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第25話:貴方の事が知りたい《前編》

【SIDE:速水悠】


 大人の事情で何やらこちらの数秒ほどの間にずいぶんと間が開いたが気にしない。

 昼休憩の中庭、小桃さんのせいで舞姫さんルートフラグの消滅の危機。

 既に消えちゃった感もあるが、大ピンチなのは間違いなくて。

 その状況を生み出したのが彼女なのも間違いないのだ。

 俺は小桃さんに詰め寄って言い放つ。

 

「小桃さん、やってくれたな。完全にとどめを刺しに来たか、そこまでして俺に恋人ができるのが面白くないのか。もうっ、俺だって怒る時は怒るからなっ!」

 

 怒り口調の俺に対して小桃さんは平然とした顔で言う。

 

「……理由を知りたい?それなら、教えてあげるわ」

 

 彼女は普段見せない優しくて穏やかな顔をする。

 うっ、な、何だよ、その顔は……。

 だ、騙されたりなんかしないからな。

 その優しさに騙されて何度痛い目を味わってきた事か。

 

「私、悠ちゃんのことが……――」

 

 まさか、俺に対しての告白!?

 緊迫した空気の中、彼女はあっけらかんとした声で言った。

 

「……好き、とか言うとでも思った?言わないわよ、そんな甘ったるい言葉」

 

「ここまで引っ張っておいて言わないのかよ!?」

 

 散々引っ張っておきながらそれかい、予想していたオチだが、実際にされると精神的にきついっす。

 

「あははっ、だって、別に恋愛感情があるわけじゃないもの。あえていうなら、オモチャ?よくて、ダメな弟。弟の恋愛を邪魔したいのは姉として当然でしょ?私に彼氏がいないのに悠ちゃんにできるのって面白くないから邪魔してあげたの」

 

「そんな横暴なお姉ちゃんはいりませんっ」

 

 しかも、この展開は既に凛子が予想しておりました。

 ちくしょう、結局、オモチャ扱いかよ、好きとかラブな展開はないのか。

 俺はそんなことでフラグを潰されたというのか。

 あまりにも情けない展開に目から涙があふれそうだぜ。

 

「もういい、俺は教室に戻ります。これ以上、邪魔はしないでくれ」

 

「えーっ、私が楽しめないじゃない?」

 

 さらにまだ何かえげつない発言をしているんですけど、この人。

 ホントに悪魔とか言う前に、人としてどうなのかと問いたい。

 

「楽しまなくていいっ。いつも意地悪ばかりする小桃さんなんて、小桃さんなんて……」

 

「あっ、もう時間だから、私も行くわね。バイバイ、悠ちゃん」

 

「小桃さんなんて……って、もういないっ!?どこまで悪魔なんだ、あの人は」

 

 俺を置いて教室に戻ってしまった彼女の後姿に俺はガックリとうなだれる。

 邪魔されるだけ邪魔された上に、小桃さんルートフラグすら立たなかった。

 何も俺には残ってやしない、この展開は泣くしかない。

 

「ちくしょう、無理やり凛子ルートでも開拓するしかないのか。ハッ、殺気!?」

 

 俺はどこからか感じた殺気で凛子ルートは素直に諦め、自分の不運を嘆きながら教室へと戻ることにする。

 ……放課後にはちゃんと舞姫さんと話をするとしよう。

 

 

 

 放課後になってから俺はバイトへ行くために足早に喫茶店「マリーヌ」を目指す。

 今日こそ、彼女の誤解を解き、何としても舞姫さんルート復活を成し遂げる。

 とりあえず、謝ることから始めるとしよう。

 俺が店内に入ると、そこにはなぜか店長がひとり慌ただしく事務所で作業していた。

 

「何やってるんだ、深井店長?嫁さんにいじめられたストレスを職場で暴れて発散しているのか?」

 

「違うっての、バカ野郎。マリーヌに聞かれたどうしてくれる。僕はこれから急な用事で早退するぞ。今日は凛子もシフト休みでいないから、速水と舞姫で店内を担当してくれ」

 

「おっ、俺の出番だな。店長不在でも大丈夫だ、任せてくれよ」

 

「……かなり心配だが仕方あるまい、今日は戻らないから店を閉めておいてくれ。後始末も頼んだぞ。ちっ、電車に乗る時間がない。行ってくるから後はよろしく。お前がミスして『おい、こら。責任者だせや』とか言われた時のために、キッチン担当の櫻井に頼んである。彼女に迷惑をかけるなよ」

 

 かなり俺に対して失礼な物言いだが、慌ただしく店長は外へと出かけていく。

 悲愴感店長のくせにあんな風に慌てるなんて、何かあったのか?

