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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.1 運命の戦士フェアリズム
28/93

第二六話 水の戦士フェアマーレ2

「はぁっ!」


 フェアマーレは空中で身を捻り、地上のシスター・ポプレに向かって両手を突き出した。

 するとポプレの足元を中心に、ピキピキと音を立てて地面が、空気が、凍りついていく。


「な、なぁにぃ!?」


 ポプレが慌てて飛び退こうとする。だがその時点で既にポプレの足は脛の辺りまで氷に覆われていて、地面から離れない。

 マーレは身動きを封じたポプレに向かって、空中から続けざまに技を放つ。


「マーレ・ウォーターストリーム!」


 叫び声と同時に、マーレの突き出した両手の間から凄まじい勢いで水流が放たれた。水流は排水溝の栓を抜いた時に現れる渦巻きのようにうねり、荒れ狂う水の龍と化してポプレを頭上から撃ちつける。


「きゃあぁぁぁぁっ!」


 ポプレの悲鳴とともに、ズンッという衝撃が地面から伝わってきた。膨大な質量を持つ水がポプレの全身を飲み込み、地面に叩きつける。

 さらにマーレは自らの手を後ろに向け、背後に水流を放つ。ロケットの噴射の原理で落下スピードを倍化したマーレは、ずぶ濡れで地に伏したポプレの脇腹に、踏みつけるような蹴りを入れる。


「うぐっ……ああああぁぁっ!」


 ポプレが呻き声を上げて吹っ飛び、地面を転がった。

 マーレの戦いぶりは圧倒的だ。フィオーレとステラの二人がかりでも勝てなかったポプレを一方的に叩きのめしている。


――いや、いくらなんでも一方的過ぎないか?


「……はぁ、はぁ」


 ポプレが荒い息とともに立ち上がる。表情は苦痛に歪み、いつもの嘲るような笑みは無い。

 だがポプレのそんな様子を見てもマーレは顔色一つ変えない。そこには憐れみも無ければ、侮りも無い。ただ知性の光を宿した瞳で、凛々しくポプレを見据えている。


「私が浄化されたことで、私の精神が具現化したこの精神の地平線(マインド・ホライズン)もまた様相を変えた――。どうやら先程までのように好き勝手はできないようですね、シスター・ポプレ」


 なるほど、そういうことか。マーレが極端に強いわけではなく、ポプレの側が弱体化――というより元に戻っていたのだ。


「――忌々しい子ねぇ。まさかフェアリズムだったなんてぇ……。結局あたしのやったことは茶番だったってことねぇ」

「いいえ。そうでもありません」

「……どういう、意味かしらぁ?」

「こうして一つになったことで理解できました。この五大の水のエレメントストーンは以前から私を()()()いてくれた――けれど、()()()くれていたわけではありませんでした。たとえ昨日の私が触れたところで、きっと何も応えてはくれなかったでしょう。フアンダーと化した私が両太郎さんから無理やり奪い取っていたとしても、やはり同じだったでしょうね」

「――やっぱり茶番じゃないの。つまりあたしは、あなたを目覚めさせるお膳立てをしたってことねぇ」


 そう言ったポプレの表情は心底忌々しそうだった。他者を傷つけて遊ぶつもりが、とんだ道化役を演じてしまったのだ。無理も無い。

 だがマーレは首を横に振って、


「私がエレメントストーンに認めてもらえたのは、あなたのおかげなどではありません。戦う意味を教えてくれた仲間たちと、それから――」


 桃・ゆう・麻美を順に一瞥する。

 それから俺の方を見て、目が合うと慌ててすぐに顔を逸らした。


「――それから、戦う力をくれたリーダーのおかげです」


 照れながら言うなよ、俺まで照れるじゃないか。

 そもそもその戦う力って、渚自身がもともと持っていたものじゃないか。俺は理性が絶望と戦う武器になるって言っただけで、その理性をずっと保っていたのは渚なんだから。

 まあ一度は喧嘩別れみたいになった相手だし、少しは信頼関係が築けたというなら悪い気はしない。


「五大の水のエレメントストーンが司るのは水。水のあらゆる姿に変化する性質は柔軟な知性を、その不朽不滅の透明さは明瞭な思考を象徴しています。それが私――このフェアマーレの絶望に立ち向かう力。たとえあなたたちがどれだけの絶望によって人の心を閉ざそうと、私がその絶望を洗い流してみせます」


