最終話:あい・にーど・ゆー!
【SIDE:白石舞姫】
「いらっしゃいませ。マリーヌへようこそ」
喫茶店マリーヌでのアルバイトも夏休みに入ってから忙しくなっていた。
夏真っ盛り、クーラーで涼しい喫茶店に来るお客さんも多い。
8月半ば、悠さんがマリーヌをやめてから2週間、お店は少しだけ寂しい。
それでも彼が再びサッカーを始めてくれた事は嬉しいし、応援もしている。
「……舞姫さん、店長が休憩に入っていいよだって」
悠さんがやめても、お店に残ってくれた凛子ちゃんが私を呼びに来てくれた。
凛子ちゃんは可愛くて人気者なので、店長は「速水はやめてもいいから、凛子だけは残ってくれ」と懇願した事もあり、頑張ってお仕事をしてくれている。
「そう、分かったわ。それじゃ、休憩に入らせてもらうわね」
夏休みはほとんど毎日、シフトで入っているので大変なの。
私が事務所に入ると店長がいつものようにパソコンで事務作業をしている。
「……この材料は別業者に注文した方が安くつくな。しかし、コストは下がるが品質がちょっとなぁ。質と値段か。量より質重視のうちとしては、厳選素材にこだわりたいところだが……うーむ、これは少し悩むところだ」
奥さんのマリーヌさんが二人目のお子さんを妊娠してから、より一層にお店の経営もやる気になっている。
店長はやればできる人なので、今は何も心配することはない。
「深井店長、休憩に入らせてもらいますよ」
「ん、おぅ。お疲れさん。ジュースでも飲んでくれ」
「はーい」
私はキッチンスタッフの人に頼んでドリンクをもらってくる。
冷たいドリンクに喉をうるおしながら、私は店長に話をする。
「……悠さんがいなくなってさびしいですか、店長?」
「速水?あぁ、うるさいアイツがいないのは静かだからな」
「またお店に顔を出すって言ってましたよ」
「出さんでいい。どうせ、コーヒーぐらいしか注文しないんだからさ。ケーキセットを頼むのなら歓迎すると伝えておいてくれ」
私は店長の言葉に微笑しながら「分かりました」と答えておく。
口では何だかんだいいつつも、店長も悠さんがいなくなってから寂しいに違いない。
「しかし、舞姫と速水が交際するとは……昔からの付き合いだったか?」
「いえ、全然。中学からの私の片思いだったんですけどね。このお店が私と悠さんを結びつけてくれました」
「この店が縁結びねぇ。ていうか、アイツも美味しいところだけ持っていくタイプだよな。まぁ、お前らがどんな付き合いしてようが構わないが、一応、恋人の話はお店の客には言うなよ。そう言う所で微妙な客離れもあるからな」
店長は私に「青春って奴を謳歌しておけよ」と軽い口調で言う。
今だけしかできないこと。
そういう事を大事にするって大切な事だと思うんだ。
休憩を終えた私はお店に出ると、凛子ちゃんが誰かと話しているのに気付く。
そのテーブルに座っていたのは小桃さんだった。
彼女は私に気づくと「舞姫さん」と私を呼んだ。
私にとってはあらゆる意味で苦手意識の強い相手。
悠さんの初恋相手で、お泊りする間柄で、その他もろもろ私は苦手だ。
「はぁい。こんにちは、舞姫さん。お仕事、頑張ってるわね」
「あ、はい。小桃さんも喫茶店に来るんですね」
「たまには可愛い妹の働いてる所を見たいもの。普段は来ないでって言われてるけど」
「だって、姉さん相手だと恥ずかしいもん」
凛子ちゃんはそのまま他の人の注文へと行ってしまう。
「あらら、行っちゃった。お仕事の邪魔はするつもりないのに。そうだ、舞姫さん。聞いておきたいことがあるんだけど?」
「はい、何でしょうか?」
「昨日、悠ちゃんの部屋で怒ってたのってやっぱり、舞姫さん?」
「うぐっ、それは……」
そうだ、彼女の部屋って確か悠さんの部屋と向かい合う形にあるんだっけ。
昨日、私が彼の部屋に初めて遊びに行った時に衝撃的な光景を目にしてしまった。
部屋は綺麗にしていたけど、本棚の奥に隠してあるアレな本を手にしてしまった。
「あれでしょ?どうせ、何年か前の凛子ちゃんと同じ事件が起きただけ。変な趣味のエロい本かDVDか。悠ちゃんって、こっそりアレでアレな趣味の本を部屋に置いてるから」
「確かに男の子だから仕方ないとは思いますけど、さすがにアレでアレな趣味だけは……うぅ」
昨日の出来事を思い出すだけで顔が赤らむ、私の口からはとても言えないマニアックな趣味が彼にはあるらしい。
凛子ちゃんがトラウマになるのも当然ね。
うぅ、男の子ってなんであんなのが好きなのかしら。
「昨日はそれで喧嘩してたんだ?」
「……べ、別に喧嘩はしてませんけど。注意したくらいですよ、えぇ……本当です」
「ふーん。まぁ、悠ちゃんと付き合っていくなら覚悟くらいしておいた方がいいわよ」
何だか小桃さんに言われると、何だかムッとするのはなぜだろう。
彼の事をよく知っている幼馴染だからかな。
「……悠ちゃんが嫌になったら、私に譲ってね?」
「なっ!?えっ。そ、そんなこと、ありませんからっ!」
小桃さんの余裕の笑みに私は思わず焦る。
私をからかう彼女は「いつでも待ってるわ」と冗談か本気か分からない口調で言う。
結局、彼女は悠さんの事をどう思ってるんだろう……?
