第63話 魔導師の塔を探しに 5
振り返らずとも、声の主は分かる。
(この人、わざと気配消してた……)
「…………少し寝つきが悪くて。殿下もお散歩ですか?」
「あぁ、誰かさんが結界を破って部屋から出たようだから。散歩がてら、つかまえにな」
世の女性たちがうっとりとするような笑みを浮かべて、アーヴィンがゆっくりと近づいてくる。
(目が笑ってないのよっ……!)
どうにかして、この場から離れなければと思うが、気になることがひとつ。
「結界?」
質問しながら、アリアもジリジリと後ろに下がるが、アーヴィンの歩幅で近づかれてはおそらく逃げられない。
それに逃げ切れたところで、帰る場所はひとつしかないのだから無駄な抵抗なのかもしれない。
それでも今は、つかまりたくなかった。
(今つかまったら、すごく良くないことが起きる気がする……)
そして、一か八かと大きく下がった瞬間、芝生に足を取られた。
「あっ……!」
アリアはそのまま後ろに倒れていき、歩道のレンガで背中や後頭部を打ち付けることを覚悟したが、その衝撃は来なかった。
「はぁ……、間一髪だな」
ぎゅっと閉じた目を開くと、呆れたように笑うアーヴィンの顔が目の前にあった。
片手を取られ、腰を支えられた格好は、まるでダンスのラストシーンのようだ。
「……ありがとう、ございます」
ゆっくりと引き起こされ、アリアは呆然と立ち尽くした。
「このワンピース、最後に会った日に着ていたものだな。せっかく似合ってるんだから汚すなよ」
そう言ったアーヴィンはアリアの前に跪き、裾の汚れを払った。
(あの日と同じ……)
もっと動きやすい服もあったはずだが、一番手近にあったのがこのワンピースだった。
しかし、アーヴィンとスズがアーモンドの樹の下にいた時に自分が何を着ていたのかなんて、アリアは覚えていなかった。
(あんな一瞬見ただけなのに、殿下は覚えてるの……?)
「怪我は? どこか痛めたりしてないか? 手首や肩は? 悪いな、とっさに掴んだから力加減ができなかった。足は捻ってないか?」
アーヴィンがアリアの手首や肩に優しく触れながら、脱臼していないか、骨にヒビが入っていないかなどを確かめていく。
布越しではあるが触れられる感触や、自分よりも体温の高い大きな手に耐えられず、アリアはアーヴィンの手を握って制止した。
「も、もう大丈夫ですから……」
「本当に?」
「はい」
「部屋を抜け出すほどの勢いがあったわりには、ずいぶんとしおらしいな」
(誰のせいだと……っ!)
「怪我がないなら、部屋に戻るぞ」
アーヴィンはアリアの手を取って、問答無用といった様子で歩き始める。
「あ、あの……、ひとりで歩けますから」
アリアがそう言うと、手を握る力がさらに強くなった。
「もう逃げませんから! 手を離してくださいっ!」
「あぁ、そうだ。このことはリラに報告するからな」
「え!? ま、待って、それだけは……っ!」
「駄目だ」
真っ青になったアリアは結局、部屋に着くまでアーヴィンに手を繋がれたままとなった。
「団長、こんな時間に外なんか見て、何してるんスか?」
「バーカ。団長が面白いもの以外に興味があるわけないだろ?」
「え、何か見えるんスか!?」
「ふふ、残念。もう終わってしまったよ。でもきっと、これからますます面白くなるだろうね。……本当に楽しくて仕方がないよ」
文字通り、魔導師の塔から高みの見物をしていたマーリンはクツクツと笑った。
お読みくださり、ありがとうございました。
マーリン、トリッキーな人ですが作者はわりと気に入っています(笑)
次話からサブタイトルが変わります。
どうぞよろしくお願いいたします。




