第一三話 風の戦士フェアチェーロ&地の戦士フェアステラ
「……優ちゃん、遅い。あと……それ誰?」
図書館棟の前に到着した俺たちを待っていたのは、中等部の制服を着た小柄な少女だった。アリエルの『マミが後をつけて見張ってるから』という言葉から察するに、この子がそのマミだろうか。
ちなみに『それ』呼ばわりされたのはもちろん俺だ。
「えーっと、なんて説明すればいいのかな」
「俺は高等部二年の花澤両太郎だ。フェアフィオーレの兄……って言えば事情は伝わるか?」
返答に詰まった優に代わって答える。するとマミより先に優が、
「フェア、フィオーレ? って……ええっ、ぼくたち以外にフェアリズムがいるんだ!?」
と驚嘆の声を漏らす。優の肩にしがみついたアリエルも驚いた様子だ。そういえばまだ優にも事情を説明していなかったんだ。
「……中等部二年、金元麻美」
一方のマミ、もとい麻美はさほど驚いた様子もなく、小さい声で淡々と自己紹介した。もしかすると感情があまり表に出ないタイプなのだろうか。
しかし声も小さかったが背も小さい。同年代と比べてやや小柄に見える桃が百五十センチちょうどくらいだったはずだが、それよりさらに十センチほど小さく見える。ウェーブがかった明るい色の髪を腰まで伸ばしていて、少し気だるげな瞳。なんだかまるで絵本に出てくるお姫様みたいな子だ。
だが優の『ぼくたち』という発言が聞き間違いじゃないなら、この子もまた運命の戦士フェアリズムの一人なのだ。
それにしても小さいなー。中二どころか、最初小学生かと思っ――
「げぶぁっ!」
「……麻美のこと、チビって言ったら殴ります」
「言ってねえ! っていうか言う前からもう殴ってる!」
「……言いたそうな目、してたので」
「ぐっ」
「……次は、蹴りますから」
麻美は冷たい目でそう言って、制服のポケットからハンカチを取り出した。俺の腹を殴りつけた右拳の先をいそいそと拭う。なんだか汚いものを触ったみたいな扱いでちょっと傷つく。とりあえず麻美に身長の話はタブーだということは理解できた。
「それで、ポプレはどこ?」
優が少し真剣味を帯びた顔で尋ねる。機転をきかせて話題を変えてくれたのか。あるいはポプレというシスターがそれだけの警戒に値する相手なのか。
「ぼくたち以外のフェアリズムのことも気になるけど、まずはポプレを追い払わないとね」
「……うん」
麻美は頷き、ハンカチで拭い終えた右手で図書館棟の方をを指差した。
角度的にその指の先にあるのは――
「屋上バルコニーか」
「みたいだね」
優と顔を見合わせる。
朝陽の高等部と中等部に一つずつある図書館棟は、屋上が見晴らしのいいバルコニーになっている。
日中はバルコニーが解放されて生徒の出入りが自由なため、昼休みに弁当を持ち込んで食べる生徒も多い。学園内でもなかなかの人気スポットだ。
しかしこの時間は施錠されていて、その鍵は職員室にあるはずだ。
ただ――
「鍵は諦めよう」
「うん。生徒会役員のぼくや麻美なら鍵を借りることもできるかもしれないけど――」
「まだ図書館内に人が残ってるだろうし、無駄に目立つのは良くないな」
「だね」
「となると――フェンス入れて七から八メートルってとこか。いけるか?」
「もちろん」
「俺も含めて?」
「もちろん、ぼくにお任せさ」
優はニイッとはにかんで、ポケットから何かを取り出した。五角形カットされた緑の宝石をあしらった金の指輪――エレメントストーンだ。
まったく勘のいいヤツだ。これだけ言いたいことがスラスラ伝わると、なんだか嬉しくなってくる。
「轟け風の旋律! フェアリズム・カーテンライズ!」
優は右手を腰に当て、エレメントストーンの指輪をはめた左手を頭上に大きく掲げ、やたら大仰なポーズで変身のコールをした。桃や光にはそんなポーズは無かったので、これは優のアドリブだろうか。
だがエレメントストーンはきちんとそれに応えた。指輪から凄まじい勢いで緑色の閃光が迸り、優の全身を包んで宙に持ち上げていく。
閃光の中で着ていた制服は形を失い、優の身体はほとんど裸同然のシルエットとなる。
閃光は色味を増し、シルクの反物のような実体感を持って織り合わさり、スラリと引き締まった優の上半身に纏わり付いていく。やがてそれは白地に緑の翼のモチーフをあしらったトップスへと変貌した。
次に閃光は渦を描くように優の下半身を包み込み、エメラルドグリーンのフレアスカートに姿を変える。
四肢の先が渦巻く風刃に包まれ、その風刃が幾重にも重なってアームカバーとブーツに姿を変える。
