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愛と元素のフェアリズム  作者: みなもとさとり
Element.1 運命の戦士フェアリズム
14/93

第一二話 生天目優 -Qual piuma al vento-

「お待たせー」


 螢と別れてから十分ほど過ぎ、三度目のケータイの時計に目をやったところで、後ろからそんな風に声をかけられた。


「やあ、リョウくんだよね? 待たせてごめん」


 振り返った俺を軽い謝罪と共に笑顔で迎えたのは、少し癖のある短い髪が良く似合う、ボーイッシュな少女だった。朝陽ちょうよう学園中等部女子の夏服を着ているものの、一見すると少年と見紛うほど端正な顔にスラッと引き締まった身体。しかし端々の僅かな丸みや胸の微かな起伏が、女性であることを控えめに主張している。

 腕には緑の腕章を付けている。俺が中等部にいたころと変わっていなければ、それは生徒会副会長の証だ。


「え……」

「あれ、人違いだったかな?」


 呆気に取られる俺の様子を見て少女はキョトンとした顔。いや、キョトンはこっちだって。俺のことリョウくんって、それに待たせてゴメンって……つまりまさか、この女の子が?


「いや……確かに俺はリョウだけど……。えっと、もしかしてユウ……なのか?」

「そ、もしかしなくてもぼくはユウ。中等部二年の生天目優なばためゆう。よろしく……って何だ、そんなに驚かないで欲しいな。ビーハン好きな女子は結構多いんだよ。子曰く『女の子だって暴れたい』ってね」


 ゆうはそう言って屈託無く笑う。なるほど、口に出す前から俺の言いたいことが伝わっているこの感覚。確かにこの生天目(ゆう)という少女が、さっき一緒にイオアンと戦った風魔導師ストームブリンガーのユウらしい。しかしなんというか、見た目も少年的だけど口調も少年的な子だな。


「俺は高等部二年の花澤両太郎だ。その……よろしく」

「なるほど。リョウくんもぼくと同じく真名まなでのプレイか。するともしかしてスミスくんは留学生か何かかな?」


 ゆうは端正な顔に好奇心の色を浮かべている。

 真名まな、というマンガやゲームみたいな表現に少し違和感を覚えたが、いちいち反応するほどでもないか。


「いや、あいつの本名は梶藤也かじとうや。眼鏡でカメラ好きで変態と三拍子揃った典型的ジャパニーズだ。ただまあ無害な変態であることは保証する」

「あはは、仲いいんだね。ん、もしかして苗字の梶と鍛冶師の鍛冶をかけてスミスとか?」

「ぶっ! ほんとだ、気づかなかった!」


 思わず噴出してしまった。欧米圏の人名であるスミスは金属を金槌で打つという意味の単語に由来する。ゲームによく登場する刀剣鍛冶ブラックスミス彫金鍛冶ゴールドスミスといった言葉に見られるように、金属を扱う職人という意味だ。つまり日本語で言えば鍛冶師。

 梶からキャラ名の由来を聞いたことは無かったが、ゆうの推理は当たっていそうだ。梶のヤツ、捻ったようで捻ってない安直なネーミングだな。まあ本名やあだ名そのままのゆうと俺が言えたことじゃないが。


「あ、今更で大変恐縮ですが花澤先輩とお呼びいたしましょうか?」


 二人でひとしきり笑ったあと不意にゆうが言った。その馬鹿丁寧な物言いに再度噴き出してしまいながら、俺はすぐに首を横に振る。


「よせよ、先輩後輩としてじゃなくビーハン仲間として会ったんだ」

「ふふ、よかった。リョウくんはそう言ってくれると思った。それじゃ今度のイオアン再攻略戦なんだけど――」


 本題を切り出したのはゆうからだった。


「ぼくの作戦、聞いてくれる?」

「ああ、もちろん」

「名づけて、為虎添翼いこてんよく!」

「お、おう……?」


 いきなり飛び出したのは作戦内容ではなく作戦名だ。意味を尋ねたところ「ただでさえ陸上最強の虎さんが翼を持って空陸最強になろうとしてる」という、どこかで聞いたようでさっぱり意味のわからない答えがドヤ顔と一緒に返ってきた。


