伝説のホテル・チャロアイト
アイーノ伯爵が怒鳴り込んで来た日から、しばらくして私はモーリスさんにホテルを任せて旅行を終了した。
そして、更に数日後にホテルチャロアイトは新装開店を果たした。
新装開店初日は予約数が部屋いっぱいになった。
温泉施設だけを利用するお客様もたくさん来てくれ、プールもカップルがたくさん利用してくれた。
『アリアド』の支店も暫くはマイガーさんに店長代理をしてもらって、適任者を育成中だ。
マイガーさんに店長になってもいいと言ったが、バネッテ様の家の近くに居たいから代理がいいと嫌がられてしまった。
それに、幽霊であるジョゼフさんとリアーナさんの人気が凄まじい。
幽霊の出る部屋では簡単な物を浮かしたり、起こして欲しい時間を指定しておけば幽霊があの手この手で起こしてくれるサービスの様になっている。
たまに、ホテルの壁に血文字が現れるが、怖いと言うよりパフォーマンスだと思ってくれる人がほとんどだ。
「いつ見ても画力が個性的だよね」
「え? 俺は好きだよ」
「犬描いたのに、豚って言われてこないだ凹んでたんだから言ってやるなよ」
子ども達によく弄られているのは、楽しそうだから放っておくことにしている。
従業員もきちんと面接をして、まともな人を選べたと思っている。
それに、幽霊夫婦が給料を寄付してほしいと言っていた養護施設にも善良な貴族を装って、少しでも多くの身寄りの無いお子さん達に立派な教育を受けさせたいと銘打って、従業員の英才教育をこの町で始めた。
これで、人員不足なんてことには、ならなくなるだろう。
ホテルの新装開店日はバネッテ様に頼んでホテルでトラブルが無いかをチェックするために私も足を運んだ。
初日の売り上げをモーリスさんが泣きながら報告してくれたのが凄く印象的だった。
それから一週間後にキャンバー侯爵家のパレット様が婚約者様と泊まりに来てくださった時は殿下もホテルにやって来た。
パレット様の婚約者は、私の一つ下の学年で私のことを知ってくれているらしく、キラキラとした目で挨拶をされた。
「お初にお目にかかります。ビインズ公爵家次女サラと申します」
優雅な立ち振る舞いが、流石公爵家と言わずにはいられない雰囲気を出していた。
「あの、ノッガー様」
「私のことはどうぞ気軽にユリアスとお呼びください」
私の言葉に、サラ様はしばらく動きを止めた。
失礼だっただろうかと思った瞬間、手をガシッと掴まれた。
「恐れ多いですわ」
私も殿下も何を言われたのか解らず首を傾げたが、パレット様だけが肩を震わせて笑いを堪えているようだった。
「すまない。サラはユリアスさんのファンクラブに入っているんだ」
? ? ?
混乱している私をよそに、サラ様はキラキラの瞳でコクコクと頷いて居た。
「ノッガー様の下の学年や庶民棟の皆さんと作りましたのが、総勢百人越えの巨大ファンクラブその名も『ノッガー伯爵令嬢を愛でる会』ですわ!」
そう言って、白銀のカードを突きつけられた。
見れば『会員ナンバー八』と一桁代の数字が刻まれている。
そんな、私の預かり知らぬ団体が存在したことをその瞬間まで知らなかったことが不思議である。
「百人越え……」
そんなに居たら少しは存在を意識できる気がするのだが、知らなかった。
「活動内容は、ユリアスさんの邪魔をしない様に遠くから見守り、ユリアスさんの店で服を買い、お茶をしながらユリアスさんの話をする会らしいよ」
パレット様は楽しそうに教えてくれたのだが、何とも言えない活動内容である。
その活動内容で、百人越え? 頭が混乱する。
「ファンクラブがあるのは知って居たが、でかい組織だな」
殿下の呆れた声に、私は驚いた。
「知ってらしたのですか?」
「たしか、マイガーが入ったと言ってたな」
理解ができず呆然とする私に、殿下はいい笑顔を向けた。
「安全な組織なのか調査するために入ったのだろう」
〝たぶん〟と聞こえて来そうな感じがする。
「とにかく、サラはユリアスさんが大好きだから仲良くしてあげて」
パレット様の言葉に頷こうとしたら、それよりも先にサラ様が首を横に振った。
「恐れ多いから」
「仲良くするのって駄目なの?」
「ファンごときが不用意に近づいていい存在じゃないから」
殿下が横でお腹を抱えて笑っているのを見て、舌打ちしてしまったのは仕方が無いと思う。
私はゆっくりと笑顔を作ると、サラ様に言った。
「私は、サラ様と仲良くなりたいですわ」
「推しが尊い」
未知の言葉を聞いた。
〝オシガトウトイ〟とは?
