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真実の花冠と花乙女

「改めて花冠を受け取ってくれるだろうか、私の花乙女」


「……はい」


村人が息をのんで見守る中、精霊王が両手でリリアの頭を包むように触れる。

どこからともなく白百合の茎や蕾が伸びるように現れ、ゆっくりとリリアの頭を巡り緑の冠となった。


(これが本物の花冠)


ブライアンが持っていた村の花冠は沢山の装飾がついてピカピカして重そうだった。

しかし今リリアの頭に巡らされた冠は瑞々しい生命力にあふれ、花乙女に少しの負担も無いように軽く、豊かな植物の香りがした。


精霊王の手はそのままリリアの口づけの許可を得るように、顔を包み込む。

出会ったときも死にかけていて、突然の口づけが訪れてリリアは何も分からなかった。

今もまた死にかけたが、あの時とは様々な事が変わった。


精霊の口づけは清らかだ。

山からの風が髪を揺らし頬を撫でる事の延長のような感覚だと彼女は知っている。

だからだろうか。リリアはあまり恥ずかしさを感じていなかった。

エレスに見惚れて村中の人が見ている事も理解はしても不思議と意識にあまり上らない。


ゆっくりと近づいてくる美しい貌にこれまでの事を思い出す。

頬を染めたリリアは微笑んで目を閉じる。


ゆっくりと唇を触れ合わせた。


澄んだ湧き水に直接口をつけるような接触。

そこまではリリアも予想していたが今回はそれだけでは終わらなかった。

エレスの柔らかな唇がゆっくりと圧を加えていく。リリアの唇の隙間を熱く湿った舌が伺うようにノックした。


(ん? んん……っ!?)


反射でぎゅっと身を固まらせるリリアの唇を、もう待っていられないとばかりに強引に開いてふう、と息を吹き込む。

リリアは少しだけ、何か湿ってあたたかいものが舌に触れた気がした。


「んんん!」


(ちょっと、何してるのー!)


苦しさに固く閉じた瞼の裏で、リリアは見た事はおろか想像もした事がない場所に連れていかれる気がした。


(え……?)


その時、精霊王の愛を一身に受けてリリアの名前を冠する白百合が目を覚ますようにふわりと花開いた。

艶やかな黒髪に白百合のあまりにも美しいコントラストは見る者の目を奪う。


花乙女。


その名前の意味がこれ以上ないほど腑に落ちた。

精霊王と花乙女は、お互いのために存在しているのだ。


名残惜し気に唇を離したエレスは珍しくどこか高揚しているようだった。

しかしリリアはそれどころではない。


「エレス!」


リリアは上機嫌の精霊王を上目遣いに睨みつける。


「あ、あ、あんな事するなんて聞いてないわよ!」


小声ながらも必死で説明を求める。


「言っただろう、花冠を受け取ってくれるかと」


エレスはうっそりと微笑み、リリアの額にまた軽く口づける。


「花冠?」


精霊特有の言い回しなのだろうか。そんな事を言われてもリリアに分かるはずもない。

気持ちは収まらないもののそういえば、とリリアはキスをした直後の不思議な感覚を思い出す

あの不思議な感覚の場所を、村と山小屋しか足を運んでいない彼女が知る由もない。


けれど親し気な気配。

清廉かつ濃密な霧に包まれているような感覚。


(あれってもしかして)


精霊界なのだろうか、とリリアは感じた。

当然精霊の世界をリリアは知る由もないのだが、精霊王を通じて別の世界をに触れた確信があった。


「リリアは月明かりにも祝福されているようだな」


リリアの意識が逸れたのを知ってか知らずか、エレスが口を開く。


「何言ってるの。それはエレスの方でしょ?」


「ふ、ははは。面白い事を言う。気づいていないのか、自分がどれほど素晴らしいのかを」


エレスはそれをリリアらしい、とも思う。

しかしそれではあのちんちくりんの男のような悪い輩が勘違いしてしまうだろう。


「理解するまでたっぷり教える事が出来ると思えば、それも楽しみではあるか」


やや不穏な呟きは、小声すぎて幸か不幸かリリアの耳にまでは届かない。


精霊王の言う通り黒い瞳と髪とがキラキラと、爛漫と精霊王の如き銀月色の光を受け取っている。

花でできた白いドレスと白い花冠を抱き、清らかな光を放つ精霊王の隣に立つリリアは誰がどう見ても本物の花乙女であった。


黒い髪と目は呪われた証拠ではない。

リリアこそがこの世で立った一人の花乙女なのだとその場にいた者全員が理解した。

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