嵐とドレス
「ところで」
しばらく大人しかったエレスがに尋ねる。
「なぜリリアは村の祭りを知らない」
そこにはあまり突っ込んでほしくなかった、と思うリリアだ。
「建国祭とはいえ精霊王を奉るのは、やはり」
「ああ……。あのね、そういうんじゃないのよ」
無加護だから、精霊を恨んでいるわけではない。
そう伝えはしたが、精霊と距離があるリリアが何を考えているのか気になるのだろう。
だが正直に「村では悪魔扱いされていて祭りには参加できなかった」なんて、リリアには言えなかった。
エレスはリリアが無加護であった事を悩み、気に病んでいた事は知っているが村での扱いまでは知らない。
ブライアンに怒ったように、リリアに危害を加えようとする村の人達に精霊王が憤る可能性もある。
リリア自身に魂というものの実感はないが、精霊の好む質ならそれに傷をつけようとする存在を許しはしないだろう。
それに、とリリアは思う。
(あの頃の自分をエレスに知られたくない)
村での自分の扱いは仕方のないものだと納得している。
だが泥を投げつけられる所を、エレスに見られたくない。
強く美しい精霊王と共にいたいと思うリリアには、村での自分は隣に立つ資格がないように思えた。
知られたくない。
今だって全くもってみすぼらしい身なりだが、村にいた頃よりずっとマシなはずだ。
もし、村での情けないリリアをエレスが見た時、花乙女と比べてつまらない人間だと思うのではないか。
どこへでも顕現し気まぐれに精霊の世界で眠るエレスに、見限られるのではないか。
(エレスを奉る催しにも参加できていないなんて、もしかしたらがっかりしたのかも)
「リリアは孤児院の手伝いがあったから祭りには参加してこなかった」
お祭りに詳しくない事の言い訳に悩んでいるとブライアンが助け船を出してくれた。
リリアは正直ほっとする。
エレスは孤児院の事など知らないだろう。
だがそういうルールがあると思わせればいいのだ。
(そういう誤魔化しについてだけは、ブライアンは得意なのよね)
だがブライアンのフォローによって知らず緊張を解いたリリアに、エレスは眉間の皺を深くした。
「そういう事であればやはり自分の領分に帰るがいい。リリアは私の乙女だ。人間ごときが私の乙女を奪おうなどと考えているなどと、それだけで不愉快だ」
「っすみま……」
エレスに睨まれてブライアンが咄嗟に謝ろうとする。
その時どこか遠くで何かが折れる音、雷のような音がした。
いつものんびりと楽しそうな大精霊たちがどことなくピリ、とした雰囲気だ。
「何かしら……?」
嵐のような音だが小屋の周りは静かなものだ。
「精霊王の怒りで森のあたりが少し荒れてるんだよ。あたし達が結界を張ってるからごく狭い範囲だけどね」
「え?」
リリアが横を見ると、確かにエレスは楽しそうな顔をしていなかった。
というか、見た事ないほどの不機嫌である。
「大丈夫なの?」
おろおろとリリアが尋ねるとウォネロがうーんと考えながら答える。
「今の所大丈夫ですが、大丈夫ではなくなりそうになったらそこの人間を消した方が早いですよ」
「出来るわけないでしょ」
リリアは現在の状況を整理する。
エレスにとっては自分が祝福した乙女を、精霊王役というだけの人間が花乙女に選ぼうとしているのだ。
(なんだか、まるで実感がわかないわ)
かたや自分を嫌っていたブライアンで、こなた精霊王エレスである。
なぜ自分がここにいるのか考えれば考えるほどわけがわからなくなってくるリリアであった。
(とにかく。エレスは……そう、お気に入りのおもちゃを横取りされそうになってると思っているのよね)
孤児院ではよくあった事だ。
子供たちのおもちゃの取り合い。
そんな感じなのだろう。
「エレス。私はブライアンの乙女にならないから安心してちょうだい」
