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拒絶の花冠

桃色のレース越しの、久しぶりの村は様変わりしていた。

赤、青、黄、緑のの装飾紙が家と家の間を彩り、様々な意匠が凝らされたタペストリーがドアや窓に飾り付けてある。


そして白い花が至る所で咲き誇っていた。

一番目立つものは花の咲いている木、通称「精霊花」だろう。


精霊花は優美で華やかな花木だ。

遠目に見ると大きな白い塊にも見えるが、近くで見れば小さな花が球状になっているものがいくつも連なっている。

咲いている時期は極端に短く、見ごろは三日程だ。

散り際は嵐のようでもあり、このヴァスリオ王国の名物でもある。


花自体はこの時期に咲くものであり、リリアも精霊に関するものだと何となく知っていた。

孤児院でも花精霊祭の飾り付けはしていたが、こうも華々しく賑やかにしていると壮観だ。

精霊花だけでなくゼラニウムやガーベラなど、種類問わず白い花が飾られていた。


「すごいわね。花精霊祭の時の村がこんな風になっていたなんて」


精霊の事に疎くても分かる。

大精霊を示す色で村を染め、あちこちから精霊王と花乙女を讃える歌が聞こえているのだ。

姿も見えず声も聞こえない精霊に対する感謝と敬意が村を包んでいる。


(人の近くにいたアエラス達が来たがるのも納得だわ)


こんな光景と雰囲気の花精霊祭が国中で行われているのなら悪い気はしないだろう。

今は姿が見えないが、エレスも楽しんでくれているといい、とリリアは思う。


「俺も着替えや準備があるからここからは別行動だ。何かあったらすぐ逃げろよ」


(私に直接何かしてくるのは大体ブライアンだったじゃない)


そう思うが近くにエレスがいるので黙っておくリリアだ。


「このドレスは?」


「貸すつもりで作ったんじゃない。リリアにやるよ」


「そんな、悪いわよ」


「俺の罪悪感を減らすと思って受け取ってくれよ」


「……それなら、全然足りないわね」


リリアが笑うとブライアンも笑った。


「じゃあありがたく貰っておくわ」


「それともう一つ。これ」


そう言ったブライアンが差し出したのは、様々な花が輪状に編まれたものが彫金されたものだった。

繊細な造りで、ブライアンが持っているには不自然なものである。


「何? これ」


「……。まあいいから。俺はこれをお前以外にやるつもりはねえんだよ」


鈍い金色の花輪を持った手を差し出すブライアンは気まずそうにそっぽを向いている。

この花輪に何かあるのだろうか、とブライアンのしてきた事にいい思い出のないリリアは不審がった。


「お前」


そんなブライアンに、エレスが口を挟んで制した。

その表情は面白がるような色もあったが、瞬きの後殺されてしまう、と思わせる冷酷さも見えていた。

困惑するリリアをよそにブライアンは花輪を握りしめて覚悟を決める。


「お前は今回の花精霊祭の精霊王役だと言っていたな。では『それ』は」


「あなたの! ……精霊王の花乙女をどうこうするつもりはございません。それは信じてください。ただ、俺もリリア以外に渡すつもりもないのです」


「ほう。私の目の前でそれを渡すのか。戴花しないかわりに見逃せと」


ゆる、と空気が動いた。


姿を消した所で精霊王の気配は濃厚であり、精霊王の指先一つ、かすかな気の動きだけで一人の命を簡単に奪える事は明白だった。

自分が不敬を働いている事はブライアン自身よく分かっていたが、そもそも気紛れな精霊の長を相手にしているのだから何がきっかけで機嫌を損ねるのかは分からない。


だったら悔いのない選択をしようと思ったのだ。

そんな不穏な空気に気付いたのか、リリアは眉根を寄せる。


「エレス、ここで騒ぎを起こしたらアエラス達が悲しむわよ」


「あれらの事はどうでも良いが」


「私も悲しいわよ」


「そうだな。……ふむ」


精霊王の気配が柔らかくなる。

存在の苛烈さに似合わず随分と分かりやすい。

リリアが望めば、自分もこの村も一瞬で消えるかもしれない、とブライアンは考える。

むしろそうなる下地は整っていただろう。

今ここが呑気に祭りを開催出来ているのはリリアの優しさと気高さ故なのだ。


「リリアはどうしたい」


「え?」


どこか他人事のようにエレスとブライアンの会話を聞いていたリリアは急に意見を求められて驚いた。


(どうしたい、って何が?)


するとわずかな沈黙でリリアの心中を悟ったのか、精霊王が言葉を重ねる。


「その花冠を受け取るか? 私の乙女」


「これって花冠だったのね。でも私にはもう帽子があるもの。それに、大事なものなんでしょう、それ」


「だからこそ、持ってくれるだけでいいんだ」


ブライアンの真剣な表情に気付いたリリアは、改めてまっすぐと向き合った。


「……私に持っていてほしいのね?」


「ああ」


「なら、いらないわ」


「っ」


きっぱりとした拒絶だった。


「悪いわね、ブライアン。どうしてそれを私に持っていてほしいのか分からないけれど受け取れないわ。でも今までされてきた事への、ちょっとしたお返しだと思ってちょうだい。それに今日は沢山食材を買って帰らないといけないから、手が空いてないのよ」


「そう…か。はは、食材。そっか。うん、そうだな。お前ならどこへででもやっていけるだろ。花精霊祭、楽しんで来いよ」


ブライアンは吹っ切れたように笑い、その場に跪いた。


「……精霊とその花乙女の、慈悲深き御心に感謝いたします」


石を投げても花を捧げてもリリアはブライアンのものにはならない。

ブライアンはそんなリリアが好きだったのだ。


「精霊の長たる王よ。そしてその花乙女リリア。今日この場で行われる花精霊祭を楽しんで頂けますと幸いでございます」


「遅い。が、まあ構わん。リリアが楽しそうだからな」


精霊王はどうでも良さそうだ。

自分が今こうして無事でいるのも、精霊王の人へ対する全体的な興味の無さ故かもしれない、とブライアンは分かってきた。

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