第89話 ロードの食堂 3
「タダイマー!」
どの順番で取りかかれば、最も効率が良いかとアーヴィンが計算していると、頭上からロードの声がした。
温室の天窓をすり抜けたロードは、アリアの肩に降り立った。なぜか爪が食い込まず、重みもほとんど感じないため、アリアでも支えられる。
「ロード、早かったですね」
マーリンが頭を撫でようとすると、ロードは翼でその手を払った。そして、アリアに撫でて欲しいと頭を寄せる。
「おかえり、ロード。よしよし、いいこね」
「つれないですねぇ。それで? そちらは、どうなりました?」
「サラマンダート、ヤクソクシテキタ」
「約束って、お前……」
「カナラズ、ミツケルカラ。シロヲ、オソワナイデ、ッテ。シロガコワレタラ、コドモモ、タスカラナイカラネ」
「それ、ほぼ脅迫だろ」
アーヴィンが腕を組みながら、顔を引きつらせた。
「たしかに乱暴ではありますが、現状では有効な方法です。これでサラマンダーからの襲撃への対応は、少し猶予ができましたね。おかげで魔力を分散せずに済みます。……それでも、魔獣相手の約束を反故にした場合、危険では済みません。できる限り、早急に見つけ出さないと。二手に分かれましょうか?」
マーリンが抑えたトーンで、アーヴィンに進言した。
「それが一番良いか。じゃあ、ニールが戻ってきたら、スズ殿と一緒に食堂のほうを頼めるか? 俺はアリア殿とロードとで、子どもを探す」
「広い空間を作れば良いんですよね? とりあえず、私の魔法で壁をぶち抜いて……」
「城ごと飛ばすなよ? それこそ、サラマンダーとの約束が反故になる」
「失礼ですねぇ。私は一流の魔導師ですよ? そんなヘマはしません。あとの調整や仕上げは、スズ様にお願いしようと思います」
「あぁ。たしかに、スズ殿の能力なら向いてる作業だな」
「修復からインテリアコーディネートまで、おまかせください」
仕事モードの信頼できる笑顔と、活き活きとした声でスズが応えた。
「スズ様は、魔法を扱う技術を驚くべきスピードで吸収してるんですよ。ふふふ、それはもう私の期待以上に。ですので、家具の搬入に配置、厨房の設備を整えるまで、おそらく四時間もあれば足りるでしょう」
ニールが試算したよりも、早く完成しそうだ。それほどに、スズの魔術力が向上しているのだろう。
「助かるよ。問題はサラマンダーか……。こちらのほうが苦戦するかもな。宮廷医は雲隠れしてるし、子どもの気配も俺は感じない」
「スズ様、アリア様、何か分かりませんか?」
「ごめんなさい。私も何も感じない」
マーリンが問いかけると、スズが伏し目がちに首を振った。
「そうですか……。アリア様はいかがです?」
「スズさんが分からないのに、私に分かるわけ……が……、え……?」
『暗いよ。狭いよ。のどが痛いよぉ……。ママぁ……怖いよぉ……!』
「聞こえます! たぶん、この声です! 暗くて狭くて、のどが痛いって……。泣きながら、お母さんを呼んでます」
一瞬、驚いたように全員の視線がアリアに集まったが、マーリンが真剣な声で話を進める。
「母親を呼んでるんですか……。少し、まずいですね。この距離でも、母親に声が届いているはずです。ロードと約束したとはいえ、いつ気が変わってもおかしくありません。それに、サラマンダーは火を吹く魔獣……。のどが痛い、というのも気になります。アリア樣、他に何か言っていますか? 会話はできますか?」
「暗くて狭い場所だけでは、候補が多すぎる。何かもっと手がかりあれば……」
「ま、待ってください。試してみますから」
マーリンとアーヴィンから矢継ぎ早にかけられる言葉に、アリアは両手を開いてストップをかけた。
そして、目を閉じて、みぞおちあたりで手を組んで深呼吸をする。そして、心の中でサラマンダーの子どもに向かって話しかける。
『――私の声、聞こえる?』
アリアが無意識に深い呼吸を繰り返すと、虹色の光を帯びた柔らかな風が、アリアの身体から放出され始めた。
