第76話 過保護と惚れた弱み 3
「アリア殿、今さらだが何か持病はあるか? こちらに来てから、何か体調に変化は?」
「少し頭痛がする時はありますが、元の世界の薬をいつも鞄に入れてるので大丈夫です。あとは、少し体重が……」
アリアがモゴモゴと語尾を濁すと、アーヴィンが首を傾げた。
「そうか? もっと増えても良いくらいだと思うぞ。腰や肩に触れると傷つけてしまいそうで怖くなる」
アリアの顔が、まるでアニメのようにボンッと赤くなった。
「殿下」
リラが低い声で、無自覚のアーヴィンを戒める。
「……すまない。とにかく、薬が必要になった時はアレクが街に下りる時に頼むか、魔導士の塔にある薬を分けてもらってくれ」
「魔導士の塔の薬は、安全なんですか?」
「あそこはマーリン殿の管轄区域だからな。下手に手を出す者はいない。侵入はもちろんのこと、裏切りがあってもすぐに見抜かれる。塔のいたる所にゲートがあって、他人に危害を加えようとしたり、良からぬことを考える人物が通ると体が光る仕組みになってるから。ゲートを通らないと、塔の出入りはもちろんのこと、各部屋への移動もできないから安全」
(ブラックライトと防犯カラーボール、IDパスみたいなものかな……。あの時、私が塔に辿り着けても門前払いだったかもね)
「城内にも、同じ仕組みのゲートを設置できないんですか?」
「残念ながら、それはできないな。できていたらこんなに苦労してないし」
「それは、そうですね……」
馬鹿なことを言った、と少し落ち込んだアリアにアーヴィンが苦笑しながら付け足した。
「それくらいあの塔は特別なんだよ。あれは、幾重にも彼の魔法がかけられているからこそ機能するゲートだから。王宮の敷地内全てにゲートを設置するのは、今の段階ではかなり難しい。でも、いずれは導入できるように何とかしないとな。……大半の大臣や官僚が光ってしまう恐れもあるが」
それはそれで、どうなんだろう……、と思いながら、アリアは何かが引っかかった。
(魔導士の塔は今のところ被害がない。マーリン様の管轄区域だから、不審者もいない。だから、塔の薬は飲んでも大丈夫。――――何で殿下は、城下街の薬を警戒してないの? それこそ何が入ってるか分からないのに……)
「殿下、アレクが買い出しに行く予定の薬屋は、どうして信用できるんですか?」
「魔導士の塔、御用達だから。城では栽培が難しい薬草を、塔で勤務してる医師や薬師たちが調達しに行ってるそうだ。それと、マーリン殿と薬屋は何らかの特別な契約を結んでるらしい。契約内容を聞いても彼は答えないが、違反すれば……、まぁ、無事じゃ済まないだろ。だから、信用しても大丈夫」
「そ、そうですか。魔道士の塔には、別の医師がいらっしゃるんですね?」
「あぁ、時間交替制で今は三人。あとは薬師が二人」
「こちらでは、あの小柄な男性医師しか見たことがないのですが……。私があまり部屋から出ないから、会わないだけでしょうか?」
「いや、今は彼ひとりだ。医師も薬師も、何人雇っても一ヶ月と保たずに体調不良で辞めてしまう。塔に比べると激務だから仕方ないと思っていたが、しかし……」
(やっぱり、不自然だと思うよね。殿下は話せないって言ったけど、誰が怪しいか言ってるようなもんだよ。うーん、気づかないふりすべき? でもなぁ……)
「あの、話の腰を折って申し訳ありませんが……」
アレクが小さく手を挙げた。
「グレープフルーツジュースやアルコールに薬を混ぜたとなると、厨房と食堂の警備を増やせばよろしいですか? 今後の対策のために、できるだけ早く騎士団と情報を共有したいのですが……」
「ううん、そうとは限らないよ。グラスに混ぜなくても、胃の中で混ざれば作用するから」
(……うん、もういいや。知らないふりするのも疲れるし、言ってしまおう)
「でも、ジュースを飲ませるように誘導できる人は絞れるかな。たとえば、服用中の薬を把握していて、『少し顔色が良くないですね。ビタミンが多い果物を摂るようにしてください。特にグレープフルーツがおすすめですよ』みたいに指導できる立場にある人とか…………。食べた物のリストを確認するまでは推測に過ぎないし、確認した後でも決めつけてしまうと視野が狭くなるけど。犯人がひとりとは限らないし……。そういうことですよね、殿下?」
「…………少し、話し過ぎたな」
アリアに質問されるままに答えていたら、ひとつの仮説に辿りついてしまった。
「まぁ、一番怪しいですよね。部屋の前で昏倒させられていた騎士たちのことも、調べたのが宮廷医ひとりなら、いくらでもごまかせますし。そういえば、あの宮廷医の名前を私は聞いたことがないですね」
「彼の名前は、…………あれ? 何だっけ?」
「え、長く勤めてるんですよね? メリッサ様の体調管理をしてるくらいなんですから」
「それは、そう。俺が生まれる前から、この城で宮廷医をしてるらしい。巫女の国で医学を学んでから、ブルームに来たと聞いてる。経歴は分かるんだ。でも、名前が出てこない……。知ってるはずなのに……。何なんだ、この感覚。まるで、父上みたいに……」
その言葉を聞いて、アリアはハッとした。
「リラとアレクは!? 宮廷医の名前、覚えてる!?」
リラが額を押さえながら、青白い顔で答えた。
「それが……、先ほどから思い出そうとしているのですが、殿下とまったく同じ状態で。それに、あの医師の素性を考えると頭痛がするんです」
「ごめん、リラ! 無理しないで。今、薬が必要になるのは、まずいから。アレクも無理しないで」
「…………お気遣い……、ありがとうございます。彼がファイの出身で戦争孤児……、ということくらいしか、私も思い……、出せません」
「ファイの戦争孤児? ……俺はそんな話、聞いたことないぞ」
「騎士の間では有名……、な話です。ただ、真偽はどうか……。あくまで、噂話……、ですから」
荒い呼吸をしながら、アレクは何とか言葉を紡いだ。
お読みくださり、ありがとうございました。
少し答えが出てきたのですが、実は、まだまだ入り組んだストーリーとなっています(ー_ー;)
文字数の都合から、今回も中途半端なところで持ち越しとなってしまいました。
次話も、どうぞよろしくお願いいたします。