「やっぱり作戦名とかあったほうが気合入るよね?」

「え? あ……ああ、まあ、そうかもな」


 同意を返すとゆうは嬉しそうに微笑む。正直俺にはそのノリは理解できなかったが、まあゆうの無邪気な笑顔に免じて口に出さないでおこう。


 ……ただしゆうに対する評価は、少年的な女の子から中二病気味の女の子に改めた。


「で、その作戦の内容は?」

「リョウくんたち、確かテレーズ討伐後その場で立ってたらイオアンに襲われたって言ったね」

「ああ、そうだけど」

「実はぼくもつい数日前にテレーズを討伐した後、その場に留まって記念のスクリーンショットを撮ったりしていたら、イオアンに急襲された」

「俺たちの時と同じ状況、か」

「うん。それで考えてみたんだ。キャンプ村で聞ける噂話だとイオアンはアーマードヘッジホッグを捕食するって言われてるよね。だから――」

「そうか、ひょっとすると血の臭いに誘われるみたいな設定で、テレーズ撃破がイオアンを誘引するトリガーに?」

「公式ではそんな説明されてないし単なる偶然かも。でも――」

「ああ、試す価値はあるな」


 俺の返答に、ゆうは嬉しそうに頷いた。


「でさ、もし本当にその方法でイオアンをおびき出せるとしたら」

「ああ。あれだけ高速移動するイオアンを交戦中に誘導するのは不可能に近い。でもテレーズなら話は別だ。難しいけど無理じゃない。最初にイオアンと戦いやすい場所までテレーズを誘導して倒せば、イオアンとの交戦ポイントをコントロールできる。つまり――」

「「オアシス!」」


 俺たち二人の声が完全にハモった。

 セト砂漠の地面は砂地であるため、地面を歩いているプレイヤーは移動速度にペナルティを受ける。さらに砂ばかりの地面といっても丘のように盛り上がっている場所もあれば谷のように沈んだ場所もあり、陸上のプレイヤーにとっては意外と視界が狭い。一方で建造物や樹木といったオブジェクトはほとんど存在しない。そんなセト砂漠の地形条件から、大空を自在に飛ぶイオアンは動きやすさの面でも視界の面でも圧倒的なアドバンテージを持っている。

 逆に言えば足元が砂地ではなく、上空からの視界を遮るオブジェクトの多い場所で戦えば、イオアンのアドバンテージは消滅する。その条件に最も合致するのが、マップの中央から少し北東にあるオアシスだ。もし目論見通りにそこでイオアンと交戦できれば、かなりこちらに有利な環境で戦える。

 その段取りのどの辺がイコテンヨク作戦なのかさっぱりわからないが、見え始めた攻略の糸口に気分が昂揚する。


「テレーズの誘導はぼくがウィンドランで――」

「じゃあ俺は――」

「それなら――」


 打ち合わせはトントン拍子で進んだ。最初に一瞬でも「こんな女の子がビーハンを?」などと考えてしまったのは、すぐに間違いだったと思い知った。

 ゆうが提案してきたオアシス誘導後の攻略手順は俺が思い描いていたものとほとんど同じ。リョウスミス、そしてユウの三人で取り得る戦法の中では最も確度が高く、そして最も刺激的で挑戦的なものだった。つまり三人ともが熟練したプレイヤーであるという前提をクリアして初めて成立する、バカと紙一重の大胆な攻略法だ。ゆうは筋金入りのゲーマーで、そしてビーハンを相当コアにやり込んでることは尋ねるまでもなく伝わってくる。


 結局イオアン攻略当日の日程や集合場所まで含め、打ち合わせはあっという間に終わった。

 約束は七月一週目の日曜、つまり次の日曜に初ヶ谷(はつがや)駅前集合。何度か失敗しながら手順を最適化していくことも想定し、思い切って休日を選んだ。

 戦闘中の細かい指示・号令は、三人の中で一番耐久力のあるクラスの俺が担当。実際のプレイは駅ビルに併設された複合アミューズメント施設内にあるカラオケボックスを使う予定だ。


 高校生男子二人と中学生女子一人でカラオケボックスに入るというのは世間体やら何やら色々とプレッシャーがあったが、それを提案してきたゆう自身が何も気にしていない様子だったので二つ返事で了承した。事実ビーハンプレイヤーの間ではカラオケボックスでのプレイはよくある話だと聞いている。ビーハンの最新作が携帯ゲーム機で出るようになってから、ファミレスやファーストフードでろくに注文もせず席を長時間占領するプレイヤーが世間的に問題視されているそうだ。俺たちはそんなことをするつもりは無いが、ビーハンプレイヤーというだけで「またか」という目で見られる可能性もある。その点カラオケボックスならば場所代を支払っているため店に迷惑がかからないし、周囲の客から奇異の目で見られることも無い。カラオケボックスの方も開き直って、ビーハンとコラボをするチェーンが出ているくらいだ。


