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第23話:誤解と不和

【SIDE:白石舞姫】


 サッカーの練習試合、思ってもみなかった悠さんの登場。

 盛り上がりを見せる試合は残り20分という攻防を続けていた。

 ここから逆転するなんてプロでは無理、少年サッカーでもかなり難しい。

 サッカーにおいて1点を入れることの難しさは私もよく知っている。

 

「この展開で悠さんが入った事でチームが変わった……?」

 

 だけど、その不可能を可能にしそうな雰囲気がそこにはあったの。

 チームとしての動きが先ほどまでと違う。

 まとまりというか、チームプレイが見事に機能している。

 先ほどまでのちぐはぐさはそこにはない。

 息のあった連携プレイを可能にしているのは悠さんの指揮力。

 士気のあがったチームは、夏前の大会と同じく西高にとってのライバルとなる。

 

「貴也が押されている……。いける、悠さんたちならいけるよ」

 

 試合展開が確実に悠さん達に向いた、次々と攻勢に出て点数を決めていく。

 1点、2点、3点……誰もが目を疑う光景がそこにある。

 あの県内最強と言われた西高がこれほどまでの逆転劇を許した事はない。

 たった20分で同点に追いついてしまった。

 

「本当にすごいわね。悠さん、カッコいいな」

 

 彼を初めて見たサッカーの試合。

 あの時に似た興奮、私は彼の応援を続ける。

 

「……あれ?」

 

 ふと、私は彼を見つめる一人の女の子の姿に気づいた。

 それはグラウンドの隅の方に立つ綺麗な女の子。

 

「小桃さん、だっけ?」

 

 話ではよく聞く、うちの学園でかなり人気の先輩で、凛子ちゃんのお姉さんだ。

 実際に話したことはないけど、存在感のある人だと思った。

 プールの真横にいるので、水泳部関係の用でこの西高に来ていたんだろう。

 彼女はジッとグラウンドを見ている。

 そういえば、悠さんと小桃さんって夜中にお泊りするほど仲がいいんだっけ。

 ……思い返せば思い返すほど複雑な心境になるわ。

 でも、それだけ仲が良ければ当然、恋愛関係、恋愛感情もあるんじゃ……?

 そうだ、凛子ちゃんも言っていたじゃない。

 私にとってライバルになる相手、それこそが小桃さんだって。

 

「……でも、本当はどういう関係なのかしら?」

 

 2人の関係がただの幼馴染の関係ではない。

 それは明らかだけど、恋人という関係でもないみたい。

 

「ん?いつのまにか小桃さんがいない……どこに行ったの?」

 

 ……私はこの時、気付いていなかったの。

 私が彼女を見ていたように、小桃さんもまた私の方を見ていた事を。

 それはおいといて、試合の方は残りわずかのロスタイムのみ。

 ここで逆転できたら、本当に彼らの実力がすごいという事。

 どうする、悠さん?

 最後は貴也と悠さんの一騎打ち、これで試合の結果が決まる。

 私としては弟よりも好きな人が勝ってくれる事を望む。

 機動力のある悠さんとテクニック重視の貴也。

 

「お願い、行ってっ……悠さんっ!」

 

 交差した時、わずかにボールが浮き、それを利用して悠さんが華麗に抜き去る。

 呆然とする貴也、ここまで完璧に抜かれたのは彼も経験が少ないはず。

 

「やっぱり、悠さんはすごい……」

 

 そのままゴールを決めた彼の活躍に私は感激していた。

 悠さんのファンとして今の瞬間を見れた事がすごく嬉しい。

 だって、もうプレイヤーとしては参加しないと思っていたから。

 最後の最後に抜かれてしまった貴也、これからもっと伸びていく。

 今回の経験は弟にとってもいい経験にはなるはず。

 試合終了、まさかの逆転劇にグラウンドは騒然となる。

 誰もが予想していなかった試合展開、それを成し遂げたんだもの。

 私は彼のへの想いを強くしながら観客席から離れる。

 貴也はガックリと肩を落としてうなだれていた。

 

「ちくしょう、負けた。負けました、どうしてくれるこの屈辱。俺達、西高が20分で逆転されたって言う事の方が大事件だ」

 

「それだけ強かったって事でしょ」

 

「あの負傷退場者が足を引っ張っていたのか?いきなり本気モードになりやがって、速水悠だけじゃない、チーム全体の強さを改めて見せつけられた。速水だけのチームじゃなかったって言う事か。くっ、この屈辱はマジで凹む」

 

 よっぽど負けた事が悔しかったらしく、悠さんに直接話をしてくるって言ってしまう。

 私はその後に話をしよう、今は弟に悠さんを譲ってあげる。

 彼と話す事で貴也も何か成長すると思う。

 

「ふふっ。私も早く悠さんに会って話がしたいな」

 

 興奮さめやまぬグラウンド、サッカーの練習試合は劇的な勝利で終わった。

 

 

 

 

 その翌日、私はアルバイト先のお店で忙しく働いていた。

 お店は忙しい時間帯を過ぎ、ようやく落ち着いた時間帯に入る。

 

「……舞姫、ちょっといいか?」

 

「はい、店長?何ですか?」

 

