第27話:貴方の事が知りたい《後編》
【SIDE:白石舞姫】
私はずっと見ているだけだったの。
どんなに好きだと思っていても、悠さんの事を見ているだけだった。
サッカーの試合で活躍する彼の姿を。
小桃さんに抱きつかれて微笑む彼の姿を。
見ているだけだった自分は何も行動をせずにいた。
片思い、それでいいんだって言い訳して自分を納得させたりして。
いつからだろう、見ているだけじゃ嫌になってしまったのは。
勇気なんてないくせに、嫉妬ばかりしている事に嫌気がして、自分から行動しようと思ったきっかけは悠さんと親しくなって彼の事を本当の意味で知り始めてからだ。
悠さんは想像していたよりも違う人だった。
女の子に対してはエッチだし、仕事は不真面目でお調子もの。
だけど、皆からは信頼されて、やる気になればものすごい力を発揮できる。
知らずにいた時よりも、知ってからの方が私は彼を好きになっていた。
小桃さんが悠さんを好きだと知ってから諦めそうになりつつも、思いを伝えるまでは諦めないと自分にやる気を出させた。
これじゃいけない、私はもう逃げたくない。
彼と訪れたのは、初めてで出会った悠さん母校である中学校。
運動場に入りこんで悠さんはボールを蹴りながら話をしていた。
勇気を出して、私は彼に言い放つ。
「――私が初めて悠さんを見たこの場所で、私は貴方に一目惚れしたの」
最初、彼は呆然と私の顔を見つめるだけで何も言わない。
私は言葉を続けて思いを彼にぶつける。
「……好きだよ、悠さんのことが好き。私、中学時代に貴也の応援でこの中学に来た事があるの。その試合で活躍する悠さんを見てから私は貴方を好きだった。同じ高校になれても、応援しつづけていたわ」
「このミサンガをくれたのは舞姫さんだって聞いた」
彼はそっと腕につけているミサンガを私に見せる。
それは以前に私が彼に送ったミサンガ、彼はずっとつけてくれていたの。
「悠さんがつけてくれているのが嬉しかったの。でも、私だって知っていたんだ?」
「ファンの子がくれたもので、気にいってつけていたんだ。でも、そのファンってのが舞姫さんだって知ったのはつい最近のことだ。直接お礼を言ってなかった。ありがとう、舞姫さん」
彼にお礼を言われた事が私は嬉しくて顔を赤らめる。
「私はサッカーをやめてしまった悠さんが偶然にも、あのお店に来てくれて嬉しかったんだ。おかしいよね、サッカーの応援していたのにやめてしまった事を喜ぶなんて。だけど、ようやく私にも接点ができたんだって……」
あの出会いは偶然だった。
店長に言われて水をまきにいっただけの事なのに、偶然にも私と悠さんは出会えたの。
マリーヌの閉店危機を乗り越えるうちに、親しくなれて、今の関係がある。
夜の中学校はわずかな電灯が照らすだけでほとんど見えない。
それは私にとって都合がよかった。
だって、今の私は泣きそうな顔をしているだろうから。
「……嬉しかった。悠さんに近づけた事、話せるような関係になれた事。でも、貴方を知れば知るほど私は不安になったの。悠さんには大切に思ってくれる女の子がいっぱいいて、私なんてその一人にもなれなくて」
「一応、言っておくけど、小桃さんとは何でもないから。あの人の悪ふざけに毎度苦しめられているだけなんだ。誤解を解いておきたくてさ」
小桃さんの方はそう見えなかった。
きっと、彼女は悠さんのことを……。
「なぁ、舞姫さん。俺はサッカーしかしてこなかった。サッカー以外に情熱を向けるものなんてなくて、サッカー以外にすることもないんだって、サッカーをやめてから気づいたよ。あぁ、俺の人生ってサッカーしかないんだって」
「それだけサッカーが好きだったんだ」
