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第28話:もう一度、挑戦してみよう

【SIDE:速水悠】


 舞姫と恋人になれた俺の翌日のテンションは朝からMAXだった。

 

「いい朝だな、あとちょっとで夏休み。まさに希望の朝だ」

 

 そのテンションの高さに凛子は少々あきれた口調で言う。

 

「悠クンがテンション高いのは見ていてウザい」

 

「あははっ、そうか?だが、俺の心は今、ものすごく爽快だから凛子の毒舌も受け止めても平気なのだよ。凛子ちゃんは朝から可愛いねぇ」

 

「うげっ、気持ち悪さが増した。悠クン、私、幼馴染やめていい?」

 

 マジでドン引きするのはやめてくれ、俺が悲しくなるから。

 やっぱり、凛子の毒舌に耐えるのは難しいです。

 そんなやり取りをしながらも、俺達はいつものように学校に登校する。

 

「悠クンと舞姫さんが付き合い始めたのはいいけど、姉さんには報告した?」

 

「そりゃ、アレだけ邪魔した本人だからな。昨日の夜にしたさ」

 

 一応、したことはしたのだが、何だか呆気なく「おめでとう」とか言われて拍子抜けだ。

 散々、邪魔してきたのは何だったのだと言いたい。

 本当にからかわれてたんだな、俺。

 

「そう、それで昨日から、姉さんは……。はぁ、あの人も素直じゃないから」

 

「ん?どうした、凛子?ため息をつくと幸せを逃すぞ」

 

「別に。悠クンはホントに鈍感だって思ったの。そんなに喜んでいたら、車に引かれて死んじゃう死亡フラグ立つかもよ」

 

「死亡フラグ!?なぜに、恋人ができただけで危ないモノを立てられなきゃいけないんだ。俺はまだ何もしていないってのに」

 

 かなり縁起でもないぞ、と辺りを見渡して確認。

 車の姿はないようだ、意識しておかないと危ないな。

 凛子は物騒な事を言いつつも、「そんなに嬉しい?」と尋ねて来る。

 

「そりゃ、嬉しいだろ。こっちは何度フラグ消滅危機を味わってきたか。ギリギリのところで繋がってくれたからな」

 

 しかも、向こうも俺の事を好きだっていう両想い。

 これを喜ばずして何を喜べと言う。

 

「話を変えるけど、店長の奥さん……って、何でそんなに残念そう?」

 

「いや、話題を変えるのが早すぎないか?ここはどういうシチュで告白したかを聞いて欲しいのだが?感動ストーリーだぞ」

 

 もっと話を聞いて欲しい俺に凛子は面倒そうな顔をして、

 

「別に。悠クンの恋愛ストーリーなんて3流ラブストーリーよりつまらないから興味ない。それより、店長の奥さんが妊娠したってホントなの?その辺の事実を詳しく聞きたいんだけど?」

 

 俺の恋愛はそこまで価値がないとでも言うのか。

 そりゃ、他人の惚気ほどつまらないものはないけどさ。

 

「そっちかよ。俺は舞姫さんからそう聞いた。今日にでも店長に聞けばいいんじゃないか。美人妻の妊娠、第2子か。いいよなぁ。どうせ、嫌でも鬱陶しいテンションで話しかけてくるぜ」

 

「現在、その鬱陶しいテンションで話しかけてこられている」

 

「……ごめんなさい」

 

 凛子の気持ちを理解して素直に謝っておく。

 人ってのは嬉しい時にテンションがあがるのはしょうがないじゃないか。

 それを否定されるとちょい悲しい。

 

「……ダブルでウザいのはホントに嫌だからね?」

 

「俺と店長を一緒にまとめるのは非常に不愉快なのだが」

 

「だって、ふたりは似たもの同士だから」

 

「それ、ものすごく嫌な一言だ」

 

 悲愴感店長と似たものなんてマジで嫌だ。

 失笑する凛子、相変わらず毒舌満載のロリっ娘だぜ。

 