我ながら思いあがった言葉だわ、とリリアは思う。
だが「おもちゃ」であるリリアがブライアンに気を遣う理由なんてないのだ。
エレスを安心させてあげたい。
リリアにはその気持ちしかない。
ブライアンは何か言いたげにしているが、直接の喧嘩になればブライアンに勝ち目などないのだから命の恩人として感謝されてもいいはずだ。
「私はエレスに祝福されたのよ? 他の誰のものにもならないし、そもそも欲しがる人もいないわよ」
リリアは捨て子だ。生まれた瞬間から誰にも必要とされず、その後も搾取されるだけだった。
エレスの気持ちは察する事も出来るが、やはり自分の事となるといまいち実感はわかない。
「私はエレスが望む限り側にいるわ。だから不安に思う必要はないのよ。だから嵐を収めてちょうだい」
「では花精霊祭には」
「参加しないわ」
「リリア……。乙女は、本当は」
エレスがリリアの顔を覗き込み複雑そうな顔をする。
「祭に行きたいのではないか?」
「えっ」
(どうなのかしら)
問われたリリアも一瞬戸惑った。
参加する事はずっと最初から諦めていたのだ。
だから別に今更、という気持ちに嘘はない。
だが、孤児院で雑務をしている時に聞こえてくる人々の楽しそうな様子や、普段は嗅いだ事のない何かの焼けるいい匂いなどに憧れは、どうしたってあるのだ。
一瞬固まってしまったリリアに、小屋の中には微妙な空気が流れる。
「えーお祭り行かないの!? ボク行きたい!」
アエラスは花精霊祭に行く気だったのだろう。
雲行きが怪しくなったのを感じ暴れまわった。
「皆もお祭り好きなんでしょ! リリアと王様だって好きだと思うけどなー!」
自由に世界を巡る風であるアエラスの指す花精霊祭は村のものと比べ物にならないほど豪華なものかもしれない。
それでも精霊を奉る催しに、人々の趣向を凝らした料理や細工物が所狭しと並ぶ様は精霊達も楽しみにしているようだ。
「リリア。その花精霊祭がどんなものなのか私は知らない。だが確かに精霊は人の作り上げるものを好み、感謝の念も理解する」
エレスは神妙にリリアを見つめて手を取る。
「そこの人間と共に祭事に参加するというのなら全力で止めるつもりだ。だが私と共に……というのなら、むしろその花精霊祭というものを楽しみたいと思っている」
「ええ?」
まさかエレスがそんな事を考えているなんて思ってもいなかった。
(エレス達と一緒に、花精霊祭に……)
それはリリアにとってとても楽しい想像だった。
賑やかな音楽に体を揺らしながら、香ばしい料理を片手に色々見て回るのだ。
雰囲気しか分からないが、孤児院の窓から祭り帰りの人々が思い思いに何かを買ったりしていたのを見ていた。
もし一緒に、お互い初めてのお祭りを楽しめたらどんなに素晴らしいだろう。
だがそんな空想は実現しないのだ。
村にリリアの居場所はなく、投げかけられるのは微笑みではなく嫌悪と石の礫だ。
リリアはそっと手を外す。
「で、でも、無理よ。そもそも私にはドレスがないから参加できないの」
リリアがこれまで花精霊祭に参加しなかったのは、村人達に疎まれていたからである。
だが、近くで見る事もしなかったのはドレスが無かったからだ。
花精霊祭の日は村中着飾って踊り明かす。
リリア程の年頃の女の子であれば花乙女に選ばれる事を夢見てここぞとばかりに気合をいれる。
言わば参加資格のようなもので、孤児院にいたとしてもリリア以外は寄付によってそれなりの恰好をする日でもあった。
しかしリリアに新しい服を用立てる人間などいないし、当然ドレスを手に入れる手段もお金もなかった。
そうして村が華やかになればなるほど、リリアは寂しく惨めな気持ちになるのだ。
だからリリアは祭りの日は最初から喧噪に近寄らない事にしていた。
「私はここで待っているから、花精霊祭には皆だけで行ってちょうだい」