「……でも、あっさりやめちゃって、することもなくて無気力だった俺はマリーヌってやりがいのある仕事を見つけた。変な悲愴感店長とか、舞姫さんがいるお店で働いて、俺はサッカーしている時には見えなかったもの、気付けなかったモノに気づいたんだ。世界が広がったっていうのかな」
彼はどこか照れ臭そうに笑いながら言った。
「そう言う意味ではきっかけをくれた舞姫さんには感謝している。あの時、誘ってくれなかったら俺は今でも無気力で何もせずにいたと思うから。怠惰ってのは俺にとって一番苦痛な事なんだよ。何かしてなきゃダメなんだ」
「分かる気がする。悠さんって何かをすると常に真っすぐだもん」
彼は何か一つの事に熱中してしまうタイプなんだ。
そういう所にも私は惹かれている。
「そんな俺だけど、舞姫さんの事は気になっていた。美人な女の子だって思ってたけど、話していると楽しくてさ。いつのまにか、気になってる女の子だった。なのに、いきなり舞姫さんには好きな人がいるって聞かされたし」
それは一緒に喫茶店を調査しに行った時の話かな。
あの時、私も本人を前にバラされて焦ったもの。
彼が気付いてなくてよかったけど、別の意味で勘違いはさせていたみたい。
「……その相手、初めは貴也だって誤解していたんだ。まさか弟だとは思わなくて、貴也も貴也で俺に誤解を与える挑発までしてきて。サッカーの試合の時、本気で勝ちたいと思ったのは舞姫さんがいたからだよ」
「え?あの試合の時?それじゃ、貴也が何か仕組んでたっぽいのって?」
彼と貴也の間で何かのやり取りがあったの気付いてたけど、ホントに私絡みだったの?
「そう。アイツ、俺に舞姫さんは元恋人だとか言って来たんだ。さすがに焦った、こいつが噂の元彼かってな。その前に一緒にいる所も見かけていたから真実味もあって、すっかり騙されて、冗談だって知った時拍子抜けしたけど安心した」
「そんなことがあったんだ。私、全然知らなかったわ」
「おかげで俺は自分の気持ちに気づけた。やっぱり、俺は……」
彼は言葉を区切り、私の手を取り抱きしめながら言うんだ。
「俺は舞姫さんが好きだ。俺と付き合って欲しい」
突然、抱擁された事に驚いたせいで、私は驚く間もなく「うん」と頷いていた。
「ほ、本当に?小桃さんじゃなくて?」
「あの人は、意地悪してくる姉。凛子は妹、俺にとっては家族みたいなもので、好きとか嫌いとかを考える位置にはいない」
「……先に告白しておいて何だけど、私ね、結構嫉妬深かったりするの。性格も弟にはよくキツイって言われているし」
「まぁ、そのくらいなら慣れているから……いたっ」
私は思わず彼の脇腹を軽くつねっていた。
「……その慣れは誰のせいで慣れたの?」
「うぐっ、小桃さんだけど。他の女の子で、というのもダメですか?」
「ダメ。私は嫉妬しやすいの。だから、最初に言っておきたい。私がそういう性格でも、悠さんの恋人にしてくれる?」
こんな事、初めに言ったらフラれてしまうかもしれない。
けれど、悠さんなら私を受け止めてくれる気がする。
彼の顔を見上げて言うと、優しい声で悠さんは答えてくれた。
「それだけ俺の事を好きでいてくれるなら、ツンデレだろうが、ヤンデレだろうが、俺は歓迎するよ。あっ、でも、本気のヤンデレは回避の方向でお願いします」
私達にとってようやく踏み始めた始まりの一歩。
お互いに誤解したり、すれ違ったりしたけども、交際することができて本当に嬉しい。
「駅まで送っていくよ、舞姫さん……ううん。舞姫って呼んでもいいかな?」
私は「もちろん」と頷くと、夏の夜空の下を恋人とふたりで歩き出した。
想い続けてよかった。
初恋が成就したその日の夜の事を私は忘れない――。




