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祭りの活気

「いきましょう、エレス。村中が……いえ、今日は国中があなたのへの感謝で満ち溢れているのよ」


『そうらしいな。人間の声はいつも小さくて中々聞き取れないが、今日は私達への呼びかけの声が聞こえる』


「いつも以上に機嫌が良いのね。やっぱり、お祭りだから?」


『それもあるが……』


エレスの姿は見えない。

おそらく声もリリア以外には聞こえていないのだろう。

だが、リリアの肩をゆるく抱いている感覚と清らかな気配がすぐ側にあった。

精霊王と花乙女の初めての花精霊祭である。

珍しくそわそわと浮足立つ、楽しげな様子のリリアにエレスは暖かな気持ちになっていた。


「見てこの布留め! ここに彫られているのってアエラスじゃないかしら」


リリアが見つけた丸型ブローチピンには鳥が羽を広げているような彫り物がされていた。

本物よりやや怖そうな感じだが、特徴はあるような気がする。


『ああ、精霊教会にも似たような意匠があったな。きっとそうだろう』


「こっちの指輪はウォネロじゃない? ほら、鱗の飾りがあるわ」


独り言を言っても怪しまれないように小声で喋っていると、露店の店主の男が何を思ったのかリリアに話しかける。


「あれ、お嬢さん一人かい?」


「え、ええ、まあ。そんな所かしら」


一人ではないのだが、見えないのだから説明しても仕方がないだろう。

あいまいに誤魔化す。


それよりリリアは「話しかけられた」事に狼狽していた。


『無加護に店の前にいられると商売あがったりだ』


『見てるだけで商品価値が下がっちまうよ』


次の瞬間にはそういった言葉が店主の口から出てくるだろうと咄嗟に身構える。

しかし店主の声は罵声でも嫌悪でも敵意でもない、一人の人間への呼びかけだった。


「あんたお忍びのお嬢さんってとこだろ? これは王都の職人から仕入れたものだから良いものが安く並んでるよ」


「え……」


確かに正直なところ、可愛い。大精霊達へのお土産にしたらさぞ喜んでくれるだろうと思う。

しかしリリアには手持ちがなかった。今あるのは食料を買うためのお金だ。

ただ物珍しさに見ていただけなのだが、こういう時どうしたらいいのだろう。


「えっと、ありがとう。でももう少し色々見てみるわ」


「そうかい」


リリアがやんわりと購入を拒否しても気にしている様子はなかった。


(拍子抜けしたわね)


「普通」はこんなものなのだろうか。

そういえば、とリリアは思う。

普段とは様変わりして華やかに着飾る人の間、露店の並ぶ道を歩きながら、リリアは違和感を覚えていた。

いつも通りすれ違う人々から視線は感じるが、いつもとは違う眼差しだった。


じっと見られている感じはあるが、そこに侮蔑の色がない。

首から上の大半を隠しているので確かに目立つとリリアも思う。しかしそれでも対応が


(このレース一枚で、不思議だわ)


レース越しの世界は驚くほど優しくて平和だった。

ブライアンの母親から送り出された時も一人の年頃の女の子として見られていた。

髪を帽子に隠し目にレースをかけると、人々はリリアを普通の人として扱う。


(まあ、これならエレスと一緒でも平気ではあるわね)


しかし複雑だった。リリアの置かれた環境は、こんなに簡単に解決するものだったのだろうか。

楽で助かるが、今までの人生事軽くなってしまったような気もする。


(でもそれって、贅沢な葛藤よね)


