第21話:本当の好敵手(ライバル)
【SIDE:白石舞姫】
紆余曲折を経て、悠さんは私がアルバイトをしている喫茶店マリーヌで働く事になった。
閉店危機を迎えたお店はかなりのピンチで、さらに店長まで盲腸で倒れてしまう。
正直、このお店はもうダメかな、と諦めかけていた。
初めてこのお店を知ったのは中学生の時、塾が近くにあり、いつも夕食を食べるためによく利用していた。
店内の雰囲気もよくて、通ううちにお店の人達とも親しくなったりした。
高校生になり、深井店長からのお誘いで私はこのお店でアルバイトをし始めた。
接客業は自分に向いていたし、ウェイトレスも好き。
店の皆も好きだし、せっかく悠さんとも同じ職場になれたのに……。
だから、喫茶店マリーヌが潰れる事だけは何としても避けたかった。
そんなお店の危機を回避したのは悠さんの機転だった。
店の経営方針を変え、他店に負けない店に作り替える。
彼のアイデアは斬新ではなく基本に忠実だったけど、結果的にはライバル店に引けをとらない魅力を生んだ。
ケーキが美味しいお店として評判になった新生喫茶店マリーヌはかつて以上の賑わいをみせ、売り上げも順調に回復して閉店危機を避けることができたんだ。
でも、私的には複雑な展開も迎えていたんだ。
それは悠さんの幼なじみ、凛子ちゃんの存在なの。
彼女は悠さんに最も距離が近い女の子で、端から見ていると恋人にしか見えない。
本人たちは否定するけど、ただの幼なじみなワケがない。
凛子ちゃんは小柄で可愛くて大人しい女の子。
彼女が喫茶店マリーヌでアルバイトしだしてから、彼女目当てのお客も増えたくらいに人気者になり始めている。
悠さんとは兄妹みたいな関係なのかもしれないけど、私には複雑だ。
凛子ちゃんは可愛いので、悠さんが可愛がる気持ちも分かるよ。
けれど、今、私の目の前で行われている光景を無視はできない。
いつものように喫茶店で働く私は事務所に用事があり、部屋に入ると、休憩中の悠さんと凛子ちゃんがいた。
それだけなら別に問題はないんだけど、凛子ちゃんは悠さんの膝の上に乗っている。
まるで恋人的なシチュエーションに私はムッとしてしまう。
「……仲がいいと知ってはいたけど、あそこまでする?」
あんなに身体を密着させなくてもいいじゃない。
しかも、彼らはケーキを食べていたんだけど、凛子ちゃんは悠さんに食べさせてもらってる……羨ましい。
「これ……悠クンのおじさんのお店の味に近いね」
「一応、うちの親父がこのお店のパティシエさんに特訓したからな」
「これなら合格。前より格段に味が進化してるもの」
「おっ、凛子が合格を与えるなんて珍しいな。ほら、こっちのはどうだ」
フォークにさしたケーキを凛子ちゃんの口元に運ぶ。
悠さん、そこまで甘やかさなくてもいいじゃない。
甘やかすのはよくないよ、うん。
「……自分で食べるから余計なことはしないで」
えっ、拒否るんだ……凛子ちゃんは贅沢だ、私もされてみたい。
私は嫉妬めいた視線を向けると、凛子ちゃんは「?」と何かに気づく。
アレで気づかれるの、と慌てて私は物陰に隠れることにした。
「ん?どうかしたか、凛子?」
「何か今、焼きもち妬いてる女の子の視線を感じた気がした」
わ、私のことに気づいてる!?
私はさらに隠れようと身を潜める。
うぅ、何でだろう。
「やけに具体的だな。俺のファンが嫉妬してるのか。ふっ、照れるじゃないか」
「……適当に言ってみただけ。悠クンにファンなんていない。自惚れないで」
「――そこを否定っ!?しくしく、現実なんて悲しいよ」
凛子ちゃんはそう言うけど、私がいる方を見るから余計にプレッシャーがかかる。
バレてる、きっと気づかれてるかも。
彼女は私の存在に気づいているのか、いないのか、話を続け始めた。
「悠クン、そーいえばまた姉さんが部屋に泊まったでしょ。昨晩、部屋に行ったらいなかったけど、朝方にはいたから……また悠クンのところに?何で姉さんもあんな時間にわざわざ悠クンに会いに行くのやら」
「ん、まぁな。さっさと自分の家に帰ればいいのに、結局、昨日も泊まったよ」
お、お泊まりですか!?
