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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.1 運命の戦士フェアリズム
30/93

エピローグ2 愛と元素のフェアリズム

「いくよゆう、はあぁぁぁっ!」

「甘いよひかるっ!」


 道場の中に、少女たちの力強い掛け声が反響する。

 俺たちはゆうの家の離れにある、木造の道場にお邪魔していた。

 今は半日の稽古の締めくくりに、組み手をしているところだ。


「まだまだぁっ! せやあっ!」

「うわっと! ……危なかった」


 大きく腰を落としたひかるが仕掛けた地を這うような下段回し蹴りを、ゆうが半身を引いて紙一重で避けた。

 が、ひかるは蹴りの勢いを活かして身を半回転させる。そのまま続けざまに両足のばねを使って飛び上がり、ゆうの顎に目掛けて猛烈なアッパーカットを放つ。


 対空ミサイルの如き勢いを持つ奇襲には流石のゆうも一瞬面食らった顔をした。しかしすぐにキリッと眼を光らせ、左手をコンパクトに振るってひかるの拳に横から自らの拳をぶつける。


 軌道を逸らされたひかるの拳は、胴着の翻るバサッという音とともに宙を裂く。

 そこで生じた大きな隙をゆうは見逃さない。ひかるの懐に自らの身を寄せ、僅かに両手を動かす。

 すると次の瞬間には、ひかるの体はぐるんと回転し、仰向けに床に打ち付けられていた。


 何度見せられても魔法か手品みたいな技だ。

 まるで時間が止まったような静寂が辺りを包む。


「そこまでっ!」


 その静寂を破ったのは、審判役の渚だ。

 ゆうは安堵したようにふぅっと溜息を漏らした。

 対するひかるは床に仰向けで倒れたまま、少しの間ポカンと呆けた顔で天井を見上げ、それからすぐに瞳をギラギラとした輝きを取り戻す。


「くぅーっ、勝てない! 勝てない! 面白い!」


 負けたというのに、心底楽しそうに叫ぶひかる。お前はどこの戦闘民族だ。

 これには傍らで見守る桃も半ば呆れ顔で苦笑いだ。


「でもゆうちゃん凄いね、ひかるちゃんに勝っちゃうなんて」


 そう言って二人にタオルを差し出した桃は、ついさっきひかるにコテンパンにやられたばかりだ。


「ま、ぼくは小さいころからやってるからね。でもひかるは凄く筋がいいよ。空手で基礎が出来てるのもあるけど、動きが読みにくくて次何してくるか全然分からない」

「それ本当に? あたし何をやってもゆうに全部予測されてる気分なんだけど」

「そりゃまあ、あれだけ『よーし次は殴ってやる殴ってやる!』って表情に出したら、予想できてなくても対処はできるよ……」

「えー、だって気合入れたらそうなっちゃうでしょ。どうやって顔に出さずに戦うのよ?」

「それはぼくより麻美の得意分野かな。一番次が読めないのは麻美だからね」

「――麻美は特別よ……」


 そう言って二人は朗らかに笑った。

 槍玉に挙げられた無表情の達人こと麻美さんは、俺の横にちょこんと座ってすまし顔で麦茶をすすっている。



 あの日、精神の地平線(マインド・ホライズン)から戻った俺たちは、これからに向けていくつかのことを話し合った。

 そのうち最も大きなものは、全員で生天目道場で武術を学ぶというものだ。

 今のところフェアリズムは五人で、それに対するシスターも五人。総力戦となれば一対一で勝利できなければならない。「もっと強くならなければ」というのは俺たち全員の共通見解だった。


 その具体的な手段として、武術を学ぶという提案がゆうから出た。ゆうと麻美はフェアリズムとなって以降、力を高めるために二人で様々な実験を行ったという。

 結果、生身の状態で運動能力を高めることで、変身後の能力も上乗せされるという結論が導き出された。またこれは俺も予想していたことだが、変身によって身体能力が飛躍的に向上したとしても、その能力を扱う技能の方は元のままらしい。つまり「身体の動かし方」までは変身ではカバーできず、本人があらかじめ身につけておくしかないということだ。

