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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.1 運命の戦士フェアリズム
17/93

第一五話 絶望のエンブリオ2 -Heaven and earth, Must I remember? 2-

「あらぁ、フェアリズムでもない坊やは下がっていたほうがいいんじゃないかしらぁ?」


 参戦宣言した俺に向かって、ポプレは嘲笑うように言った。


「あたしはダイアと違って、戦えない人間にも容赦しないわよぉ」


 ニタニタといやらしい笑み。それに艶かしくも粘っこい口調。本当に不快な女だ。

 だが不自然でもある。

 本当に俺を傷つけることに何の躊躇も無いのなら、いちいち警告じみた脅しをかける必要など無い。その言葉、その不快な態度の裏に、俺にしゃしゃり出られては困る理由が何かある。

 俺はその理由に心当たりがあった。そして、それこそがこの戦いの突破口になるはずだ。

 そう――


「二人とも、俺にくっついてくれ」


 俺は二人のフェアリズムに向かって最初の指示を出した。

 俺の考えが正しければ、これで――


「リョウくん……?」

「……いきなり、いやらしい指示」 

「あ、あらぁ……?」


 返ってきたのは困惑や怒りに満ちた反応だった。敵のポプレまでが不快な笑みを崩し、ぽかんと口を開けている。

 ……まずい、言い方が悪かったか。


「変な意味じゃない! ちゃんとした作戦だ!」


 ステラが拳を握り締めたのを見て、慌てて弁明する。だから今のお前に殴られたら俺死ぬって!


「あー、言い直すぞ。いいか、二人とも俺から離れるな。チェーロは俺にくっついたままその場でポプレに攻撃だ。お前の風ならできるな? 倒せなくていい、最優先はとにかくポプレをここから逃がさないことだ。いっそ周囲一帯を風で封鎖してもいい」


 俺は敢えてポプレにも聞こえるように大声で言った。堂々と作戦を告げられたポプレは、僅かに眉を顰める。よし、読み通りの反応だ。

 チェーロはまだ完全には腑に落ちないという様子だったが、


「何か考えがあるんだね。わかった、やってみるよ」


 俺を指示役に指名した手前か、快く了解してくれた。

 俺は少し声のボリュームを落とし、


「近距離攻撃が得意そうなステラはフアンダー担当だ。最優先は攻撃のために降りてきたフアンダーに対しての対空迎撃。無理に浄化は狙わなくていい、動きを止めてくれ。それから、もし飛び道具もあるならフアンダーに向かって積極的に打ち込んでいい。その方が地上に引きずり降ろしやすい」

「……うえぇ」


 フアンダー担当を割り振られたのが相当嫌なのだろう、ステラの表情に明らかな不満の色が浮かぶ。

 無表情な子がたじろぐところはちょっと可愛いな、なんて内心思いつつも話を進める。


「ステラがフアンダーの動きを止めたらそこで担当をスイッチだ。ここからは俺にくっつく必要はない。チェーロがフアンダーの浄化を、ステラはポプレに突撃だ。……ここまで大丈夫か?」

「もちろん大丈夫だよ。ただ――」

「……フアンダーの毒液、どうするの」


 チェーロが言いよどんだ懸念をステラが引き継いで口にする。確かに三人で密着しているところに毒液を噴射されれば、全員揃って被弾してしまうだろう。二人が心配するのも当たり前だ。

 だが、当然俺もそれは考慮している。


「大丈夫だ。ポプレをここから逃がさないこと、そして俺たち三人が密着していること、この条件を満たしていれば毒液噴射は来ない。そうだろう、ポプレ」

「あら、それはどういう意味かしらぁ?」


 ポプレは余裕ぶった態度を崩さず、薄笑いを浮かべてとぼける。だが動揺までは隠しきれていない。その声は先ほどまでより明らかに上ずり、少し早口になっている。


「なら言ってやる。お前がそのフアンダーを呼んだのはフェアリズムを倒すためじゃない、恐らくそのフアンダーでフェアリズムに勝てるとは最初から思っていない。そいつはお前にとって捨て駒なんだ。

