第77話 触れないで
リラも呼吸を整えながら、何とか話に加わった。
「噂については分かりかねますが……。医師のことを考えると……、モヤがかかる……、ようなこの感じ、何かしらありますよね。殿下……、アルフォンス様にお伝えしてください。マーリン様にも」
「……マーリン殿は、すでに可能性のひとつに挙げていた。はぁ……、俺は信じたくなかったが、この状況ではな。彼については、しばらく泳がせることになってる。その間も、被害者を出さないように最善を尽くすが……。アリア殿も、頑張ってくれ」
そう言いながらアーヴィンは、自分の頬を人差し指でトントンと叩いた。
「顔に出さないように、ですね。頑張ります。……皆さん、本当に顔色が悪いです。今日はここで中断しましょう。無理を言って、ごめんなさい。すぐに、お部屋に戻って休んでください」
「申し訳ありません。お言葉に甘えて……、そうさせていただきます」
(アレクがそんなこと言うなんて、よっぽど辛いんだ)
「私は先に出て、窓を開けて外の空気を入れておきますね。皆さんは、ゆっくり出てきてください」
「待って。ここから出ると話せないから、最後にひとつだけ……。捕えたメイドと見習いの少年は、表向きには牢の中で自死したことになってる。でも、本当はマーリン殿が監視を兼ねて保護してる。これだけは絶対に漏らさないでくれ」
「……分かりました」
隠し部屋から何とか全員出ることができたが、アーヴィンの顔色がますます悪くなっていく。
リラやアレクよりも顔色は悪いが、体や声がほとんど震えていないのは、さすがと言うべきだろうか。
「殿下は少し座って、落ち着いてから動いたほうが良いと思います。二人は先に休んで。殿下には私が付いてるから」
リラとアレクは顔を見合わせてから、頭を下げた。
「申し訳ありません。よろしくお願いいたします」
二人が退室したあと、アーヴィンはテーブルに手をつくと、どさっと椅子に座った。
食べ残した料理の皿が下げられていて良かった。
頭痛やめまいがする時は、匂いで気分が悪くなることもある。
「もう少し、窓を開けますね」
心地良い夜風が室内に流れてくると、アーヴィンの顔色が少し良くなった。
(本当は、お水が飲めれば良いんだけど……)
アーヴィンはリラよりも体力があるはずだが、彼のほうが重症のように見える。何が違うのだろうか。
(お城にどれだけ長くいるか……、とか? 薬を飲む回数? そもそも毒に慣れてるってことは、少量の毒を何度も体内に取り込んでるよね)
薬害で認知機能に障害が出る薬は多くある。しかし、それは主に西洋薬だ。
(やっぱり、ファイの化学合成薬が関係してるの? でも、医師の素性についての記憶だけ消えるのはピンポイント過ぎる。短期記憶ってわけでもないし……。脳神経に作用する薬と魔法の合わせ技とか? もしくは、メリッサ様みたいに記憶に干渉できる力を持っている人が他にもいるなら……。殿下と額を合わせれば、この部屋でも話せるんだっけ)
アーヴィンを見ると、彼は風に当たりながら目をつむっていた。
(どっちにしろ、今は無理させられないか……)
アーヴィンの顔色を確認するために、アリアはそっと近づいた。
「少し落ち着かれましたか?」
アーヴィンの前髪を横に流しながら尋ねると、彼はひどく驚いた顔でアリアを見上げた。アリアから、触れられるとは思っていなかったのだろう。
「……ありがとう。もう大丈夫だ」
「良かった」
アーヴィンの体調が少し回復したことで、アリアの気持ちも落ち着いてきた。
冷静になって見ると、アーヴィンの耳に紺色の石が飾られていることに気がついた。
「殿下、ピアスなんてしてました? これ、ラピスラズリですよね? スズさんも同じ石の指輪をしていて……」
「触るなっ!」
アリアが無意識にピアスに触れようとした時、拒絶の言葉とともにパシッと手を払いのけられた。
肉体的には痛みを感じない緩い力だったが、アリアがショックを受けるには十分だった。
「あ……、違っ! これは……」
アーヴィンがしまったという顔で青ざめている。そして、慌ててアリアの手を掴もうとしたが、それを避けるようにして、アリアは自分の席に戻ってしまった。
「殿下にとって、それはとても大事なものということですね」
(スズさんとおそろいのアクセサリーが)
「あ、あぁ……。まぁ、そうだな……」
「そのように大切なものに触れようとした不躾をお許しください」
スッと頭を下げたアリアに、アーヴィンはさらに焦った。
「頼むから、そんな他人行儀な態度を取らないでくれ。さっきのは……、本当にすまない」
アリアは顔を上げなかったため、アーヴィンが今どんな表情をしているのか分からない。
「殿下、体調はいかがですか? 動けそうですか?」
「あ、あぁ、もう大丈夫だ。ありがとう」
「では……」
アリアは顔を上げるとともにすくっと立ち上がると、アーヴィンの袖を引っ張って歩き出した。
手や腕には一切触れず、袖の端を指先だけで掴んで。
「また悪くならないうちに、お部屋でお休みください。今、殿下に寝込まれては困ります」
そう言いながら部屋の外にアーヴィンを出すと、アリアはワンピースの裾を摘んで、これでもかというほどに他人行儀で美しい礼をとった。
「では、お大事になさってください。おやすみなさいませ、殿下」
「あ、あぁ。おやすみ……」
まだ何か言いたげな表情のアーヴィンを遮るように、アリアは両手でドアを閉めた。
ドアに手をついたまま、アーヴィンが真っ直ぐに歩けているか、倒れたりしないか、遠ざかっていく彼の足音で確認する。
(こんな子どもみたいな態度取ってる場合じゃないのに……)
アーヴィンの無事を確認すると、自己嫌悪に飲み込まれながら、アリアは目を閉じてうつむいた。
お読みくださり、ありがとうございました。
恋愛的な一波乱の回でした。
今後、どうなることやら……
最初は、「触れてはいけない」というサブタイトルで執筆していたのですが、「これはホラーのタイトルだ……!」と慌てて変更しました(苦笑)
ただいま、ハッピーな感じではありませんが、次話もどうぞよろしくお願いいたします。




