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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.1 運命の戦士フェアリズム
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第二三話 雨の日の戦い1 -Una furtiva lagrima 1-

 生徒会室には桃と渚、それからパックとアリエルがいた。

 まず目に飛び込んできたのは渚。部屋の最奥にある生徒会長のデスクではなく、中央に置かれた大きなテーブル席の方に座って文庫本を読んでいた。桃も渚とは反対の向かって左側に座って、テーブルの上でパックとアリエルが並んで座っているのをニコニコ眺めている。


「お邪魔します」

「……ただいま」

「こんにちは、両太郎さん。麻美もご苦労様」


 席から立ち上がって、ニコリと微笑んで軽い会釈をする渚。人を出迎える作法をしっかりわきまえた振る舞いだ。別に桃みたいに座ったまま挨拶するだけでいいのに、本当に律儀な子だ。


「昨日は悪かったな。自信喪失で情けないこと言っちゃって、渚の気持ちを考えてなかった」


 桃の隣の椅子に座りながら、さっさと謝ってしまう。こういうのは変にタイミングを考えすぎると失敗するのだ。


「いえ、私も短気過ぎました。少し焦っていたのかもしれません。本当にごめんなさい」


 渚からも返しの謝罪。大人びた子は話が早くて助かる。俺たちの間にわだかまりがあったんじゃ、フェアリズムの四人も色々とやり辛いだろうからな。


 が、ちっとも大人びてない子が一人この場にいた。いや、一匹か?


「ナギサは甘ーい! 甘すぎるわ! もっともっともーっと怒っていいのよ、こんな意気地なしのヘナチョコ男!」


 キィキィとわめきたてたのは手のひらサイズの可憐な少女の姿をした妖精、アリエルだ。なぜか知らないが俺はアリエルには妙に嫌われてしまったようだ。


「まあまあアリエル、ここはボクに免じて許してやってよ」


 珍しくフォローしてくれたのは少年妖精パックだ。そういえばこいつら知り合い同士だったっけ。


「ま、リョウがヘナチョコ野郎なのは事実だけどね」

「うーん、パックがそういうならしょうがないわね。許してあげるわヘナチョコ野郎!」


 ったくこいつらは。メルヘンじみた可愛らしい外見も、言動で思いっきり台無しだ。

 そんな暴言妖精どもを眺めながら、桃は楽しそうに「二人とも酷いよー」なんて笑ってる。妹よ、兄がヘナチョコ野郎呼ばわりされるのがそんなに楽しいか。


「そういや桃、傘ありがとな」

「ううん、たまたま家出るときに気づいただけだから。お礼は届けてくれた金元さんに言って」

「ああ。麻美もありがとうな」


 いつの間にか俺の右隣に座っていた麻美に改めて礼を言う。ちょこんと座ってる姿が可愛らしかったので、ついでに頭を撫でてみた。

 麻美は黙って撫でられた後、


「……にーさま、麻美を子供扱いしてる?」


 殺気の篭った眼で俺を睨みながらボソリと言った。

 いかん!


「滅相もございません。これは我が国では感謝の意を示す行為でして……」

「……その国、滅べばいいと思う」


 咄嗟の言い訳に対して、麻美は少し眼を細めて呆れ顔だった。


「それでリョウ、例の物は持ってきたんでしょ? 早くナギサに試してもらおうよ」


 話題を転換したのはパックだ。


「花澤さんから聞きました。持ち主不在のエレメントストーンを両太郎さんが預かってらっしゃるとか」

「ああ。シスターの連中も、まさかフェアリズムじゃなく俺が持ってるなんて思わないだろうからな」


 なんて答えはしたのだが。今朝の螢とのやりとりで既にそれは否定されてしまった。フアンダーやシスターがエレメントストーンの放つ波動を察知できるとなると、俺がエレメントストーンを預かることはリスクが増すばかりで何のメリットも無い。


「まあ確かに、こんなヘナチョコがエレメントストーンを預かるなんて夢にも思わないわね」

「それは同意してるのか馬鹿にしてるのかどっちだ」

「馬鹿にしてるのよ、そんなこともわからないの?」


 アリエルのあんまりな物言いに、思わず溜息が出た。

 一方の渚はそんな俺たちのやりとりにくすくすと笑ってから、


「それでは、早速()()()()()()()()エレメントストーンを貸してくださいますか?」


 ごく自然に、穏やかな口調でそう言った。


 瞬間、俺は全身が総毛立つのを感じた。


 今、渚は何て言った?

 どうしてエレメントストーンが胸ポケットに入っているなんてわかったんだ?