 お前はフェアリズムともっと有利に戦える切り札を持っている。でもその切り札はこの場じゃ使いにくい。だからお前はフアンダーを呼んでフェアリズムの注意を引きつけ、隙を見て逃げるつもりなんだ」

「…………っ」


 ポプレは何も言い返してこない。その表情に初めて焦りの色が浮かぶ。


「だがチェーロの風で逃げ足を封じ込められたら話は変わる。そうなったらお前は、無理やりこの場で切り札を切るしかない。

 そしてこの状況下でお前が切り札を切るには、俺の存在が不可欠だ。もしフアンダーが俺を攻撃し、俺の身に万一のことがあれば、それは即ちお前が切り札を失うということだ。だからお前はフアンダーに俺を攻撃させられない。

 ……反論はあるか?」

「…………」


 そう、俺の推察が正しければポプレは俺を攻撃しない。いや、するわけにいかない。

 ポプレは何も言い返さなかった。その瞳には憎悪の炎を灯し、唇はわなわなと震えている。その態度が全てを物語っている。沈黙は肯定、だ。


「というわけで作戦開始だ、頼むぞ二人とも」

「うん、期待に応えて見せるよ。チェーロ・エリアルバウンダリー!」


 まずはチェーロが両手を大きな円を描くように振るった。同時に屋上テラス全体を包み込むように緑の空気の壁が出現する。


「ぼくを倒さない限りその壁を越えることはできないよ。覚悟するんだね」


 チェーロは挑発するように言って、俺の右手側に背中を密着させてきた。

 次はステラの番だ。

 ステラはまだ少し嫌そうな顔をしていたが、俺とポプレのやりとりで作戦の有用性を理解したのだろう。左手にはめたエレメントストーンを口許に寄せてそっとキスをした。


「……しょうがない。五大の地のエレメントストーン、よろしく」


 するとエレメントストーンは変身時と同じく無数の光の粒を放出した。キラキラと輝くそれは互いにぶつかり合って、次第にバチバチと火花を散らし始める。


「……ステラ・エディカレントスパーク」


 ステラが技名を呟く。同時にステラの近くを漂っていた光の粒が一箇所に集まって束ねられ、一本の光線のように渦を描きながらフアンダーに向けて放たれた。

 光線は宙を進みながら火花を散らす電流の渦となり、フアンダーを掠める。


「フ、フアンダー!」


 上空から悠然とこちらを伺っていたフアンダーは、こちらに対空攻撃があることを知って目に見えて狼狽する。だが毒液での反撃はしてこない。どうすればいいか分からないといった様子で、ぶんぶんと羽音を立てながらこちらを睨んでいる。

 よし、読み通りだ!


「……変なとこ触らないように」


 ステラがチェーロとは反対の左手側に身体を寄せてくる。自分で立てた作戦とはいえ、女の子二人に両側から密着されるというのはちょっと恥ずかしいな。

 だがこれで陣形は整った。


「さあ、どんどん行くよ。チェーロ・エリアルダガーっ!」

「……ステラ・エディカレントスパーク」

「くぅっ!」

「フ、フアンダァァー!」


 チェーロとステラの攻撃が次々と放たれる。対するポプレとフアンダーはそれを避け続けることしかできずにいる。


 それもそのはず、チェーロもステラも攻撃の密度が滅茶苦茶に高い。

 チェーロの攻撃は手を振り下ろす度にいくつかの風の刃が投射されるというものだ。それを両手で交互に絶え間なく撃ち続けているものだから、攻撃にほとんど切れ目が無い。

 一方ステラの攻撃は渦を描いて進む電撃だ。流石にチェーロほどの連射性能は無いが、その代わりに途中で軌道を変えることができるらしく、フアンダーをしばらく追尾する。チェーロはステラの力を電磁力と言っていたが、もしかするとこの攻撃は磁力の力で電流を操っているのだろうか。