 逆に言えば身体を鍛えつつ、同時に自分の身体を上手に動かすための訓練を積んでいけば、フェアリズムとしての戦闘能力は大きく向上する。

 実際に空手をやってきたひかるからの賛同も後押しとなり、満場一致だ。


 その日の夜、桃から武術を始めたいと打ち明けられた両親は驚いたり心配したりとてんやわんやだった。だが俺から護身と健康のためという口実を述べたら、二つ返事であっさり了承が下りた。

 あるいは、俺も一緒に入門すると言ったのが功を奏したのかもしれない。両親は両親で、俺に何か本気で打ち込めるものを見つけて欲しいなんて考えていたらしい。

 まあ本気で打ち込むほどじゃないんだけどさ。いくら戦闘要員じゃないといっても、年長者である俺が何もしないってのもちょっとな。


 そんなわけで生天目道場に通い始めて、今日が十日目だ。

 その十日の間にもちょっとした事件――というか騒動がいくつかあったのだが、それはまた別の話。


 最初の数日は基礎トレーニングや受身の練習が中心だったが、ここ三日は一日の稽古の締めくくりに組み手をしている。

 俺も桃も少しは体捌きが上達したという実感がある。だがそれ以上に、この十日間の稽古は俺たちにとって大きな意味があった。


 一言で言ってしまえば、苦しい思いを一緒にするというのは互いの距離を縮めて連帯感を養うのに最適だということだ。柔軟体操や型の演習といった二人一組で行う運動は、都度ペアを入れ替えながら行った。


 そうして親睦・信頼を深めていった結果、最初は苗字で呼び合ったりしていたフェアリズムの五人も、今ではお互いに名前で呼び合う仲になっていた。


 道場に通うといっても師範から本格的な稽古を受けるのはまだ先で、今はゆうの指導の下で基礎固めをしている。

 幼いころから鍛錬を重ねてきたゆうの強さは別格で、俺は未だに組み手で指一本触れることができていない。


 ゆう以外では、空手を数年やってきたひかるも明らかに動きがいい。ゆう曰く、「体幹が鍛えられてるし、重心も安定している」らしい。理屈はなんとなく理解できるのだが、感覚的にピンとこない。

 ただまあ、フェアルーチェの立ち姿がカッコいいと感じるのはそういうことなのかもしれない。


 意外だったのは麻美だ。

 華奢で儚げな印象の麻美が実は投げ技を得意としていて、ひかると実力伯仲の剛の者なのだ。ゆうに付き合って時々稽古に参加してきたらしい。

 今日の組み手で俺も麻美と対戦したが、何度挑んでもあっけなく床に叩きつけられてしまった。


 そんなに投げが得意ならどうしていつもは鉄拳制裁なんだ、と尋ねたところ「……受身を取れない人は、投げちゃダメだから」と返ってきた。つまり俺を幾度と苦しめたあの強烈なグーパンチは、麻美なりの配慮の結果らしい。

