第88話 ロードの食堂 2
アーヴィンとニールは、アリアの説明に興味深く耳を傾けた。
「スキップフロアというのは、簡単に説明すると、五段くらいの短い階段ごとに大きな踊り場を設ける構造のことをいいます。そうすると、同じ土地面積でも部屋数が増やせるんです。そういえば、図書室の棚に沿っている階段もスキップフロアと呼べる構造だと思いますよ」
「あぁ、なるほど。あれか」
「あの構造を応用して、テーブルセットが置けるくらいの広さに踊り場を拡張するんです。そうすれば個室感も出ます。カーテンを付けることができたら良いんですけど、ロードが飛べなくなりますから……」
「毒見をするための取り組みですからねぇ。どんなに高位な方でも、少しくらいは我慢していただかないと」
ニールはアリアの話を聞きながら、こくこくと頷いた。そこに、アリアは黒い笑みを浮かべながら言葉を付け足す。
「もし、それでもごねる人がいたら、『プライドを捨てるか、命を捨てるか。どちらを選ぶか決めてください』と、お伝えください」
「また貴女は極端なことを……」
アーヴィンは呆れるような、アリアの身を案じるような声を出した。
「どんなに遠回しに言おうと、結局そういうことですから」
「……分かった。上手く説得しておく。で、とりあえずは、ロードが自由に動ける空間があれば良いんだな?」
「はい。設営にスズさんが関わるなら、スキップフロアの構造はすぐに理解してもらえると思いま――」
「おーい、呼んだー?」
「スズさん!?」
アリアがアーヴィンに指示していると、スズのよく通る声が温室の入り口から聞こえてきた。おそらく、魔導師の塔と繋がっている通路を使ってきたのだろう。
「噂をすれば、だな」
「アリアちゃん、久しぶりー。温室って、こんな風になってるんだね。っていうか、マーリン様に言われて来たんだけど、メリッサ様がご不在の時に私が入って大丈夫なのかな?」
「構わない。マーリン殿は一緒じゃないのか?」
「もうすぐ、こちらにいらっしゃると思いますよ。さっき、隣国の境界から帰ってきましたから」
ニールもいるため、スズがアーヴィンに敬語を使っている。他の場面でも、対外的にはそうしているのだろう。
「隣国って……、ファイとの境界か?」
「そうです。殿下もご存知だったんですね。泣きながら暴れてるサラマンダーをなだめてたらしいんですけど、ロードが来たので交代したそうです。状況からすると、ブルームの城内のほうが危ないらしくて」
「城内が? そもそも、何が原因で暴れてるんだ?」
「荒れてる理由は、子どもを攫われたからだそうです」
「攫われたって……。サラマンダー相手にして、そうそうできることじゃないだろ、それ。犯人は分かってるのか?」
「十中八九、あの人が絡んでると思います。だから、こちらが危ないんですよ。ただ、黒幕がいるようですね。本当にそうであれば、かなり厄介ですよ。ファイの兵士が何十人と犠牲になっています。ロードの話では、子どもが攫われた時に暴れたんだろう、と。…………犠牲が出ることを承知していながら、そんなに多くの兵士を動かせる立場の人間って、誰なんでしょうね?」
スズは答えが分かりきった上で、アーヴィンに問いかけた。
「…………王族、か」
「まぁ、そういうことになると思います。マーリン様もその線が濃厚だと。子どもを、誰がどう使うつもりかまでは分かりませんが、とにかく態勢を整えましょう」
「そうだな。……はぁ、本当に厄介だ。ニール、国王たちに文を飛ばしてくれ。母は、すでに状況に気づいているかもしれないが」
「承知しました。ただ、メリッサ様がお気づきだとしても、これ以上、馬車のスピードを上げることはできないでしょうね。――シェリル様に対策を伺うことは?」
「……まだ、少し難しいだろうな」
「大事な時ですもんね」
スズがそう言って、アーヴィンに同意した。
(え、待って。『まだ、難しい』? 『大事な時』? シェリル様は視力がほとんどなくて、自力で歩くこともできないはずなのに。――――そうだ。メリッサ様もほとんど力が残ってないはずなのに、私の事情が視えてるみたいだったし、黒魔術についても助言してくれた。お二人とも回復し始めてる……? それとも、襲撃の時みたいに大きな出来事だから? 分からない――)
アリアの中で喜びや安堵、混乱する気持ちが入り乱れる。そして、また自分は蚊帳の外だったという虚しさも生まれた。
「祖母は動けないだろうが、祖父には文を飛ばしてくれ。奥離宮の保養所なら、足で行くよりも早い」
「承知しました。では、一度、塔に戻ります」
「あぁ、頼む」
転移魔法でニールが姿を消すと、数秒の差でマーリンが温室に現れた。事態が事態だからか、彼は真面目な表情をして、完全な無風で転移してきた。
(やっぱり、やればできるんだ)
「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません、殿下。……あぁ、ニールが動いたのですね」
マーリンは、魔力の残像や残り香のようなものも分かるらしい。
「あぁ。そっちはどうだ?」
「ロードのおかげで、だいぶ落ち着きましたよ。ただ、子どもはすでにこの城の中に持ち込まれたようで、大人のサラマンダーがいつ襲ってきてもおかしくない状況です」
「城の中に……」
「えぇ。上手く隠しているようで、私でも気配が追えないんですよ。宮廷医本人の居場所も分かりません。あの人がこんな術を使えるわけがない。確実に、誰かが力を貸しています。…………魔術師以外の人物が。魔術師が相手なら、私が力で負けるはずがない」
この緊迫した状況でも、マーリンは自身の力について、真顔でそう言い切った。誇張でも驕りでもなく、それが紛れもない事実なのだろう。
それでも、問題が重なりすぎている。
宮廷医が行方をくらませているなら、食堂の設営も急がなくてはならない。サラマンダーによる攻撃も時間の問題かもしれない。
しかも現状、すぐに指揮を執ることができる王族はアーヴィンのみだ。大臣や騎士たちに頼ることができれば、状況はもう少し楽になる。
しかし、いまだに誰が敵なのか判断できていない。
「あぁ、もう! マーリン殿、同時進行できるか?」
「最善を尽くします」
「私たちも、できる限りのことはするから。ね、アリアちゃん」
「もちろんです」
「よしっ! やるしかないな」
覚悟を決めたアーヴィンは、グッと前髪をかき上げた。
お読みくださり、ありがとうございました。
まーた、きな臭くなってますが、きちんと進んで行きます!
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