短かった髪は大きくそのかさと長さを増し、風に揺られるような動きでふわりと持ち上がると、左斜め上で束ねられる。少年的な印象だった優から一転、凛々しさと美しさを兼ね備えた女戦士の姿に変貌していた。
「吹き荒ぶ天空の嵐、フェアチェーロ! ……心の闇の化身たちよ、科戸の風の清めを受けよ!」
名乗りのポーズからスッと流れるように姿勢を変えて台詞付きの決めポーズ。ビシッと淀みの無い動きは様になっている。しかしやっぱりフィオーレもルーチェもそんなじゃなかった気がするので、この決めポーズや決め台詞も優自身のオリジナルだろうか。
優――フェアチェーロって、ちょっと痛い子なんじゃあ……。
「……?」
突然変身した優に、麻美はいささか戸惑った様子だ。まだ俺たちの作戦が理解できていないらしい。いや、いきなり言う前から理解する優が凄いんだけどな。きっと麻美は『これから人がいる図書館に入らなければならないのに何故変身を?』なんて考えているんだろう。
「さ、麻美も変身変身」
「……え?」
「変身すれば屋上までひとっ跳びでしょ」
「…………」
その説明でようやくチェーロの意図を理解したらしく、麻美は足元の地面から図書館棟の屋上までを目で追う。それから何故か俺に視線を向けてきた。
「…………」
無言。だがなにやら妙に嫌そうな顔。
「ほら麻美、急いで」
「……くっ」
麻美は観念した、といった表情で制服のポケットから指輪を取り出し、
「……余計な反応したら、殴りますから」
俺に向かってそんな謎の宣告。
待て待て、さっきのパンチも相当痛かったけど、フェアリズム変身後に殴られたら俺死ぬからな。
っていうか余計な反応って何だ?
「フェアリズム・カーテンライズ!」
麻美が左手にはめたエレメントストーンを顔の高さに掲げて叫ぶと、同時に指輪から凄まじい勢いで金色の光が迸った。
この子ちゃんと大声出せるんだな、などと思って見ているうちに麻美の全身は光に包まれてフワリと浮かぶ。他のフェアリズムの変身時と少し違うのは、光がまるで砂金みたいに小さな粒上になってキラキラと輝いている点だ。
瞬き続ける光の粒の中で着ていた制服は形を失い、麻美の身体はほとんど裸同然のシルエットとなる。うん、やっぱり小学――いや余計な反応は命に係わるんだった。無心無心。
驚いたことに変身中の麻美は、さっきまでの無表情が嘘みたいに、それこそ人が変わったかのような明るい笑みを浮かべている。
光の粒はくっつき合って糸状になり、さらに折り重なって繊維状になり、麻美の小柄な上半身を覆っていく。やがてそれは白地に黄色い星型のモチーフをあしらったトップスへと変貌した。
次に無数の光の粒は一層輝きを増しながら麻美の下半身を包み込み、同じように折り重なってサンライトイエローのフレアスカートに姿を変える。
四肢の先で、ぐにゃりとまるで空間が歪むような奇妙な揺らぎが起きる。その次の瞬間にはスカートと同じ色のアームカバーとブーツが手足を覆っていた。
髪型こそ大きな変化は無かったが、髪の色は明るさを増してほとんど金色に輝いている。その髪を飾り立ている長いリボンのついた星型のヘアコサージュは、流れ星を思わせる。
「キラッキラの星の輝き、フェアステラ!」
麻美――いやフェアステラは、星の瞬きを思わせるジェスチャーとともに、あどけない無邪気な笑顔で名乗りを上げた。
「お、おお……!」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
それくらいフェアステラはさっきまでの麻美の印象とかけはなれていた。感想を一言で肯定的に言うなら可愛い。めちゃくちゃ可愛い。頭撫でたいくらい。……って一言に収まってないな。それから否定的に言うならあざとい。両方あわせてあざとかわいい。
だがそんな感想は口に出さずに飲み込んだ。ステラの目つきが一瞬でさっきまでの麻美の冷たく無感情なそれに戻り、笑みの消えたその小さな口許が「……なにか……?」と殺気を漲らせながら呟いたからだ。どうやらさっきの笑顔は変身の流れの一環でしかなく、本人的には不本意なものだったらしい。
「おお、おお! さあ気合を入れてシスター・ポプレを追い払いに行くぞ、おおー!」
慌てて誤魔化す。我ながら酷い棒読み具合だ。ステラは少しの間俺を睨み付けて、「……ちっ」と舌打ち。振り上げかけていた拳を降ろす。
危ねー! 余計な反応ってこれのことかよ! っていうか、するなって方が無理だろ!