 いや、配慮するならそもそも殴らないで欲しいのだが……。


「……にーさまは受身覚えたし、今度から投げられる」


 と、無表情な中に薄っすら笑みを浮かべた麻美には、正直背筋に悪寒が走った。今夜あたり夢に出てくるかもしれない。



            †



 十九時を回ったところで俺たちは稽古を終えた。

 生天目家ではまもなく一番下の兄が帰宅して、一家揃って夕食だという。

「せっかくだからみんなも一緒にご飯食べていきなよ」とゆうに誘われたが、一家団欒の時間まで邪魔してしまっては申し訳ないので固辞した。


「それじゃあゆう、今日もありがとうな」

「ううん、みんなと一緒に稽古できて楽しいよ」

「またよろしく頼む」


 門の前まで見送りに来てくれたゆうに全員で別れを告げる。

 と、その時。


ゆう!」


 切羽詰ったような男の叫び声に驚いて振り返ると、そこには背の高いスポーツ刈の男性が青ざめた顔で立っていた。歳の頃は二十歳前後だろうか。


「ああ、かけるさん。お久しぶりです」


 渚が男性に丁寧に挨拶した。

 かけると呼ばれた男性は渚にニッコリ頷いて、それからまたすぐに幽鬼もかくやと言わんばかりの青ざめた顔に目を血走らせ、


ゆう、コイツは一体……!」


 と俺を指差した。

 いきなり人をコイツ呼ばわりした上に指差すとは失礼な。


 一方、問われたゆうの方は呆れ顔だ。


「兄上、お客様に向かって『コイツ』は無いでしょ。ぼくの友達だよ」

「な、何! 友達――コイツが!?」


 だからコイツ言うな。

 どうやらかける――さんは、ゆうの兄らしい。三人いるという話だが、この人がもうすぐ帰ってくると言っていた三男だろうか。

 道場を使わせてもらうことになった時にゆうのご両親には挨拶をしたのだが、三人の兄はちょうど留守だったためまだお目にかかったことがなかった。

 それにしても「兄上」とは。ゆうは家族の前でも中二病(こういう)口調なんだな。


「――花澤両太郎です。妹さんと同じ学校の高等部に通ってます」


 仕方ないので自己紹介。するとかけるさんの顔色が今度は青から赤に変化していく。


「こ、高校生……。高校生の男子がうちの妹になんの用だ!」

「え? あ、ああ。ゆう――妹さんには武術の稽古をつけてもらってました」

「なんだと! 貴様まさか、稽古を口実にゆうにあんなことやそんな――げぶっ!」


 かけるさんの妄想発表会を遮ったのは、ゆうの放った中段突きだ。


「まったく……。ごめんねリョウくん、変な兄でさ」

「ぐぅ……見事だ。見事な突きだぞゆう。だが俺は倒れん……倒れるわけにはいかん! お前を守るためぐぶぁ!」


 不死鳥の如く復活したかけるさんの下顎に、容赦ないゆうの追撃が炸裂した。筋骨隆々としたかけるさんがカクンと平衡感覚を失って膝を突く。

 おお、何かの漫画で「どんなに体を鍛えても脳が揺さぶられるダメージからは逃れられない」って言ってたけど、あれって本当なんだな。


「兄上、いい加減にしないと――ぼく、本気で怒るよ?」


 硬く握り締めた拳を目の高さにかざし、気迫の篭った笑顔でゆうがにっこり笑う。かけるさんはビシッという擬音が聞こえてきそうなほど判りやすく凍りついた。


「し、失礼した。それじゃあごゆっくり、ははは……」


 いや、ごゆっくりって。俺たち帰るところだから。

 そそくさと門の中に消えていくかけるさん。桃とひかるは完全に呆気に取られているが、渚はゆうと目配せしてクスクス笑っている。



 そんなこんなでゆうと別れた後、渚が「ゆうのお兄様たちは基本的には人格者なのですが、ゆうのことが絡むと見境が無くなるんです」と苦笑しながら教えてくれた。つまるところ重度のシスコンということだろう。俺は可愛い可愛い妹にたかる悪い虫だとでも思われているのだろうか。