 マーレは右の掌を大きく開き、ポプレに向かって突き出した。それを受けてポプレはじりじりと後ずさる。


「逃がしはしません。マーレ・グレイシアバインド!」


 マーレが次の技を放つ。ポプレの足元から青白い光を放つ冷気が立ち昇り、ポプレの身体ごと地面や空気を凍りつかせていく。


「なっ――くっ……!」


 ポプレは慌てて黒いもやのような波動で全身を包み込んだ。するとそれに押し戻され、凍結の進行速度が鈍る。

 だがマーレは「はあっ!」という掛け声と共にさらに技に力を込める。冷気――いや凍気とでも呼ぶべき青白い光は、ポプレの黒い光を押さえ込んでその全身を覆い、とうとう完全に氷漬けにしてしまった。

 それでもマーレは技を止めず、凍気にさらなる力を注いでいる。それもそのはず、そびえ立つ氷の柱と化してもなおポプレの眼は爛々とした憎悪の光を宿し、全身は薄っすらとした漆黒の光を放っていた。恐らくマーレが少しでも気を緩めれば、氷の封印は破られてしまうだろう。

――だが、マーレは別に一人で戦っているわけじゃない。


「みんな、今だ! マーレが動きを封じてくれているうちに!」

「わかった!」

「オッケー!」

「……了解」


 桃・ゆう・麻美は再びフィオーレ・チェーロ・ステラへと変身。エレメントストーンの指輪をはめた左掌を重ね、円陣を組んだ。


「五行の木のエレメントストーン、力を貸して!」

「さあ五大の風のエレメントストーン、行くよ!」

「……五大の地のエレメントストーン、よろしく」


 三人の言葉に呼応し、エレメントストーンがまばゆい閃光を放った。

 どこまでも広がっていくかに見えた三色の閃光は、しかし織り合わさるような軌跡を描いて三人の重ね合わされた左掌に集まっていく。


――これって、昨日の夕方にフィオーレとルーチェが放ったのと同じ? 今度はあれを三人でやるのか。


「届け、草花のいたわり!」

「さざめけ、風の歌声!」

「……きらめけ、星々の鼓動!」

『フェアリズム・エレメンタルサーキュレイション!』


 三人は重ねた手を突き出した。そこに集まって凝縮されていた力は再び大きく膨らむ。

 ドン、という大きな衝撃とともに放たれた三色の光の塊は、円環を描いてシスター・ポプレへと一直線に飛んでいく。

 光の環が氷を貫き、ポプレの身体を囲った。そのまま環は凄まじい勢いで回転し始め、やがてポプレの全身を包み込んで球体へと姿を変える。


「くっ、こんな……! この、あたしを浄化なんてぇ――!」

『はああぁぁぁっ!』

「嫌よぉ、あたしは希望なんて認めない、嫌よ嫌よ嫌よぉぉ――!」


 三人が球体に力を注ぐと光の球体は回転速度を増し、ごうごうと音を立てながら急激に膨張した。それに反してポプレの悲鳴はか細くなっていき、ついに途絶える。


 よし、勝った!