 

 

 

 放課後、俺は意気揚々とバイト先に向かおうとしていた。

 しかし、それを途中で南岡に止められる。

 

「速水、ちょっと時間いいかな?」

 

「俺は今からバイトなのだが、用があるならすぐすませてくれ」

 

「……時間はとらせるつもりはない。来てくれ」

 

 何やら南岡が真剣な顔をして言うので俺も付いていく。

 途中で舞姫さんに会ったので、「何か用事があるから遅れるかも?」と店長に伝言だけを頼んでおいた。

 彼が連れて来たのはサッカーの部室。

 まだ練習前で部員はほとんど集まっていない。

 だが、2年の仲のいい部員たちが数名既に集まっていた。

 そして、俺の大嫌いな部長の姿もそこにいる。

 俺と顔を合わすとピリッとした空気が張り詰める。

 未だにこいつと会うと嫌な気持ちになるのだ。

 

「南岡、どういうつもりだ?」

 

「お前に話があるから僕が呼んでもらったんだ」

 

 部長は椅子に座りながら俺に鋭い視線を向ける。

 その足にはまだ包帯が巻かれており、練習できる雰囲気ではない。

 

「先週の日曜日の試合について話がある」

 

「むっ、あれか……」

 

 彼の負傷退場がきっかけで俺が参戦、奇跡の大逆転劇を演じたわけだ。

 その事に勝手に試合に出た事でも責めて来るのかと思いきや、

 

「……今まですまなかった」

 

 なぜか部長がいきなり頭をさげてきて俺は逆に戸惑ってしまう。

 

「えっと……はい?どういうこと?」

 

 事情を知っていると思われる南岡に尋ねる。

 

「あの逆転劇の話を聞いてお前に感謝しているらしい」

 

「感謝って別に部長に言われる事でもないだろ」

 

「僕が間違えていたのだとようやく気付いた。今までは自分の指揮が正しくて、自分勝手にチームを扱うお前が間違いだと思いこんできた。それが速水のいなくなった試合で証明できる、と。だが、結果はどうだ。無様に西高にいいようにやられた」

 

 試合を見ていれば分かるが、圧倒的にボロボロにやられてたからな。

 チームとしての戦力不足ではなく、チームとしての機能がおかしかった。

 

「目が覚めたよ、僕が悪かった。これまでの非礼をわびたい」

 

「……部長ってこんなに素直なやつだったか?」

 

「お前と同じだ。こうと思いこんだら真っすぐなんだよ。部長は自らの非を認めたってわけだ。許してやれ、悠」

 

 頭を下げて謝罪する部長に俺は不思議な気持ちになる。

 こんな風にされると怒りを持っていた自分はどうなる?

 ……しょうがないな、自分が間違えていたと認めるって言うなら許してやるか。

 

「分かったよ。今までの件については許してやる」

 

「ありがとう、速水。そして、もうひとつ頼みがある。部活に復帰してくれないか?」

 

 まさかの展開、俺を追いだした本人の部長からサッカー部に戻って来いと言われるとは思わなかった。

 

「この前の試合のビデオを見てうちのチームに必要なのは悠だと思った。お前が加わってくれていたからこそ、チームはまとまり、機能していたんだ。それは僕にはできないことだった」

 

「部長に褒められると何だか変な感じだが……試合に勝てたのは俺だけじゃない、皆の力があってこそだ。それを忘れてないか?俺がいなくても、今のチームなら勝てるさ」

 

「その皆の中にはお前も入っている。うちのチームはお前が欠けても、誰が欠けてもダメだってことだよ。悠、もう一度戻ってこい。俺たちと一緒にサッカーやろうぜ。今度こそ、打倒西高、そして全国制覇だ」

 