――まあ、俺も桃に見知らぬ男が近寄ってたらちょっと気にするけどさ。


「……にーさま、いやらしいから、かけるさんの心配は、正しいかも」

「なっ、それは聞き捨てならないぞ麻美」


 とんでもないことを言い出した麻美に真顔で抗議するものの、麻美は冷めた目でジーッと見返してくる。


「うっ……」


 麻美の目に見据えられると、どうもたじろいでしまう。いや、決して後ろめたいことがあるわけじゃないんだけどさ。


「へえ、両兄っていやらしいんだ? どんな風に?」


 ひかるが楽しそうに麻美に乗っかる。


「そういえばゆうが雨でずぶ濡れになって生徒会室に戻ってきた時、着替えを凝視してましたね」

「ちょ、渚!?」


 お前その時フアンダーだったじゃないか。そんなことはしっかり覚えてるのかよ。

 っていうか凝視はしてないからな。


「うわぁ……」

「待て、誤解だからな!? あれはゆうが――」


 流石のあたしもそれは引くわー、とでも言いたげなドン引き顔の光。

 やめて。そういう目で見られるのは流石に心が痛いからやめて。


「桃、気をつけてね……。桃は両兄と同じ家で暮らしてるんだから。お風呂やトイレの時は油断しちゃダメだよ」

「ええっ――!?」

「覗くかバカ! 大体風呂はともかくトイレってなんだよトイレって! お前ら俺を何だと思ってるんだ」

「うわ、風呂は肯定したっ――!? しかもあたし覗きなんて一言も言ってないのに!」

「いや、だって文脈的に……」

「語るに落ちるとはこのことですね。見損ないました、両太郎さん」

「え、渚まで……」

「……にーさま、最低」

「ま、麻美……?」


 うう……。からかわれているだけなのはわかっているのだが、それでもこうも罵倒されると心が痛い。

 人によってはご褒美なのかもしれないが、生憎俺にはそんな性癖は無い。

 桃、お前だけは俺を信じてくれるよな?


「ぷっ……あははは!」


 俺が縋るような視線を送ったその先で、桃はもう堪えきれないといった様子で吹き出した。


「あはは、お兄ちゃんの顔、おかしい!」


 三人がかりで人格を罵倒されたと思ったら、今度は妹に顔を笑われた。あんまりだ。

 まあ泣きそうな顔をしてたからだろうけどさ。泣きたくなるこっちの気持ちも少しは汲んで欲しい。

 桃は呼吸困難に陥るくらい思い切り笑って、それに釣られてひかる・渚も笑い出す。麻美も声こそ出さないが、クスクスと笑ってる。


 いやお前ら、なんだかいい雰囲気だなーみたいな流れになってるけどさ。俺は泣きたいんだからな?



           †



 それから俺たちは大通りに出たところで、初ヶ谷(はつがや)方面に向かう渚と麻美、六ツ谷(むつや)方面に向かう俺・桃・ひかるの二手に分かれた。渚と麻美は迎えの車を待つらしい。


 生天目道場で武術を学ぶことに加えてもう一つ、俺たちは大きな取り決めを作った。それは当面の間、家に居るとき以外はなるべく一人にならず、二人以上で行動するというものだ。


 理由はあのアセロスとアン、二人のシスターだ。エレメントストーンを持つあの二人の戦闘力は凄まじく、今のフェアリズムたちでは一人でいる時に襲撃されたら対処は困難だ。

 もちろんルーチェがアセロスの炎のコントロールを奪ったり、ステラがアンの三つ首鎌を磁力で操ったように、相性の良い組み合わせというのは存在する。しかし《組織》がわざわざ親切に、こちらに有利な組み合わせで攻めてきてくれる保証は無い。楽観的な期待をするより、きちんと警戒すべきだということで全員の意見がまとまった。


 ただ当然俺は戦力にカウントできない。フェアリズムの五人を二人以上の組に分けようとすると、どうしてもペアが一つとトリオが一つの状態になる。ペアの方はまだしも、トリオの方は日常生活を送る上で色々と小回りが利かない。


 いくら世界を守る運命の戦士といえど、彼女たちはごく普通の女子中学生でもある。考えが甘いのかもしれないが、俺はなるべく彼女たちには当たり前の日常生活も大切にして欲しい。出来ればあと一人戦力を加え、ペアを三つ作りたいところだ。それが今後の課題となる。

 新たなフェアリズムを見つけ出すか、俺が戦力になるか。まあ後者は現実的ではないのだが、いずれにせよ考えていかなければならない。


 とはいえ焦る必要は無いだろう。

 俺がフアンダーと初めて遭遇したのが半月前。その時はまだ俺の知るフェアリズムは桃一人だった。

 でも今はひかるがいる。渚もゆうも麻美もいる。

 そして共に戦い、学び、遊ぶ日々の中で、五人の絆は少しずつ強くなっている。


 俺は相変わらず六年前の絶望から抜け出しきれてはいない。世間に対して斜に構えてしまっている自覚があるし、あの時失ったものに代わる新たな夢も見つけられずにいる。


 けれどこの子たちは違う。

 これからどんな苦難が待ち構えていようと、この子達ならばきっと乗り越えていける。

 だから焦らず、俺は落ち着いてそのサポートをしていこうと思う。



 それが――俺のようやく取り戻した、今はまだ小さな、たった一つの希望。

第一章完結です。

第二章開始前に「十日間の出来事」をいくつか投稿予定です。

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