顔を想像して思わず笑ってしまいながら、あたしはレシートとシールをバッグにしまう。

 ま、このあたしをやきもきさせてくれたんだから、これくらいの罰は受けて貰わなきゃね!

表現調整(14/04/27)

表現調整(14/05/08)

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