表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/118

精鋭部隊の到着です

 猛反対するモーリスさんとハンナさんを他所に、私と殿下は従業員用の部屋の掃除を明け方まで手伝った。

 今までしたことの無い作業に、私も殿下も楽しくなってしまったのは秘密だ。

 作業が終わり、モーリスさんがお茶を淹れてくれ、一息ついたところで外が騒がしくなった。

 外に出れば、グリーンドラゴンの姿のバネッテ様とその背から降りる人影が見えた。

 人影は私に気づくと走り寄ってきた。

 十五、六の少年が三人と二十代前半の女性だ。


「カローラさん?」


 私は思わず首を傾げた。


「お嬢様、この度は新規事業発足おめでとうございます」


 カローラさんはノッガー伯爵家のメイド長と料理長の娘で、長い黒髪に真紅の瞳の小麦色の肌を持つ色っぽい美人で養護施設のマナー講師などもしてくれる万能メイドである。


「カローラさんがどうして?」

「今回、急な召集でしたので女性の適任者を見つけることができず、力不足とは存じますが、わたくしが参った次第でございます」


 ホテルの仕事は力仕事も多いので男性の方を多くして万能メイドのカローラさんが女性に任せたいことをしてくれるつもりなのだと直ぐに解った。


「モーリスさんハンナさん、凄い助っ人が来てくれましたわ」


 私が二人を呼ぶと、カローラさんは目をパチパチと瞬き、そして二人を繁々と見ながら回り私の横にピッタリと並ぶとコソっと呟いた。


「ドチャクソタイプなんですけど」


 聞いたことが無い言葉を呟いていた。


「お嬢様、わたくしここに永住してもよろしいでしょうか?」

「……ホテルの経営が軌道に乗ってからでもいいかしら?」

「それは勿論」


 コソコソと話す私達を不思議そうに見る兄妹にカローラさんは妖艶な笑みを浮かべた。


「わたくし、カローラと申します。末長くお見知り置きくださいませ」


 カローラさんの色っぽさに当てられたのか、兄妹の頬が朱に染まる。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 慌てて頭を下げるモーリスさんを見て、真似して頭を下げるハンナさん。

