第22話 王宮の図書室
2023年 12月30日
第22話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「こちらが図書室です」
リラが立ち止まった場所には、飴色の木材でできた重厚な扉があった。
緊張しながら、鍵を差し込むと思いのほかスムーズに解錠できた。色はくすんでいるが、鍵も鍵穴もメンテナンスはきちんとされているようだ。
そろりと扉を開くと、目の前に広がる空間に圧倒される。
(すごい……。『美女と野獣』の図書室みたい――)
扉と同じく飴色の本棚が並び、はしごが必要なほどの高さがある。
よく見ると、手すりと柵付きの小さな階段と広い踊り場が交互にあり、スキップフロアのような造りだ。それでも届かない場所には、はしごが掛けられている。
天井まで目をやって呆けていると、男性の声で話しかけられた。
声がしたほうに視線を向けると、モカブラウンの髪に、少し白髪が混じった初老の男性と目が合った。
モミの木のように濃いグリーンの瞳が、アリアの顔と胸元の鍵を捉えている。
「アリア様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。私はこの図書室の司書長、クロウリーと申します」
「お世話になります」
アリアは両手を揃えてお辞儀をした。
改めてクロウリーの姿を見ると、白髪混じりではあるが、スズメの尾のように後ろで縛った髪型、まっすぐに伸びた背筋が若々しい印象を与えている。
(優しそうな人だけど、大学教授みたいな雰囲気でちょっと緊張するな……。それに、クロウリーって名前――)
イギリスに実在した、魔術に精通した男性のラストネームが「クロウリー」であったことをアリアは思い出した。
(まさか、ね……)
そんなアリアの表情を読み取ったかのように、クロウリーが目尻に皺を寄せて微笑む。
「本日は、どのような本をお探しでしょうか?」
「ええっと。この国や世界の地図、この国の歴史書。あと……、『THE 聖女』を――」
最後は、消え入るような声になった。
(やっぱり、このタイトル恥ずかしいよ!)
「『THE 聖女』ですね」
(お願いだから、繰り返さないでー!)
いい加減に慣れないと、とアリアは火照った顔に手のひらを当てて冷ます。
「どうぞ、こちらへ」
そんなアリアの様子に笑みを浮かべながら、クロウリーは本棚の前に導いた。
「こちらが歴史書。聖女関連はあちらの棚。そして、魔法や魔術関連の書物はそちらです。地図は司書室で保管しておりますので、お持ちいたしますね。席はお好きなところをご自由にお使いください。ご不明な点がございましたら、お気軽にお声がけください」
「はい……」
クロウリーの説明は親切ではあるが、淡々とした早い口調は、疲労が蓄積している今のアリアには少しばかり辛い。
「アリア様、お待たせいたしました。世界地図と、この国の地図はこちらの机に置いておきますね」
そう言うと、クロウリーはくるくると地図を開いていく。ニ枚並べると、八人がけのテーブルからはみ出さないギリギリの大きさだ。
「ありがとうございます」
「こちらの図書室は王族の皆様や、ごく一部の方しか利用できません。おかしな者は入れませんので、どうぞ安心なさって、ごゆっくりお過ごしください」
「……はい」
(今、さらっとすごいこと言ったよね? 私、王族と一部の人しか使えない場所の鍵をもらったっていうこと?)
しかし、この国では何かにいちいち驚いていては、身が保ちそうにないと短い期間で学んだ。
アリアは気持ちを切り替えて、目当ての本棚に続く階段をゆっくりと昇る。その後ろに、リラとアレクも続いた。
背表紙をざっと眺めると、やはりすべての文字が読める。
(とりあえず、読書は問題なさそう。古代文字まで読めるのかは、まだ分からないけど)
上下左右に視線を動かし、上のほうの棚に気になるタイトルを見つけた。
(あの場所なら、このはしごを登れば……)
「アリア様、お待ちください。そこは私が」
アリアがはしごに手をかけたところで、リラに制止された。
「でも、危ないから……」
「危ないから、ですよ。気になるタイトルをおっしゃってください。私がお取りいたしますので。アレク、受け取ってくださいね」
「ああ」
リラとアレクの連携は見事なものだった。
アリアが目に留まった本のタイトルを伝えているうちに、気づけばアレクの手に積み上げられた本は腰から肩までの高さになっていた。
「ご、ごめんなさい! もう、これくらいで大丈夫です!」
「アレク、まだいけますよね?」
「ああ、問題ない」
リラの容赦ない言葉に、アレクは事もなげに返事をする。
「いえいえ! これ以上は読み切れないかもしれないので、これくらいで十分です」
「そうですか? では、追加がございましたら、ご遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ありがとう」
リラはロングスカートでも危なげなく、軽やかに、はしごから降りてくる。
しかし、アリアは念の為に、リラが着地するまで腰や腕を軽く支えた。
アリアのその行動にリラは一瞬驚いたあと、少し幼い表情でふわりと笑った。
「さて……と」
机に並べた書物と地図の前で、ワンピースの袖を捲る。
(聖女の力とやらは、どうか知らないけれど……。こっちは私の専門分野よ)
アリアの専攻は地学、考古学だ。両親を探すためのヒントを得られないかと、海域の考古学にも力を入れている大学に進学した。
まさか異世界で、大学で学んだ知識を使うことになるとは考えもしなかったが……。
使えるものは何でも使う。それが人であろうと、物であろうと。
この国の勝手な都合で呼び出されたとはいえ、アルフォンスにリラ、アレクも親切に接してくれている。
“袖振り合うも多生の縁”
この世界に来たことにも、何か理由があるのかもしれない。
スズやメリッサに、シェリル。そして、この国の人々が少しでも安心して暮らせるようにしたい。もちろん、アリア自身にとっての最善策も見つけてみせると決めた。
(もしかしたら、お父さんとお母さんのことも、この世界なら何か分かるかも……)
アリアは机に両手を付いて、大きく深呼吸をしてから、しっかりと前を見据えた。
お読みくださり、ありがとうございました。