 俺がそう確信したその時。

 フィオーレ・チェーロ・ステラの三人が「クロージング」の掛け声を言いかけたその刹那。


 パンッ! という破裂音とともに、エレメンタルサーキュレイションの光球は突如弾けた。

 光球に内包されていた浄化の力は四方八方に向かって放射され、辺りは眩い光に包まれた。


「なっ、何が起きてるの……?」

「ぼくたちの技が、打ち消された?」

「……一体、どうして」


 三人が口々に驚愕の声を漏らす。


「はっ――、皆さん急いで防御を!」


 叫んだのはマーレだ。

 同時に氷の壁が俺たちの前に現れる。さらにその手前にはチェーロが緑の風の壁、エリアルシールドを展開した。

 次の瞬間には真っ黒な火の玉のようなものが氷の壁を貫いて俺たちに向かって襲いかかってくる。

 エリアルシールドが間一髪でそれを受け止め、弾き返した。殺しきれなかった衝撃がズンッと地面越しに伝わってくる。


 くそ、なんだ? 一体何が起きている? 今の攻撃はポプレなのか?

 マーレとチェーロの咄嗟の連携が無ければ危なかった。


 やがてエレメンタルサーキュレイションの光が収まったとき、そこにはこちらに向かって手を突き出した四人の人影があった。その中の一番背の高い一人が、もう片方の手で気を失ったポプレを抱き抱えている。


 四人はいずれも女で、黒いフードに黒いローブを身につけていた。

 その服装で半ば察したが、四人のうちの一人が見知った顔、黒沢螢――いやシスター・ダイアだったことで、俺はこいつらが何者であるかを確信した。


「――へえ、防御もなかなかのモンじゃねェか」


 四人の先頭に立つシスターが乱暴な口調で言った。妙に存在感のある女だ。

 身長は少し高めだが、それ以上に彼女の存在感を際立たせているのは、乱雑に羽織ったローブから覗くがっしりと鍛え上げられた四肢だ。決して筋肉ダルマというわけではないのだが、いつでもトップギアでその力を放出できるよう、気迫と緊張感を漲らせている。髪は赤いウルフカットで右目が隠れている。残った左目にはギラギラとした獣のような好戦的な光。


精神の地平線(マインド・ホライズン)が浄化されたから何かと思って来てみたが、まさか五人目のフェアリズムとは驚いたぜ」


 そう語る女は、どこか嬉しそうだった。まるで少年漫画に登場する「これで面白くなってきた」などと意味深に笑う敵キャラみたいなヤツだ。

 その敵キャラに「……あなたは?」とマーレが尋ねる。流石はマーレ、突然の敵増援にも動じない。


「オレはアセロス、シスター・アセロスだ。それからこっちの――ダイアは面識あるんだっけか」


 アセロスと名乗ったシスターは、右隣に立つダイアを指差す。

 ダイアは少しバツが悪そうに斜めに立ってこちらを見ている。俺と目が合うと、ぷいっと顔を背けた。

 制服の時は敵対しないが、フェアリズムとシスターという立場では敵同士。自らそれを念押ししていたくせに、いざこうして敵味方として相対してみると少し後ろめたさでもあるのだろうか。

 あるいは、俺の前で散々ポプレの悪口を言ったのに、そのポプレを救援しに来てしまったのを恥ずかしがっているのだろうか。

 なんとなく後者のような気がする。


「それから、この仮面をつけたヘンテコなノッポがシスター・キャンサー」


 アセロスは今度は左隣に立っている、ポプレを抱きかかえた長身のシスターを指で示す。

 キャンサーというらしいそのシスターは、西洋の仮面舞踏会を思わせるマスクを身につけていて、全く表情が読み取れない。得体の知れない不気味さがあり、全身で戦意を示しているアセロスとはまた逆の意味で恐ろしい。


