第47話 ふいうち 4
額で熱を計るなんて、どこの少女漫画の世界だ。
「だから、体調不良とかじゃないですから!」
『違う。いいから、そのまま聞いて』
「……え?」
アーヴィンの唇は動いていないのに、彼の声が聞こえる。彼の言葉が、脳に直接流れ込んでくるようだ。
(まさか、テレパシー? これも魔法?)
『そう。これなら他の人間には聞こえない。隠し部屋にいる時と同じ条件で話せる。だから、アリア殿も声には出さないで会話してほしい』
それなら、最初からこの方法でも良かったのでは? という思いが浮かんだが、アリアはすぐに否定した。
(いやいや、それは私の体が保たない。爆発する)
『爆発?』
(え、何これ! そうか、考えてることダダ漏れなのかー!)
心の中で叫ぶと、鼻先が当たりそうな距離でククッと声を出して笑われた。
(もう、どうすれば……。そうだ、一回ちょっと額を離せば……)
そう思った瞬間に、アリアの腕を掴んでいるのとは反対側の手で、逃げられないように後頭部を押さえられた。
(ちょ……っ! 唇、当たるっ!)
『貴女も、心の中ではずいぶんと雰囲気が違うんだな』
(ほんと、もう無理。お願いだから離して……)
『ごめん。もう、からかわないから。俺の話、ちゃんと聞いて……』
(また、”俺“って……)
『甘えても良いんだろ?』
(いや、順応早いな! 甘えても良いというか何というか……。んー、まぁ、殿下の心が軽くなるなら、もう何でも良いですよ)
『じゃあ、このまま俺の話を聞いてくれるか?』
(分かりました……。でも、手短にお願いします。恥ずかしくて爆発するんで)
ふっ、と笑ったようなアーヴィンの吐息が唇にかかった。
『なるほど? じゃあ、できるだけ手短に。まずは一つ目。もし、誰かに追われたり危害を加えられそうになったら、さっきの隠し部屋に入って。くれぐれも入るところを見られないように。鍵を開ける方法、覚えてるか?』
(大丈夫。覚えてる)
『よし。あの扉の鍵と、祖父の懐中時計は肌身離さず持ってて』
(分かりました)
『二つ目。信用できる者以外に「今日の予定は?」「どこに行く?」「誰と会う?」「何を食べる?」など、行動を探るような質問をされても絶対に答えないで。俺か祖父の名前を出して、「任せているから分からない。確認する」と答えて。小物なら、大方はそれで引き下がるはずだ」
(はい)
まるで、小さな子どもの防犯対策のような注意だ。
『それから父は記憶が安定しないから、残念だけど名前を出してもあまり牽制にはならない。かえって利用される可能性もあるから気をつけて』
(……はい)
アリアの声が、心の中であっても沈んでしまった。
『貴女が気に病むことはない。きっと、いつか解決してみせる。あとは、そうだな……。マーリン殿にも気をつけて』
(え?)
確かに色々な意味で注意が必要な人物ではあるだろうが、まさか王太子の口から「気をつけて」という言葉まで出るとは思わなかった。
『決して悪い人ではないんだ。今のところ、敵ではない……と思う。しかし、味方だと断言もできない。何せ、「楽しければ何でも良い」が彼のモットーだから』
(あ、はは……。なるほど……)
『他にも伝えなければならないことはあるが、それはまた追々で。一度に言っても混乱するだろ? とにかく一番言いたいことは、自分の身を大事にしてほしいということだ。……リラのためにもな』
(それを言われると弱いですね)
『はは、だから言ったんだよ。ちょっと悔しい気もするが、俺からの注意よりも効果があるだろ?』
(いや、まぁ……はい……)
アーヴィンの手前、一度は否定しようとしたが、つい本音が漏れてしまった。
二人を天秤にかけると、リラのほうが重いことは否定できない。
「リラに負けるのは仕方ないな。……今のところは」
(ん?)
どう捉えたら良いのか分からない言葉とともに、アーヴィンの額が離れた。
(く、苦しかった……)
あの至近距離では、どうしても呼吸が浅くなる。
アリアは肩で息をしながら、ケロッとしているアーヴィンを少し恨めしく思った。
肺活量の差なのか、アリアのことを異性として全く意識していないのか――。
アリアが遠い目をして脱力していると、いきなり両肩をぐっと掴まれる。
もうこれ以上は何もないだろうと油断していたアリアは、驚きのあまり声も出ない。
そんなアリアを気にも留めず、アーヴィンはアリアの額に軽く口付けた。
何が起こったのか理解できないアリアは、間近に迫ったアーヴィンの喉仏を見つめながら息の仕方を忘れてしまった。
すっ、と離れたアーヴィンが何事もなかったかのようにアリアの前髪を整える。
「な……な……っ!?」
何をしたのかとアリアは問いかけたいが、うまく言葉にならない。声を出すだけでやっとだ。
「ん、じゃあ、そういうことで」
(何がどういうことで!?)
心の声を聞いたことで感情のパターンを把握したのか、額を押さえて真っ赤になっているアリアを見て、アーヴィンは満足げに笑う。
「まぁ、そのうち分かるよ。……できれば、分かるような事態にならないことを願うが。また、近いうちに顔を見に来る」
そう言って背中を向けたアーヴィンは、ひらっと手を振ってドアを閉めていった。
ぺたんとその場にへたり込んだアリアは、襲撃があった夜も散々アーヴィンに翻弄されたことを思い出した。
「何、このデジャヴ……」
お読みくださり、ありがとうございました。
次話から新しいサブタイトルになります。
聖女や政治の問題を進めながら、二人のやり取りをできるかぎり甘く書くことを目標にしています。
それはもう、深夜に書くラブレターのノリで!
引き続き、二人を見守っていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