 そんな二人を獲物を見るような目で見つめるカローラさんを見なかったことにした。


「皆さん、こちらが支配人のモーリスさんと副支配人のハンナさんです。何かあれば直ぐに二人に報告・連絡・相談を心がけてください」


 少年達は手を上げてハイッと小気味いい返事をしていた。


「荷物はすぐに運び込めるようにしましたわ。あちらの建物の二階にお願いします」


 四人分の荷物にしては少ない荷物を各部屋に置いた後、従業員用の食堂に集まってもらった。

 そして、食堂に皆が集まった瞬間、食堂の壁に血文字で『朝ごはんは食べましたか?』の文字が浮き出てきて私は飛び上がりそうになった。


「うわ! すげ〜コレどうなってんの?」

「えっコレどうやって消すの?」

「いや、怖いって思うのが先じゃね?」


 連れてきた少年達の少しズレた物言いに恐怖心は薄れた。


「お嬢様、コレは何でしょうか?」


 カローラさんが代表するように私に聞いてくれたので事情を話した。


「では、こちらの血文字は支配人方のお母様が意思表示してくださっているってことですね」

 改めて血文字を見れば、すでに『驚かせてしまってごめんなさい』と言う文字に変わっていた。


「すげ、ちゃんと消えて新しい字が出てくる」

「次、犬描いて」

「この垂れてるとこが怖い雰囲気出すのかな?」


 やっぱり何かズレている彼らに何だか脱力してしまう。

 しかも、血で描かれた犬の不気味なことこの上ない。


「朝ごはんできていますよ。どうぞ」


 モーリスさんがサンドイッチとトマトのスープを持ってきてくれて全員で食べることにした。


「お手伝いいたします。支配人」


 カローラさんが積極的にモーリスさんを手伝い慌てて少年達も手伝い始め、和気靄々とした雰囲気を感じた。


「新オーナー、何だか昔に戻ったみたいで楽しいです」


 ハンナさんが目に涙を溜めてそう言っていて、私は嬉しくなった。


「これから取り戻していきましょう」


 私が笑いかければ、ハンナさんはポロポロと泣きながら笑った。

 可愛らしかったので抱きしめて頭を撫でてあげたら失神されてしまい、悪いことをしてしまったと反省している。


「「「姫様が副支配人を絞め落とした」」」


 失神したハンナさんを見た少年達がぎゃーと悲鳴を上げると、カローラさんが三人の頭をコツンと殴った。


「お嬢様はそんなことができるほど力は強くありません。副支配人もお疲れなのでしょう。寝かせて差し上げましょう」


 そう言って、カローラさんはハンナさんを軽々とお姫様抱っこした。


「支配人、副支配人のお部屋に案内してくださいますか?」

「はい、ですが、ハンナも重いですよね? 自分が運びます」


 そう言って手を出すモーリスさんに顔を近づけ、耳元でカローラさんが囁いた。


「わたくし、力持ちですので大丈夫です」


 モーリスさんは囁かれた方の耳を押さえると、指先まで真っ赤に染まった。


「そ、そそそそそうですか?」


 明らかに女性慣れしていないモーリスさんを見て少年達はコソコソと話し出した。


「カローラ先生に支配人が弄ばれてるぞ」

「弄ばれてるんじゃなくてロックオンされてるんだ」

「カローラ先生幸薄そうな人好きだからな」


 少年達は、慌てたようにカローラさんをハンナさんの部屋に案内するモーリスさんにこっそり手を合わせて見送った。


「カローラってメイドはそんなに問題があるのか?」


 不思議そうに首を傾げる殿下を見て少年達はフーっと息を吐いた。


「ルド兄ちゃん、知らないの?」

「カローラ先生って言ったら、姫様の次に怖いんだぞ!」

「鬼」


 カローラさんは私の三つ年上で小さい頃からノッガー家で父親である料理長に料理を教えられメイド長である母親にメイドのマナーを教わり、執事長から護身術を庭師から芸術性を叩き込まれた完璧メイドよりも私の方が怖いというのはいかがなものかと思ってしまう。


「女性に対して鬼は言い過ぎだぞ」


 殿下も何だか論点のズレた回答をしていた。


「さあ、食事を済ませてしまいましょう。そうしたら貴方達に必要な物を買って来て明日からは働いてもらえるようにしますからね」

「「「ハイッ」」」


 三人は元気よく返事をした後、ニコニコと口元を緩ませた。


「やっと一人前になれる」

「ちゃんと働ける」

「稼ぐぞー」


 少年達のやる気が伝わってきて何だか嬉しくなる。


「そう言えば、マイガーさんとバネッテ様はどうされました?」


 すっかり忘れていた。

 二人はこの場にいない。


「疲れたから寝るって言って部屋に戻ったぞ」


 また騒いでなければいいと思った瞬間、バタバタと走ってくる音がして豪快にドアが開いた。


「お嬢、聞いてよ! 婆ちゃんが俺に睡眠薬盛ろうとする!」

「リラックスできるお茶なだけだろう。マー坊は大袈裟だねぇ」


 バネッテ様はお茶を片手にマイガーさんの後を追いかけてきていた。


「今リラックスなんかしたら寝ちゃうじゃん!」


 いや、寝たほうがいいと思う。

 私が呆れながら、仲裁に入った方がいいのか悩み殿下に視線を移すと、殿下は興味なさそうにあくびをしていた。

 放っておくのが正解かもしれない。

 私はしばらく遠巻きに二人のやりとりを見ていたが、子ども達に向かって言った。


「面倒なので、マイガーさんを捕まえなさい」

「「「はい」」」


 子ども達は対角線に移動すると、素早い動きでマイガーさんに飛びかかり手足を押さえつけた。


「流石だねぇ。そのまま押さえといておくれ」


 バネッテ様がマイガーさんの口元にお茶を当てると、マイガーさんは口を意地でも開けないとばかりに閉じた。

 だが、バネッテ様は美しい口元を釣り上げるとマイガーさんの鼻を摘んだ。

 もがくマイガーさんを同情的に見ていた子ども達はサッと視線を逸らした。

 しばらくすると、パッガボガボっと異様な音を立ててマイガーさんの口にお茶が流し込まれた。


「卑怯……だ、ぞ」


 マイガーさんはその言葉を残して眠りについた。

 速効性があり過ぎるのでは無いだろうか?