「――我思う」低くしわがれた声でキャンサーが言った。「呑気に話している場合ではない。ポプレは急いでイルネス様のところに連れて行く必要がある」

「チッ、いいじゃねェか。自己紹介くらいさせろよ」

「我思う。自己紹介とは文字通り自己を紹介すること。汝が我やダイアのことを紹介するのは自己紹介ではない」

「あー、ったくキャンサーは煩ェな。いいんだよ、細けェことは」


 アセロスは頭をポリポリ掻きながら、キャンサーの足元にいる一際小さな少女の頭の上に手を載せた。


「んで、このチビッ娘がシスター・アンだ」

「フン……脳のサイズはお主が一番小さかろうに」


 アンと呼ばれた金髪碧眼の少女――いや、幼女か女児と呼んだ方が適切かもしれない――は、ジロりとアセロスを横目で睨む。それから俺たちの方に向き直り、


「まあよい。わらわがシスター・アンじゃ。以後見知り置きを願おうぞ」


 随分時代がかった口調で言った。

 その様子だけ見れば背伸びをしている可愛らしい子供なのだが、彼女もまた世界に絶望を撒き散らそうとする《組織》の一員なのだ。油断するわけにはいかない。


「んでさ、そこの男は何なんだ?」


 誰にというわけでもなくアセロスが言った。

 この場にいる『男』に該当するのは俺しかいない。


「エレメントストーンに選ばれたフェアリズムやオレたちシスターならともかく、ただの人間が精神の地平線(マインド・ホライズン)になんで居るんだ?」


 そんなことを言われても困る。渚がフアンダーの力を解放した時に引きずり込まれただけで、俺自身が意図的に入ってきたわけじゃないんだから。

 ああ、でもあの時はエレメントストーンをポケットに入れてたから、そのおかげなのか?


「我思う。あの男はフェアリズムとはまた別の危険因子。我々の障害になるだろう」

「ふーん、そっか」


 アセロスはキャンサーの抽象的な説明に、理解したようなしてないような微妙な表情で頷く。

 それから、


「じゃ、殺しとくか」


 カッと眼を見開いた。

 その瞬間、俺の全身をとてつもない悪寒が支配し、思わず震え上がってしまう。

 アセロスがごく自然に発した「殺す」という言葉。それは決して脅しではなく、明確な殺意を伴っていた。彼女は何の気負いも無く「昼だからご飯を食べるか」というのと同じくらいの感覚で殺意を放ち、殺すと口にしたのだ。ダイアやポプレとは方向性が違うが、この女もまた致命的なレベルでどこか歪んでしまっている。


「我思う。そろそろ限界だ。ポプレをイルネス様の許に送り届けねば大事に至る」

「だったらテメェだけ帰っとけよ。オレたちはその男を片付けてから戻るから」

「……勝手にわたしまで巻き込まないでくれるかしら? このまま戦うのは、なんだかポプレの仇討ちしてるみたいで気持ち悪いわ」

「おーおー、ダイアは薄情だねェ」

「なんとでも言えばいいわ。それから、フェアリズムたちを甘く見ると痛い目に遭うわ。精々気をつけなさい」


 ダイアは俺の方をチラと見て僅かに眉を顰めると、スッと姿を消した。比喩ではなく、一瞬輪郭がブレたと思ったら文字通り消えていたのだ。瞬間移動――というよりは、この精神の地平線(マインド・ホライズン)から脱出したのかもしれない。

 キャンサーもまた、ポプレを抱えたままダイアと同じように掻き消える。

 後に残ったのはアセロスとアンの二人だ。


 一方こちらにはフィオーレ・マーレ・チェーロ・ステラと四人のフェアリズムが揃っている。アセロスたちの戦闘力が仮にポプレと同程度だとするならば、はっきり言って負ける要素が無い。

