第55話 巫女の本気 2
メリッサの痛い指摘に、アリアは動じる素振りは見せずに微笑んだ。
「ありがとうございます。気をつけたいと思います」
「貴女に何かあれば、アーヴィンも悲しみますから……」
「はい」
(そうだよね。せっかく聖女と真摯に向き合おうと頑張り始めたのに、私やスズさんに何かあったら殿下は傷つくよね……。気をつけないと。…………極力。それにしても、メリッサ様には何が見えてるのかなぁ)
「聖女だから……、ということではなく、アリア様が大切だからですよ?」
「……はい」
考えをすべて見透かされているような気分だ。
(この感覚、覚えが……。あっ!)
アーヴィンと額を合わせて話した時と似ているのだと思い出し、条件反射のように顔が熱くなる。
その様子を見ていたメリッサと目が合うと、ほんの少しだけ彼女は頷いたように見えた。
(や、やりにくい……)
二回目に会ったメリッサは、何だか容赦がないような気がする。
メリッサ独特の雰囲気がそうさせるのか、それともこれが巫女の力というものなのだろうか。
そして、アーヴィンの容姿は父親似だが、中身や雰囲気はメリッサに似ていると感じる。
そう思うと、メリッサの優雅な微笑みが、アーヴィンのイジワルな時の笑顔と重なった。
(うーん、なるほど。たしかに親子だわ……)
当たり前のことだろうが、改めてそう思った。
心理戦のような何とも言えない空気が流れるなか、王妃付きの侍女が紅茶をサーブしていく。
「さ、よろしければ、皆さん召し上がって? 今日はナッツのフィナンシェを焼いたの。ドライフルーツのケーキにしようかとも考えたけど、それはやめたほうが良いかなって思って」
ティーカップを持ったアリアの手がわずかに震える。
アリアはレーズンや干しいちじくなどのドライフルーツが苦手だ。しかし、食べられないほどではないため、外で出されたら、失礼のないように我慢してでも食べ切る。
そして反対に、ナッツが入ったお菓子は普段から好んで食べている。ちなみに、マドレーヌよりもフィナンシェのほうが好きだ。
(いつ!? いつから知ってるの? それとも、ただの偶然……?)
いや、偶然であれば、「ドライフルーツはやめたほうが良い」なんて言い方はしないだろう。
(こんなに優しくて綺麗な王妃様に失礼だけど、『蛇に睨まれた蛙』の気持ちがよく分かった気がする……)
「アリア様? フィナンシェはお嫌い? 他のものを用意させましょうか?」
「い、いえ、大好きです。いただきます。…………お、美味しい!」
「良かったわ。なかなか手を付けてくれないから、どうしようかと思ったの」
「すみません。少し考え事をしてしまって……。このフィナンシェ、すごく美味しいです」
お世辞ではなく、本当に美味しい。
失礼にあたるため口には出さなかったが、毎日食べているシェフのデザートよりも美味しいと感じた。
おそらく、体調を崩す前はよく作っていたのだろう。
巫女の国は女性が多いと聞いた。もしかしたら、王女が厨房に入っても嗜められないお国柄なのかもしれない。
「アーヴィン殿下は、こんなに美味しいお菓子を小さい頃から召し上がっていたんですか? 羨ましいです」
「あぁ、あの子はねぇ……。甘いものはあまり好きではないみたいなの。だから、作りがいがなくって。アリア様のように、美味しそうに食べてくれる方に出会えて本当に嬉しいわ。それに――、甘いもので少しは元気になってくださると良いんだけど。よろしければ、お部屋にも持って帰ってね?」
「ありがとうございます」
元気になる、とは軟禁生活が続いていることだろうか。それとも――。
何を指しているのかについては分からないが、こんなにも美味しいお菓子をゆっくりと食べられるのは嬉しいと、アリアは素直に喜んだ。
その後、アルフォンスだけではなく、リラやアレクも交えての談笑が始まった。その会話に時々、メリッサ付きの侍女も相槌を打ち、楽しい時間が流れる。
しかし、しばらく経った頃、背の低い男性がドクターズバッグを持って温室に現れた。
(あ、宮廷医の……)
「ご歓談中に失礼いたします。王妃様、やはり本日のお薬を服用なさいませんか? 何かあってからでは大変ですから……」
「ありがとう。今日は本当に調子が良いから大丈夫よ」
「しかし」
「本当に結構よ」
パシッと扇を閉じる音の幻聴が聞こえそうな、凛とした声が温室に響く。
まさに物語に出てくる王妃そのものだ、とアリアは思った。
「……かしこまりました」
