噂を信じてはいけません2
夜、通信する前にランフア様が部屋まで来てくれた。
「ルドニーク様の不甲斐無さには驚きですわ。目にあまるようであれば、ユリアスはお兄様と結婚した方が幸せになれるわ」
ランフア様の言葉の端々から棘を感じる。
「とりあえず、殿下につなぎますね」
私が通信機を動かすと、直ぐに殿下につながった。
『必ず誰かいるな……』
同意見ですとは、思っても言えない雰囲気が漂っていた。
「ルドニーク様、お久しぶりでございますわ」
『ああ、久しぶりだなランフア姫……もしや、ご機嫌斜めか?』
直ぐにランフア様のただならぬオーラを殿下は感じとったようだ。
「フフフ、どうして私の機嫌が悪いとお分かりで?」
殿下はあからさまに嫌そうな顔をした。
『ジフがランフア姫は怒れば怒るほど綺麗に笑うと言っていたからな』
殿下の言葉にランフア姫の笑顔が深くなる。
『ユリアス、ランフア姫が尋常じゃ無くキレて見えるんだが?』
私が説明しようと思って口を開こうとするよりも早く、ランフア様が言った。
「ルドニーク様はユリアスのことをどう思ってますの?」
突然の質問に殿下は言葉を失った。
「私、王様との縁を繋いでくださったユリアスには幸せになってほしいと常々思っているのですが……そのへんはどう思ってらっしゃいます?」
『それは、間違い無く幸せにしたいと思っている』
殿下は力強く言い切った。
「では、ユリアスに〝綺麗だ〟と言ったことはありますか?」
殿下の時間が止まった。
通信機が壊れたのかと思うほどの沈黙の後、唸りながら殿下が悩み出した。
「信じられませんわ! 女とは男性に褒められることによって幸せを得られるのですわ」
ランフア様のお説教が始まったのと、部屋のドアがゆっくりと開いたのは、ほぼ同時だった。
入って来たのは、エウルカ国王様だ。
ああ、ランフア様気づいて!
そう思ったが、ランフア様が気づく気配はない。
殿下を叱りつけるランフア様を何故か嬉しそうに見つめるエウルカ国王様。
幸せそうだから、黙っておこう。
もしかしたら気づかれる前に、部屋を出て行くかもしれない。
そんな淡い期待を胸にした瞬間、ランフア様が私の方を振り返った。
期待を裏切るのが早過ぎないだろうか?
エウルカ国王様に気づいたランフア様は、ビクッと肩を跳ねさせ言葉を失い、しばらくの沈黙の後悲鳴を上げた。
今にも泣いてしまいそうなランフア様をエウルカ国王様は慌てて抱きしめた。
「ああ、怒っているランフアも美しいぞ」
エウルカ国王様の言葉にランフア様は目をウルウルさせた。
「嘘ですわ! こんな姿を見て、幻滅したに違いありません」
ランフア様の瞳から涙が溢れた。
「幻滅なんてしないぞ」
ランフア様の頭を優しく撫でるエウルカ国王様に、ランフア様は離れようと胸を押してもがく。
「酷い、ずっと猫を被ってきたのに」
消えいりそうなランフア様の呟きに、エウルカ国王様は首を傾げた。
「猫なんて被ってたのか?」
エウルカ国王様がポカンとしていてランフア様は更にもがき、腕から逃げ出した。
そして、私の後ろに隠れてしまった。
「ランフア」
「そうですわ! どうせ猫をニャーニャー被ってますわ!」
ニャーニャー可愛い‼︎
私がキュンとしているのと同じようにエウルカ国王様も左手で目を覆いながら天を仰ぎ、右手で胸をギュッと握っていた。
明らかにキュンキュンしてるのが見てわかる。
「ノッガー嬢、ランフアをこっちに」
抱きしめたいようだ。
手を広げて待ち侘びるエウルカ国王様に目もくれず私の腰に腕を回し離れようとしないランフア様。
「ノッガー嬢、ずるいぞ!」
「私のせいではありません」
ランフア様の手をこじ開けようとしたが、離してくれる気配すら無い。
『ランフア姫、ユリアスが潰れそうだ』
殿下の空気の読めない言葉に、ランフア様はムッとした声で言った。
「そんなに力を入れてません」
言いながら更に力を入れてくるランフア様。
