第24話:勇気のいる言葉
【SIDE:白石舞姫】
バイトを早く終わらせてもらってから、私は弟の貴也と一緒にファミレスに寄っていた。
私の両親は共働きなので、毎日、夕食代をもらってそれぞれ自分で食事をする。
自炊もしない事はないけど、大抵、喫茶店のマリーヌやこの馴染みのファミレスが多い。
他人に作るならいいけど、自分のために料理するのって好きじゃないんだよね。
貴也もコンビニとかよく利用しているみたい。
「……で、何でわたしのおごりなわけ?」
私はそのファミレスに弟と一緒に夕食を食べることに。
本題は今回の件の相談なんだけど、その前に食事をする。
「部活が休みで友達と一緒にゲームセンターに遊びに行ったら、つい夕食代までつぎこんでさぁ。財布の中身、残高80円なのです。ははっ、いいじゃん。姉ちゃん、アルバイトしているんだし。一応、高い物は頼まないようにするから。とろけるチーズハンバーグセット(税抜き780円)で」
「その隣のにして、アンタは普通のハンバーグセット(税抜き580円)で我慢しなさい」
「……まぁ、姉ちゃんのおごりだ、我慢するとしよう」
おごってもらう立場のくせに何で偉そうなのかしら。
この生意気な弟に恋愛相談しそうな自分が嫌だ。
私も同じのを注文して、その品が来るまでの間に事の経緯を説明。
弟に自分の恋愛を暴露する恥ずかしいわ。
「なるほど、姉ちゃんも意外と積極的と言うか、その割には同じバイト先なのにあんまり距離が縮まっていないというか。ようするに、ライバル出現?」
「彼女たちの方が付き合いが長いから、逆に私の方が……」
「そこで弱気になるところが姉ちゃんのダメさを表している気がする。いいか、恋は積極性を見せなきゃいけないぜ。自分を控えめに見ちゃそれでお終いだ。その、お姉さんがいくら幼馴染で仲がいいって言っても姉ちゃんにも勝ち目があるはず」
確かに私は少しだけ引け目に感じているのは事実。
だって、幼馴染って……ねぇ?
「結局は姉ちゃんと小桃さんの直接対決でどちからが勝利するかって話だろ。速水悠はそれなりに姉ちゃんの事を気に入ってる様子だったぞ。昨日だって、ちょっとからかったぐらいで本気で俺達に立ち向かってきたくらいだ」
「悠さんが私の事を?」
「おぅよ。この前のサッカーの試合、姉ちゃんは知らないだろうが……おっと、注文してたハンバーグがきた。いただきます」
貴也は話の肝心なところを切り、食事を始める。
私はムッとしながら「食べないで、話しなさいよ」と文句を言う。
「いや、食べながら話をするのはマナーが悪いだろ?」
「そう言いながら、食べ終わって帰ったりしない?」
「俺はどれだけ姉ちゃんからの信頼が低いのやら。逃げないから食べさせてくれ」
お腹がすいているのか、貴也はさっさとごはんが食べたいらしい。
私も仕方なく食事を先に済ませることにした。
食後のデザートとドリンクが運ばれてきたところで、ようやく貴也が口を開く。
「……そういや、その小桃って人はかなりの美人か?」
「そりゃ、美人よ。学校では噂の美少女。学年違いの私ですら知ってるもの」
「ふーん。いいねぇ、美人。で、話の続きだが……何の話だっけ?」
「そう、この支払いは貴也にさせていいのね。ごちそうさまでした」
私は貴也に注文票を押しつけて席を立とうとする。
弟に相談しようとした私がバカだったらしい。
「ちょ、ちょっとした冗談だ。すまん、許してください。所持金が80円しかないって言ったじゃないか。それに2000円程度の支払いをさせるって鬼ですか。無銭飲食で普通に捕まる、弟を犯罪者にしないで」
「……相談料の代わりに奢ってあげる話だったわよね?それを守らない弟が悪いのよ」
「ちゃんと乗るから。お願いします、おごってください、姉ちゃん」
素直に平謝りするので私は許してあげることにした。
さすがに弟が無銭飲食で捕まるのは避けたいらしい。
「冗談も通じる場合と通じない場合の時とタイミングを考えなさい」
私は再び席に座ると彼は昨日の詳しい話をしだす。
「あの試合な、初めは速水の方はやる気がなかった。でも、姉ちゃん絡みの話を適当に話すとやけに本気になったんだよ。姉ちゃんのために試合をするって感じか、アイツにとって姉ちゃんはそれだけ大切な人だってことだろ」
「本当かしら……?」
「本当だって。昨日の試合で姉ちゃんは何かを感じなかったか?」
「……悠さんが昨日もカッコ良かったのは覚えているけど」
私のために特別って言うのは……。
そういえば、私のために戦うとか言ってくれていたような……あれのこと?
「分かった、悪いのは姉ちゃんだな」
「何がよ?私の何が悪いワケ?」
「鈍感なのはどちらかって話さ。なるほどなぁ、こりゃ、速水も苦労するわけだ。ははっ、こいつは難しい話になってきた」
苦笑する貴也がムカつくのはムカつくけど、私が鈍感ってどういう意味?
私は別に鈍感な子じゃないわよ。
「人の気持ちを知りたがって不安になる前に、相手が自分をどう思ってるのか、どう思われているのか、改めて整理してみれば分かるだろ。俺から言えるのはひとつだけだ、姉ちゃん、自信を持てよ。話は以上です、帰りましょう」
貴也は話をいきなり終えて帰ろうとする。
私に自信を持て?
そんな一言のために弟と食事したわけじゃないわ。
「それが相談の答えだというの?」
「よく言うじゃん。遠くを見過ぎて、近くが見えていない。姉ちゃんは今、その状態。自分の知らない小桃さんと速水の関係にばかり目が言って、目の前の姉ちゃんと速水の関係の本質に気付けていない」
「……私と悠さんの関係?」
思い返せば、出会いからずっと大変だった気がする。
サッカーの試合で見惚れてから、偶然にも同じお店で働くようになって閉店危機を乗り越えて……私にとっては彼を好きになる要素が多くて、でも、向こうはそんなに多くなくて……当然、付き合いの長い小桃さんには勝てそうにもない。
あんな風に抱きついたりする真似、私にはできないもの。
「やれやれ、強気な姉も恋愛には苦労するってか」
「私は強気じゃないんだけど?」
「否定するのはそこなんだ。最後のヒントだ。姉ちゃんは速水の口から直接、恋愛関係だって話を聞いたのか?」
「それは……直接聞いたわけじゃないけども」
「だったら、この際、直接聞けば話は簡単だろ?ダメならダメで、諦めがつくじゃないか。ようするに告白してみれば?」
それができたら苦労はしない。
誰がそんなに簡単に告白できるのよ。
「やっぱり、家に帰ったら夕食代を請求してやるわ」
「え?何で!?俺、ここまで親切にして相談にのってあげたのに!?」
貴也が何か騒いでいるけど気にしない。
私はとりあえず、もう一度、悠さんと話をしてみたいと思ったの。
初恋を失恋で終わらせたくないから。
「……悠さん、本当に小桃さんとは何もないんだよね?」
「それが知りたいならさっさと告白すればいいのに……ハッ、請求書は勘弁です!?」
私が会計後のレシートをちらつかせると貴也は大人しく黙りこむ。
とにかく、明日にでも悠さんと話をしてみたい。
小桃さんとの関係の事も聞けたらいいな……。
そのまま、私は弟と初夏の夜の街を歩いて家に帰った。