 しかも、バイトだけを店に残していくのも店としていいのか、どうかと思うぞ。

 まぁ、店長がいてもいなくても、仕事自体は特に何も変わらないのだが。

 しかし、これはチャンス、今日は水曜日、比較的に客も少ない日だから舞姫さんの誤解を解くにはかなり好都合だ。

 いくら喫茶店の売り上げが戻ってきたとはいえ、周りの店のサービスデーである水曜日は売上的にも客の数もダウンする。

 それ以外の日はかなり好調と言ってもいいけどな。

 だから、この日は凛子か舞姫さん、どちらかもお休みの場合が多い。

 ちなみに俺は雑用係なので曜日関係なく働いておりますが……何で俺だけ扱いが違うのだ?

 俺も普段はしない、ウェイターとして働ける唯一の日でもある。

 制服に着替えると、いいタイミングで舞姫さんもウェイトレス姿で事務所に現れた。

 

「こんにちは、舞姫さん。今日はふたりだけで頑張ろう」

 

「……ぷいっ」

 

 挨拶する俺に頬を膨らませて無視する舞姫さん。

 お、怒ってます、まだ怒らせたままでした。

 

「あ、あのさ、舞姫さん。昼間の事なんだけど誤解していると思うんだ。お願いだからその誤解を解かせて……って、あれ?」

 

 既に俺の前から舞姫さんはいない、店の方に出て行ってしまったらしい。

 

「最近、放置プレイされることが多いです。もっと俺を見て欲しい、うぅ……」

 

 俺も急いで彼女のあとを追い、お店の方に出る。

 昼シフトのウェイトレスさん達と交替の引き継ぎをしてから俺と彼女だけの時間だ。

 予想通り、お客も少なめでのんびりとした雰囲気。

 俺は彼女に声をかけるが、注文やらなんやらで中々、タイミングが合わない。

 何だか意図的に無視されているのもあるようで、なんとかせねば。

 

「……舞姫さん、隣いいかな?」

 

 夕方の忙しい時間も終われば閉店までは再びのんびりとした時間帯だ。

 今は店には誰もいない、椅子に座る彼女の隣に俺も座る。

 

「昨日と今日の件について、本当にごめん。俺と小桃さんは本当に何でもない関係だ。今日の事だって彼女の悪ふざけだ」

 

「でも、仲がいいのは事実でしょう?いつも夜中にお泊りしているんだって、凛子ちゃんから聞いたわ。お泊まり熱愛でしょ」

 

「お泊り熱愛?いや、彼女が部屋に泊まる事はあるけど、それは別に舞姫さんが考えているような事は一切なく、むしろ、あの状況で何も起きないという事は、俺にとって微妙に不満だったりするんですが……こほんっ、いや、違う。本当に何でもない関係なんだ。ただゲームして徹夜とかばっかりだし」

 

 いけない、つい本音が出てしまったではないか。

 ホントにあの状況でエロい雰囲気にならないのは奇跡ですよ。

 彼女は不満そうに唇を尖らせたままで、こちらはエロさどころか険悪な雰囲気が漂っております。

 

「普通ならそれでも家に帰ったりするでしょ。お泊まりなんてしないわ、信頼している証拠じゃない」

 

 痛い、その白い目で見る視線がものすごく痛い。

 この誤解、ここで解かなきゃルートフラグ完全消滅、やるしかあるまい。

 

「……別に隠さなくてもいいじゃない。今日も昨日も、小桃さんと一緒にいる時の悠さんは普段と全然違うもの。ふたりは特別な関係なんだから、当然なんでしょう。恋人同士だろうが、別に私には関係ないことだもの」

 

「あれは特別とか、そんな関係じゃないよ。小桃さんは俺の事を弄んで、からかって楽しむ事を平気でする人だからさ」

 

「それだけ、悠さんに心を許してるってことでしょう?恋人同士みたいだったもの」

 

「それが誤解なんだってば。俺が好きなのは小桃さんじゃなくて、まい……――」

 

「――おーい、そこの店員さん達、さっさと注文を聞きに来てくれ」

 

 タイミング悪っ!?

