第60話 魔導師の塔を探しに 2
「少しだけお待ちください」
アリアの私室から図書室に向かう前、まずはアレクだけが廊下に出ると一度ドアを閉めた。
使用人たちに、何か指示をするようなアレクの声が聞こえてくる。すると、忙しないような音がピタッと止まった。
「お待たせいたしました。参りましょうか」
アリアが廊下に出ると、使用人たちは端に控えて頭を低くする。そして、彼女が通り過ぎたあとは無駄話はせず、いつもと変わらず、静かに丁寧に仕事を始めたようだ。
しかし、アリアの姿が見えなくなると、少しずつ騒がしくなってくる。
(アレクの指示? 私の前では『いつも通りに』ってこと? 部屋の中にいても聞こえるから、今さら意味がないのに……)
アリアは室内からでも廊下の気配を感じ取れる。
今だけ取り繕っても意味がないのだが、やはり隠したい何かがあるらしい。
また、自分が聞いているものは、リラたちにも聞こえているとアリアは思っている。
そのため、自身が何かしらの能力を持っていることに、彼女はまだ気づいていない。
もちろん、アリアの力については、使用人やスズにも伝えていない。知っているのはアーヴィンとリラ、アレクの三人のみだ。
アルフォンスやメリッサ、シェリルに報告するかどうかについては、アーヴィンが検討しているところだ。
リラもアレクも今日はずいぶん静かだな、とアリアが思っているうちに図書室の前に着いていた。
あの夜ぶりに見る図書室のドアに、少しだけ足がすくむ。
しかし、廊下にいるよりも限られた人間しか入れない室内のほうが安全だろうと、アリアは急いで鍵を開けようとする。
その瞬間、勝手にドアが開き、アリアは思わず後ずさった。
しかし、勝手に開いたのではなく、図書室の中から誰かが出てきただけだ。
ドアを開けた身なりの良い中年男性が、無言でアリアの顔を見つめる。
「おや、誰かと思えば、聖女様(仮)ではありませんか。ここは決まった人しか使えませんよ。……あぁ、鍵をお持ちでしたか。これは失礼」
男がアリアの手の中にある鍵を凝視した。
(しまった……。一部の大臣も使うんだった。それにしても、久しぶりに聞いたな……。『カッコかり』)
「お見かけするのは久しぶりですね。どうですか、この国には慣れましたか?」
(国、と言われても、城の中すらまともに歩かせてもらえてないけど)
「……おかげ様で。アルフォンス様やアーヴィン王太子殿下、それからリラにアレク。皆さんに、とても良くしていただいています。……失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
牽制の意味も込めて、アルフォンスとアーヴィンの両方の名前を出した。
しかし、彼の顔色は変わらない。怯えることも、媚びへつらうこともなく、紳士的に自己紹介をされる。
「これは、大変失礼いたしました。司法省の司法大臣、ハーマンと申します。以後、お見知りおきを」
(やっぱり大臣のひとりか……。しかも、司法大臣。情報を聞き出されたら厄介かな)
「ハーマン様、たくさんの資料をお持ちですね。お急ぎでいらっしゃるのでは?」
「あぁ、そうでした。聖女様(仮)も、何か調べ物ですか?」
「いいえ、何か軽い読み物を探しに来ただけです」
「……そうでしたか。お気に召すものがあるとよろしいですね。では、本日はこれで失礼いたします」
「ごきげんよう」
スズが言うところの『お嬢様学校』時代の礼儀作法が城内では役に立つ。
ただでさえ、(仮)だと言われているのだから、見くびられたり、相手に付け入る隙を与えてはいけない。
しかし、好意か悪意か、それとも(仮)の聖女には興味がないのか……。顔色や声音だけでは判断はできなかった。
『何か調べ物ですか?』と尋ねられたのは、世間話のようなものなのか、あるいは――。
少なくとも、アリアがアルフォンスから図書室の鍵を受け取っていたことをハーマンは知らなかった。
(派閥っていっても、たぶん中立派もいるよね? 全員を警戒する必要は……、いや、する必要があるのか)
アーヴィンですら現状、敵と味方を見極められていないのだから――。
お読みくださり、ありがとうございました。
聖女に関することになると、国王リカードが蚊帳の外で少し気の毒になります。
でも、こればっかりは仕方ないですよね。
「魔導師の塔を探しに 3」に続きます。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




