はじめての実戦です
私たちが請け負った依頼は、魔物の討伐だ。
融合に失敗したような、気持ち悪い狼面の怪物――"イミテート"をやっつける。
「私たちは分体をたくさん駆除して、街道の安全を確保するのがお仕事よ。30個の魔石を集めて達成と見なすわ」
「たくさんやっつけないとだね」
森を通り抜ける街道を歩きながら、私は森を見渡す。
体感だけど、狼面の怪物は核のドロップ率が低い。三十体倒しただけじゃ集め終わらないだろう。
「数が増えてるっていうのは、本当みたいにゃ」
頭以外をフルプレートアーマーに武装したミヤが、猫耳をぴるぴる揺らして森の一角を見つめている。
そこにいたのは、狼頭に人間の赤子みたいな身体を生やして、びちびちと跳ねるホラーな怪物だった。
「キッショ」
思わずつぶやいてしまった。
サーシャが両手に杖を構え、支援魔法をいつでも唱える体勢に。
イエナは片手杖を引き抜きつつ、ミヤに顔を向けた。
「他に近くにはいませんの?」
「とりあえず見て聞こえる範囲にはね。はぐれイミテートみたいにゃ」
「それなら」
イエナの顔がこっちを向いた。
ご令嬢の整った容貌が急にくるとビビる。
「フォルト。あなた一人で倒しなさいな」
「えっ!!」
「練習ですわ。一体を倒せないようでは、群れなんて相手にできませんもの」
無茶振り! と思ったが、意地悪で言っているわけではないらしい。
「素のあなたがどのくらい苦戦するのか――つまり、どのくらいの規模で襲われたら即刻逃げねばならないのか。パーティ全体の生存率を上げるために必要なことですわ」
「なるほど……」
とても理にかなっている。
イエナさんは寝坊さんだが合理的だ。
「もちろん支援はするわ」
サーシャがスタッフを握って笑いかけて、
「危ないときは助けに入るにゃ」
ミヤはフルプレートアーマーの腕を組んでうなずいている。
……フルプレートと見せかけて、関節部はかなり削り込んでいるみたい。
私はバックラーの握りを確かめて、ライトメイスを腰から抜いた。
先端が引っかかった。ぐいぐいとこねくり回して、ようやく引っこ抜く。
アニメみたいに剣をかっこよく抜き払う感じにはできない。
それでも私は武器を構えた。
「よし……やってみる!」
三人に見守られながら、私は街道を外れて腐葉土に満たされた森の真っ只中へと踏み込んでいく。
狼面の怪物は、私を警戒するように振り返った。
「ひぃ!!」
狼面が、陸に揚げられた魚みたいに跳ねた。飛びかかってくる。
左手の小盾を前に出して弾く。すると、当然のように身をくねらせて盾の下から潜り込んできた。
とっさに盾ごと腕を引いた瞬間、
狼の牙が「がちん」と虚空を噛む。
ぞろりと並ぶ牙は、一本一本がワニのように細長くて歯の形っぽく微妙に歪んでいる。
一度噛みつかれたら、たとえ逃れてもダメだ。ふぞろいな歯でつけられた傷は、出血が止まらないだろう。
殺意しかない目が噛みつく隙を狙って私の動きを見つめている。
「盾で抑え込むにゃ! 防ぐんじゃなくて!」
「そうか!」
噛みついてくる頭を盾で押さえ込む。
けれど曲面の盾で拘束はできず、狼面は器用に身をくねらせて盾から逃げようとする。肩の付け根に盾を滑らせて抑え込む。
「殴りなさいな! 噛み殺されますわよ!」
私は右手を振りかぶって――渾身の力で棍棒を振り下ろす。
怪物の頭を打った。
怪物は顔じゅうにシワを作って憤怒を表し、涎を撒き散らして牙をむく。
(効いてない!?)
盾の縁にかみつかれた。首で振り回してくる。とんでもない力だ。
私は膝をついてしまい、
「【ソーンバインド】!」
「いてっ!?」
狼の牙が首に当たった。
尻もちをついて倒れる私の目前で、狼面は光る蔦に縛りつけられている。
鼻息も荒く暴れる姿に、私は首を押さえて腰を抜かした。
「噛まれた……? いや、ギリギリ噛まれなかったのか」
「早く倒すにゃ!」
「あっ、うん!」
私は手のライトメイスを振り上げて、思いっ切り振り下ろす。
鉄棒から伝わる鈍い感触の直後に。
ボフンと狼面は煙に砕けた。
「……はぁ……」
緊張から解放されてどっと疲労が出る。
この怪物、あまりにも気持ちが悪いうえに殺意ギンギンに牙を向いてくるので、躊躇も容赦も消し飛んでしまう。
容赦しないっていうより、怖すぎてできない。
「お疲れ様。がんばったね」
「こわかったよ……」
サーシャに慰められてしまうくらい消耗した。
ミヤとイエナは顔を見合わせてうなずきあう。
「もうちょっと一人でやってもらわないといけませんわね」
「慣れればいけそうにゃ。慣れるには数にゃ」
「ひぎぃ」
残酷なことを言われている。
しかし、一人で戦えるようにならなきゃいけないのは確かだ。私の支援をしながら戦える状況ばかりではない。
が、がんばらなきゃ……。




