第51話 In a week. 3
この回で10万文字に到達しました。
長編小説の枠に入れることができそうです。
「しかし、花祭りに行くことは決定だとしても、開催までまだ半月はあるな」
その言葉にアリアは胸を撫で下ろした。
(良かった。それなら、殿下との時間と距離を少し置ける)
「アリア殿、直近で何かしたいことはあるか?」
「図書室には行きたいです」
「…………怖くはないか?」
あの夜、アリアとスズが襲われたのは図書室の扉の前だった。
アーヴィンは、トラウマやフラッシュバックなどを危惧しているのだろう。
「怖くない、と言えば嘘になります。でも、調べたいものがたくさんありますし」
「わかった。少し調整する時間をもらえるか? もし、読みたい本が決まっているなら、先にこちらに届けさせるが。本来なら持ち出し不可だが、特例として許可されるだろう」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……。タイトルは分からないのですが、あの夜に殿下が読んでいらした本を一式お願いできますか?」
「え?」
「薬草学や医学書、魔導書などをたくさん床に並べていらっしゃいましたよね?」
「あ、あぁ。……そうだったな。あれが読みたいのか? あまり面白いものではないぞ? もっと女性が好みそうな物語とかのほうが」
「あれが読みたいんです。全部、一式」
少し食い気味に答えると、アーヴィンが困ったように眉間にしわを寄せた。
しかし一拍置いたあと、渋々といった様子で了承した。
「…………分かった。手配する」
「よろしくお願いします」
アーヴィンが渋った理由について、おおよその推測はできている。
「全部」「一式」と重ねて求めたのは、彼を試す意味もあった。
(さぁ、殿下はどう出るかな?)
そんなことを考えていると、アーヴィンの探るような視線を感じた。
(もしかして、気づかれた?)
アーヴィンの視線を振り切るように、アリアは話題を変えた。
「私、したいことがもうひとつあります!」
「何だ?」
「あの桜みたいな……、淡いピンクの花が咲いている樹を近くで見てみたくて」
ライラックやチューリップ、バラはあったとしても、この世界に桜があるのだろうかと不思議に思っていたが、遠目では桜にしか見えない。
(あれ? でも、今は大学の夏休みの中盤……。こっちの世界も、時間の流れや季節は日本とほぼ同じだって聞いたんだけどな。桜が咲いてる? 何で今まで気づかなかったんだろ)
アリアは窓から上半身を乗り出して、もっとよく見ようとした。
しかし、後ろから腰に腕を回してきたアーヴィンによって室内に引き戻される。
「危ない。アレクにも注意されたんだろ?」
「ご存知だったんですか?」
「だいたいの報告は受けてる」
(何となくそうかな、とは思ってたけど……。ますます、迂闊なことできないな)
腰に腕を回したまま、アーヴィンはアリアの頭の上から外を眺めた。
アリアよりも身長が二十センチ以上高い彼は、それほど身を乗り出さなくても遠くまで見渡せるようだ。
「あぁ、あれはサクラじゃなくてアーモンドの樹だよ。遠目にはサクラにも見えるよな。アーモンドには子孫繁栄、豊穣の意味があって、この国の国花だ。あの樹はそのシンボルなんだよ」
「殿下、桜をご存知なんですか? 私が暮らしていた国の国花は桜なんです」
「へぇ、そうなのか。サクラなら、この城の中にもあるぞ。アーモンドはサクラの親戚のようなものだから、花がよく似てるんだ。たしか、バラ科サクラ属だったか?」
アーヴィンが振り向いて尋ねると、リラが静かに頷いた。
「アリア様。残念ながらサクラは春にしか咲きませんが、あのアーモンドは季節に関わらず、絶え間なく花をつける不思議な樹なのですよ。とても美しいので、近いうちに見に行きましょうね」
「俺かアレクが一緒の時にな」
「アリア様の安全のためですから仕方ありませんね」
「何でそう邪険にするんだよ」
「殿下が花祭りに行くなら、私もアリア様と二人きりでお散歩くらいしたいんですよ」
リラの答えに苦笑しながら、アーヴィンは静かにアリアから離れた。
そして、こっちへ、と指で小さくリラに合図する。
庭園に夢中になっているアリアを確認してから、リラもアリアの側からそっと離れた。
「急にどうなさったんですか?」
アリアには、二人の会話が聞こえないように距離を取ってからリラが尋ねた。
「彼女は本当に人たらしだな。祖父といい、母といい……。毎日、彼女の話題を振ってくる。聖女云々ではなく、彼女の人柄に惹かれているようだ」
「今日のご様子を拝見したところ、一番たらされているのは殿下では?」
「否定はしない。……反対か?」
「いいえ。アリア様が元の世界よりも殿下をお望みになるのであれば、殿下のこともついでに応援して差し上げます」
「ついでって……。まぁ、ありがと」
「『アリア様が望むなら』ですよ。くれぐれもお間違いのないように。アリア様を傷つけたら容赦しませんから」
「肝に銘じておくよ」
「それで? この話だけで私をお呼びになったわけではないのでしょう?」
リラがアリアの様子を確かめながら、アーヴィンに本題を急かした。
「――俺がこの部屋に着いた時、ドアが少し開いていたか?」
「いいえ? アリア様を危険に晒すようなことはいたしません」
「だよなぁ。――この部屋、防音だったよな?」
「はい。最高品質の遮音材と吸音材を使用していると聞いております。元々は、シェリル様がご婚約中にお使いになられていたお部屋ですし……。今も綻びがないよう、専門の者がチェックしていますので問題はないはずです。さすがに、ノック音は聞こえるように造られていますが。……何か気になる点でも?」
「…………リラはこの部屋の中にいて、廊下を歩く俺の足音が聞こえるか?」
「いえ、ですから防音で……え?」
「アリア殿は、どうして俺がドアの前にいると気づいたと思う?」
「それは……分かりません。そういえば、殿下が到着する直前までベッドに座っていらしたのですが、突然ドアに駆け寄られて……」
「ノックをする前に彼女は扉を開けたよな? 来訪者が俺だということも、確実に分かっていたように感じた」
「たしかに、私もそのように感じました。……やはり、アルフォンス様とシェリル様がおっしゃっていたことと関係があるのでしょうか?」
「どうだろうな。今も俺を相手にして何か企んでいるようだし。本当にアリア殿は底が知れない……」
今後、この世界でアリアをどのように守っていけば良いだろうかと、アーヴィンは考えを巡らせる。
風になびく髪を耳にかけながら、庭園の景色に夢中な彼女を愛おしげに見つめて――。
お読みくださり、ありがとうございました。
次話から新しいサブタイトルになります。
そして、アリアはまだ否定していますが、いわゆる「両片思い」の関係になってきました。
「両片思い」、作者の大好物です(*´艸`*)
二人には存分にジレジレ、しかし、イチャイチャしてほしいところです。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




