悪魔祓いをはじめます!
驚愕に目を見開いていく悪魔の表情変化を、私はゆっくりと認識していた。
【思考加速】
私の反応が遅いなら、私の意識そのものを速くすればいい!
悪魔の貫き手を無理に避けて、私の姿勢は崩れていく。リル=バイクの左側面に滑り落ちる。
グリップとシートに手をかけて、滑空する車体の下をくぐり抜ける。
「おらァ食らえ悪魔!」
悪魔の腹を蹴り飛ばし、その反動でシートにまた這い上った。
よし──と、思ったのも束の間。
森の中をブッ飛んでるバイクが、不気味に傾いている。
リル=バイクの右グリップ。私が手を離したほうのハンドルを、悪魔の手が握っている。
「馬鹿丸出しの蹴り程度で、どうにかなるものか」
「んなにィ!? ──うげふっ!」
悪魔は、蹴り飛ばされた体勢のまま水平に回し蹴りを私に浴びせてくる。
私はギリギリで腕を掲げて防いだものの、ハンドルに身体を叩きつけられた。
(ダメだ! まだ足りない!!)
【高速思考】で悪魔の動きに追いつけるようになった。
でも私の鈍ったらしい身体をいくら機敏に動かしたところで、悪魔の滑らかにつながる体術に対応するのは無理だ。身体のばねとか、勢いの乗せ方が全然違う。
私の運動神経で動いたのでは、チート相手には到底敵わない。
なら、
チートに動きを任せよう。
ぱん、っと悪魔の足をつかむ。
悪魔の表情が変わった。
「こいつ、急に動きが……!」
「【マリオネット】!」
足を持って振り回し、かたわらの幹にすれ違いざまに悪魔の身体を叩きつけた。
「ぐぅうううう──ッッ!?」
「リルに触るな!」
リル=バイクの右グリップをつかむ悪魔の手を手刀で払い、振り落とす。
森の木々を跳ね回ったリルは前後ろを逆に接地、ずざざざと土を撒き散らして止まった。距離をとって悪魔と対峙する。
悪魔は汚れた服を払い、私を驚愕の面持ちで見据えている。
「貴様その身体、まさか」
「魔法で動かしてるよ」
……私が私の感覚で動くのでは間に合わない。
なら、《武の極地》と同じくチート能力で私を動かしたほうがいい。
体術というものを、ひとつの魔法を操るように扱うのだ。それなら《魔術の神髄》の領分になる。
「己の体を使い捨ての魔法のように……正気か貴様!?」
「ふん。人の記憶をチラ見する程度の浅知恵だから分からないんだ。こんなの少年マンガじゃ当たり前の陳腐な戦法だよ!」
「今の人間はそんなにぽんぽん人倫を犯してるのか!? 世も末だな!」
悪魔はズレた激憤をあげながら殴りかかってくる。
拳を囮にした蹴りを受け流し、応じ手は弾かれ──殴り合いの交錯を八合。悪魔の宙返りしながらの蹴りを、リルバイクの急発進で避けた。
直後、跳ねた車体に弾き飛ばされる形で跳躍。悪魔の土手っ腹に跳び蹴りを叩き込む。
「どらァ!」
「ちっ、猪口才な……!」
「リル、来て!」
振り払われた私は、回り込むリルバイクに掴まって離脱。すぐに取って返してまた突っ込んでいく。
文字通りに人馬一体の二人がかりで、悪魔のチート重ねがけに対抗する。
「いける! これなら互角に戦える……!」
がつッ、と両手をそれぞれ手四つに組み、押し合いになった。
悪魔は私の手をしっかりと掴んで凶暴に笑う。
「図に乗るなよ……」
ばちばちと私たちの周りで火花が散る。
悪魔生来の超つよい魔法と、《魔術の神髄》でブーストされた神業の魔法を高速で殴り合わせて相殺している。
残りMPは8。いや6。足りない、持たない。
(……ヤバ、捕まった……!)
ぐいぐいと押し込まれ、私の身体は仰け反っていく。足で挟むリル=バイクのタイヤが地面を引きずられる。
力負けしている。
さすがに魔法で再現しただけでは、正真正銘のチート相手と同じ馬力とはいかない……!