そもそもリリアには思いつかなかったのだ。

今までは大変だったが、少なくとも今はそうではないのだから楽しまなければそれこそ勿体ないだろう。


「リリア、見たがっていたものはあれか?」


エレスに声をかけられてリリアははっと前を向く。

そこは色とりどりの食材が売られているエリアだった。その潤沢な種類にリリアは思わず駆け寄る。


「そうよ! すごいわ、こんなに色んな種類が揃ってるなんて……! これは砂漠糖ね。こっちは凍醤。それにこれ、上質な雷塩だわ。こっちの瓶は何かしら」


「それは海酢だよ。その横は霧酢。そっちの中身が見えないやつは油系だね。岩油はこっち。炎竜油は危ないから言ってくれれば下から出すよ」


「本当に色々あるのね。こんなにあると迷ってしまうわ」


色んな出店の主人と話したり調理法を聞いたり、味見をしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。

日が傾くにつれ人通りもすっかり増えて、吟遊詩人の歌も歓声も花精霊祭も、どんどん盛り上がっているようだ。

リリアも花精霊祭を心から楽しんでいた。


「ごめんなさいエレス、私に付き合って楽しくなかったわよね。好きな所を見てきていいのよ?」


『リリアの隣が好きな所だ。それに私の乙女が楽しそうにしているのを見ていると私も楽しい』


「そうじゃなくて」


(でも実際楽しそうではあったのよね。お祭りの雰囲気だけでも楽しんでくれたのかしら)


リリアが思いを巡らせていると、店主が声をかける。


「そんな可愛く着飾って見るのが調味料っていうのも変わってんなお嬢ちゃん。他の花乙女達はあっちの髪飾りとかを見てるがね。まあ俺としては嬉しいけどよ。もうそろそろ本祭も始まるぜ」


ははは、と笑う店主の指す方を見れば、確かに着飾った女の子たちで賑わっている場所があった。

遠目にも華やかなその一帯には、確かにアクセサリーや香水のようなものが並んでいる。

ぼんやりと眺めているとエレスがリリアに話しかける。


「リリアはああいうものに興味がないのか?」


「私には必要のないものなのよ」


「そうなのか? 人は身を飾りたがるものも多いと思っていたが」


エレスは不思議そうにしている。

しかしリリアにとって装身具は遠い世界のものだった。

自分に似合うとも思わないし、つけていく場所も見せたい人もいない。


「エレスは、飾ってる方が好み……なの?」


(我ながら何を聞いているのかしら)


建国の花乙女はどうだったのだろう、とふと思ったのだ。

精霊王と花乙女についての一般常識以上の事をリリアはよく知らない。


教会に行っていれば何か教えてもらえただろうかと考える。

あるいは、隣にいる精霊王に聞くのが一番早くて確実だろう。

しかし直接聞くのはなぜか躊躇われた。


(エレスの口から建国の乙女の事聞くのが、怖い)


聞いたところでエレスは怒らないだろうし、きっと教えてくれるだろう。

だが、なぜかその想像からは目を背けたかった。


「確かに人間の手工は好ましいが、どんな装飾もリリアの輝きの前に劣る」


「そ、そう……」


装身具がある方が好み、と言われても先立つものがないのでどうしようもないのだが、思わぬ甘いセリフに赤面してしまう。


「いや、しかし」


「どうしたの?」


「乙女を飾る装具なら、リリアのその美しさに刺激されてさらに美しくあろうとするかもしれないな」


「も、もういいわよ!」


昨日から主にブライアンと話していたから、うっかりしていた。

エレスが褒める時は容赦がないし、本気で言っているのだ。

免疫のないリリアはどうしたらいいのか毎回分からなくなってしまう。

赤くなった顔をレースが隠してくれて良かった、と思う。


(でも買い出し用に帽子や目隠しはあった方が良いかもしれないわね)


小屋では髪も目も意識せずに過ごしていた。

それはたまらなく自由で楽しいが、村への買い出しとなると隠した方が何事も円滑に進むのだと知った。

今日はお祭りだから誰も気にしていないようだが、日常で髪と目を隠した少女が村に現れれば流石にリリアと分かるだろう。

ただし、他の村や町へ行くのであればその限りではなさそうだ。

皮膚患いだと言い張って頭部を隠せば、あの森で穏やかに暮らし続けられるかもしれない。


(だとすれば今日中に帽子を買わなければならないわね)


リリアの裁縫の腕では、髪を隠すような帽子は作れない。

だが別日に村を訪れてブライアンに頼むわけにもいかないだろう。

先に帽子を買い、残ったお金で調味料を買わなければ後々困る。

リリアはエレスにだけ聞こえるように小声で話しかける。


「エレス、帽子を見にいかない?」


厳密には精霊は服を着ていないらしいが、エレスはきっとどんな帽子も似合うだろう。

決して必要というわけではないが、帽子で印象を変えるエレスを少し見てみたかった。


そうしてリリア達が食品売り場を離れようとした時、数人の若い男の声が呼び止める。

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