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第22話:嫉妬する心

【SIDE:白石舞姫】


 少しだけ私には自慢になることがある。

 それは私の弟、貴也のことだ。

 双子の姉弟だけど通っている高校は違う。

 彼はサッカー部の名門、西高に通っている。

 貴也が自慢だというのはサッカー部のエースだと言うこと、もあるけど、プロサッカーのチームのスカウトからも目をかけられている。

 小さい頃からサッカーが好きで、今では高校レベルならば優秀なプレイヤーだ。

 その貴也はサッカー一筋で、恋人らしい恋人はいない。

 暇な時は私の買い物に付き合ってくれたりする。

 今日もアルバイトが休みの日に、私の買い物に付き合ってくれていた。

 買い物をちょっと休憩、私たちはドーナツ屋に入りお茶をしていた。

 

「やれやれ、せっかくの休日なのに姉ちゃんと買い物っていうのは……」

 

「何よ、文句でもあるの?嫌なら恋人でも作ればいいじゃない、女子から告白されてるくせに。よりどりみどり、ふかみどり。誰にするつもり?それともハーレム狙い?」

 

「俺にきゃーっ、きゃーっ、近づく女に興味を持てそうな女はいないさ。大抵、俺の噂にのせられている連中だからな」

 

 うちの弟はサッカーがうまいだけでなく、容姿もいいため人気が高い。

 西高の女の子からモテるという噂もよく聞く。

 だが、それはサッカーというカテゴリの彼の人気であり、貴也は自分自身を見てくれる相手を求めているらしい。

 人気者は人気者で悩みがあるってことかしら。

 

「一度だけ付き合ってみて、女の子って難しいって思い知らされた。一ヵ月も持たなかった、俺が悪いと破局するはめに。やれやれだ。部活優先の俺には恋人を両立させる自信がない。それが難しいんだよなぁ」

 

 彼は苦笑しつつ肩をすくめて言う。

 女の子に興味がないのではなく、好きなサッカーと両立できないから作らないわけね。

 

「そーいう姉ちゃんこそ、どうなんだよ。例の男、速水悠とは近づけたか?」

 

「うぐっ、そ、それは……」

 

「同じ学校何だから積極的にいけよ。顔を知ってもらえば姉ちゃんは美人なんだからきっと、アイツも気にいるって」

 

 彼にはまだ、悠さんと同じアルバイト先だと言えずにいる。

 貴也は悠さんを先月の県大会決勝戦で戦って以来、より一層にライバル視していた。

 今度こそは負けたくないって言っていたもの。

 そんな彼が、もうサッカーをやめちゃったなんて言えないわ。

 弟があんな風に誰かをライバル視するなんて珍しいことだもの。

 

「来週には姉ちゃんの高校と練習試合をするんだ。アイツもくるだろうから、姉ちゃんも見に来てくれよ?あ、俺の応援をしてくれ。間違えてもアイツの応援はしないように。って、無理か。姉ちゃんはアイツにしか興味ないもんな」

 

「う、うん……頑張ってね、貴也」

 

 弟の応援はするけど、悠さんの応援はもうできない。

 そう思うと、何だか寂しいわ。

 

「……ん?おっ、噂をすればなんとやら、姉ちゃん、速水悠がいるぞ」

 

「え?どこにいるの?」

 

 思わぬ貴也の発言に私は店の外を見渡してみる。

 

「ほら、あそこだよ。やけに可愛らしい女の子と一緒だ、恋人か?」

 

 私達が視線を向けた方には悠さんと凛子ちゃんがいた。

 ふたりも繁華街に遊びに来ていたみたいだけど、凛子ちゃんに引っ張られていく悠さんのちょっと情けない姿が見える。

 何ていうかダメ兄貴が妹に引きずられている感じ。

 自分のことをライバルじゃないって言ったけど一緒にいる光景を見ているとふたりが怪しく見えてしかたがない。

 

