贈り物
「まあ今は持ってきたものでも確認したらいい。どれもこれも厳選してあるもんばっかだからさ」
「そうね」
とりあえず荷車のロープを外して中身を検分する。
リリアがまず嬉しかったのがしばらくは困らなさそうな量の食材だ。
お祭りがあったからか店先に並んでいた、普段は見ないような珍しいものも沢山あった。
「まあ、見てエレス! 砂漠糖に雷塩があるわ!」
いつの間にかエレスがリリアの横に立っていた。
エレスに気付いたブライアンは緊張した面持ちで跪くがエレスがそれを制した。
リリアと人間たちの繋がりも大切なものである、としてある程度は認めたようだ。
世界を司る王の懐の深さを垣間見たようで、リリアはなぜだか嬉しくなる。
ブライアンは跪くをのやめ、背筋を伸ばして頑張って圧に耐える。
「そうか。私には人間のつけた名称は分からんがリリアがそんなに喜ぶのなら良いものなのだろうな。確かに純度は高いようだ」
似たような名称のものを村の祭りでも見ていたな、とエレスは思う。
精霊が違うだけで全部白い砂のようなものなので本当によく分からないのだが、リリアが頬を染めて喜んでいる様を見ているとエレスも嬉しかった。
「岩油のこんな大きな塊まで。結局買えなかったからありがたいけれどいいのかしら」
「いやいや、それはこっちのセリフだって。精霊様と花乙女様に食して頂けるのならこんな光栄な事はないだろ」
「こっちの袋は……緑芋が食べきれないほどあるわ!」
「緑芋ってなーに? なんかおいしそうなかんじするー!」
「風の強い地域で採れるお芋なの。蒸す焼く煮るなんでも大丈夫で、ほくほくして美味しいのよね。なにより長期保存に優れているからとってもありがたいのよ」
思わず早口になるリリアであった。
「あ、それダズの親父さんとこの緑芋だな」
「あの崖上の大畑の?」
「そうそう。 ダズの親父さんは畑に精霊王と花乙女御用達!って看板掲げるってんで大騒ぎしてたんだぜ。それで字を書いてもらいに朝いちばんで教会に殴りこんでいったら他の皆も同じ事考えてるもんだから喧嘩祭りみたいになってたよ」
「じゃあ夜の内に準備していたの? エレスの嵐のけが人や片付けもあったでしょう」
「それは大したこと無かった。精霊王様はちゃんと加減してくれていたんだ。それに、俺たちは本当にリリアに謝りたいんだよ。まあ、すぐに全部ちゃんとって訳にはいかないかもしれないけどな」
二人の脳内に先ほど飛ばされた村長や屈強なまとめ役達が浮かび、つい吹き出してしまう。
持ち込まれたのはどれもこれも全て上等なものだった。
緑芋は収穫の時期ではないから、きっと蔵から出してきたのだろう。
もしかしたら元々は教会へ献上するものも混じっているのかもしれない。
(そりゃまあ、精霊王に直接渡せるんだから教会に渡す事もないわよね)
「ではここを神殿にするか」
「精霊王が言うとあまり冗談に聞こえないわね」
「……精霊王が冗談のつもりだとしても教会はそう受け取りませんよ」
「しかし教会の方々は随分楽しそうに暮らしていらっしゃいますよ。ここを教会にすればリリアさんも楽な暮らしが出来ると思いますが」
ウォネロがさらりと毒のある事を言う。
「人間が清く正しいなんて思ってないけれど、教会もそうなのね……」
精霊教会に縁がない分たまに中の様子を想像していたりしたのだが、少しだけ夢が壊れた気分のリリアだった。
「そうだリリア。こっちも見てみろよ」
ブライアンは別の荷台の掛布をばさりと落とす。
「な、なにこれ!」
そこにあったのは布の山であった。布、というよりありとあらゆる服なのだが食材と違って衣服の見分けがあまりできないリリアには布の山に見える。
孤児院で修繕していた服はどれも大体簡素な作りだったのだ。
「服だよ、服。皆がドレスとか祭事用衣装とか詰め込むもんだから、頑張って動きやすい服を多くしたんだぜ?」
「色が沢山あってよく分からないわ」
「まあ一人で着られないものは着なくていいだろ。隣町で売って金にするのもいいんじゃないか?」
「それは失礼だと思うわ」
「気にすんなよ。あの小屋じゃ仕舞う所もないだろうし、手入れも分からずだめにするよりよっぽどマシじゃないか」
仕立屋の息子の言はあまりに正論だった。
おそらく喜々として用意してくれたものを返すというのも気が引ける。
「それもそうね……」
荷台の後ろの方にあるものが日常用のスカート類らしい。
他にもコートや手袋、夏用の薄手のものまで揃っている。
今着ている雑巾色のスカートしか選択肢が無かったリリアには何が何やらだった。
「あら?」
よくよく見ると成人男性用のサイズらしきものもあった。
「エレス用のかしら」
(そういえばエレスは最初から服を着ていたけれどどこかから調達してきたのかしら)
エレスはたっぷりの布で作ったようなゆったりした白い服を着ている。
分厚そうな存在感のある布だが、風に揺らめいたりたまに余っている裾布が透けたりと不思議な素材だ。
「ああ、それは王様用だと思う。普通の丈より随分長いから後で調整する用のやつだな」
確かにエレスは長身だ。そして昨日の印象が強いのか、生成りや白い布が多かった。
「けど……精霊王の着ている服の素材、分からないんだよな。人間の作った服を着るのか?」
リリアとブライアンがこそこそと話していると件の布のはためかせながら精霊王が近づいた。
「着る事自体は出来るだろうが、必要性は感じないな」
「じゃあエレスのその服ってどこで見つけてきたの? やっぱり教会に?」
ふむ、と精霊王が少しの間思案する。
「説明が難しいな。この服に見える部分は人間で言えば髪や爪になるのだろうか」
「それは少し印象が変わってくると思いますよ。とはいえ確かになんと言えば良いのかは……」
ウォネロが口を挟むが、歯切れが悪い。ヒレを器用に動かしおそらくあごあたりに沿わせ、うーむと悩む。
「私がヒトの姿を得る時にヒトの概念が形質化したもの、というのが近いのだろうな」
ゆる、と優美にエレスはその場に足を組んで腰掛ける。
勿論椅子などはなく浮いているのだがローブのような服の裾は地面に着くほど布が余っている割に土や草が動く気配はない。
ちゃんとよく見れば服の裾の先は風に溶けるように、水が滴るように薄くなっていた。
「不思議だわ。でも人の服を着られるって事は脱ぐことも出来るのね」
リリアが何気なく疑問を呈するとエレスはにっこりと微笑む。
「ああ。だからリリアが求めるならいつでも肌同士を合わせる事が出来る」
「そんな時ないから!!!」
やり取りを聞いていたブライアンは胸やけで倒れた。