 それにしてもゆうとの会話は妙に小気味良い。意見を求めれば即座に返ってくるし、逆に質問の仕方も上手い。イオアンの攻略手順を詰める上で剣聖ソードマスター狩猟歩兵レンジャーの細かいスキル仕様についてゆうの方からいくつか尋ねてきた。それがどういう意図の何を論点とする質問なのか非常に明瞭だったおかげで俺もすぐに答えることができたし、ゆう自身も俺の説明をすぐに理解してくれたようだった。知らないことは悪びれもせず知らないと言い、人から教わることを躊躇しない。決して頭の回転が速いだけじゃなく、『気風きっぷのいい』という言葉が似つかわしい性格を兼ね備えている。

 まあ、細かい言い回しや使う単語のチョイスがちょっとアレだけど。


「それじゃ、今日はこんなとこかな」


 ゆうが満足げにそう言った時、俺はどこか名残惜しさを感じていることを自覚した。当初の用件は済んでいるが、ゆうともう少し会話を続けたいという気持ちがどこかにある。きっと俺はこの新たな友人に対して好意を抱いている。もちろん別に決して変な意味じゃなく、年齢も性別も関係ない友人としての話だ。


 だがいくら名残惜しくても、いつまでもこうしているわけにもいかない。


 あと二十分もすれば桃もひかるも部活を終える頃だ。二人と合流し、朝陽ちょうようの生徒がフアンダーにされてしまう恐れがあることを伝えなければならない。螢――ダイアの名前を出すわけにもいかないから、どう話せばいいか考える必要はあるが。

 そうだ、優だって朝陽ちょうようの生徒。ポプレというシスターが優を魔手にかける可能性だってあるんだ。


「ああ、それじゃまた日曜だな。楽しみにしとく」


 無難な挨拶を返す。

 本当は「気をつけてくれ」とでも一言添えたかったのだが、事情を知らないゆうにそんなことを言っても仕方ない。俺は俺がすべきことをするだけだ。


「うん、ぼくも。パーティ戦がこんなに楽しみなのは初めてだよ。リョウくんが指示を出してくれるなら、きっとぼくも思いっきり戦える。……《()()()()()()()()()()()()()()()()()


 プレイスタイルが似ているせいか、会って間もない俺を随分信頼してくれたらしい。嬉しいことを言ってくれる。

 だがそれより気になったのは最後の一言だ。

 小さな呟きだったから、俺に聞かせるつもりも無かっただろう。でも俺は聞き逃さなかった。いや、聞き逃すわけにいかなかった。


「今《組織》って言ったか?」

「え? あ、聞こえてた? あははは……えっと、別ゲームの話だよ」


 ゆうの笑顔は少し引きつってて、なんだか慌てているみたいだった。その態度から、別ゲームなんてのは誤魔化しに過ぎないのは明らかだ。

 もしかして、もしかすると――


「もしかして……フアンダーと戦ってるのか?」

「え?」


 今度はゆうの方が驚きの表情だ。この反応、間違いない。


「そうなんだな? シスターやフアンダーと戦っているんだな?」

「リョウくん、なんで《組織》のことを……?」

「ひょっとしてゆう、お前もフェ……」


 お前もフェアリズムなのか?

 そう尋ねようとしたのを遮って、


「ユウ、ユウー! たいへーん、大変よー! ってきゃああぶつかるぅー!」

「んがっ!?」

「ちょ……ひゃっ!?」


 後方からゆうを呼ぶ甲高い叫び声が聞こえたと思った瞬間、何かが後頭部にドゴッと猛烈な勢いでぶつかってきた。予期せぬ衝撃で、目の前にいた優に向かって思い切り倒れ込みそうになってしまう。


 ――まずい、このままじゃ優まで押し倒しちまう!


 ズッ、と鈍く柔らかい衝撃が顔を叩いたのと、俺がゆうの背中に手を回したのはほぼ同時だった。ゆうがすかさず踏ん張って支えてくれたおかげで、しがみ付いた形の俺も膝を突いた程度で済んだ。

 女の子にしがみ付くのは正直カッコ悪いが、巻き添えで押し倒してしまうよりはずっとマシだ。


 それにしても一体何が起きたってんだ?


「いてて……ん?」


 状況を確認しようと目を開くと、そこには中等部夏服のリボン。少し上には襟元が見える。

 ということは、この両頬に感じる控えめな柔らかさは……えっと。

 もしかして俺、ゆうに抱きついて胸に顔をうずめてる状態?