宮廷医が、少し冷や汗をかきながら温室を出ていく。
宮廷医が出ていったのを見届けてから、アルフォンスが席を立った。
「では、私もそろそろ」
「お義父様、もうお帰りに?」
メリッサの声音が穏やかなものに戻った。
「まだ、することが色々あってな。……アリア様、お部屋までお送りできず申し訳ございません」
「いえ、リラもアレクも一緒にいてくれますから。それに、帰り道は近いですし。アルフォンス様もお気をつけて」
「ありがとうございます。では……」
颯爽と大きな歩幅で歩いていくアルフォンスの背中は、あっという間に見えなくなった。
行き道は、アリアとリラに合わせてくれていたのだろう。
(殿下の歩き方とよく似てる。殿下の剣の師匠はアルフォンス様だったのかな。まさか、現役の騎士団と今でも対等に戦えるなんてことは……)
なきにしもあらずだ、とアルフォンスの底なしの能力値に薄ら寒くなる。
「アリア様は、まだお時間はあるかしら?」
「えっと……」
リラを見ると、大丈夫だという意味で彼女は頷いた。
「まだ大丈夫のようです」
「そう、良かった。少し、二人だけでお話したいのだけど良いかしら?」
「はい」
「じゃあ、リラ、アレク、少し外で待っていてくれる? 貴女も」
リラとアレク、そしてメリッサ付きの侍女は、なぜかと問うこともなく、静かに礼をとって下がった。
しん、と静まりかえった空間にアリアは少し緊張する。
「あの、お話というのは……」
「アリア様、何か悩んでいらっしゃるのね? ご自身のこと以外にもたくさん……」
「はい」
メリッサに隠し事はできないだろうと、アリアは素直に肯定した。
「そう、ごめんなさいね。ご迷惑をおかけして」
(殿下のことだっていうことも、ばれてるのか)
「迷惑なんてことは思ってないんですけど……。でも、私に何ができるのか分からなくて」
「そうね、貴女の悩みの答えはすごーく、とても身近にあるかもしれないわ」
『すごーく、とても』、この重ねられた言葉には、意味があるに違いない。
「身近……」
「そう、身近に。ごめんなさい、私たち巫女はすべてを話すことはできないの。未来のすべてを知ってしまったら、人は思考や努力することを止めてしまうから。魔法も、巫女や聖女の力も諸刃の剣なのよ。……このことをアリア様もよく覚えていてね?」
「……はい」
(でも、私にそんな力は)
「探し物を見つけるの、得意でしょ?」
「…………どうして」
さすがに息が止まった。この世界に来てから、その特技は誰にも話していない。見せたこともない。
「探し物をする時、どこにあるか考える? それとも、呼ばれたように感じる?」
「考えます。最後にどこで使っただろうか、とか」
「見つける瞬間は? すごく意外なところから見つけたり」
「その時は、呼ばれる……ような気がします。普通では考えられないような場所から出てくることも」
「それで十分よ。派手に見えるものだけが力じゃないの。それから――。一番大事なことは貴女が貴女らしく、変わらずにいること」
「私が、私らしく……」
「今はよく分からなくても大丈夫。だけど、これからは心の声をたくさん聞くようにしてみてね。頭で考えた答えだけではなく」
「それは……、直感とか第六感のようなものですか?」
「そうね。それに近いものよ」
(まったく一緒ってわけじゃないのか……)
「色々と話したけど、『難しく考えずに』ね?」
「はい。このこと、殿下には……?」
「うーん。それこそ、アリア様が話したくなったら……かな?」
「難しい、ですね」
「ふふ、そうね。でも、貴女なら大丈夫」
メリッサは、温室のガラス越しに空を眺めて微笑んだ。
「それじゃあ、最初の話に戻すわね。アリア様が悩んでいることへのヒントです。いつも愚息がご迷惑をおかけしているようだから、ちょっとだけ多めに」
そう言って、メリッサはイタズラっぽく笑った。
「――突飛な言動をする、それからちょっと迷惑な人が答えをくれるわ。迷っていないで、思い切って頼ってみて?」
(そんな人、こっちの世界では、ひとりしか知らないですよ……)
結局、専門家である彼が答えを持っているらしい。
そして、アリアにとっては一番避けたいルートに突入したようだ。
お読みくださり、ありがとうございました。
今回は少し長くなってしまいました。
アリアにとって、メリッサとの会話は大きな転機となります。
次話はサブタイトルが変わり、またジレジレが始まります。
もどかしい二人にお付き合いいただけましたら幸いです。