 再びステラのエレメントストーンから金色にキラキラ輝く粒状の光がこぼれ出し、ステラの腕の周りをくるくると周回し始めた。あっという間に次弾装填完了だ。

 チェーロに対して感じたフェアリズムの力を使いこなしているという感想は、ステラにも当てはまる。相当な数の戦いをこなしてきたのか、あるいは地道に訓練してきたのか。


 いずれにせよこのまま相手が何もできずにいてくれれば、こっちの勝利は決まったようなものだ。絶望のエンブリオを使われる前にポプレを撃破できるならば、それに越したことはない。

 だが、流石にポプレも黙ってやられるのを待つつもりは無いようだ。


「誘導されているみたいで癪だけど……しょうがないわねぇ。フアンダー、針でフェアリズムを攻撃しなさぁい!」

「フアンダァァァァ!」


 ポプレの号令を受け、回避に専念していたフアンダーは再び体をくの字に曲げ、こちらに向かって毒針を突き出した。


「フアンダー!」


 羽音が爆音に変わった。そう思った次の瞬間には、フアンダーが凄まじい速さで突進してくる。

 いくら作戦通りとはいえ、その突進スピードは俺の想定を遥かに上回っていた。人間が反応できる速度の限界を超えているといってもいい。

 だが、


「……ステラ・スパークルクラッカー」


 俺の想定を上回ったのはフアンダーだけではなかった。

 ステラが小さく呟くと同時に、その腕に纏わり付いていた無数の光の粒が、散弾銃の弾のように一斉に放たれた。

 猛スピードで突進していたフアンダーはその勢いのまま、まるで爆発するかのような勢いで広がった光の粒の弾幕に飲み込まれる。

 やってくれた。クールだぞステラ!


「グァァァァァァッ!?」


 バチッ、という何かがはじけるような強烈な音がした。フアンダーの悲鳴が途中でブツリと途切れ、床にどすんと落下する。その姿はまるで誘蛾灯に誘い込まれて絶命した昆虫のように見えた。

 無数の光の粒から放たれた電撃がフアンダーを襲ったのだ。


「フ、フア……ンダー……」


 原始的な恐怖さえ覚える巨大スズメバチの姿をしたフアンダーは、もはや身体を動かすこともできず弱々しい声を漏らしている。

 その尾の先にはまだ鋭い毒針が輝いていた。シスターに利用された被害者とはいえ、元の姿がスズメバチという凶暴な害虫であることを否応にも思い出してしまう。このままトドメを刺してしまいたい衝動が湧き上がるのを抑えられない。

 だがこれがフェアリズムとフアンダーの戦いである以上、そんな決着は起こり得ない。いや、たとえ起こり得たとしても許されない。

 フェアリズムの攻撃は、決して相手を傷つけ苦しめるためのものではないのだから。


「ナイスだよステラ、さあスイッチだ!」

「……了解」


 チェーロの掛け声で、ステラは俺に密着していた身体をスッと離し、思い切り地面を蹴ってポプレに飛びかかる。

 一方のチェーロはまだ俺に背を預けたまま、エレメントストーンにそっとキスをした。


「吹け、科戸しなどの風! チェーロ・エーテリアルピュリフィケイション!」


 チェーロの叫びに呼応して、エレメントストーンから緑の風が巻き起こる。それはさっきまでの吼えるような攻撃的な風とは違い、優しく包み込むような柔らかさを持っている。

 風はフアンダーの身体をふわりと持ち上げ、幾重にも折り重なって包んでいく。やがてその中にフアンダーが完全に包み込まれた時、


「フア……アァ……」


 漏れ出てきた声は、穏やかなそよ風の中で眠りにつくかのような安らぎに満ちていた。

 やがて緑の風がスッと空気に溶けるように消えた時、そこには小さな――もちろんさっきまでの巨大な姿と比べればの話だが――スズメバチが一匹、小さな羽音とともに飛んでいた。


「もう大丈夫だよ……さあ、仲間のところに帰るんだ」


 諭すように言ったチェーロの声もまた、穏やかなそよ風を思わせた。撫でるように、滑るように耳から入って、心の中に広がっていく。

 その言葉の意味を理解したわけではないだろうが、スズメバチは俺たちを刺そうともせず、呑気に飛んでいく。チェーロの張った風の壁にぶつかりそうになった時、俺は一瞬息を飲んでしまった。