「マイガーさんは、大丈夫ですか?」


 私が心配になって聞けば、バネッテ様はニコニコ笑顔を向けてきた。


「疲れが溜まっていたのだろうよ。マイガーは部屋に投げておこう」


 子ども達がマイガーさんから退くと、バネッテ様は軽々とマイガーさんを担いで部屋に向かって去って行った。

 その後ろ姿を見ながら子ども達が呟いた。


「あれ、ヤバイ薬だよな」

「マイガー先生、薬効きづらい体質だって聞いたことある」

「俺、オバケよりバネッテ姉ちゃんの方が怖い」


 こうやって、誰に逆らってはいけないのかを、彼らは学んで行くことだろう。

 一連の騒動が落ち着くと、殿下はまたあくびをしていた。


「殿下も少しお休みになったらいかがですか?」

「俺は君より体力はあるつもりだ」

「ですが、先ほどからあくびをしてらっしゃるので、眠いのかと」

「眠い。だが、今寝たら君より体力が無いみたいで悔しいだろ?」


 眠いと感じることと体力は決して比例するものでは無いんじゃ無いだろうか?


「新オーナーも少しお休みになってください」


 モーリスさんがヘニャリと笑う。


「そうですお嬢様。見た感じと気配では、今現在お泊まりのお客様はいらっしゃらないようですし、わたくしと子ども達にお任せくださいませ。支配人と副支配人もお休みになってください。正午にお声がけさせていただきますので、ご安心を」


 カローラさんが屈託のない笑顔を向けると、モーリスさんは困ったように眉を下げた。


「ありがたい話ではあるのですが、着いて直ぐの皆さんにそこまでのことをお任せするのは気が引けると言いますか……」


 モーリスさんが軽く頭をかく。


「お気になさる必要はございません。わたくしどもは、バネッテ様の背中の上で眠らせていただきましたので。むしろ……」


 カローラさんは流れるような動きでモーリスさんの頬に手を添えると、親指でモーリスさんの目の下の隈をなぞった。


「支配人の疲れを癒して差し上げたい」


 何だか見てはいけないものを見た気がして、二人から視線を逸らす。

 周りも同じ気持ちなのか、二人を視界に入れないようにしていた。


「カローラさんの配慮には心から感謝します」


 モーリスさんの冷静な声に、視線を逸らしていた皆が視線を戻す。

 モーリスさんは苦笑いを浮かべていた。

 カローラさんの誘惑の攻撃は効いていない。


「お兄ちゃん、違うよ。そうじゃないよ!」


 ハンナさんが顔を手で覆いながら叫んだが、モーリスさんは首を傾げるだけだった。


「カローラさんも疲れて大変になれば、自分に直ぐに報告してください。報告・連絡・相談は社会人にとって重要なことですから。まあ、父の受け売りですがね」


 カローラさんはモーリスさんから手を離すと、『はい』と小さく頷いた。

 そんな二人のやり取りを観察していた子ども達のモーリスさんへの尊敬度がかなり上がったことを、その場にいた他のメンバーは知る由もなかった。


        



 疲れのせいか、外が明るいせいなのかは解らないが、布団に入ると直ぐに眠ることができた。

 目を覚ませば、何だか外が騒がしい。

 窓を開いて見れば、どうやらホテルの前でトラブルが起きているようだ。

 慌てて現場に向かうと、三人組の男性とカローラさんが対峙している。


「お姉ちゃんが背中流してくれたら許してやるよ!」

「当ホテルでは、そう言ったサービスは行ってございません」

「はあ? 客に対して何だその態度は!」


 周りで様子を窺っている子ども達に何があったのか聞けば、彼らが突然やってきて風呂に入れろと騒ぎ、注意すると対応がなってないと更に騒ぎ始めたらしい。

 他にも町の人達が温泉のことを聞きに来ていたり、ホテルの予約をしに来たお客様達もいて営業妨害も甚だしい状態だと言う。

 私はカローラさんの元へ向かうと、横に立ち頭を下げた。


「当ホテルのオーナーを務めさせていただいております。ユリアスと申します。何かこちらに不備がございましたでしょうか?」


 私を見るや否や、男性達は馬鹿にしたように笑いだした。


「こんな小娘がオーナーだと? 大丈夫かこのホテル」

「不備だらけだよお嬢ちゃん」

「どう落とし前つけるんだ?」


 頭の悪いセリフを並べる男性達の視界の外で、子ども達が殺気を放ちいつでも動けるように腕を回したり準備体操を始めたのは見なかったことにした。


「具体的にどう言った不備がございましたでしょうか?」

「全部だよ…全部!」

「こんなホテルに泊まろうってやつの気が知れねぇな!」

「金を払う気になんねぇな!」


 その瞬間、カローラさんは最後に話していた人の胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「お嬢様、お聞きになられましたか?」

