エピローグ1 《組織》の大司祭
「手酷くやられたものだな……」
しわがれた声が閉鎖空間に響き渡る。
「フェアリズム三人の浄化力を束ねた合体技――あらゆる攻撃を遮断するお前たちのローブを持ってしても防ぎきれぬとはな」
声の主は黒いローブを纏った大柄な老人だ。
老人が立っているのは、礼拝堂を模したこの広間の最奥部にある、周囲より少し高くなっているステージの上だ。深い年輪を刻む皺だらけの青白い顔。しかし両眼はギョロリと見開かれ、力に満ちた視線を傍らに投げかけている。
その視線の先には、真っ黒な布で覆われたテーブルがあった。
ベッド、あるいは生贄の祭壇にも似たテーブルの上には、若い女――シスター・ポプレが一糸纏わぬ姿で眠っている。
「だがそれ以上に気にかかるのは、報告にあった少年のことだ」
老人はそう言って、ステージの下に立つ部下に向き直る。
「絶望のエンブリオが効かず、精神の地平線の中に生身で立ち入る人間――貴様の報告ではフェアフィオーレの兄ということだったな?」
「――ええ。名は花澤両太郎、フェアリズムたちが通う学園の高等部に在籍しています」
長い黒髪を持つ少女、シスター・ダイアが老人の問いに答える。
「ですが、わたしは変装して学園に潜入した際に何度か彼と接触を持っています。見る限り何の変哲も無い普通の人間。そう警戒するような相手ではないと思いますが?」
「ふ……」
ダイアの言葉に、老人は嘲るような笑みを返した。
「情が移ったようだな、シスター・ダイアよ」
「い、いえ――わたしはそのようなことは」
「まあよい。案ずるな、その少年を殺せというわけではない。いや逆だ。その少年は殺してはならぬ――恐らくその少年、フェアリズムだけではなく我らにとっても重要な存在になろう」
「重要な、存在……?」
「ヴィジュニャーナ」
「は? それは一体、どういう――」
「くっくっく……」
老人は皺だらけの顔に喜色を浮かべ、静かに笑う。
だがダイアにはその意味が理解できなかった。
「ダイアよ、お前は今まで通りエレメントストーンを探せ。当面動けぬポプレに代わって、キャンサーも人間界に送ろう」
「その前に教えてください、花澤両太郎が我々にとって重要な存在とはどういうことなのですか?」
ダイアが詰め寄る。
しかし老人は手をかざしてその動きを制し、冷淡に言い放つ。
「お前が知る必要は無い」
「なっ……!」
「だが、これだけは教えておこう。エレメントストーンは花澤両太郎の周囲に現れる。お前は引き続き花澤両太郎に接触し、フェアリズムに先んじてエレメントストーンを奪え」
「イルネス様!」
「良いな?」
「――っ! ……承知、いたしました」
ダイアは下唇を噛み締めながら、敬礼の姿勢をとる。
老人――いや《組織》の大司祭イルネスは、そんなダイアを見下ろして愉快そうにくっくっと喉を鳴らした。




