ミヤとサーシャと朝練します
爽やかな朝。
忙しなく人々が行き交う一日の始まりの時間から、私とミヤは植え込みの陰で私とミヤは肌を寄せ合う。
「ミヤ……ち、近いよ……」
「恥ずかしがる顔も可愛いにゃよ。……わあ。もうこんなに固くなってるにゃ?」
つ、と指で触られて、そんなつもりはないのにビクリと体が揺れてしまう。
「ひ……へ、変なとこ触らないで……っ」
「えー? どうしよっかにゃぁ」
ミヤは怪しく笑いながら手を伸ばすと、急に私の手首をつかんだ。体から剥がすように腕を開かされる。
「ぃやっ!? ま、待って」
「声出してもいいにゃよ。何度かしごけば、すぐに気持ちよくなるにゃ」
「や、やだ……やめて……」
「だーめ。腰が動いてるにゃよ。焦っちゃだめにゃ……」
「ひ、あっ、あっ……あっ……」
ミヤは私の腰を押さえて、フィナーレに導くように、ぎゅうっと強く握る。
そのまま私の腕を思いっ切り引っ張った。
「そおれ開脚前屈にゃあー!!」
「あああ股が裂けあああああああああああ!!!!」
ギルド会館の裏にある、垣根で囲われた裏庭。
その一角で私とミヤのストレッチが行われていた。
頬杖ついて眺めるサーシャがつぶやく。
「仲いいわねぇ……」
「言ってないでサーシャ助け、あ痛ッた(HP-1)」
運動前のストレッチを終えて、ミヤが気持ちよさそうに両手を上げて伸びをする。
「ん〜っ! やっぱり身体をほぐすと気持ちいいにゃ」
「そら猫系はそーだろーさ……」
「身体が柔らかいのは戦う上で重要にゃよ? 受け身の面でも欠かせにゃいし、しなやかな動きで遠心力を武器に乗せるのは人型に与えられた特権にゃ」
朝一番から講義を受けちゃった。
ミヤはふと首を傾げて私を見る。
「そういえば、フォルトが使う武器ってなんにゃ?」
「あー……実は武器持ってないんですよね。あれ結構高いじゃないですか。試行錯誤できないなって」
私がそう言うと、ミヤとサーシャは顔を見合わせた。
呆れ顔で私を見る。
「わけのわからんケチ心は捨てるにゃ。必要なものを買うことは、つまり自分の命を買うことにゃ」
「武器もないのに街の外で魔物狩りしようなんて、フォルトしか考えないと思うわ……」
言われてしまった。
まあ確かに、《身体強化》があるからって素手でスライム倒そうとはなかなか思わないか。
「そういえば」
私は思い至ってサーシャを振り返る。
「イエナさんは? 姿を見ないけど」
「まだ寝てるわ。朝弱いのよあの子」
「あー……そんなイメージある」
「色眼鏡はよくないにゃ。冒険する上では見かけで判断するのは命取りにゃよ」
早速二つ目のレクチャーを受けてしまった。
「にゃあ、武器はまた今度みんなで買いに行くとして……でも戦闘だと片手が塞がってるなんてことはザラだから、これでも握っててにゃ」
ミヤが【ストレージ】を開く。手のひらからあふれる光が、木製の模擬剣を生み出した。
端から見るとめっちゃ目立つな……魔物から隠れてるときには使わないほうが良さそう。
ミヤは私に渡したあと自分の模擬剣も取り出して、ぐるりと肩を回す。
「ふぃー楽になったにゃ。二本も持つとカツカツにゃあ」
「えっ、【ストレージ】に入れてるのに?」
「ミヤのは容量が少ないからにゃ」
容量なんてあったのか……。
衝撃の新事実に呆然とする私にサーシャが笑みを漏らした。
「フォルトはまだ一杯になったことないのね。どのくらい入ってるの?」
「えー……着替えと水とタオル、野菜とパンと魔物の素材……」
「そ、そんなごちゃごちゃ入れてて頭痛くならんにゃ……?」
「全然平気」
「魔法の適性も高いのね」
愕然とするミヤさんに対し、困ったふうに苦笑するサーシャさん。
そんなに特別なことをしている気はしない。
「そんなに珍しいの?」
「日用品を入れてる人はあんまり見ないかな。魔法のキャパシティを占めちゃうし、容量が一杯にならなくても許容ラインを越えると体が重たくなるから」
詳しく聞いてみると、【ストレージ】は亜空間に荷物を収めているわけではないらしい。
魔法を扱うための"手"があるとして、その手の中にモノを束ねて握っている。
だから【ストレージ】に入っているものが多いと他の魔法行使に支障が出る。
「重さを感じなくなるのはなぜ?」
「質量を省いているからよ」
「は? 質量って、消えんの……?」
「"万物とは、『実存する』という魔法である"なんて言葉があるわね」
私の体とは、私の魂的なサムシングが【肉体】という魔法を使っていると。
玉ねぎは【玉ねぎ】という魔法を使っていると。
だから魔法の座標がバグって同期ズレが起こったり、筋肉を鍛えることなく《身体強化》で強くなったりするらしい。
意味わからんな?
「【ストレージ】には容量があって、膨れてくると魔法が使いにくくなったり、荷物の重さを消せなくなってくる。ここだけ覚えとこ」
「それがいいにゃ。ミヤもそんなもんにゃ」
魔法の授業はこの辺にして、ひと通りミヤの指示どおりに運動していく。
腕立て伏せ、腹筋、背筋、シャトルランに反復横飛び、直立体前屈……だんだんスポーツテストの様相を呈してきた。
芝生に倒れ込んで荒く呼吸する私を見下ろしてミヤが言う。
「思ったより……どんくさいにゃあ」
「ひぃ。ごめんなさい」
「謝ることじゃないからね」
すかさずフォローしてくれるサーシャの優しさよ。
サーシャは私に瓶ストローな水を差し入れてくれた。へばりすぎて水も咳き込む私に微笑んで、
「きっと適性は魔法使い寄りなのね。もともと魔法のセンスがあるみたいだし、不思議じゃないわ」
「同じく魔法型のサーシャも、結構な運動オンチですからにゃ」
「言わないでよ、もうっ」
小突き合う美少女二人に目尻が下がる。
仲いいなぁ。
サーシャはミヤとじゃれ合いながら私に笑顔を向けてくれる。
「フォルトも魔法を主軸にしたほうがいいと思うわ。魔法の対象拡大もできてたし」
「んにゃ、でも《身体強化》は腐らすには惜しすぎるにゃ。基本的な動きからじっくり鍛えていくにゃ!」
「え、ええ……っ?」
二人とも世話焼きさんのスイッチが入ったらしい。
ふぇえ……初日から情報多すぎて、頭がフットーしそうだよぉ……!
結局、イエナさんがのんびり遅れて登場するまで先生の講義は続きました。