「……あらら、彼には可愛い恋人いたんだな。姉ちゃん、残念」

 

「違うわよ、あの子は幼なじみで恋人じゃない。仲はよさそうだけどね」

 

「へぇ、あれだけ可愛い女の子が幼なじみねぇ。羨ましい、っと俺を睨みつけるのはやめてくれ。一般論、あくまで可愛い幼馴染が俺も欲しいってだけさ。誰だってそうだろ?」

 

 頭では理解していても、凛子ちゃんと悠さんが仲良くしている光景はあまりみたくない。

 些細なことでも嫉妬してしまう自分が恥ずかしい。

 それだけ彼の事が好きだってことだけども。

 最近の私はどこか変だ、なぜなら、悠さん絡みで嫉妬することが多い。

 彼と距離が近付いたことで我慢できなくなり始めている。

 それまでの私は見ているだけでよかったのに、今の私は望んでしまっているんだ。

 彼に私を好きになってほしいって。

 そんな子供みたいな我が侭じみた願いを、私は抱いているんだ。

 

「私のライバルは凛子ちゃんじゃない。その子のお姉さんらしいわ。小桃さんって言ってうちの学校じゃすごい人気の女の人なの」

 

「ふーん、きっとお姉さんも美人なんだろうな。ますます、羨ましい。あー、俺にも美人姉妹の幼なじみがいればなぁ。美人だけど気が強い姉は別にいらないから」

 

「……それって私の事かしら?」

 

「おっと、口が滑った。聞かなかったことにしてくれ」

 

 貴也は反省する様子もない、ホントに生意気な弟よ。

 私は去っていく悠さんの後ろ姿を見送る。

 いつかその隣に立つのが私であって欲しいと願いながら……。

 

 

 

 

 その翌週の日曜日、貴也の西高とうちの学校との練習試合が行われる事になった。

 サッカー部の交流試合で時々、対戦するけど戦勝では圧倒的に西高が有利。

 けれども、県内に敵はいないと噂される名門、西高を負かしたこともある。

 特に夏前の県大会の決勝は予想外の勝ちあがりで、西高と戦い、準優勝という健闘を見せただけに、練習試合と言えども注目が集まって人がたくさん見に来ていた。

 

「……おや、またお姉ちゃんが応援しにきてくれたぞ、貴也?」

 

「よぅ、姉ちゃん。来てくれたんだな」

 

 私が彼らのチームの応援席によると中に貴也たちに顔を見せにいく。

 いつも応援しているだけに、すっかりチームメイトさん達にも馴染んでいる。

 

「貴也、今日の試合は勝てそう?」

 

「当然。誰が相手でも俺達のチームじゃ敵はいないさ」

 

「……大した自信ね。今日は一軍が出るの?」

 

「あぁ。さすがにあの決勝の試合を思い出すと練習試合でも気が抜けないって。2軍相手じゃ、速水悠の率いるチームに負ける。1軍が相手にしても油断はできない、そういう強さを持っている」

 

 彼らのチームメイトも相手チームの強さを実感している様子を見せた。

 西高に県内敵なし、それは去年までのお話。

 悠さん達のチームは今や彼らの十分すぎる“敵”となっている。

 

「……ごめんなさい、貴也。実は貴方に言っておきたいことがあるの」

 

「言っておきたいこと?」

 

「そう、あの悠さんのことなんだけど……彼、先日、サッカー部をやめてしまったのよ。もうここには来ないわ。だから、この試合にも出るはずがないの。言っておいた方がいいと思って」

 

 その言葉に少なからず貴也はショックを受けた様子だった。

 せっかく見つけたライバルがいなくなれば、やる気が落ちるのも当然。

 試合前に言うべきではなかったかもしれないけど、言っておかなきゃいけないと思った。

 

「マジかよ、ありえない。もしかして、あの試合に負けて、サッカー熱が冷めたとか?」

 