「ええ勿論」


 カローラさんに持ち上げられた男性は真っ青な顔をして足をばたつかせている。


「お、おい、何やってんだ!」

「このホテルは客に暴力を振るうのか!」


 騒ぐ男性達にカローラさんは、妖艶な笑みを向けた。


「こちらの方は、お客様ではございませんので」


 何を言ってるのか解らないと言いたげな顔の男性達にカローラさんはクスクスと声を出して笑った。


「お金を払う気の無い人はお客様ではございません。ただの営業妨害をしてくる迷惑な方、自警団に引き渡して法的に処理いたします」


 真っ青な顔の持ち上げられている男性が叫ぶ。


「暴力を振るった方が悪いに決まってるだろ!」

「まあ! わたくし暴力なんてふるって居ません。営業妨害をする加害者を捕まえただけのこと。殴る蹴るなどの暴力なんてしていません」


 私もニッコリと笑うと、男性達に向かって言った。


「では、そちらのお金を払う気のある方々はどう言った不備があったのかを具体的に報告していただけますか? まさか、貴方方までお金を払わないつもりではありませんわよね? ただの営業妨害であれば、たっぷり慰謝料請求しなくてはいけませんものね」


 真っ青な顔でプルプル震える男性達を見て、心配そうにこちらを見ていた他のお客様達が拍手をしてくれた。

 アウェイな空気に男性達は分が悪いと思ったのか逃げ出そうとした。


「逃げるってことは、お客様ではありませんわね」


 私の呟きに子ども達が我先にと逃げた男性達を押し倒し、いい笑顔を私に向けた。


「「「カローラ先生、暴れたら正当防衛でボコボコにしていいんだよね?」」」

「いたいけな女、子どもですから、骨の一本や二本や十本や二十本折ったところで暴れたこの方達のせいになりますわ」

「「「暴れてもいいよ」」」


 子ども達の言葉に、男性達は失神してしまった。


「お客様方におきましては、大変ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。温泉施設の開店は一週間後からになりますが、ご迷惑をお掛けしてしまったお詫びも兼ねてお時間がございましたら、入浴して行かれませんか? 勿論、本日のお代はいただきません。気にいっていただけましたら家族や友人にお声がけいただけますようお願いいたします」


 カローラさんは捕まえていた男性を子ども達に渡すと、他のお客様達を案内して行った。

 子ども達は男性達を抱えると自警団に捨てに行ってくると言いだした。


「駄目だわ。ちゃんと誰に依頼されて営業妨害しに来たのか自警団で吐かせなくては。証人がたくさん居るところで誰に依頼されたかをね。子どもは帰れって言われたら、王子殿下から詳細を聞いてくるように言われていると言うといいわ。ホテルには王子殿下が宿泊中だとハッキリ伝える。いい?」

「「「はい」」」


 子ども達は楽しそうに男性達を担いで自警団に向かって走って行った。



 しばらくお茶を飲みながら待っていると、殿下が起きてきた。

 先ほどあったことを、世間話のつもりで伝えたら怒られた。


「危ないだろ! そう言う時は俺かマイガーを呼べ」

「ですが、カローラさんは家の店の店長の一番弟子です。マイガーさんの姉弟子ですから強いんですのよ! 子ども達もそんなカローラさんの弟子なのでそう簡単にはやられませんわ」


 いつもマイガーさんを縄で縛り上げている店長を思い出したのか、殿下は悔しそうに呟く。


「俺はそんなに頼りないか?」


 拗ねているのが明白な殿下が可愛く見えてしまったことは秘密だ。


「殿下が頼りないのではなく、カローラさんが頼り甲斐があるだけですわ」


 殿下は言葉を詰まらせて項垂れた。


「君の家の特殊部隊にはどれだけの人数が居るんだ?」

「さあ……」

「主人が把握して居ないのか?」


 殿下の理解できないと言いたそうな顔は心外だ。

 把握できないのは仕方がないと思う。

 だって、最初はカローラさんとマイガーさんだけのはずが、二人が養護施設で勝手に教えて英才教育しているのだ。

 はっきり言えば、特殊部隊なんて作った覚えもないのだ。


「とにかく、先ほどの人達は自警団に突き出しましたので……あっ、すみません殿下」

「何だ?」


 不穏な空気を感じ取ったのか嫌そうな顔をする殿下に、私は苦笑いを浮かべた。


「そんなに警戒しなくても」

「君が〝すみません〟なんて言う何かがあるのだろ」

「大したことではございませんが、先程の営業妨害の加害者の詳細を子ども達に聞いてくるように指示しまして、殿下の命令だと言うように言ってしまったのですが、ご迷惑でしたか?」