 しかしアセロスはこの状況で、全く怯んだ様子は無かった。


「ま、オレとアンの二人でも何とかなるだろ」

「ふむ――アセロスよ。お主、アレを使うつもりか?」

「そりゃ、もうこの精神の地平線(マインド・ホライズン)は浄化されちまってるし、流石にオレたちでもアレ無しじゃ厳しいだろ」

「やれやれ、仕方ないのう。アレは疲れるのじゃがな」


 二人は呑気にそんなやり取りを交わす。自分たちが負けるとはこれっぽっちも思っていない、そんな様子だ。


「ま、さっさと終わらせよーぜ」


 アセロスはバキバキと指を鳴らし、再び俺に殺意の眼差しを向けてきた。

 だがそれを遮るように、フェアリズムの四人が立ちはだかる。


「あなたたち、黙って聞いていれば随分好き放題言ってくれますね」

「お兄ちゃんは傷つけさせない!」

「……にーさま、下がってて」

「ぼくたちが絶対に守ってみせる!」


 可愛らしいフェアリズムのコスチュームに身を包んでいるというのに、狭い肩に小さな背中の少女たちだというのに、その姿からは大きな大きな安心感、そして力強さを感じる。

 俺がまるでヒロインみたいなポジションになってしまっているのはちょっと悔しい。だが俺は俺にできることをするだけだ。そうだよな、渚。

 ちらとマーレに視線を送る。マーレは両手を前方に突き出し、


「凍て付きなさい! マーレ・グレイシアバインド!」


 ポプレを氷漬けにしたのと同じ技を先制で放ったところだった。

 アセロスとアンの足元から青白い凍気が吹き上がり、あっという間に二人の身体を覆っていく。


――だが。


「うおっ、いきなりかよ! ったく!」


 アセロスは驚いたような声を上げながらも、落ち着いて両手を大きく円を描くように振るった。

 するとアセロスたちの周囲に火柱が巻き起こり、マーレの放った凍気は掻き消されてしまう。


「今度はこっちからいくぜ! さあ、()()()()()()()()()()()()()()、オレに従え!」


 アセロスが両手を動かすと、火柱はそれに連動して、まるで生き物のようにうねる。


――おい、待てよ。今あいつは何て言った?


「うそ……エレメントストーン?」


 フィオーレが愕然と呟く。

 俺の聞き間違いでは無かった。まさかシスターの手に渡ったエレメントストーンが既にあったなんて。


 アセロスは首許からペンダントを取り出した。それは逆十字のモチーフをしたペンダントトップで、その中央にはまるで貫かれたかのように斜めに指輪が掛かっていた。フェアリズムたちの持つエレメントストーンの指輪と同じ形をしているが、鈍色にくすんでしまっている。


 五大の火のエレメントストーンはアセロスの声に呼応し、なおもドス黒く禍々しい炎を放ち続ける。炎を巻き込んで勢いを増した火柱は、七本の火炎でできた竜巻と化す。確か火災旋風ってやつだ。


 火災旋風を従わせたアセロスは、好戦的な瞳に一層の気勢を滾らせた。


「オラオラァ! 焼き尽くせ、バーニング・ダークフレイム!」

「くっ……チェーロ・エリアルシールド!」


 ビシッという甲高い音が響き渡る。

 迫りくる七本の竜巻状の黒炎をチェーロの盾が受け止めたのだ。だが成し得たのは受け止めるところまで。弾き返すことまではできず、逆にジリジリと押し込まれてしまう。


「チェーロ、今支えます! マーレ・グレイシアウォール!」

「おっと、わらわを忘れてもらっては困るのう。五行の金のエレメントストーン、わらわに従え!」


 マーレがエリアルシールドの裏側に氷の壁を張り巡らす。補強されたエリアルシールドが、アセロスのダークフレイムを押し戻し始めた。

 だがそこに今度は、シスター・アンが金属光沢を持つ漆黒の刃を手に迫る。持ち手の長い長い柄は先端付近で三つに分かれ、それぞれの先端に鎌状の刃が付けられている。鎌とフォークを合わせたような形状だ。三つ首鎌とでも呼べばいいだろうか。