翌日はうちの高校のサッカー部と西高が対戦するサッカーの練習試合。
貴也と悠さんが親しくなった事もあり、今までよりも交流試合が多くなるみたい。
元々、隣の地区同士だから日程を組みやすいんだけどね。
私としてはどちらも応援したいのでいつも困る。
当然、最後は悠さんを応援するけども……。
「悠さん、今日も頑張って!」
彼がサッカー部に復帰してから初の練習試合、ユニフォーム姿の彼に声をかけるといつも明る声で言う。
「あぁ。しかも、貴也との対戦だからな。この数週間でチームの状況も変わって来た。今日は最初から本気で行くぜ」
サッカーが好きな彼を本当の意味で傍から見られる事の幸せ。
ファンの一人だった頃からは想像できなかった今の関係。
「おっ、貴也も来たな。おーい、貴也」
いつのまにか、私の知らない所で貴也と悠さんはかなり仲良くなっている。
男の子同士、話が合うみたいで今ではいいライバルでもあり親友でもあるみたい。
「また姉ちゃんもいるし。悠、うちの勝利の女神である姉ちゃんを取るなよ」
「それは無理だな。舞姫の俺の恋人だからさ」
「はいはい、お熱いねぇ。俺も恋人作ろうかな。そうすりゃ、こちらもやる気があがる、っと、まぁ、それはいいとして、今日の練習試合は前回のリベンジだ。前回は運が良かっただけで、今回はそう簡単には負けない」
「チーム自体に実力的にも差があるのは分かっている。こちらも必死にするだけだ」
「あと、もうひとつ。今日はプロのスカウトも来てるらしい。互いに見せ場を作ってやろうじゃないか。速水、お前もプロは狙ってるだろ?」
「……それはやる気があがるな。本気を見せてやらねばなるまい」
ふたりがやる気になって、良い雰囲気だ。
ライバルの必要性、この子たちはもっと強くなれる。
弟は私に近づいて「で、俺の応援はしてくれないわけ?」と尋ねて来る。
「それは無理ね。どちらも応援ってのはずるいじゃない」
「……残念。うちのチームメイトも姉ちゃんを悠に取られてから、悔しがってるんだ」
「皆さんにもよろしく言っておいて。応援はできないけど」
「了解。でも、今度、別の学校との試合の時は俺達の応援よろしく」
集合のホイッスルが鳴り、貴也はチームメイトの元へと戻る。
私の横で悠さんは「んー」と考え込む顔をしていた。
「貴也って前から思ってたけど、シスコンか……?」
「そんなんじゃないでしょ。ただの生意気な弟だもの。そろそろ時間でしょう。悠さんも頑張ってきてね。ここで貴方を応援してるから。私に最高の悠さんのプレイを見せて欲しいわ」
「舞姫に応援されるとやる気が出るよ。そんじゃ、ひと暴れしてきますか」
彼が意気揚々とグラウンドに歩いていく後ろ姿を眺め続ける。
真っ赤な太陽とセミの鳴き声、快晴の夏空の下は暑い。
「――悠さんっ、絶対に点を決めてきてね!」
私の言葉に彼は手を振って「任せておけ」と叫ぶ。
そして、サッカーの練習試合が開始のホイッスルがグラウンドに鳴り響く。
夏はこれからが本番、私達の夏もまだ始まったばかり――。
【 THE END 】
完結です。ありがとうございました。昔の作品を手直しするのは大変ですね。