 俺はそんなことを言ったか? いや、絶対に言っていない。


 周りの皆の反応を伺う。

 桃もパックもアリエルも早くストーンを取り出せと言わんばかりに、俺の方をじっと見てる。ダメだ。

 麻美はどうか。麻美は少し不思議そうに首を傾げているが、怪しんでいるというほどじゃない。


 くそ、考える時間が足りない。


「……ああ、それなんだけどさ。こういうのは一応、全員揃ってからがいいと思うんだ。ひかるゆうが来るのを待とう」


 そう提案し、一旦結論を保留する。この言い方なら反対はしにくいはずだ。


「そう――ですね。待ちましょうか」


 狙い通り、少し困惑しながらも渚が同意してくれた。他の面々も頷く。

 まずはセーフだ。


 さて、考えなきゃならない。

 渚はどうしてエレメントストーンが胸ポケットに入っているとわかったのか。


 一つ目の可能性は、実際そうであって欲しいが、単なる当てずっぽうがたまたま正解したというもの。

 しかし渚のような理知的で丁寧な物腰の子が、意味も無く当てずっぽうを言うだろうか?

 残念ながら、この線はかなり薄い。


 二つ目の可能性は、螢――シスター・ダイアが渚に何らかの接触をし、そのことを教えたというもの。

 これはどちらかというと、そうであって欲しくない。

 ただまあ、ダイアにとってそんなことをするメリットはかなり薄い。もし俺からこのエレメントストーンを奪いたいなら、わざわざ回りくどいことをせずに朝の時点でそうしているだろう。

 恐らくこの線も捨てていい。


 となると三つ目。今の渚はシスターが化けている、もしくは渚自身がフアンダーになってしまっていて、エレメントストーンを感知することができるというものだ。

 マズいことに、恐らくこれが一番可能性として高い。ひとまずこの線を前提に考えるしかない。


 だがシスターが化けているのと、フアンダーになってしまっているのと、一体どちらだ?

 そもそもシスターに変身能力などというものはあるのだろうか?

 少なくともダイアは持っていないだろう。そんな力があれば、制服を着て眼鏡をかけただけの姿で中等部に潜入しないはずだ。――まあ、ダイアの場合はそれだけでも十分別人に見えるけどさ。


 ではフアンダー化はどうか。

 篠原先生が人型フアンダーになった時は明らかに人格が崩壊していて、発声もまともじゃなかった。今の渚の状態とは全然違う。


 しかしその篠原先生でも、テディベアのフアンダーやケヤキのフアンダーとは違って言葉らしい言葉を発してはいた。そして篠原先生のそんな様子を見てポプレは『上等なフアンダーではない』と言い放った。

 仮に渚が大きな不安を抱えていて、ポプレの言う『上等なフアンダー』になってしまったのだとしたらどうだろうか。ひょっとするとある程度の自意識を保ったまま心が支配されてしまうような形にならないだろうか。


 うーむ。

 頭の中でいくら考えても結論は出ない。所詮どこまでいっても推察は推察だ。どこかでその答え合わせをしなくちゃならない。

 だが、どうやって?

 今の俺と渚は昨日盛大に衝突し、そしてたった今和解したばかりの間柄だ。そんな相手に考え無しに「お前フアンダーじゃないの?」なんて言おうものなら、桃や麻美だって良い顔はするまい。

 答え合わせは誰の目にも明らかな形でするしかない。



 そうこう悩んでいるうちに、待ち人の片割れがやってきた。


ゆう、おかえりなさい。遅かったわね……って、ずぶ濡れじゃない」

「うん、雨除けのパラソルを立ててきたから」


 ヘラヘラ笑いながらそう答えたゆうは、渚の言うとおり頭のてっぺんから靴下の先まで濡れネズミだった。履くのをためらったのか、上履きは手に持っている。

 普段少しクセのある髪が水分を吸ってペタンと首筋に張り付いている様は、なんだか妙に色気があって「水も滴るいい男」というフレーズを思い出す。いや、女の子には失礼かもしれないけどさ。ゆうってほんと少年的な雰囲気だから。


――なんて思いながら不用意に少し下に視線を送ってしまった。ゆうは絞れるくらいに水を吸ったベストをちょうど脱いだところだった。これまた水分を吸って張り付き、ボディラインを強調しているブラウス。そしてそこから透けて見える健康的な肌と、控えめな丘陵を覆うコバルトグリーンの下着。見てはいけないものが次々目に入ってきて、慌てて視線を外す。