『ユリアスが大人しく抱きしめられているなんて、ランフア姫が羨ましいのだが』
殿下が何かを呟いていたが私には届かなかった。
「もう、王様に嫌われたわ。生きていけない」
ランフア様が私の背中に額を擦り付けながら呟く。
「ランフア様、エウルカ国王様はランフア様を嫌ったりしてませんよ」
私は腰に巻かれた腕を撫でながら、そう伝えた。
「そうだぞ、むしろ更に愛おしいと感じている」
エウルカ国王様の優しい声に、ようやくランフア様は私の背後から顔を出した。
「本当に?」
怯えたランフア様に手を広げるエウルカ国王様は、まるで野生動物を保護する人のように見えた。
「ほら、ノッガー嬢ではなく、余にランフアを抱きしめる栄誉をくれないか?」
ランフア様はおずおずと私から離れて、エウルカ国王様の前に移動した。
エウルカ国王様は完全に緩みきった笑顔でランフア様を抱きしめた。
「ああ、余の妃は本当に可愛いな〜これからはいろんなランフアを見せてくれ」
ランフア様はエウルカ国王様の胸に額をつけて呟いた。
「私は、王様が思っているようなできた妃ではありません。怒りますし、嫉妬もしますわ」
エウルカ国王様は驚いた顔をした。
「嫉妬してくれるのか?」
「当たり前ですわ! 私以外見ないで」
エウルカ国王様はランフア様をさらに強く抱きしめ、頭にキスを落とした。
目の前でイチャイチャされるこっちの気持ちにも気づいてほしい。
私は通信機を抱えた。
「二人の世界に旅立ってしまったようです」
『幸せそうで良かった。早く彼らを部屋から追い出して、落ち着いて話がしたいな』
同意見だが、イチャイチャオーラを壊してしまいそうで話しかける勇気は無い。
私にできることは、できるだけ空気のようになり、二人を見ないようにすることだけであった。
『ところで、リーレン様とハイス様は問題を起こしたりしていないか?』
話を変えた殿下の質問に私は、ハッとした。
そう言えば、エウルカ国に来て直ぐから二人を見ていない。
言葉に詰まる私に殿下は直ぐさま気づいたようだった。
『いや、君が知らないと言うことは問題を起こしてはいないのだろう。どうせ二人で旅を楽しんでいるのだろう』
そうだろうとは思うが、ドラゴンを二人も放置しているのは宜しく無いだろう。
「明日、様子を確認してみます」
『そうだな。そうしてくれ』
そんな話を殿下としている間も、ランフア様達はイチャイチャしていて、別の部屋でやってほしいと頭を抱えたくなった。
「あの〜そろそろ部屋を変えて、心置きなくイチャイチャされては?」
耐えきれずに声をかければ、ランフア様がハッとした。
「私、まだルドニーク様にユリアスをきちんと褒めなくてはいけない話をし終えていませんの」
「あ〜、大丈夫ですランフア様、私はたまに言ってもらえる可愛いが、凄く嬉しいので」
ランフア様は納得していない顔だったが、エウルカ国王様に促されて部屋を出て行ってくれた。
何とか二人でいる時間を作れたことに安心しながら、通信機に目をうつすと、殿下は両手で顔を覆い隠していた。
「殿下?」
私が声をかけると、殿下は指を少しだけ開きこちらを覗き見た。
『……嬉しいのか?』
「はい?」
私が何を言いたいのか分からず首を傾げると、殿下はフーっと息をはいた。
『君のそう言うところが、ズルイと思うぞ』
理不尽なことを言われている気がする。
思わず舌打ちをしてしまったが、二人きりだから許されるはずだ。
『君の舌打ちを久しぶりに聞いた』
何故か嬉しそうに言われた。
嫌な気持ちになってほしいわけでは無いが、納得できない反応である。
「殿下は舌打ちが嬉しいのですか?」
殿下はクスクスと笑った。
『嬉しいわけでは無いはずなんだが、君が俺に心を許してくれる証だと思うと嬉しいと感じてしまうな』
そう感じられていると思うと、途端に恥ずかしく思えてしまう。
「舌打ちしづらいです」
『気にせずしてくれていいぞ』
かなり悔しい気持ちになったのは言うまでも無いと思う。