 あまりの出来事に一瞬頭が真っ白になる。続いて思考は戻ってきたものの半ばパニック。何事も無かったように振舞うプランA、逆に「いやー見た目より胸あるんだなー」などと言って明るく笑ってみるプランBが次々浮かび、脳内審議で否決される。

 よし、ここは素直に謝るプランCを勇気をもって可決しよう。そうしよう。さあ俺、立ち上が――


「いつまで抱きついてんのよ! ユウから離れなさいよ、この変態っ!」


 勇気ある決断に及んだ俺に向かって失敬極まりない罵声が飛んできた。変態とはなんだ変態とは。そりゃ抱きついた形になっちゃったのは悪かったけどさ。そういう罵倒の文句は梶に言ってやれ、アイツ喜ぶから。

 あれ、でも今のってゆうの声より少し高くて幼い感じだったような……。

 っていうか背中越しに聞こえたぞ? ひょっとして……。


「ったく、これだから男ってイヤなのよ」


 俺が慌ててゆうから離れたとこで、声の主は肩越しに俺を飛び越え、ゆうの肩に着地した。

 半ば予想通り、大人の掌サイズの体長に蝶々のはね

 声の主――そして恐らく俺の後頭部に一撃を見舞ったのは、パックと同じ妖精だ。だがパックとは違い、その妖精は女の子の姿だった。少女人形を思わせる可憐な顔立ちで、これまた可憐な薄緑色のドレスを身に着けている。スカート部分は半透明になっていて、透けて見える幾重にも重なった純白のパニエのおかげで綺麗な釣鐘型に膨らんでいる。

 パッと見はとても可愛らしい妖精だ。だが騙されてなるものか。人の頭に体当たりをかました挙句に暴言を浴びせやがって。パックといいこいつといい、妖精には性悪で生意気なヤツしかいないのか。


「もう……アリエルが悪いんだろ」


 ゆうが少女妖精に向かって呆れ顔で言った。

 その様子から、ゆうはさっきの接触事故をあまり気にしていないように見える。俺は内心で胸を撫で下ろした。

 そしてどうやら、アリエルというのが少女妖精の名前らしい。

 桃と同い年の女の子で、《組織》のことを知っていて、妖精と顔見知り。俺はゆうがフェアリズムであることを確信した。


「だって急いでたのよ、しょうがないじゃない!」


 アリエルは口を尖らせて抗議したが、それを聞いたゆうは眉を顰める。


「急いでたって、何かあった?」

「それが……」


 答えようとして、アリエルは俺の方にチラチラ視線を向けてくる。「こいつの前で言ってもいいものか」とでも言いたげだ。そもそも妖精なんてものが堂々と人前に姿を現した時点で機密保持もへったくれも無いわけだが。


「リョウくんは大丈夫だよ。事情はわからないけど、《組織》やフアンダーのことを知ってるみたいだから」

「それならいいけど……」


 ゆうの言葉に、アリエルまだ少し不満そうな態度で渋々了承する。この性悪妖精、秘密を守りたいとかじゃなくて、俺を遠ざけたいだけなんじゃないか。


「シスター・ポプレが学校の中に入り込んでるの。何か企んでるに違いないわ」

「ポプレが? アイツ……今度は何を」


 ゆうの顔色が変わった。さっきまでのにこやかで掴みどころのない雰囲気から一変。険しく眉をひそめ、凛々しい瞳には闘志をたぎらせる。


 シスター・ポプレとは螢が言っていた名前だ。

 どうやらゆうとアリエルはポプレと戦ったことがあるようだが、その反応を見ても相当厄介な相手であることは伝わってくる。


「さっきは図書館棟にいたわ。マミが後をつけて見張ってるから、ユウも早く」

「わかった。えっと――」


 ゆうはアリエルに頷いてから、俺に視線を送ってきた。「リョウくんはどうする?」と言っているような目。そんなこと、いちいち考えるまでもない。

 桃とひかるにはメールで知らせるつもりだ。しかし新聞部の桃も空手部のひかるも、すぐに駆けつけられるとは限らない。ここはゆうと行動を共にし、状況の中継を行うべきだ。


「俺も行く。役に立てないとは思うが」

「うん、わかった。行こう!」


 答えを予想していたのか、ゆうの了承は瞬時に返ってきた。アリエルは「え~っ」と不満を漏らしたが、それを無視して俺たちは図書館棟へと走り出した。

微修正(14/03/07)

話数追加(14/04/07)

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