回し蹴りを側頭部に食らって、リルの車上から叩き落された。
「ぐはッ!」
「こうしてみると、お前の力も悪くない」
「ごッ!」
蹴り飛ばされた私に悪魔が追いついて、さらに蹴り飛ばしてくる。
ばきべきと背骨で木々の幹をなぎ倒し、ドラゴンボールで見たやつだ……と思いながら吹っ飛んだ。抵抗の余地なく慣性にからめとられて地面に跳ねる。何度も転がって大の字に倒れた。
見上げる頭の上に壁がある。市壁だ。
街まで押し込まれた。
「くっそ……やっぱりかあ」
殴り合いで消耗し、残りMPは2。《マナ無尽》は融通がきかない。
と、
「おいッ大丈夫かッ!?」
鼓膜が震えるような大声が私を助け起こした。
「門番さん……逃げてください。私じゃ抑えられない」
「言われた通り、MPポーションとマナクリスタルを集めておいたぞッ!」
どさり、と麻袋いっぱいにポーションと外付けMP電池ことマナクリスタルが押しつけられた。
重さにギョッとする。マナクリスタルをこの量となるとひと財産だ。
「暴れ大鹿もエルダーイミテートも、かすり傷一つなく倒す冒険者が傷だらけだ。相手がただ者じゃないことくらいわかる。惜しまず使え」
「……門番さん。街の避難は終わっていますか?」
「ああ。お前のお陰だ」
そうか。避難は完了したのか。
「……じゃあ一か八か、賭けを試していいですか」
門番さんは少し驚いた顔をしたが、厳めしくうなずいた。
「任せる。俺が責任を取ろう。手を貸すぞ、なにをするつもりだ?」
「いえ。門番さんは逃げてください。これは私一人でないとできないことです」
どん、と重たい音が森から響いてきた。
飛んできたリル=バイクが風の解けるように変身を解いて、小柄なリルが放り出される。慌てて飛び起きて受け止めた。
「ウグッ! ……リル、平気?」
声はなかったけど、リルは薄目で私を見上げてうなずいた。
「ごめんね、無理をさせて。あとは私に任せて」
リルは疑うように眉をひそめた。私に勝てるのか懐疑的だ。そうだろう、私もぶっつけ本番だ。
「ふん。逃げ回るのはもう終わりか?」
森の中から声とともに、悪魔が姿を現した。
私の姿を模した姿に門番さんは息を呑み、重々しくうなずいた。私の反則的な能力を、相手がそっくり持っているという状況を察したらしい。
私は彼にリルを任せる。
「安全なところにリルを避難させてください。あとは私がやります」
「すまない、任せる」
門番さんは警戒しながら立ち去る。
悪魔は門番さんを見送って顎を引き、目をすがめた。
何もせず視線を切って、私に目を向ける。あざけるように見下してくる。
「……決死の覚悟というやつか? 面白い、まだ手があるなら見せてもらおうか」
私はニヤッと笑って、門から街の中に逃げ込んだ。
「街の結界で我が止められると思ったのか? 間抜けが! ──《武の極致》!」
見下し切った声とともに、悪魔は得意の加速力で私に跳びかかり、
門を通り抜けて、
虚空で崩れ去っていく。
「な──……!?」
声も維持できない。肉体が完全に崩壊した。
私は振り返って待ち構えている。マナクリスタルからたっぷりとマナを確保しながら。
「お前、知らないだろ。チート能力の終了条件」
私とリルを倒して、勝ったと思い油断した。
だから《武の極致》が切れて、逃げる門番さんを見送る羽目になった。
同じように。
街の中に入って《身体強化》が切れることも知らなかった。
《身体強化》の効果が私を模した肉体を構成しているから、効果が切れれば肉体もまた消滅する。
──ふん。もう一度使えば同じことだ!
悪魔の叫びが魔力を通じて聞こえる。
悪魔にとって肉体を持たないのは元々だ。悪魔の存在が左右されるものじゃない。
そしてどうも《身体強化》の条件は「街の外から中に入る」ことであって、街の中で使ったからってその場で消えるわけじゃない。街の外から戻るか、夜眠るまで続く。
「だから、──この一瞬が欲しかった!!」
私は悪魔の存在がわだかまる空間に手を伸ばす。
ありったけを魔法に込めた。
「【魂喰らい】ッ!!!」