 殿下はキョトンとした顔で私を見つめた。


「いや、構わないが……君なら被害者だから聞く権利があると主張するかと思ったぞ」


 言われてみれば、普段ならそう言っていたと思う。

 思わず考え込んでしまった。


「……どうやら、ここに来て殿下に甘えてしまう癖がついてしまったようです。気をつけます」


 真剣に謝ったつもりで顔を上げると、殿下は口元を片手で覆い天を見上げて居た。 


「殿下?」


 私が心配しているのに、殿下は少し笑っているのが腹筋がプルプル震えて居た。


「クソ、ニヤける」


 殿下が何か呟いて居たが聞き取れなかった。

 私達がそんな話をしていると、子ども達が帰ってきた。

 屈強な男性を三人引き連れてだったが。


「自警団の人がルド兄ちゃんに直接報告したいって」

「「だから、連れて来た」」


 軽いノリの子ども達とは打って変わって、自警団の人達はガチガチに緊張しているのが見てとれた。


「自警団で隊長をさせていただいて居ます! ロズモンドと申します。この度はお日柄もよく……」


 話が長くなりそうだと思った瞬間、殿下が口を開いた。


「前置きはいい、何故営業妨害に来たと言っていた?」


 自警団長は大きく深呼吸をした。


「奴らの言い分では、『金を積まれて頼まれた。上手く出来たらさらに金がもらえる。顔はマントのフードをかぶっていて解らないが、男だったと言っています」


 ありきたりな展開である。

 何故、怪しい人からの依頼を受けようと思うのか?

 自警団に引き渡される未来など容易に想像できるだろうか?

 目先の利益しか考えないと、逆に損してしまうことだってあるのだ。


「フードの男を捕まえればいいのか」

「もしや、フードの男に心当たりがお有りなのですか?」


 殿下の呟きに自警団長は瞳を輝かせた。


「いや、全く心当たりは無い」


 明らかにがっかりする自警団長に殿下は怪しい笑顔を向けた。


「とりあえず、営業妨害して来た男達を逃して泳がせればいい。上手くできたらさらに金がもらえると言っていたなら、確実に接触してくるだろ?」

「それで逃げられてしまったら、ダサいですわね」


 私が殿下に笑顔を向けると、殿下はフンッと鼻を鳴らした。


「君の特殊部隊も凄いが、俺だってやる時はやるぞ」


 殿下の言葉に一早く手を上げたのは子ども達だった。


「マイガー先生に尾行の仕方習ってるよ」

「俺も得意!」

「マイガー先生を尾行できたことないけど、普通の人なら簡単だよ!」


 おかしい。

 一般的な知識を教えるためにマイガーさんを先生にしていたはずなのに、子ども達は知らないうちに職業訓練ではなく、特殊部隊の訓練を受けている。


「冗談で言っていたつもりだったのだが、ノッガー伯爵家では本当に特殊部隊が英才教育されている」


 殿下が完全に引いた顔をして呟いた。

 私だって驚いていることに気づいてほしい。


「ルド兄ちゃん、違うよ! 特殊部隊の教育じゃ無くて、尾行は万引き犯を現行犯で捕まえるために教わるんだよ」

「万引き犯のグループだったりしたら、尾行するしね」

「〝万引きは犯罪です! 駄目! 絶対〟が合言葉だよ」


 何だか、三人の成長に母親のような気分で嬉しくなってしまう。


「だが、危ないかも知れないしな」


 渋る殿下を囲んで『尾行したい』と騒ぐ三人。

 彼らは子どもと言っても確か十五歳なので、頼めないことはないと思うが、対象者に顔を見られているので、尾行には向かないと思う。


「貴方達はホテルの方に集中してほしいわ。尾行はマイガーさんに頼みます」

「「「え〜」」」

「貴方達を信用していないわけではないのです。ただ、貴方達は彼らに顔を見られているでしょう。顔を見られていないのは殿下とマイガーさんとバネッテ様ですわ。その中で尾行ができそうなのはマイガーさんだけですから」


