第75話 過保護と惚れた弱み 2
「今はまだ話せない」と言ったアーヴィンの目を、アリアはじっと見つめた。何か読み取れないか、と探るような視線で。そして、気持ちを切り替えるように小さく息を吐いた。
「殿下は話せないことも多いようなので……。ひとまず、私の考えを聞いていただけますか?」
「もちろん」
「先ほど、薬の飲み合わせについてお話しましたよね」
「あぁ。興味深い話だった」
「アルコールと一緒に服用すると特に危ないものは、睡眠薬や精神を安定させる薬、風邪薬や鎮痛薬です。他にも色々とありますが……、そもそも薬とアルコールを混ぜること自体が危険な行為です」
「とは言ってもなぁ。騎士も貴族も酒飲みが多いし、交流の場では嗜みのひとつみたいなものだ。鎮痛薬もそれなりに使う」
「まぁ、そうですよね」
(騎士は大きな怪我もするだろうし。でも、それで今までは問題がなかったってことは、何か原因があるはず)
「あとは……、この騒ぎが始まってから心臓の持病が悪化している、もしかは血圧が下がり過ぎている人はいませんか? 心不全や不整脈なども……」
「……いる。つい最近に、五人ほど休暇を取らせたところだ。伯爵家以上の文官が三人と、騎士爵を持っている者が二人。こんな状況だから、ストレスが原因じゃないかと宮廷医は言っていた。念のため、自邸で休養させたら数日で安定したそうだ。まだ、復帰はしていないが」
「良かった……。その方たちは全員、心臓病の薬を日常的に服用していましたか?」
「あぁ、心臓病や高血圧の治療に使う一般的な生薬を。でも、薬も食生活も今までと変わりないはずだが。文官のひとりは六十代で、もう十年以上、同じ薬を服用していると以前に聞いたことがある」
「ご本人は、いつも通りに暮らしていると思っているはずです。持病があれば、突然に体調を崩しても怪しむ人は少ないでしょうし。ただ、同時期に同じ病を持つ人が複数……、というのは不自然です。心臓に負担がかかる真冬なら可能性はありますが。…………その方々の体調不良は飲み合わせのミスではなく、誰かが故意にそうさせたように私は思います」
「どうやって?」
「グレープフルーツや甘草を使うんです」
「グレープフルーツ……。先ほども危険だと言ってたな。カンゾウは……、砂糖代わりにも使うリコリスか?」
「そうです。甘草は摂り過ぎると低カリウム血症になるので、とにかく体がだるくなります。 脱力感や四肢麻痺から動きが緩慢になり、話すことさえ億劫になることも……」
「そういえば、何件かそのような症状の報告が上がってたな」
「重篤な副作用では、心不全の症状が出ることもあります。でも……、本気で攻撃するなら、カルシウム拮抗薬という血圧を下げる効果がある薬とグレープフルーツジュースを混ぜるほうが手っ取り早い。ただ、それには西洋薬……、は通じないか。えーっと、人工的に化学合成された薬が必要なんです。この世界で、薬草での治療が主ではない国や地域はありませんか?」
アーヴィンは拳を口元に当てて、難しい顔をした後、ゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、そうなのか……」
「何か心当たりが?」
「……心当たりはある。どの国とも友好関係を結んでいないファイという国が、化学合成した薬を使ってる。好戦的で火薬や武器を作る技術も高い。ブルームとファイは特に折り合いが悪くて貿易も断っているから、この国に合成薬は入ってこない。そもそも、あの国が作ったという時点で信用する人間は少ないしな」
アーヴィンがアレクに視線を送ると、アレクもその見解に同意した。
「だから、検問を抜けて、それを城に持ち込めるとなると……。いや、決めつけてしまうと視野が狭くなるな。父母が何らかの情報を持ち帰るはずだから、アリア殿の推測とすり合わせてみる。料理長に頼んだリストも確認しないとな」
「その合成薬を持ち込んだ可能性がある人物や、経緯について心当たりがあるなら教えていただけませんか? 推測の段階、間違った答えだとしても構いませんので」
「いや……。すまないが、これは本当に話せない」
「なぜです?」
「…………アリア殿は、自分はポーカーフェイスだと思っているか?」
「その傾向が強いと思いますが……。それが何か?」
「アリア殿は、わりと考えていることが顔に出やすい。隠し事は向いてないと思う。だから、今の段階では話せない」
アリアは目を見開いた。
「リラ、ほんと?」
アーヴィンの言葉がにわかには信じられず、リラにも尋ねると、彼女は困ったように微笑しながら頷いた。
「うそ……」
アリアは自分の頬を触りながら愕然とした。
日本にいる時は、何を考えているのか表情からは分からない、とよく言われた。アリアにとっては思考を読ませないことも処世術のひとつだったため、他人と多少の距離があってもそれで良かった。
(私、こっちに来てからそんなに変わった……?)
「アリア殿は口が固い。そこは信用してる。だけど、表情に出てしまうと危険な目に遭うこともある。特に、疑いのある人物と対峙した時に。できる限り、それは避けたいんだ。その点、スズ殿は感情表現が豊かだが、悟られたくない事、踏み込まれたくないことは完全に隠しきる」
それを聞いて、リラが苦笑した。
「そうですね。笑顔でかわされてしまうことも多い、とあちらの侍女が困っていました。それなのに、自分の考えは読まれてしまう、とも」
「そう。スズ殿は、相手が隠していることを読み取る力も人一倍長けている。それを聖女の力で心を読まれたと勘違いした一部の貴族たちがスズ殿に心酔してる。俺から見たら、高度な読心術だと思うがな」
(あぁ、そうか。仕事で培ってきた能力だ。狸や狐に食べられないための。……私はそれができてないんだ)
「ほら」
「え?」
「今、ひどく心が揺れてるだろ? 顔に出てる」
アリアが無言で両頬を軽く引っ張ると、アーヴィンだけではなくリラとアレクまで、わずかに目を細めた。そこで、緊迫していた空気が少し柔らかくなった。
(私は真剣に落ち込んるんですけど)
アーヴィンを軽く睨むと、彼は咳払いをしてから告げた。
「とりあえず、今の段階で俺から言えることは……、三人とも、この城で出される薬は飲まないでくれ」
リラとアレクは眉間にしわを寄せたが、すぐに頷いた。
お読みくださり、ありがとうございました。
中途半端ですが、一話分がこれ以上長くなると読みにくいので、続きは次話に持ち越しました。
日本では気を張る生活を送っていたアリア。
異世界に来てから、少し気が緩み始めたようです。
(こちらのほうが命の危険はありますが……)
周囲の人間関係って、生きる上で大事ですよね。
そして、低カリウム血症は本当にだるくて気分も塞ぐので、何か分からないけど変だなと思ったら、病院での採血をおすすめします。
薬の副作用以外でも起こりますので……
ミネラルは大事です!
面倒くさい話が続いていますが、次話もどうぞよろしくお願いいたします。