 南岡に言われて俺は「少し考えさせてくれ」と意見を保留する。

 部長との確執はなくなったが、だからと言ってすぐに戻れるものではない。

 俺にはアルバイトもあるわけだし、決断することはできない。

 サッカーをしたい気持ちはあるが、どうしても即答できずに俺は部室を去る。

 どうすればいいんだろうな、俺は……。

 

 

 

 

「もう一度サッカーができるチャンスじゃない」

 

 バイト先で舞姫に相談すると彼女は間髪いれずに言う。

 

「……そう簡単に言うけれど、こっちはバイトもある。すぐには戻れないさ」

 

「悠さんはやりたい事を両立しないタイプよね。どちらかひとつ、真剣に続けるタイプ。だから、迷っているんでしょう?」

 

 舞姫の言葉に俺は「そうだな」と答えるしかない。

 そうだ、俺はこの喫茶店マリーヌで働くか、それともサッカーをやりなおすか、どちらかを選ばなくてはいけない。

 

「このお店は悠さんがいたから何とか復活できた。悠さんにも出会えたし、それは感謝しているわ。でもね、悠さんが本当にしたい事をしたらいいと思うの」

 

「本当にしたい事、か……」

 

 俺は何をしたいのだろう。

 サッカーとアルバイトの両立はできない、俺は何がしたいんだ?

 

「私の願望はもういちどサッカーに情熱を傾けている恋人がみたい。けれど、恋人と一緒にいる時間の多いアルバイトもいいわ。私はどちらでもいいから、悠さんが決めて。私はそのどちらでも応援するから」

 

 俺は美人妻の妊娠に喜んで浮かれる店長に視線を向ける。

 この店には愛着がある、だけど、俺は……。

 

「店長、話があるんだけどいいか?」

 

「……こっちも話がある。まぁ、事務所へこい」

 

 俺を連れて事務所に誘うと、ソファーに座るように促す。

 

「速水、やりたいことがあるのならそちらを優先していいぞ。話は凛子から聞いている。うちは雑用係が減っても、新しく雑用係を雇うだけだからな」

 

「何で凛子が知っているのかは知らないが、事情は知ってるのか」

 

「人生ってのは長いように見えて短いんだよ。僕もそうだ、若い時はパティシエで世界で修行してきた。続けていれば、今でもそれなりに良い腕の職人になれたはずだ。お前の親父さんのようにな。けれど、僕は続けられなかった」

 

 過去を思い出すように真面目な顔して悲愴感店長は言う。

 

「ある日、突然、味覚がおかしくなってしまった。あの頃は苦痛でマリーヌの励ましがなければつらかったな。今は味覚が戻りつつはあるが、まだ細かい味の違いは分からない。料理人にとって舌は味を確認するのに必要なものだ。残念ながら僕はパティシエをやめて、今はこうして喫茶店の店長をしている。案外、この生活も悪くはないけどな」

 

「味覚障害ってやつか。店長にそんな過去があったとは知らなかった」

 

 思わぬ店長のカミングアウトに俺は驚くしかない。

 この人にそんな過去があったとは思いもしなかったからだ。

 

「人生にはそんな回避不能で行き詰る事もある。だからこそ、好きな事はやれる時はやればいい。お前がサッカーをしたいなら迷う事はないだろ?自分が情熱を持てるものをすることが一番だ」

 

「……俺もようやく踏ん切りがついた。たった2ヶ月くらいだったが、いい経験になった。店長、俺、この店をやめるよ」

 

「そうか。こっちは生意気な店員が減って安心したよ。だが、新しい人間を見つけるまで、今月いっぱいは働いてくれよ。それまではみっちり雑用仕事をしてもらうから覚悟しておけ」

 

 悲愴感店長は笑って言うと、俺もつられて「任せてくれ」と笑う。

 俺の周りにいる奴は皆、いい人達ばかりだと、本当にそう感じる。

 いろいろと回り道をしたけれど、俺は再びサッカーを始める決意をした。

 もう一度、大好きなサッカーに挑戦してみよう――。

 

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