「え〜と、殿下のお友達のパレット様の婚約者様であるサラ様と私に友情関係は築けないと?」
「神の様な存在と、友達にはなれないと思うのです。崇拝ならできます」
違う。何かが著しく間違っている。
「……解りました。では友情は一先ず置いて、ビジネスの話ならいかがですか? 公式オフィシャルグッズ販売などを視野に入れる予定はございませんか?」
私の言葉を聞くと、サラ様は膝から崩れ落ちた。
慌てる私と殿下とパレット様を他所に、サラ様が何やら呟いている。
「えっ、推しがビジネスの話してる。カッコイイ上に素敵すぎて足に力入んないんだけど、え? 尊みが半端なくて昇天しそうなんだけど」
パレット様がサラ様を抱き起すと何とも残念そうに口を開いた。
「僕の婚約者、末期の何かを拗らせてるみたいだからビジネスの話は僕に言ってもらっていい? このまま縁を繋ぐとサラの心臓止まりそうだから僕が仲介するね」
流石の殿下も若干引き気味にそれがいいと納得していた。
色々と問題のあったホテルチャロアイトだったが、連日の盛況ぶりに潰れかけていたとは思えないところまで盛り上げることに成功した。
ドラゴンの作った温泉に入れて、カップルで行くと仲を深めることができて、ホテルを害そうとすると天使が舞い降りて鉄槌をくだす。
そんな、王族御用達のホテルだと噂されるのに時間はかからなかった。
ようやくホテルの仕事が落ち着いた夜、折角なので殿下とプライベートビーチを散歩することにした。
「足元、気をつけろよ」
そう言って手を繋いでくれる殿下に少なからずドキドキしてしまう。
「今回、ホテルの再建をお手伝いくださり、ありがとうございました」
純粋にお礼を言ったのに、殿下はフンッと鼻を鳴らした。
「お礼を言われる様なことはしていない」
そんなことは、絶対に無い。
「そう、言われましても……私は今回殿下に本当にたくさん助けられ、頼りきってしまっていたと思うのです」
「それの何が悪い」
たくさん迷惑をかけたのだ。少なからず悪いと思う。
「ユリアス」
突然名前を呼ばれ、殿下を見れば思ったよりも近くにいて驚いた。
「今回、ユリアスが俺を頼ってくれて……嬉しかった」
殿下は照れた様に頭を乱暴にかくと、笑った。
「最初は俺がユリアスに頼っていたからな。頼られて嬉しかったんだ。これからずっと守りたいって思った。だから、俺に頼ってくれ」
殿下の真っ直ぐな言葉に、私は息を呑んだ。
ドックンと心臓が脈打つ感じがして、胸が苦しくなる。
「ユリアス?」
今、殿下が好きだと強く思った。
「好きです」
消えそうな声が漏れた。
自分でも聞き取れないぐらいの小さな告白。
そんな告白を殿下は聞き取ってくれて、私を力強く抱きしめてくれた。
「俺の方が好きだ」
耳元で囁かれ、ゆっくりとキスをされた。
「俺は君の魔性の魅力にやられているから他を見る余裕などない」
「それは私にメロメロだと言っているのですか?」
「そうだ」
そう呟いた殿下と二度目のキスを交わしたのだった。
後日、マチルダさんがホテルチャロアイトでの出来事をラブロマンスの小説として書いたことにより、ホテルチャロアイトは伝説のホテルと呼ばれる様になるのは遠い未来の話。