凛子さんのお姉さんということは小桃さんだよね?
小桃さんと言えば超絶美人で学校ではかなり有名な女の人。
私は顔を見たことぐらいしかないけどかなり綺麗な人だった。
その彼女と悠さんがお泊まりって事は……いわゆる熱愛中!?
えぇっ、幼なじみのお姉さんと一線越えちゃった!?
「姉さんも、最近、悠クンの部屋に入り浸ってない?あんなエロの巣窟に……私は無理。近づくだけで死にそう」
「エロの巣窟って言うな。ヤバいのは奥にしまってるし。目に触れる所には何もありませんから。えぇ、マジで」
いや、悠さんが男の子なのは分かっているから、お泊まりについての詳細が知りたいわ。
小桃さんと悠さんの関係って何なの?
しかし、残念ながら話はその件とは離れてしまう。
「……私は忘れない、3年前の8月24日、悠クンの部屋で何が起きたか」
「あの件はすみませんでした。って、あれはもう時効だろ。散々謝ったじゃないか」
「私の心に傷をつけた恨みは忘れない。あ、あんな卑猥な光景、SとMのアルファベッドも嫌い……えぐっ」
思い出すだけで、涙ぐむ凛子ちゃん。
一体、悠さんは思春期真っ盛りの彼女に何を見せたの?
私にも思春期の弟がいるのでその辺の事情は分かるけど。
相当彼女にとってはトラウマめいた出来事だったらしい。
「そ、それはおいといて、凛子、小桃さんなんだが、どうすればいい?さすがに深夜に俺の部屋に来るのは問題じゃないか」
「……それも姉さんの愛よ」
「いや、あれが愛なら俺は愛という言葉を疑うぞ。はぁ、眠い……今日こそはゆっくり寝たいぜ。しかも、毎回、俺のベッドを占領するからたまらん。あれだけ無防備なくせに添い寝は許してくれなくてな」
「当然、悠クンは危険だもの。むしろ、何かしたら私も許さない」
悠さんはお疲れ気味らしい、何をして眠いのかしら?
どう聞いても恋人同士、付き合ったりしてるのかな。
片思いしてるだけに事実だとしたら、辛いわ。
ふたりのやり取りを隠れて聞いていると、悠さんは店長に「早く皿洗いしろ」と呼ばれて厨房の方に行ってしまう。
私もそろそろ、お店に戻らないと……。
こっそりと部屋を抜け出した私に凛子ちゃんは思い出したかのように、
「……ん?そうだ、舞姫さん、忘れ物。これを取りに来てたんでしょ」
突然、私の前にきた凛子ちゃんにびっくりしてしまう。
彼女が差し出したのは、私の目的である新しい注文票の紙だ。
それをとりに事務所に来たことすら見抜かれてる。
「うぅ、やっぱりバレてたんだ」
「……香水の匂いがしたから。悠クンの事が気になる?」
凛子ちゃんの問いに私は照れもあり、「別に」と否定する。
「舞姫さん、私に妬いても意味ないから。私と彼は兄妹みたいなもの。悠クンが好きなら、私より姉さんを気にした方がいい」
「それってどういう意味なの?」
「姉さんは悠クンの事を……まぁ、これは私の口から言うべきことじゃないから言わない。ただ、姉さんにとって悠クンが特別なように悠クンにとっても姉さんは特別なの」
凛子ちゃんの言葉がかなり気になる。
悠さんにとっての私は特別じゃない。
凛子ちゃんがライバルだと思っていたけど、本当のライバルは小桃さんなのかな?
小桃さんが私にとって一番脅威の存在だと知るのはまだ先のこと――。