「ふふ。さ、それじゃ行こうか」
チェーロが意味深に笑いながら言った。こいつ、俺がステラに睨まれるのを予想して楽しんでたな……。
「よっと」
「んあっ!?」
チェーロが手をサッと振ると、足元に突然猛烈な突風が吹き、俺の身体が一瞬宙に浮かぶ。そしてすかさずチェーロが俺をナイスキャッチ。背中と膝裏で支えられ、抱きかかえられる形になる。……つまるところ、お姫様抱っこというやつだ。
もちろん、チェーロが何故そんなことをしたかはわかっている。フェアリズムの二人と違って俺には屋上に上がる手段が無い。チェーロは俺を抱えてジャンプし、運んでくれるつもりなのだ。
「ちゃんと掴まっててね。あ、でもあんまり変なとこに掴まったらぼくも殴っちゃうかも」
楽しそうに言うチェーロ。だから変身後のお前らに殴られたら死ぬってば。
しかし変身時の名乗りで予想はできていたが、チェーロは風を司る戦士らしい。なんとなく変身前の優のイメージとぴったり合うように思える。ビーハンで風魔導師をプレイしているというだけじゃない。鋭さと柔軟さを持ち合わせ、飄々とした掴みどころの無い雰囲気がどこか風を思わせるのだ。
「……これでいいか?」
「うん、オッケー」
恐る恐る片手を首筋に回して掴まると、チェーロは少しつまらなそうに了承した。俺を殴りたかったのか、こいつは。
それにしてもいよいよ本格的にお姫様抱っこだ。男の俺が三歳歳下の女の子にお姫様抱っこされるというのはとてつもなく恥ずかしい。
でも背に腹は変えられない。《絶望のエンブリオ》を持つシスター・ポプレ。螢――ダイアとはまた別のシスター。そいつとチェーロたちの戦いを見届けることは、俺にとって大切なことのような気がする。
何より俺の推察が間違っていなければ、エレメントストーンを持たない俺だからこそ果たせる役割がある。
「行くよ……たぁっ!」
「……とう」
チェーロが俺を抱えたまま跳躍。ステラも後に続く。二人……そしてオマケの俺が着地したのは図書館棟屋上バルコニーの南西端だ。
一方の斜め対岸、北側のフェンス際には、フェンス越しに校庭を見下ろす黒いローブの後姿があった。
ローブ越しに伝わってくる体型は女性のもの。そしてローブはダイアが着ていたものと全く同じで、黒地に悪趣味な金刺繍。
こいつがシスター・ポプレか。
「……そっかぁ、見つかっちゃってたのねぇ」
ポプレはゆっくりと振り向きながら、甘ったるく絡みつくような妖艶な声で言った。
だがポプレの放つ間延びした雰囲気とは対照的に、フェアリズムの二人は緊張感を纏った。チェーロは抱えていた俺を降ろして身構え、ステラもそれに倣う。
「何を企んでるか知らないけど、覚悟してもらうよ!」
「……ぼっこぼこ、だよ」
二人は先手必勝とばかりに、ポプレに向かって猛然と突進していく。
――開戦だ。
微修正(14/03/07)
話数追加(14/04/07)
微修正(14/04/28)