「ううん。何だか部活内で揉め事があったみたい。それでやめちゃったって。私もすごくショックだったんだけど、事実なのよ。今、私がバイトしている喫茶店で一緒に働いているの」

 

「なるほど。最近、やけに速水悠の話をするようになったと思えばそう言う事か。憧れの相手と距離が近づけておめでとう」

 

 隠し事をしていた事、恥ずかしさもあったけど、貴也のテンションに影響しないか心配でもあったんだ。

 この子って気分屋な所があるもの。

 

「まぁ、やめてしまったんだったらしょうがない。アイツともう一度やりあいたかったんだがな……。いい試合ができると期待してたが残念だ。あれだけの実力があるのに、もったいない」

 

 彼はどこかつまらなそうに言う、内心はショックを隠せていないようだ。

 

「さて、そろそろ試合だ。速水悠がないなら、あのチームで気にするべき相手はフォワードの南岡くらいか?それでも、攻撃力は半減。遊んでも勝てるよ。適当に見ていてくれ、姉ちゃん」

 

 ライバル不在は彼にやる気を失わせてしまったようだ。

 試合開始からわずか数分で試合の流れを引き寄せて、前半戦だけで3得点も入れた。

 その点の全てに貴也が絡んでいるし、直接2点も入れている。

 向こうのチームも頑張ってはいるけど、ちぐはぐさが目立つうえに、うまくチームとしてのまとまりが機能していない。

 悠さんひとりがいないせい、ってわけではなさそうだけど、要因のひとつではありそうだ。

 

「あの子、ホントに悠さんをライバル視していたんだ。本当に遊んでるじゃない、試合しなさいよ」

 

 強さを見せつける貴也は本来のプレイをしていない、完全に遊びモードだ、それでも十分すぎるくらいに強いけども。

 やっぱり貴也みたいなタイプの子にはライバルが必要、それがあの子をさらに強くさせる。

 いつかプロのサッカー選手になるためにも、彼にはさらに力をつけて欲しい。

 

「はぁ、悠さんがいれば……こんな試合展開にもならなかったのにな」

 

 すでに応援している生徒たちは諦めモード、あれじゃ勝てるはずがない。

 練習試合とはいえ、やってる本人たちは真剣だから何も言えないけどね。

 そんな時だった、西高の選手が強引にボールを奪い、相手選手を負傷させた。

 レッドカードの一発退場、それよりも、倒れた選手は怪我をして担架で運ばれていく。

 

「うわぁ、大丈夫なのかしら?あれはひどいわ」

 

 私が心配していると、試合が一時中断した。

 どうやら、向こうの選手には予備選手がいないらしくて試合続行すらも危ういみたい。

 話し合いが続けられている間に私は近づいてきた貴也に声をかける。

 

「……貴也、この試合どうなっちゃうの?」

 

「まぁ、普通にいけば練習試合だし、無効試合じゃないか?相手に怪我させたのはうちの選手だからな。ヤバいって、あの怪我は。向こうは顧問もいないみたいだから、うちのコーチが病院に運ぶって話になってる」

 

「そんなにひどいの。それじゃ、試合はもうお終いね」

 

 私は残念な気持ちになりつつ、仕方ないとも思っていた。

 話し合いには貴也も加わって、何やら言い合っている様子だ。

 しかし、試合は続行という結果が出たらしい。

 一体、足りないメンバーをどうするの?

 その答えは私に衝撃を与える、なぜならば――。

 

「――今日は本気出してやるよ。絶対に勝つ」

 

 グラウンドに立っていた男の子、そう、そこにいたのは悠さんだった。

 やる気に満ちた表情でこちらを向く彼と視線が交差する。

 

「ど、どうして、悠さんが?え?あの、何で?」

 

 何で彼がここにいるの、どうして試合に参加するの?

 思わぬ彼の登場に混乱気味な私、彼はいつもの笑みを浮かべていたんだ。

 

「今日の俺はいつも違うよ。本気出すから、見ていてくれ」

 

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