「これって……」
「しっ」
驚いたスズが思わず声を出すと、マーリンが人差し指を立てる。そして、「ご本人は自覚がありません」と、唇だけを動かしてスズに伝えた。
『――――だぁれ?』
アリアの呼びかけに、涙声の幼い返事が返ってきた。
(届いた! 男の子、かな? 思ってたより幼いかも……。早く見つけてあげないと)
『私はアリア。あなたのママに頼まれて、あなたを探してるの。今、どこにいるのか分かる?』
『わかんない。暗くて、狭くて怖いの……』
『そっか。ひとりでよく頑張ったね。必ず見つけるから、もう少しだけ我慢してね』
『うん……』
『何か……、物音とか匂いはする? 人の話し声とか』
『埃っぽくて、薬臭いの。音は……、わかんない』
『そう……。ちょっと待ってね。考えてみるね』
そう伝えると、アリアは電話を切るように緊張を解いて、瞳を開けた。
「埃っぽくて、薬臭い場所らしいです。特徴的な音や話し声は聞こえないようなので、人が頻繁に出入りしない場所かもしれません」
「薬臭い……か。現在使用中の調薬室や薬品庫は、当然、薬臭いが、埃っぽくはないだろうな」
「そもそも薬臭いって、サラマンダーは薬の匂いが分かるんですか?」
スズがもっともらしい質問をした。
「ワカルヨー。モリデ、ニンゲンガ、ケガシタラ、クスリツカウカラ。オレモ、ワカルヨー。アーヴィンニ、イタイノ、ヌラレルシ」
「あれも治療の一環だ。魔獣とはいえ、傷口から細菌が入って壊死したら困るだろ」
「イタイノ、キライッ!」
ロードが拗ねたように、顔をプイッと背けた。
「お前なぁ……」
「そうか、消毒用のアルコール……」
アーヴィンとロードが軽く言い合っている横で、アリアがぽつりと呟いた。
「生薬の匂いじゃなくて、アルコールの匂いかもしれません」
「日本でも、病院とか学校の保険室で薬臭いって言ったら、アルコールの匂いだよね」
アリアの推測にスズも頷いた。
「宮廷医が出入りする場所以外で、アルコールが保管されている場所……。どこだ――――」
アーヴィンは城中を歩くように思い浮かべたが、すぐに思い当たる場所はない。
「お待たせしました!」
「わ……っ」
沈黙している空間に、転移魔法で突然現れたニールに驚いたアリアはよろけてしまった。
その瞬間、当たり前のようにアリアの腰に手を回したアーヴィンを見て、その場にいた全員が、まぁ……! といった顔をした。
特に、スズとリラの女性陣がニヨニヨしている。
「んんっ! 誰からの返事だ?」
アーヴィンは咳払いをして、ニールが持っている白い封筒に手を伸ばした。
「アルフォンス樣からです」
ニールから手紙とペーパーナイフを受け取ったアーヴィンは、手早く中身を確認した。
「うん。検討していた場所を使用する許可が出た。図書室の下に、倉庫になっているフロアがある。もともと天井は高いから壁を抜いて横に広げれば、小さめのダンスホールくらいのスペースは確保できるはずだ。…………え?」
頷きながら手紙の続きを読んでいたアーヴィンが突然、驚きと困惑が混ざったような声を上げた。
お読みくださり、ありがとうございました。
前回の投稿から、だいぶ間が空いてしまいました。
改稿作業をしていると、やはり小さな矛盾点がチラホラと見つかり、ここを修正するとあっちも、そうなるとこっちも……と、些細な部分ですが、最新話を投稿するのも慎重になってきました(汗)
改稿済みの回は、前書きに記載しています。
が……、改稿済みなのに、後日読み直すとまだ誤字があるという不甲斐なさに打ちひしがれています_| ̄|○
引き続きご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
※ロードの声は、誰にでも聞こえるので、「」でカタカナ表記。
サラマンダーの子どもの声は、テレパシーのようなものなので、『』で人間と同じ表記にしています。