「引き裂け、トゥインクル・ダークファング!」

「……させない。ステラ・エディカレントスパーク!」


 今度はステラの両手から、渦を描く電流がバチバチと音を立てながら迸る。だが電流はエリアルシールドを避けて上空に逸れてしまう。


「ふん、技のコントロールもできんのか。わらわたちの勝ちじゃのう!」

「……どう、かな」

「何っ!」


 エリアルシールド目掛けて振り下ろされたダークファングは、突然その軌道を不自然に変えた。そう、まるでエディカレントスパークに引き寄せられるように。


「くっ……磁力を生じさせて吸い寄せたじゃと! 最初からそれが狙いかっ!」

「フィオーレ・ブルーミングシュートっ!」


 ステラの機転によって無防備に晒された長柄に、フィオーレの光の弾が命中した。アンの手からダークファングが弾き落とされる。

 ダークファングはそのままエディカレントスパークに引きつけられ、飲み込まれ、バチッと弾ける音とともに消滅した。


 ほぼ同時に、アセロスの放ったダークフレイムも霧散する。だがチェーロ・マーレが協力して作り上げた盾もまた、パラパラと音をたてて崩れ落ち、大気に溶けていく。


 四人のフェアリズムと二人のシスター。双方がぶつけ合った大技は相殺し合い、結果として互いにノーダメージだ。しかしこちらは相手の倍の人数いることを考えると、アセロスとアンの力は凄まじい。ポプレと同じどころか、軽く見て二倍や三倍の戦闘力は有している。


「へえ、本当にテメェらやるじゃねェか。そりゃエレメントストーンの無いダイアやポプレじゃ勝てねェな」


 アセロスは犬歯をむき出しにして嬉しそうに笑った。


「どうしてあなたたちがエレメントストーンを持っているの!? ――ううん、それはわたしたちが間に合わなかっただけ。それよりどうしてエレメントストーンがあなたたちなんかに力を貸すの!?」


 尋ねたのはフィオーレだ。だがその問いに対してアンは呵呵と笑う。


「お主たちと違って力を借りてなどおらぬ。支配し、従え、その力を奪い取っているのじゃ」


 そう言ってアンは、ひらひらとペンダントを見せびらかしてきた。アセロスのものと同じ、エレメントストーンの指輪を逆十字で貫いたものだ。


「なんてことを……!」

「すぐにてめェらのエレメントストーンもこうしてやるよ。さあ戦闘再開だ!」


 再びアセロスの殺気が膨れ上がった。アンも二本目のダークファングを生成して握り締める。


「行くぜ、今度はフルパワーで撃ってやる! バーニング・ダークフレイム!」


 アセロスの周囲にさっきより多い九本の火柱が上がる。勢いも格段に上がっていて、一つ一つの火柱が遥か上空まで貫く特大の火災旋風と化している。まさに天をも焦がすという言葉に相応しい様相だ。