 私の説明に殿下と子ども達は気まずそうな顔をした。


「どうかしましたか?」


 私が首を傾げると、殿下が一つ息を吐いた。


「マイガーは、一服盛られて夢の中から帰ってきていない」


 唖然とする私を見て、殿下は私から視線を逸らした。


「バネッテ様に聞いたら、夕方まで目覚めないらしい」


 どれだけ強い薬を盛られたと言うのだろう。

 その時、ホテルのドアが開いた。

 見れば綺麗な女性が二人……では無く、私の護衛のルチャルさんとバリガさんだった。


「あ、適任者が帰ってきた」


 殿下の言葉に、二人が嫌そうな顔をした。


「報告しに帰っただけなのですが、何をさせる気ですか?」


 変装用に女装しているせいか、殿下を睨むバリガさんが美しくて絵になる。


「二人に尾行を頼みたい。対象は営業妨害に来た男達だ」


 殿下の指令を聞いた瞬間、ルチャルさんとバリガさんが私に近づき、心配そうにする。


「「お怪我などございませんか?」」


 美人な二人の眉の下がった顔は、いっそ神々しく見えた。


「大丈夫ですわ」


 私の一言に安心したように息を吐いて、二人は殿下を睨む。


「ユリアス様を危険に晒したくないので、その命令はお断りいたします」

「僕らの最優先任務はユリアス様の護衛ですよ」


 バリガさんは丁寧に、ルチャルさんは笑顔を貼り付けて殿下に言ったが、目が笑っていなくて迫力が凄い。


「我が儘を言ってすみません。お二人が私を心配してくださって本当に嬉しいのですが、尾行をお願いできませんか? ちゃんと大本の犯人を捕まえないと慰謝料請求……じゃなくて、安心してホテルの経営ができないではありませんか?」


 私が二人を見つめると、二人は力強く頷いた。


「「了解しました」」


 二人が二つ返事で了承すると、殿下は納得いかないような顔をしていた。


「俺が依頼してユリアスの護衛に付けているんだから、お前達は俺の部下だろ?」


 二人は殿下を嫌そうに見た。


「だから、潜入調査して来たじゃないですか」

「王子殿下は人使いが荒いですよ」


 バリガさんもルチャルさんも文句があるようだ。


「とにかく、自警団長様と打ち合わせして、尾行をお願いします。尾行して、フードを被った男を捕まえるのが任務です」


 二人は私の言葉に顔を見合わせた。


「アイーノ伯爵家に出入りしている人間の中にもフードを被った男がいます」

「捕まえて、アイーノ伯爵家との繋がりを証言させられれば、僕らの勝ちですか?」


 勝ちかどうかは解らないが、慰謝料請求はできると思う。


「やっぱりアイーノ伯爵家が絡んでいたか。アイーノ伯爵家にユリアスは何をしたって言うんだ」


 殿下が憤りを見せると、護衛二人も憤りを見せた。


「ユリアス様のせいでは無く、ご自分のせいとは考えないのですか?」

「無自覚モテ男子ウザ」


 ルチャルさんのは悪口だと思う。


「俺のせいなのか?」


 慌てる殿下を呆れ顔で見る二人は冷ややかだ。


「調べた結果では、アイーノ伯爵令嬢はユリアス様にとって代わるつもりでいるみたいです」

「王子殿下がユリアス様に『俺と国を経営しないか?』などと言うプロポーズをしたばかりに、経営の手腕があればユリアス様である必要は無いと思っている女性が多いと言っているみたいで、このホテルの経営でユリアス様に失敗してほしいそうです」