 しかしスズメバチはそのまま、まるで何も存在しないかのようにスッと壁を通過した。もしかするとフェアリズムの力は、フアンダーやシスターにしか効果を及ぼさないようにすることもできるのだろうか。飛んでいくスズメバチの姿はどんどん小さくなって、やがて見えなくなった。


 さて、フアンダーは片付いた。次は――

 ステラに任せていたポプレの方を見る。まだ決着こそついていないものの、ちょうどステラの電撃を伴う拳がポプレを弾き飛ばしたところだった。どうやらステラ優勢だ。


「よし、ぼくも加勢するよ!」


 チェーロは戦いに加わろうと身構えた。だが俺はそれを制止する。


「少しだけ待ってくれチェーロ、今のうちに話がある」

「話?」


 チェーロは怪訝そうに振り向く。だが俺の表情や声色から何かを察してくれたらしく、


「今聞くべきこと――みたいだね」


 頷いてくれた。本当に話の早いヤツで助かる。


「まず教えてくれ、お前たちはフアンダー化した人間と戦ったことがあるか?」

「人間と? ……いや、無いけれど」


 チェーロは首を横に振った。

 淡い期待は予想通り崩れた。ポプレがこの学校の生徒をフアンダーにしようとしているのは、恐らくフェアリズムが戦いにくくなることを狙ってだ。フェアリズムがフアンダー化した人間との戦いを経験していないからこそ、ポプレがそんな狙いに走ったのだろう。


「いいか、ポプレは人間に無理やり絶望を与えてフアンダーにすることができる」

「なっ!?」

「すまないが情報の出所は言えない。だが、あいつはフェアリズムを倒すために朝陽の生徒をフアンダーにするつもりだ。それがさっき俺が言ったポプレの切り札だ」

「…………」


 チェーロは合点がいったというように頷いた。


「ポプレがここにいたのは、フアンダー化する生徒を品定めしていた?」

「恐らくな。だがそこからいくつか推測できることがある」

「弾数制限、だね?」

「ああ。無制限にいくらでも人間をフアンダー化できるなら、いちいち対象を吟味する必要なんかない。手当たり次第にフアンダーを生み出して数で押せばいい。そうしなかったのは、数に制限があるからだ。それに――」

「ポプレはぼくたちに見つかった時のために足止めのフアンダーを用意していた。それが人間じゃなくスズメバチのフアンダーだったってことは……」

「そう、一度の無駄遣いもできないくらい、人間をフアンダー化できる回数にはシビアな制限があるってことだ。恐らく弾数は二~三回。どんなに多くても五回ってことは無いだろう」

「でも足止めは排除した。ぼくのエリアルバウンダリーがある限り、ポプレはここから撤退することもできない。そうなったら――」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()だろう」

「それを今ぼくに伝えたってことは、もしかしてリョウくんは――」


 チェーロは少し目を見開いて、呆然とした顔。どうやら俺の言いたいことを全て察してくれたようだ。


「ここに向かう途中でフィオーレとルーチェにもメールを入れたから、二人ともじきに駆けつけるだろう。でもあいつらは俺との付き合いが長すぎて多分躊躇する。だからお前とステラに任せたい。頼めるか、とは訊かないぞ。頼む」


 つい早口にまくし立ててしまう。酷なことを頼んでいるという罪悪感だけじゃない。俺自身この作戦に際しての恐怖や緊張がある。

 でも、それでもやるっきゃない。それが今、フェアリズムと組織との戦いの中で俺ができることなんだ。


「わかったよ」


 チェーロは溜息混じりに頷いた。


「……リョウくんがフアンダーになったら、必ずぼくが浄化する。何度でも、ポプレの残弾が尽きるまで」


 チェーロの出した答えは、俺の描いた作戦と寸分違わないものだった。その百点満点の答えに対して俺はサムズアップで応える。


「あんまり痛くしないでくれよ」

「リョウくんが大人しくしててくれたらね」


 軽口を言い合って、俺たちは改めてポプレを見据えた。

誤字修正(14/02/23)

誤字修正(14/03/03)

話数追加(14/04/07)

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