 再び火柱はアセロスの腕の動きに連動して生き物のようにうねり、九つの頭を持つ黒い炎の龍と化す。

 そしてアセロスは俺たちに向かって腕を振り下ろした。


「消し飛べ!」


――だが。


 炎龍は俺たちに襲い来ることはなかった。それどころか喉を詰まらせたような滑稽な動きでくねくねとのた打ち回る。


「な、なんだァ!?」


 呆然とするアセロス。炎龍はまるで内部から弾けるように、赤い閃光を撒き散らしながら次々消滅していく。

 そして次の瞬間、呆けているアセロスの頬を炎龍の内部から迸った一筋の炎が焦がした。


「っ――!?」


 アセロスの顔色が変わる。自らが生成したつもりだった炎に身を焼かれたのだ、無理も無い。

 だが辺りを見渡して、その顔はさらなる驚愕に引きつる。

 いつの間にかアセロスとアンを取り囲む炎は大きく様相を変えていた。それはアセロスの粘りつくような黒炎とはまるで違う、全ての穢れを焼き払う浄化の炎。

 それが炎龍を内部から食らい尽くし、ダークフレイムを打ち破ったのだ。


「これは――?」


 何が起きたかわからずにいるアセロス。

 だが俺は、いや俺たち五人は、その炎の使い手を知っている。


「まったく皆、あたし抜きで盛り上がらないで欲しいな」


 予想通りの人物の声。俺たちは一斉に声の方を振り向く。

 そこにいたのは赤い服に身を包み、赤い髪をなびかせた真紅の戦士。フェアルーチェだ。


『ルーチェ!』


 フェアリズムたちが一斉にルーチェに駆け寄る。


「ビックリしたよ、生徒会室に入ったら空中に変な裂け目みたいなのがあるし、パックたちはみんながそこに吸い込まれたって言うし」


 ルーチェの言葉にマーレが唇を噛み締めて俯く。

 そうだった、ここは渚の心の世界。フアンダーと化した渚がここに俺たちを引きずり込んだのだ。

 さっきまでの戦いに参加していたフィオーレ・チェーロ・ステラはもうマーレを責めることはないだろう。

 しかしルーチェから見た時、マーレは仲間を――親友を危険に晒した相手ということになる。マーレが俯いたのは、きっとルーチェからの批難の言葉を覚悟したためだろう。


 だがルーチェはそんな心配をあっさりとひっくり返す。


「でもみんな無事で良かった。その様子だと会長も無事にフェアリズムになれたみたいじゃん? 両兄から会長がフアンダーになってるってメールが来て、心配してたんだ」


 あっけらかんと笑うルーチェ。

 マーレはハッと顔を上げる。ルーチェはそんなマーレに、微笑みを崩さずに黙って頷いた。

 それに釣られて、強張っていたマーレの頬も綻ぶ。


「ありがとう……。私はフェアマーレ。これからよろしくお願いします」

「うん、よろしくマーレ!」


 二人のやりとりに、フィオーレ・チェーロ・ステラの表情もぱあっと明るくなった。

 そうだ、ルーチェの炎は周囲を照らし、心を和ませる。それが本当のエレメントストーンの力だ。アセロスの炎のような、誰かを傷つけるためのものじゃない。


「それでさ、状況は全然わからないんだけど――」ルーチェが言った。「あいつらが敵ってことでいいんだよね?」


 ルーチェの瞳に好戦的な光が宿る。こういうところはアセロスとちょっと似てるかもしれない。ただ同じ好戦的な性格でも、ルーチェとアセロスでは戦うことの意味が違うのだ。


 ルーチェに睨まれたアセロスは、ギリッと奥歯を噛み締め、自らを取り囲む浄化の炎を忌々しそうに眺める。


「ちくしょう、五行の火のフェアリズムか。オレの火のコントロールを奪いやがって」


 そのアセロスに向かって、


「アセロス、残念じゃが時間切れじゃ。これ以上の使用はお主がもたん」


 アンが言った。アセロスは眉間に皺を寄せながらも頷く。


「――そこの赤いの、てめェ……名前は?」

「フェアルーチェ、だけど?」

「オレはシスター・アセロス。五大の火を従えている。フェアルーチェ、てめェのことは憶えておくぞ」

「ほう? 良かったなぁフェアルーチェ。アセロスの筋肉で出来た希少な脳に憶えて貰えるというのはよっぽどのことじゃぞ。――って、こら待たんか! わらわを置いて行くでない!」


 アセロスが、続いてアンが、スッと掻き消えた。


 精神の地平線(マインド・ホライズン)に僅かに残っていた影は完全に消え去り、空からはキラキラとした陽光が降り注ぎ始めた。マーレ――渚の心から、絶望のエンブリオもシスターも完全に消え去ったのだろう。

 俺と五人のフェアリズムは顔を見合わせる。


 勝った。

 今度こそ、俺たちはシスターを退けたのだ。


 フィオーレの顔が綻んだ。花の咲くような笑顔。釣られて俺も笑う。ルーチェも、マーレも、チェーロもステラもみんな笑っていた。

 シスター・ポプレの撃退、そして五人目のフェアリズムの加入。それは俺たちにとって大きな勝利だった。


 少なくとも二つのエレメントストーンが《組織》の手に渡ってしまっているという状況は、決して楽観視するわけにいかない。

 だがそれでも今は、掴み取った勝利と確かめ合った絆に酔い痴れ、笑顔になってもいいんじゃないだろうか。それこそがきっと、俺たち全員にとっての絶望に立ち向かう力なのだから。

話数追加(14/04/07)

微修正(14/04/10)

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