 深井店長に呼び止められて、私は作業をやめた。

 最近、このお店の経営状態がかなりうまくいってるらしくご機嫌だ。

 

「すまないが、さっき使いに出した速水にこれを渡してきてくれ。アイツ、事務所に携帯電話をおいて行ってな。追加のメモだ」

 

「あぁ、お使いに行ってくるって意気揚々と出て行きましたね」

 

 先ほど、悠さんが店長からお使いを頼まれてケーキの材料を買いに出かけた。

 はじめてのお使いらしく、ものすごく気合いが入ってたの。

 

「アイツがへましないか心配でもある。一度経験させたら次からもパシリとして使えると思ってたんだが。初回が心配だ、ついでに様子も見てきてくれ。店の方は落ち着いてきたから閉店まで、凛子ひとりで大丈夫だろう」

 

「分かりました。行ってきます」

 

 着替えるのも面倒だったので、私はそのままお店を出る。

 喫茶店のウェイトレスの恰好はちょっと浮くけど、繁華街ではさほど目立たない。

 時間帯も時間帯なので私はすぐにお店までたどり着く。

 お菓子作りの材料などを扱っているお店、その中に悠さんがいるはず。

 だけど、お店に入った私はそこで思わぬ光景を目にする事になる。

 

「えっ……悠……さん!?」

 

 そこにいたのは……小桃さんと悠さんがなぜか店内で抱き合っていた。

 密着する身体と身体、男と女の抱擁の光景に目が離せない。

 私の存在に気づくと悠さんは慌てて身体を離す。

 

「ま、舞姫さん。どうしてここに?」

 

「て、店長が追加のリストを渡してきてって言われて」

 

 そんなことより、なぜふたりが抱き合っているの?

 その身体を抱きしめ会う姿が脳裏から離れようとしない。

 嫌だ、こんな光景は見たくなかったのに……。

 小桃さんは私の前に来ると、初めて声をかけてきた。

 

「ねぇ、悠ちゃん。この子は誰?」

 

「彼女は白石舞姫さん。俺のバイト先の同級生なんだ」

 

「何だ、ただのバイト仲間なの」

 

 うぐっ、事実だけど、ただのって言葉がきつい。

 小桃さんと悠さんは“特別”なんだって凛子ちゃんも言ってたし。

 所詮、私はアルバイトが一緒なだけのただの彼のファンだもの。

 私は落ち込みながらも会話を続ける。

 

「初めまして、凛子ちゃんの姉で小桃と言うの。貴方が舞姫さんね。いつも“私の悠ちゃん”がお世話になってるわ」

 

「「――私のって何!?」」

 

 私のって、所有物扱い……やっぱり、小桃さんと彼の関係って……。

 私は衝撃を受けて、それ以上、彼らの傍に居づらくなる。

 適当に会話して(あまり覚えていない)、すぐにその場から立ち去る。

 逃げるように外に出たけど、悠さんは追いかけてくれはしない。

 そうだよね、私は“ただのアルバイト仲間”だもの。

 

「……はぁ、ホントに彼女が私のライバルだったんだ」

 

 小桃さんと言う存在を侮っていたのかもしれない。

 直接話し合った事がなかったので、私は油断もしていた。

 話で聞く限りは仲がいいんだろうって思ってはいたけど、どんなに仲が良くても幼馴染の一線を越えるような関係ではないと信じていた。

 正直、悠さんの冗談の類なんだって思い込んでいたし。

 それが何、現実はめっちゃくちゃ仲のいいラブラブっぷり。

 凛子ちゃんのお泊り熱愛報道は正しかったらしい。

 

「もうっ、嫌だなぁ……ぐすっ……」

 

 私は涙ぐみながら、喫茶店への道を戻る。

 現実の壁というのに私は打ちのめされかけていた。

 

 

 仕事を終えて、どこかで夕食をとろうとしていてもテンションはあがらず。

 

「あんなの幼馴染じゃないじゃない……恋人とどこか違うのよ」

 

 私が拗ねていると、繁華街を友人と歩く貴也を見かけた。

 部活帰りに遊びにでも来ていたようだ。

 

「姉ちゃん?どうしたんだ?まるで男にフラれたって顔でもしてるぞ。あー、もしや、例の速水に告ったか。それとも、アイツに別の女でもいたか?」

  

 能天気に笑う弟がムカつくので私は八つ当たりに無言で睨みつける。

 

「怖っ!?な、何だよ、ちょっとからかっただけじゃないか」

 

「うるさいのよ、貴也。遊んでないで、早く帰りなさい」

 

「何かあった、むむっ?もしや、あの速水絡みか?図星だろ?また何かやらかしたか?」

 

 私はにやつく貴也に問答無用に蹴りを加える。

 この弟は本当に生意気だから嫌になるわ、ちょっとは空気を読みなさい。

 

「全然痛くないけど、とりあえず怒り気味なのは理解した。よし、ここは俺が話を聞いてやろう。悩める姉の相談にのってやるさ、あっ、飯代は出してくれよ?」

 

 微妙に優しさを見せる弟は友人たちと別れると私に付き合ってくれた。

 弟に恋の相談をすることになるなんて……何だか複雑な気分すぎるわ。

 

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