第109話 立場と信頼
「おや、お久しぶりですね。アリア様」
図書室の中に入ると、受付にいた司書長のクロウリーがアリアたちを笑顔で出迎えた。
「ご無沙汰しております。皆さん、お元気そうで安心しました」
図書室で勤務している人たちからは、毒物の被害者は出ていないと聞いていたが、実際に会ったことでより安心した。
「アリア様も、ご無事で良うございました」
「ありがとうございます。おかげ様で何とか。――今日は、本を見せていただきたくて」
「どうぞ、ごゆっくりなさってください」
会釈をすると、アリアは奥の本棚へと向かった。
(魔法関係も気になるけど、今日はすぐに使える薬草関係の本かなぁ。あ、いくつか借りれば良いのか)
安全な私室や温室以外だと、リラが周囲を警戒して気を張っている。外出の許可は出たが、長居をして疲れさせるのは申し訳ない。
貸し出し用の本を選び始めた時、近くの棚から若い男性の声が聞こえてきた。
「今日も、陛下は寝室から出ておられないそうだな」
「その噂、本当だったのか」
「あぁ。政務も引き続き、アーヴィン殿下とアルフォンス様が行われるそうだ」
「アルフォンス様は、ご自身のご希望で大公の位に下がったのに? たしか、本格的に隠居して、シェリル様のおそばにいたいとかで……」
「あとは、アルフォンス様を王位に戻そうとする声を鎮めるためという噂もあるぞ」
「リカード陛下は、記憶の病があるからな……。しかし、もし陛下が退位なさったとしても、アーヴィン殿下が王位につくだろう?」
「最近は、殿下もずいぶんと変わられたからなぁ。重要な公務も完璧にこなされているし。今なら、不満の声も少ないだろ」
「……つまり、即位する準備をなさっていたってことか?」
「どうだろうな。単純に、アルフォンス様が殿下に経験を積ませてるだけ、という可能性もあるが……。少し急ぎ過ぎているようにも見える」
「とりあえず、どう転んでもお支えできるように、俺たちも心積もりを――ってことか」
「そうだな。今のところ、私たちにできることは、それくらいだろう」
(……どういうこと? 殿下が即位する準備を早めてる?)
男性たちの表情は確認できないが、声の調子からすると、嘘や冗談を言っているようには聞こえない。
「――リラ?」
「申し訳ございません。私の口からは……」
口ごもるリラの顔は、血の気が引いたように青白い。
(また何か隠してるのね)
「分かりました。聖女(仮)のアリアが、アーヴィン殿下との面会を望んでいる、と側近の方にお伝えください」
「……かしこまりました」
友人のように打ち解けてきたアリアが、他人行儀な口調で話すと、リラの肩が一瞬揺れた。
「意地の悪い言い方してごめんね。リラは悪くないよ」
リラが、すべてを話せる立場ではないことは分かっている。すべてを知る権利が、アリアにはないことも。
それでも、自分がまだ信頼されていないように感じ、アリアは悲しくなった。
しかし、それと同時に、アーヴィンはどう返してくるだろうか? と楽しみにしてしまう仄暗い感情も少しばかり浮かんできた。
リラが一言一句違わず、アリアの言葉をアーヴィンたちに伝えると、一時間もせずに執務室へと呼ばれた。
出迎えたアーヴィンの目が、不安げに泳いでいる。
「ご機嫌よう、殿下。お時間をいただいてしまい、申し訳ございません」
「いや、こちらこそ。ご足労いただいて申し訳ない……」
二人のやり取りを見守っていたアレクとリラが、「あーあ」とでも言いたげな表情をアーヴィンに向けている。
アリアに隠し事をすることに関して、二人は何かしら意見していたのかもしれない。
アリアは姿勢良くソファに座ると、にこにこと微笑みながら正面を見据える。
その視線の先にいるアーヴィンは、しばらく彼女と目を合わせることはできなかった。
ふぅ、と短い溜め息のあと、アリアのほうから切り出した。
「私、そんなに顔に出ますか?」
「いや、その……う、ん……」
「否定はしないってことですね」
アーヴィンの執務室に向かう途中だけでも、複数の使用人や官吏たちが似たような噂をしていた。
ただ、その噂は大きく分けて二通りで、不自然なほど両極端だった。
それに噂の内容が、国王の容態についての話だとしても、広まるスピードが異常だ。
つまり、誰かが意図的に噂を流している可能性が高い。
そして、国の未来に関わるような噂を王族が放置しているのであれば、その元となるのは――――。
「怒っ……てる?」
「まぁ、そうですね。今となっては、話に加えてもらえないような、不甲斐ない自分にですけど」
「そんなことはない!」
「へぇ?」
「いや、伝えなかったのは悪いと思ってる! でも、それはアリア殿が頼りないとか、そういうわけじゃなくて……」
「わけじゃなくて?」
「わけじゃなくて……。だから、えっと……」
アーヴィンは背を丸め、組んだ指を額に当てながら、必死に言葉を探した。
そんな彼を、ピンと背筋を伸ばしたままのアリアが、真顔で見下ろしている。
「アリア様って、怒らせるとキャラ変わるよな?」
アレクがリラに耳打ちしているのが聞こえた。
視線を向けて微笑むと、アレクが猫のように飛び上がりかける。
(失礼な。そこまで怯えなくても)
「なぁ、さっきまで温室にいたんだろ? なんで、ロードかサンを連れて来なかったんだ? そしたら、アリア様ももう少し……」
アレクは、ロードやサンが緩衝材になることを期待したようだ。
「こんな人通りが多い時間に、サンを連れ出せるわけないでしょ? ロードは――、逃げたわよ」
温室でサンの相手をしていたアリアからは、今のような怒気は滲んでいなかった。
しかし、何かを察したロードは、当たり障りのない言い訳をしながら、どこかに飛んで行ったそうだ。
お読みくださり、ありがとうございました。
【ちょい黒なアリアと、へたれ殿下 再び】です(苦笑)
かっこいい王太子にしたいのになぁ
なぜこうなる……
アリアも気質が真っ直ぐなぶん、気が強めなんですよねぇ……
ただいま、更新がゆっくりになっていますが、次話もどうぞよろしくお願いいたします。




