第112話 罠
「そんなに……深刻な状況なんですか?」
「あくまで、そういった可能性も考慮して動かなければ……という話だ。幸い、今のところ、まだ問題は起きていない」
表面上は、という言葉をアーヴィンは飲み込んだ。
アリアに余計な不安を与えないように、言葉を選びながら説明していく。
「メリッサ様のご両親のお話の中で、何か、そう思うきっかけがあったということですよね?」
アリアが怯えるような様子を見せなかったことで、アーヴィンは安堵の息を吐いた。
「……妖精の森に住んでいる祖母が、巫女の国にあった鏡の気配を感じ取ったらしい」
「鏡の、気配?」
まるで鏡が生き物であるような、少し不思議な言い回しだ。付喪神のようなものだろうか? 巫女の国のものなら、それもありえるかもしれない。
そして、「あった」という過去形の言葉も気になる。
「あぁ。発動した気配、と言ったほうが正しいかな」
「発動……。つまり、その鏡には、何らかの力が宿っているということですか? 巫女……もしくは、もっと上の存在の――」
(単純に魔法の鏡っていう可能性もあるけど、ちょっと違う気がする)
アリアの問いかけに対して、アーヴィンは無言で頷くと、手近な紙に鏡の絵を描き始めた。
大きさは成人男性の全身が映るほどで、楕円系の鏡面に波打つような縁飾りがあるらしい。
「力の源については、俺も詳しくは知らないが、人智を超えるものであることは確かだな」
縁取りの金属は、金色とピンクゴールドの中間のような色で、アンティークショップでもよく見かけるデザインだ。
「見た目は何の変哲もない姿見だが、時間も空間も越えて事象に干渉することができるらしい。つまり、世界を救うことも滅ぼすこともできる両刃の剣のような代物だな」
それが本当なら、兵器並みに危険な物だろう。
「そんなものが実在するんですね……」
「あぁ。――と言っても、俺も実物を見たことはない。巫女の国で秘宝として祀られていたが、数十年前に忽然と消えたらしい」
「盗まれたんですか?」
「その可能性が高いが何とも。ただ、その鏡を使うと、魔法と同じように痕跡が残る。その気配がしたということは、今も壊れず、どこかにあるんだろう」
「――もしかして、その鏡を使って矢を放ったとか?」
「おそらくな。使われた痕跡が、森の中に残っていたと報告があった。それが手がかりのひとつとなったが、鏡が現れる瞬間の気配は感知されないらしく、どうしても後手に回ってしまう」
「そんなの攻撃しほうだいじゃないですか。……ん? え? ちょ、ちょっと待ってください。時間も空間も、っておっしゃいましたよね? つまり、過去や未来からも……?」
「伝承通りなら可能なんだろうな。…………悪用すれば、戦に負けたとしても、やり直せるようなレベルの話なのかもしれない。何が善で何が悪かは、立ち位置で変わるだろうが……。ただ、ほとんど使われたことが無いから、実際には、どの程度まで干渉できるのかは、母も祖父母も分からないそうだ」
アーヴィンは自身の太ももに肘を乗せて頬杖をついた。眉間にしわを寄せた真剣な表情は、落ち着いた成人男性のように見える。
先ほど、アリアに謝罪していた姿とは、まるで別人だ。
「ほとんど、ということは、何度か使われたことがあるんですよね?」
「あぁ。でも、緊急の要件で他国の王と話したり、嫁ぎ先の娘と話すような、平和的な使用手段だったと聞いている」
(ビデオ通話とかリモート会談ですよね、それ。なんて贅沢な使い方……。まぁ、それだけ平和だったってことか。でも、今は――)
空間を移動するだけでも厄介なのに、時間まで越えられるとなると、対処するのはかなり難しい。
「あの、たとえば、の話なんですけど……。ある建物を造った人を過去に戻って殺めた場合、その建物も消えますか?」
「どうだろうな……。でも、夢見と同じく、過去を変えれば未来は変わるのが自然か……」
「今の段階では、本当に未知の力なんですね。――もしかして、鏡が発動した瞬間に居合わせるために囮を?」
「まぁ、そういうことだな。鏡の中から犯人を引きずり出せれば、と考えている。最低でも、相手の姿は確認したい」
アリアは顎に手を置いて、首を傾げた。
「引きずり出せるものなんですか?」
「祖父母によると、それは可能らしい。ただ、逃げられた場合は、また一から策の練り直しが必要になる」
アーヴィンは溜め息をつきながら、ほんの少し弱気な顔をした。
「お手伝いできることがあれば、何でもおっしゃってください」
「ありがとう。――あぁ、そうだ。しばらくサンをアリア殿の私室で預かってもらえるか?」
「それくらいなら、いくらでも」
(サンをひとりにしたくないのかな? サンがいてくれたら、私も気が紛れるし)
むしろ、ありがたい、とアリアは二つ返事で了承した。
「あと、そうだ。罠についてだが、危険なものではないから安心してくれ。主な目的はふるい分けで、善良な者には反応しない」
(善良……。果たして、私は大丈夫と言えるだろうか――)
天を仰ぎながら自笑するアリアを見たアーヴィンはクスッと笑った。
「貴女なら大丈夫だ。俺が保証する」
リラも、こくこくと何度も頷いた。
「アリア様が引っかかるなら、アレクなんて一歩で捕まります」
「ひでぇ……」
二人のやり取りに、アリアがコロコロと笑っていると、アーヴィンが付け足した。
「まぁ、捕まると言っても、攻撃型の罠ではないから。害獣対策のような、あからさまに見える物でもないしな」
「そうなんですか?」
「あくまで、あぶり出すための魔法だから。罠に引っかかったことすら、本人は気づかないはずだ。――マーリン殿のブラックリストには挙がるがな」
「それ、一番怖いやつじゃないですか……」
ご愁傷様、と言いたいが、何かしら後ろ暗い理由があるのだろうから仕方ない。
ただ、貴族に関しては、真っ白な人間のほうが少ない気もするが――。
「で、その情報を元にして、次の段階に移る予定だ」
「ちなみに、どんな策かお聞きしても?」
(この流れなら、素直に教えてくれるかな……)
「あー……。うーん、そうだな。ここまで来たら、ある程度は話しておいたほうが良いんだろうな」
そう言いながらも、まだ迷いがあるらしく、どこまで話すか……と、アーヴィンは小さく呟いた。
お読みくださり、ありがとうございました。
暴走していた殿下に、ちょっと落ち着いてもらいました(汗)
今後、伏線を上手く回収できるだろうか、種明かしする場所を見誤っていないか……とハラハラしつつも、ちょこちょこと更新していきます。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