 すまんゆう。お前、ちゃんと女の子だ。


「……言ってくれれば、手伝ったのに」


 麻美がどこからか大き目のタオルを二枚持ってきてゆうに手渡した。一枚一枚がバスタオルくらい大きい。っていうかバスタオルそのものだ。なんて備えがいい。

 ゆうはそれを受け取って一枚は肩にかけ、もう一枚は頭の上からかぶり、わしゃわしゃと髪を拭く。なんか犬みたいだ。


「で、エレメントストーンは? どうだったの?」

「ええ、それが――」


 ゆうの問いを受けて、渚がチラと俺の方に視線を送る。おっと、俺が渚に意地悪をしてるような印象をゆうに与えてしまうのは避けたい。


「こういうことは全員揃ってからがいいと思ってな。ゆうひかるを待ってたんだ」

「ふーん、そっかそっか。それもそうだね」


 ゆうは納得してくれたようだった。それから背後の壁の時計を振り返って、


「赤﨑さんは空手部だっけ? もう少しかかるかな」


 なんて待ち遠しそうに言った。

 時計を見る拍子に身体を捻ったものだから、せっかくいろいろと隠してくれてたタオルがずれてしまった。

 またもゆうの無防備な脇の下やら、スッと締まったお腹やらが目に入ってくる。


「……にーさま」


 気がつけば麻美が殺気をたぎらせて俺を睨んでいた。いやいや麻美さんや、今のは不可抗力じゃないですかね。そもそもゆうがもうちょっと羞恥心を……。


「――どうぞ」


 言い訳を諦めて目を閉じると、脇腹に麻美の強烈なボディブローが飛んできた。



             -†-



「というわけでトイレ行ってくるから、その間にゆうは着替えといてくれ……」


 まだ痛みの残る脇腹をさすりながら生徒会室を出ると、


「……まったく、にーさまは」


 腕組みをした麻美がとたとたとついて来た。再び付き添ってくれるらしい。予想外だったが、二人で相談する時間を取れるのは都合がいい。


「……トイレ、通り過ぎたけど」


 男子トイレの前を通り過ぎてそのまま突き当たりまで廊下を直進した俺に、麻美が怪訝そうに言った。

 だが実のところ俺は別にトイレに行きたいわけじゃない。まず最初にやろうとしていたことはひかるにメールを送ることだ。


「これでよし、と」


 メール送信完了を見届けてスマートフォンをポケットに戻す。

 するとジッと俺の顔を見上げていた麻美と目が合う。


「……そろそろ、説明して」


 麻美は少し拗ねたような口調で「……麻美、ゆうちゃんみたく、回転速くないから」と付け加えた。なんだか麻美は会話の端々に自分とゆうを比べるような発言が目立つ。ボーイッシュな容姿で快活なゆうと、女の子らしい見た目で物静かな麻美はとても対照的だ。仲のいい親友同士であると同時に、自分と正反対の人間として気になるといったところだろうか。


「そうだな、何から話すか。えっと――まず俺、胸ポケットにエレメントストーンを入れてるって言ってないよな?」

「……さっきの、渚ちゃんのこと?」


 麻美は俺の質問に対して質問を返してきた。

 ちゃんと気づいてたんだな。うん、麻美だってしっかり頭の回転が速い子じゃないか。ゆうがちょっと規格外なだけで。


「ああ。渚はまるで中が見えてるみたいに、胸ポケットにエレメントストーンが入ってることをごく自然に言い当てた」


 胸ポケットから五大の水のエレメントストーンの指輪を取り出し、麻美に見せる。麻美は少し目を丸くした。


「……麻美も、ちょっと気になってた。……勘で言ったのかなって、思ったけど――」

「渚は根拠の無い勘で発言するようなタイプじゃない、か?」

「……うん」


 神妙な面持ちで麻美が頷く。

 そりゃそうだな。俺の発言は渚を褒めるものであると同時に、渚への疑念を高めるものでもある。麻美としては複雑な気持ちだろう。


「フアンダーがエレメントストーンを感知できるのは知ってるか?」

「……うん」

「俺に絶望のエンブリオのことを教えてくれたヤツが言っていた。持ち主を選んだエレメントストーンはある種の波動を放ち、フアンダーやシスターはそれを感知してエレメントストーンを見つけられるらしい。……俺は、渚がフアンダーにされてしまっているかもしれないと思っている」

「……!」


 推察を告げると、麻美の顔が強張った。だが反論は無い。麻美もそれに近いことを薄っすら考えていたのだろう。


「半端な疑いで渚を傷つけるわけにはいかない。まずは本当に渚がフアンダーになってしまったのか、確かめる必要がある。麻美――手伝ってくれるか?」


 麻美はこくんと頷いてくれた。

 俺たちは念入りに作戦を練り、再び生徒会室へと向かった――。

話数追加、その他微修正(14/04/07)

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