 俺達が声に振り向くと店内に入ってきた男にいきなり呼ばれる。

 くっ、大事な場面だってのに、今が仕事中でなければ……。

 俺が彼が座る席に注文を取りに行くとそこにいたのは見た事のある顔だった。

 

「……ん、あれ、貴也じゃないか?」

 

 一昨日のサッカーの試合でライバル対決をした舞姫さんの弟の貴也だった。

 西高の制服姿と言う事は練習帰りらしい。

 

「よぅ、速水&姉ちゃん。たまには、姉ちゃんのバイト先に来てみたぞ……ぐはっ!?」

 

 いきなり貴也は舞姫さんに掴まれて向こうの方へと連れて行かれる。

 ……舞姫さんって弟の貴也には結構容赦ないんだな。

 

「な、何をしに来たのよ、貴也?」

 

「何って、姉ちゃんの援護をしに。どうせ、何も進展できず困り果てていると思って。案の定、何やら揉めている様子だな?」

 

「それはそうだけど。今、ちょっといい雰囲気だったのに邪魔するな。さっさと帰れ。貴也のバカ」

 

「ひどっ!?くっ、苦しい、首はやめて……ガクッ」

 

 何やらこそこそと小声で話しているので内容は聞こえないが、舞姫さんに何か怒られている様子の貴也。

 なぜだろう、その顔に似合わないヘタレさがどことなく親近感がわいてくるな。

 ふっ、俺と小桃さんのような関係みたいだぜ。

 

「それで注文は何?そう。分かったわ、夕食用のメニューで適当に頼んでおくね」

 

「何って聞いておいて、こちらの意見を無視!?しかも適当でひどい!?」

 

「どうせ、貴也の夕食になりそうなものはメニューも限られるもの。悠さん、水をいれてきてあげて。貴也に氷はいらないわ」

 

 そのまま厨房エリアの方へと注文を告げにいく舞姫さん。

 俺はちょっぴり彼女の普段見られない光景を見ている気がしながらも、「お願いだから氷をいれてくれ。この暑さで死にそうだ」と懇願する貴也の要望通り氷をいれた水を出す。

 真夏の外の暑さを考えると氷なしはきついだろう。

 

「冷水がうまいな。……そういや、何か悪いタイミングで入ってきたか?大事な話の最中だったとか?」

 

「いや、険悪な雰囲気にならずにすんだ。それにしても、貴也相手だと舞姫さんは強気というか、お姉ちゃんって感じだな」

 

 普段は優しいお姉さんってタイプなのに意外だ。

 俺と接している時も、あんな一面を見せた事はない。

 

「ああみえて気が強い。怖い人だよ。あれがうちの姉の本性だ。普段はとびっきり、猫かぶったりしているし」

 

「……猫かぶりねぇ、何となく理解できる気がする」

 

 女の子は男よりもはるかに他人に見せない一面を隠している事が多いのだ。

 それを俺は小学2年の時に、小桃さんと言う悪魔のせいで思い知っている。

 

「で、2人は今、喧嘩中なんだって?速水もやるよなぁ、ハーレム姉妹同時攻略とは羨ましい」

 

「いや、してないから。変な誤解を舞姫さんにされてるんだよ、俺の本命は……」

 

「姉ちゃんだろ?この前の試合を見てれば誰でも気付くって。訂正、約1名が気づいてないな。張本人だってのに、鈍感だから。もっとアピールにしなきゃダメだ。あれは直接言ってあげなきゃダメなタイプだから。しかも、嫉妬深いから余計に大変だ」

 

 水を飲み干した貴也のコップに俺は冷たい水をいれてやる。

 うむ、貴也とは話が合うというか、気が合いそうだ。

 俺達は適当に会話しながら舞姫さんが戻ってくるのを待つ。

 

「店が終わったら姉ちゃんを食事に誘うといい。うちって基本的に夕食は外食なんだ」

 

「舞姫さんからも聞いた事がある。両親が共働きしているんだっけ」

 

「そう。お勧めは駅前のレストランだな。そこのカルボナーラが姉の好みだ」

 

 俺は貴也に色々と彼女の話を聞いてみる。

 

「とにかく、姉の事は任せたぜ。……そうじゃないと、イライラしてる姉ちゃんに八つ当たりされて辛いんだ。弟は辛い」

 

 貴也も貴也で苦労しているようだった。

 些細なことでも情報を得て、彼女と和解する方法を何としてでも探さなければならない。

 せっかくつかんだルートフラグ、壊したくないんだよ。

 

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