 殿下の眉間に深いシワが寄る。


「王子殿下はユリアス様の経営手腕に惚れているだけと、使用人に言っているとの情報も得られました」

「ユリアス様に経営手腕は多少劣るかも知れないが、経営の手腕と可愛さを兼ね備えている自分を王子殿下なら選んでくれるはずだとも言ってるみたいですね」


 初めて会った時から少し話の通じない相手なのではないかと薄々感じていたが、ポジティブ思考の思い込みの激しい子みたいだと思った。


「別に俺はユリアスの経営手腕だけで婚約者になってもらったわけでは無い。心外だ」


 殿下はムッとした顔をしながら私の手をギュッと握った。


「愛してるからな」


 突然の愛の告白に、顔が熱くなるのを感じた。


「ひ、人前で何を言っているのですか!」


 恥ずかしすぎて手を振り払おうと、掴まれた手を振り回したのだが殿下にしっかりと掴まれていて離してもらえない。


「誤解されるよりマシだ!」


 こんな所で男らしさを発揮しないでほしい。


「……誤解しませんから、手を離してくださいませ」


 両手で顔を覆ってしまいたいのに、手を離してもらえないせいで無理だ。

 私は仕方がないので顔を隠す様に蹲った。


「「ユリアス様、可愛い‼︎」」


 護衛二人の声は無視することにする。

 とにかく、手を離してほしいのに、殿下は手を離してくれるどころか更ににぎにぎと私の手を握りしめる。

 隙を突いて手を引き抜くしかないと思いチラッと顔を上げると、殿下は蕩けそうな緩んだ笑みを浮かべていて、グッと息が詰まる思いがした。

 しかも、フリーズする私の指先に殿下はチュッと音を立ててキスをした。


「ヒャッ」


 小さな悲鳴が口から出てしまう。


「このホテルに来てから、ユリアスが可愛過ぎるんだが」


 幸せそうな殿下は甘い空気で私を包み込もうとする。

 誰かに助けを求めなくてはと思い周りを見れば、護衛二人は私を微笑ましげに見ているし子ども達はこっちを見ない様に窓の外を無理矢理見ているし自警団長達は馬鹿ップルを見るような目で空気にでもなろうとしている様だ。

 助けてほしいのに、助けてくれそうな人が居ない。


「よし、俺がユリアスを好きで仕方がないと言った様なオーラをこれから出していけば、ユリアス以外婚約者になり得ないと周りも解ってくれるはずだ」

「待ってください! 好きで仕方がないオーラとは、何をするおつもりですか?」

「何って……」


 殿下がゆっくりと繋いだ手を見る。

 常に手を繋ぐとか言ったら、私は無理だ。


「殿下、この短時間人前で手を繋ぐだけで私は耐えられそうにないのですが」


 殿下は首を傾げる。


「手を繋ぐだけで耐えられないと、できることがほとんどないだろ?」


 言われてみたら、人様に見ただけで好きだと解る行動など一切浮かばない。


「人前でなら、プレゼントとかじゃないですか?」


 ルチャルがそうだと言わんばかりに言うと、周りが名案だとばかりに頷く。


「いや、ユリアスの喜ぶプレゼントなんて外交手形や契約書類や独占権利書とかだぞ。それは政略結婚に見えてしまわないか?」


 ルチャルは私を残念な者を見るような目で見ながらため息をついた。

 失礼ではないだろうか?


「殿下がプレゼントしなくても、ドレスやアクセサリーなら商家の息子はユリアス様に勝手に貢ぎますから必要も無いでしょうしね」


 バリガの言葉に、殿下の眉間にまたシワがよる。


「初耳なんだが」

「新デザインや珍しいデザインのドレスやアクセサリーは売れるかどうかの相談をしたいと仰ってプレゼントしてくださる人達がいますわ」


 プレゼントしたドレスやアクセサリーを私がパーティーやお茶会に身に着けたら売れると言う都市伝説があるから気に入った物だけ身に着けてほしいと手紙を添えられていることが多い。 

 たからこそ、ドレスやアクセサリーに対しての執着が薄い自覚はある。

 売れるデザインなら両方興味があるけど。


「ユリアスはモテるからな……」

「殿下に言われたくないのですが」


 私のはただの商業的な意味合いがあるもので、殿下は純粋な好意からくるものだ。

 〝モテる〟と言う定義であれば、殿下と私では天と地ほどの違いがあるに違いない。


「一番簡単なのが手を繋ぐだ。ユリアス諦めて慣れろ」


 殿下との仲を疑われないようにするためだと思えば……恥ずかしいけど頑張らなくては。

 私は未だ繋いだままの殿下の手をキュッと握り返した。

 その時の私は、自警団長達が町で『王子様は婚約者にメロメロだ』と喋った影響でこの話が広まるなんて思っていなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] モーリスさん独り身脱出できそうでよかったじゃん カローラさんのキャラ好きすぎる [気になる点] ノッガー家の特殊部隊の全容が知りたいな [一言] アイーノ伯爵家終わったな〜
[一言] 殿下、男らしさをどんどん発揮しちゃって下さい!(笑)ユリアス、可愛い~♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